歩み
コリンの葬儀は王と五商家の人間だけでささやかに行われた。ベルの実家及び取引先には、長く流行病を患った後、息を引き取ったと伝えて済ませた。
報せを受けた姉は飛んできて、ベルを抱き締めた。その後を追って走ってきた父は姉妹纏めて抱き締めた。そして落ち着くと言った。
「ウィル商店はお前が継ぐのか、ベル」
「はい、私が当主です。至らない所も多いと思いますが、何卒ご指導ご鞭撻のほど…」
定型文をベルは言い終えることができなかった。ベルが幼かった頃のように、父が頭を乱暴に撫でたからである。
「いっぱしの口を利くのはまだ早い。…だが、思ったよりは元気そうで、安心した。思ったよりは、だがな」
ベルは父に抱きついた。温かい。
「ありがとう、お父さん」
髪の毛が濡れた感触があったが、気のせいだっただろうか。
それからのベルの日々は忙しかった。コリンの不在に涙を流す日が無かったとは言わない。彼がいないと夜に温もりを探して起きる日もあった。だが、引き継ぎの書類の作成こそ速やかだったものの、商店の経営は一人で背負うには要領も経験もまだ足りなかったのだ。
幸いだったのは、倉庫番をムッツィがそのまま融通してくれたのと、番頭が思いの外、早く定着したことだ。ファニエの遠縁で、外の世界への抵抗が無く実直で勉強熱心な若者だった。乳母に関しては人気の職だけに二転三転した。最終的にはカオ家のイブリンと、自分の娘の三人合わせて面倒を見てくれる女性に落ち着いた。アネラもやがてもう一人の母、もう一つの私の家と慕うことになる。
トリスには連絡を取らなかった。忙しいからと言い訳をしていたが、振り返れば分かる。コリンが、万が一の時は彼を頼ればいいと言ったからだ。トリスに頼ってしまえば、コリンとの縁が切れてしまう、そんな理屈の通らない、でもそんな想いがベルの中にあったのだ。ありていに言えば、コリンに万が一のことは起きてない、コリンは生きている、そう信じる気持ちがトリスを拒否したのだった。
だが、それももう良いだろう。
ベルはトリスからの手紙を見返して思う。コリンが外から戻らなかったあの日から、もうすぐ十五年、いや十六年が立つ。女主人として懸命に働き、アネラを後継に相応しく育てた、と思う。その日々の中、カーネルとメリダを相次いで見送った。店の規模は大きくは変わらないが、黄昏の森の職人たちが作る小物は、草原から訪れる商人に好評で、コリンの撒いた種が芽吹き、今やウィル商店の売り上げは外の世界行きのものが半分を占めている。
あの懸命な日々の始まり、コリンは流行病に倒れたものの死ななかったのではと、微かな希望を持って生きていた。王は流行病によっては、都市に持ち込むことを許可できないと言ったではないか。そして、コリンは戻らない、としか言わなかった。だから、コリンは回復し、きっと外で元気に生きてる、そう信じたのだ。
コリンと共に外界を旅したティレル・カオもファニエも、コリンが死んだとは言わなかった。ただ、彼は旅に耐えられない体であった、とだけだ。密かにファニエは囁いたものだ、コリンは生きてると信じてるのよ、と。ベルはただただ頷いた。コリンは生きてる、そしてきっとベルのことを覚えている、アネラの成長した姿を見たがっている。そう信じることはベルを勇気付けたし、前に前にと歩かせた。いつか、いつか会う時に、情けない姿など見せたくない、その一心だった。
だが、もう、いいのかもしれない。
ベルの手元には、ポピーの押し花があった。旅の前半、ポピーを見つけたコリンが作り、ファニエの手を経てベルの前に辿り着いた外の花。この花と共に、コリンにはベルの元へ戻ってきて貰いたかった。
でも、戻らなかった。それが事実だった。ベルが、コリンは生きてると信じていようと、彼は側にはもう居ないのだ。
アネラがかなりの仕事を捌くようになり、ふと余った時間に若い頃の刺繍の道具を取り出して、ポピーの花を刺した時にベルは思ったのだ。
もう、いいのかもしれない、と。
肩の荷を下ろす、そんな表現が良いだろうか。ともあれ、そんな折に図ったようにトリスから手紙が届いたのも面白く思えた。
トリスの指定時間は夕暮れ近く。ベルはアネラに指示を出すとさっと身嗜みを整えて玄関に向かう。
「お母さん」アネラの声に振り向く。「行ってらっしゃい」
娘は大きくなった。頷いて応える。
「行ってきます、夜には帰るわね」
ベルは黄昏の森に向けて歩き出した。




