手紙
古い知り合いから手紙が届いたのは夏の終わりだった。商品決済の書状の中に当たり前のように紛れていた。
イザベルへ、そう宛名書きされていた。その名前で呼ばれた記憶はない。いつも、ベル、と気軽に呼ばれていたし、今もウィル商会のベルで通っている。そして、それなのに封筒の片隅に走り書きされた彼の名前は略称、トリスだけだ。よく仕分けの人間に除けられなかったものだ。
もう二十年は会っていない幼馴染からの手紙に何事かと身構えつつ開封する。読んでみればなんてことはない、とりとめのない話をした黄昏の森の広場で会わないか、というだけ。日時と見せたいものがあると一言添えられていた。
見せたいものとはなんだろう?
ベルは目をすがめて考えた。ちらりと心を過ぎったものがあったが、首を振る。それはありえない。
ともあれと、今や殆どの仕事をこなしてくれる娘用に書状を束に纏めて片付けると手紙を手に立ち上がる。再会の予定は一週間後、予定を調整しなくてはならない。
トリスに最初に会ったのは、お互い赤子の頃だろうと思う。母親同士が近所の仲良しで、お互いの家を訪ねては揺りかごを揺らしつつ編み物や縫い物をし、歩き始めれば森の中へ散歩に連れ出された。
一番古い記憶は、四歳か五歳だろうか、黄昏の森で二人で迷子になった時のことだ。なぜ迷子になったのか、どうやって助かったのかなどまるで覚えていないが、徐々に暗くなる森、不安げに静まり返る木々の葉、その中にあってトリスが平常通りたんたんと歩いていたのを覚えている。迷子になった不安などその背中になかったし、木の根に足を取られたベルを助け起こしてくれた手はさらりと乾いていた。もしかしたら、迷子になったと思ったのは自分だけで、黄昏の森により近い所に住んでいたトリスにとっては庭のちょっと先を歩いていただけかもしれない。
それではトリスに最後に会ったのはいつだったろうか。
鏡の中に写る歳を取った自分を眺めながら考えた。自分とコリンの結婚式にきてくれた時だとすれば、二十年以上は前の話だ。その後の二三年は新婚生活と商会の仕事を覚えるのに必死で、コリン亡き後もまた、女主人として忙しなく生きてきた。一日一日と重ね続けた日々に嘆きも悔いも皆無だが、鏡の中の自分は流石に二十年前の自分とは違っている。トリスとて歳を取っているに違いないが、記憶の中の彼は若いままだ。
ふと思い出す。彼はまだ壁を磨いているのだろうか。この都市を覆う、長く高い不可思議な壁を。