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トンネルの同乗者

作者: 根谷司

 大学三年生と言えば、就職活動もさることながら、遊びに忙しい時期でもあります。中にはアルバイトに勤しむ学生も多いようですが、仕事なんて就職してから嫌というほどやらされるのです。やらなくていい内は極力やらないのが、利口というものでしょう。

 その考え方は、私が所属している飲みサークルで流行っている考え方です。というよりも、遊びに誘っても殆どの人がアルバイトで忙しいから、と断るので、嫌気が刺した幹事が集合率を上げるためにでっちあげた精神論だったりします。

 その幹事役、つまり飲みサークルの部長が私の彼氏の親友なので、そういう事情も私に回ってきます。私としては、そういう精神コントロール、もしくは心理誘導とも言える行為は悪徳宗教のそれに近い気がして嫌いなのですが、如何せん相手は彼氏の親友。文句を言うのは気が引ける立場の人間でした。

「いんやー、今日も集合率低いなぁ」

 と、彼氏の親友である飲みサークルの部長が、自前のビートルのフロントを叩きながら言いました。

「だな。と言っても、こんな時間じゃしょうがない気もするが」

 と言ったのは私の彼氏です。私は彼氏の言い分に同意しました。なにせ今は夜の十二時。夜遊びは最近の若者のブームでは無い、なんて、最近の若者なら解っているだろうに。かくいう私も、今日は彼氏の家に泊まるつもりで居たのに、一緒に私が作った晩御飯を食べている最中突然呼び出しの電話が掛かってきたため、巻き込まれる形になってしまいました。

「それで、どこに行くのよ」

 部長のビートルの後部座席から降りないまま窓だけ開けて、私の友人が確認します。

 集まったのはこの四人。私と、彼氏と、部長と、友人。これだけなら、部長のビートル一台で乗り切れます。彼氏は車を持っていないので、親から借りることになるかな、とも思っていたのですが、その必要は無いようです。

 楽しげに答えたのは勿論部長です。

「あー、今日な、実はさ、割と近くの新しいトンネルあるじゃん? そこがさ、出るらしいっつう話、聞いちまったんだよ」

 割と近く、と言いますが、車で二十分はかかる場所のことです。そのトンネルが出来るまでは、隣町へ行くために峠を越えなければならなかったのですが、その峠を省略するために建設されたトンネル。トンネルの長さこそ大したことは無いのですが、工事途中で事故が起きたり、土砂崩れが起きて開けた穴が塞がってしまったりというアクシデントが多発し、開設にかなりの時間が掛かった曰く憑きです。

 なるほど、そういった噂話も流れて当然かもしれません。

「それは興味深いな」

 と関心する彼氏と、

「え、飲みじゃないの? ……じゃ、じゃああたし、帰ろうかしら」

 怖い話が苦手なのか、顔を青くする友人。

 かくいう私は、とくに何も感じませんでした。

 肝試しには、中学の時から嫌というほど連れまわされ、もう慣れてしまいました。

「そーんなこと言うなってぇ、頼む! 大学三年の夏休み、素敵な思い出をひとつでも多く残したいとは思わないか!?」

「うぅ……怖いの苦手なのよね……」

 部長が友人に両手を合わせて懇願します。そんなに肝試しがしたいのでしょうか、部長は。

「梅酒一瓶奢りやっす!」

「……そ、それなら……」

 随分と高くついたような気もしますが、二人がそれで良いのなら、私がどうこう言うべきではないでしょう。


 男二人が乗り気だったからでしょう。部長のビートルはすぐさま走り出し、そして、そのトンネルへ到着するのもアッという間でした。そしてそのトンネルを見た第一声はこれです。

「なんつーか、拍子抜けなんだが……」

 とは、運転席の部長の弁です。私としては新しいトンネルなのだから自然な事に思えるのですが、壁や道路は綺麗で明かりも燦々と着いており、挙句、トンネルの出入り口にはぽつぽつと一軒家がある始末。心霊スポットの緊張感など微塵もありません。

「こ、これなら、まぁ、全然大丈夫そうじゃない」

 と、助手席に座る友人も生気を取り返していきます。

「本当に、出る噂が立ってるのか?」

 私の隣に居る彼氏が眉を潜めながら身を乗り出します。

「そのはずなんだけどなぁ。デマだったかなぁ」

 がしがしと頭を掻きながら、綺麗なトンネルとにらめっこをする部長。

 三人が三人ともどこかがっかりしているようでしたが、私から言わせて貰えば、それは酷い偏見です。確かに幽霊は汚れた環境を好む傾向が強いようですが、それが全てではありません。汚くても幽霊が寄り付かない場所があるように、綺麗な場所に幽霊が溜まることだってあるのです。

「とりあえず、行くかぁ」

 無理矢理テンションを上げてアクセルを踏む部長。彼氏は「おし来た」とさらに身を乗り出し、トンネルの中に人影でもあろうものなら写真に収めてやるとでも言いたげにスマホを取り出します。友人は、やはりまだ恐怖が残るのか、口元を手で覆っていました。

 そして走り出すビートル。出来立ての道は走りがスムーズで、さっきまでの普通の道路よりもずっと振動が少なく、静かでした。

 余裕ぶっていても緊張しているのか、部長は何も言いません。気合を入れすぎている彼氏も無言でスマホの準備をしています。友人は走り出した時のまま動きません。とにかく、皆、前ばかり見ていました。こう言うと「なら後ろに何か居るのか」と思われるかもしれませんが、別に、後ろにも何も居ません。勿論、横にも。

