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 コリン・ウィリアムズとベルの関係は少しずつ進展していった。定期的にウィル商店を訪れるうちに、ベルが帳票などの処理に強いことがばれ、それがコリンをさらに本気にさせたと思われた。

「帳票、嫌いではないのですが…母にいつも怒られてばかりで」

 メリダ・ウィリアムズに紹介されたのもその時だ。コリンの母である彼女は、元王女である。王家といっても小さな壁の中の小さな都市の長、世襲ではあるが大きな権力があるわけではない。

「都市を治めるというよりは、門番なのよ」

 黒い髪に瞳のメリダは言った。

「詳しいことは知らないけれど、門を開けるには王の力が必要なのよ。あと幾らかの決まりがあってね。でもあとは普通の家だったから、ここに嫁いで馴染むのは早かったと思うわ」

 人形のように整った顔立ちで微笑むと、齢40を超すとは思えない美しい夫人だった。ウィル商店が普通の家とは思えなかったが、それでも門番と言うだけあって外の世界のものにも親しみがあったのかもしれない。ベルは突然のメリダの登場に狼狽する気持ちを必死に隠しながら首肯した。

「それで帳票だけどね、コリン。あなたはもう少しこの重要性を理解しないと商売で失策をするわよ。イザベルさんがどれだけ出来たとしても、最終の責任を持つのはあなたなのよ」

 まぁ、と小さく呟いてメリダはベルを見た。

「大丈夫そうな気はしますけどね」

 何が大丈夫なのかは、敢えて聞かなかった。


 ベル自身のコリンへの気持ちは穏やかなものだった。憧れの物語に出てくるような情熱的な恋ではなかったが、初めて手を繋いだ時のコリンの一言で十分だった。

「昔からこの手を知っている気がします」

 不思議とベルも同じ気持ちだったのだ。


 自然、黄昏の森の広場を訪れることは減っていた。それでもふらりと訪れれば、大抵トリスが居て黙々と木片を磨いていた。いつもと変わらない様子に安心しながらも、本当に変わらないのかと、コリンへの想いとは対称的に落ち着かない気持ちでいた。


 だがある日、ベルが見かけたトリスは、壁の前に立って腕組みをしていた。

 その背中が、見知らぬ男に見えてベルは声をかけるのを一瞬、ためらう。だが、トリスが振り向いた。

「ベル、明日婚約なんだって?おめでとう」

「ありがとう、トリス。よく知ってるわね」

 誰から聞いたかをトリスは応えなかったが、ベルは姉のアリシアだろうと見当をつけていた。二人の仲が進展してるのか、それとも姉の空回りなのか判断のつかないところであったが、敢えてベルは追求しなかった。それは本人たちが知っていればいいことだ。

 代わりに聞いた。

「何を見ていたの?」

「壁を」

「壁を…?」

「ベル、見て、わかる?ここだけ色が変わってるの」

 そう指差した先は確かに他に比べて色が薄い。ベルが頷いたのを確認してトリスは言った。

「磨いてみたんだ」

「は?」

「やさしく磨いてみたんだ、壁を」

 ベルは壁を見るのを止めてトリスを見た。トリスが壁にナイフを投げつけた時以上の驚きがベルを満たしていた。

 ナイフを跳ね返し、傷をあっという間に直し、何事もなかったかのように沈黙を守る壁…を、磨く?それはベルの理解の範疇を超えた。

 諦めてベルは言った。

「わかったわ、それで?」

 そんなベルをトリスは目を細めて見た。愛しげと言うには友情に満ちていたが、そこには確かなものがあるように感じられた。

「ベルは否定しないよね、何事も」

 そこがいいとこだ、そんな言葉が後に続く調子だっだが、トリスは壁に目を戻して別のことを言った。

「やさしく磨くと修復の対象にならないようなんだ。磨き続けるとどうなると思う?」

「どうって…穴でも開くかしら?」

「かもしれない。でも穴は無理かも知れないけれど、空のように」

 またトリスは言葉を飲み込んだ。今度は続きを振り払うように首を振った。

「とりあえず、時々磨いてみようと思うんだ。結構、面白い性質みたいでね、久々に磨き甲斐のありそうな素材だ」

 相変わらず研磨馬鹿な言葉にベルはつい笑ってしまう。壁なんて空恐ろしいものを自分の趣味の対象に入れてしまうなんて。

 トリスはスッと手を差し出した。

「結婚祝いには別のものを贈るけど、いつか何が起きたか報せるよ」

 ベルはトリスの手を取ると、幼い頃から何度も繋いだ手を握った。

「トリス、ありがとう、楽しみにしているわ」

 その手は暖かくサラリと乾いていて昔から変わらない。これからも変わらないと思える、そんな握手だった。


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