 そして、結局何も見えないまま、トンネルは五分程度で抜けました。

「お、終わり……?」

 星空が見えるのだから確認するまでも無いであろうに、友人がゆっくりの口調で言います。

「みたいだなぁ」

 部長は車を止めて背もたれに身を預けます。

 道路は山の麓でした。入り口と違って家は無く、木々に囲まれています。多分、最初トンネルに入ったのがこっちの道路からだったら、もう少し緊張感を持って、この肝試しに挑んでいたでしょう。そう思う程度には暗く、そして雰囲気がありました。トンネル自体は新しいけれど、土砂崩れ防止のための補強は古びている、というのも、雰囲気を助長しています。

「とりあえず引き返そうぜ」

 と、彼氏が提案します。と言っても、どうせ引き返さなければ帰れません。

「だなぁ」

 道は四車線あるため比較的広く、Uターンは容易でした。

 そして、トンネルを引き返すのもまた容易でした。つまり、何も出なかったのです。

「あー、安心したわ。やっぱ人生平和が一番よ」

 しんみりと年寄りのような事を、友人が言います。

 しかし、それが気に入らなかったのか、部長は頭を掻いて、声を荒げます。

「もう一回! もう一回往復しよう!」

 それに反対したのは友人です。しかし、最初は怖がっていた友人も一往復して警戒心が解けているからか、駄々は捏ねず、すぐさま部長に言いくるめられました。

 それでも、そのもう一往復は無駄に終わりました。やはり何も出なかったのです。幽霊はおろか、他の車と擦れ違うことすらありませんでした。

 入り口のほう、つまり民家のあるほうの道路でもう一度車を止めると、部長が深く嘆息します。

「俺はこの三日間、ここへ来ることだけを楽しみにしてたってのに……」

 どうしても幽霊に遭遇したかったようで、ハンドルに頭を倒します。それに見かねたのか、もしくは自分も同じ心境だったからか、今度は彼氏が、

「もう一回行ってみないか? それで最後にしよう」

 と提案しました。

「でも、どうせ何も出ないと思うわよ?」

 いい加減飽きたのか、友人が唇を尖らせます。

 対して彼氏は言いました。

「いや、でも、火の無いところに煙は立たないって言うだろ? 出るって噂話があったからには、何かあると思うんだ。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつだったとしても、その枯れ尾花も見当たらないなんて、ちょっと不自然じゃないか?」

 正直、私も彼氏と似た意見でした。

 二往復した結果、このトンネルに何も出ないのはおかしい、と、私も思っていたのです。

「うーん、それはそうね……」

「俺もその意見に賛成!」

 論破される友人と、乗っかる部長。それを全員の賛同と取ったのでしょう、部長はまたもUターンし、トンネルの中へと入っていきます。

 全員が、前を、横を、後ろを何度も確認しながら、出来るだけゆっくり車は進みます。

 トンネルを抜けても辺りを見回し、Uターンしている最中すらトンネルの中を見つめ、走り出したら行きと同じように前を、後ろを、横を凝視します。

 けれど、結局何も見ることは無いまま、トンネルを抜けました。

「…………デマだったみたいだなぁ……」

 車を止めて、いくらかの沈黙の後に部長が言います。

「みたいね」

「だな」

 友人と彼氏が口々に言い、そして、集中し疲れたのか、ため息を吐きながら背もたれに身を埋めます。

 その時でした。前方から、パトカーがこちらへ向かってきます。

 何かあったのだろうか、と、全員の視線がパトカーに集まります。

 すると、私達が乗るビートルの前でパトカーが止まり、中から警官が降りてきました。

 警官はまっすぐビートルの隣に立ち、運転席の窓を二回叩きます。

 四人で一度ずつ顔を合わせてから、部長は窓を開けるのではなく、そのまま外に出ました。警察に声をかけられて運転手が車から降りた手前、自分達だけ座ったままというのも気まずいです。私と友人と彼氏は、口裏を合わせるまでもなく同時に車から降りました。

 それを確認してから警官は言います。

「君達は、いつくらいからここに居るの?」

 答えたのは部長でした。

「えっと、三十分くらい前っすかね」

 警官は「そうか」と小さく呟いて、続いて、気まずそうにこう告げるのです。


「――さっき近くの住人から、『天井に女の人を乗せたままトンネルを往復している車がある』って通報があって来たんだけど、見てないかな」


 ちなみに、部長のビートル以外の車は、この時間、一台も通っていませんでした。私達は、一台すらも擦れ違っていません。私達の車以外に、車なんてありませんでした。

 私が、ああ、そういう落ちか、と納得している傍ら、部長と、友人と彼氏の顔が、見る見る青ざめていきます。

 留めのようで気が引けたのですが、私は一歩一歩車から離れながら正直な提案をしました。

「ねぇ、帰りはタクシーにしたほうが良いよ。車はここに置いていって、明日、除霊とか出来る人を探そう」

 部長と、友人と、彼氏と警官の目が私に向きます。全員の目がどこか虚ろで、恐怖に滲んでいるのがありありと伝わってきました。

 だから私は、部長のビートルの車体、その天井を指差すのです。


「――乗ってるから」


 肝試しには慣れたものです。子供の頃から霊感が強かった私は、同級生達に何度も心霊スポットに連れていかれ、何度も遭遇しているのですから。

 そりゃ、私の霊感がいくら強くても、トンネルを往復する意味なんてありません。車に乗ったままでは、前と、横と後ろしか確認出来ません。

 ――わたしも連れて行って。このトンネルから出ることが出来ないわたしも、いっしょに連れていって。

 そう懇願するように車にしがみつく女性の霊は、ずっと上に居たのですから。

 



 夏なので、ホラーを書きたくなりました。緩めのホラーに入ると思います。


 ただ、書いてるうちになんか、主人公の描写なんてひっとつもしてないのに、ほんとに何故か、「この主人公かわいいな」と思ってしまった僕は、多分、ホラーより怖いなんらかの病気を持っているのだと思います。てへっ

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