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忘れ物の日  作者: 竹由
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忘れ物の日

 なんてこった。この忘れ物は大きいぞ。風香は床に手を突いた。

 風香の中学校では3年に一度マラソン大会と文化祭と体育祭の3つが順序良く廻る。風香が3年生の今年はマラソン大会。3つの中では準備も少なく楽なのだが長距離を走るのが好きな人は珍しく、皆から嫌われている行事だ。

 それはともかく、風香はその行事で体育着を忘れた。今回の忘れ物はいろいろ『ヤバイ』。

「せ、先生……」

とぼとぼと歩いて体育の先生に忘れ物を伝える。

「あなたねェ……普段は忘れ物なんてないのにどうしてこんな時だけ」

「うう」

 本当にそうだ。風香は肝心なときに取り返しのつかない事をする。

「今なら間に合うけど、家に取りに行けないの?」

小声で言う。

「無理です……」

 開会式まであと一時間はあるのだがそれも不可能。風香の家は最短ルートで電車を使っても往復40分は掛かる。どうしても地域指定の中学が嫌で祖母の家に住所を移してまでこの中学に通うのだから。

「嘘でしょ、どうするの。点数も大きいのよ」

 「実技教科は1.5倍」と付け足された。かなり響く。痛いぞ。

「先生、私走りたいです。部活のチームTシャツで走っちゃだめですか?」

 切実な願い。風香から真剣な眼差しを向けられ体育の先生は困ったように目を逸らした。

「そんな事は許せません。学級ごとでの授業とは違うんだから。全校生徒の中で体育着以外はさすがにねェ」

「そんな……」

 風香は仕方なく担任に忘れ物報告しに行った。


 担任の指示に従い風香は倉庫の屋根の下で待機することになった。真冬だが今日は日が出ていて屋根の影は見学にはちょうど良かった。

 風香が地べたに座って肩を落としていると同じクラスの男子が寄ってきた。体育着を着ている。

「あれ、吉城君どうしたの?」

風香が訊ねると吉城隆介(ヨシキ・リュウスケ)は不甲斐なく笑って

「身体弱くて」

と言った。続けて

「スカート汚れないの?」

と風香のスカートに気を遣ってごく自然に右隣に座った。

 風香は少し驚いて反射的に左に少し寄った。

「あ、ごめん急に」

それに気がついて謝りながらも吉城はそのままの距離で話を続けた。

「男子と女子では体育別だから分からなかったんだろうけど俺体育は不参加なんだよ。いつも見学」

「そうなんだ」

 風香にはどうして自分にそんな話をしてくるのか理解不能だった。適当な相槌を打ちながらも遠くを眺める。生徒たちは集合が掛かるまでのお喋りタイムだ。

「……瀬戸川は忘れ物?」

「え、まァ。走りたかったんだけどね」

「ふーん。走るの好きなんだ?」

「えっ、決してそんな事じゃないよ。でも上位入る自信があるっていうか、ね」

 走るのが好きな人なんていないよ、と呟く。そっかァ、と吉城も小さく返した。

「ごめん嘘ついた。俺も忘れ物。いつもはやってるよ、体育」

 吉城はバツが悪そうにぽりぽりと頭を掻いた。

「どうして嘘ついたの」

 実際はそこまで気になっているわけではないが一応訊く。風香は話が途切れた後の雰囲気が好きではなかった。

「あー……なんとなく?」

「それも嘘ね。さすがに分かる」

 あまりにも不自然な間にクスッと笑う。吉城が顔を少し赤くしたので風香はもう訊かないことにした。

「忘れ物、どうやら私たちだけみたい。恥ずかしいね」

「うん。俺なんかサボりと思われてそう。走るの嫌いなんだ。遅いから」

「そうなんだァ」

「う、うん」

 それから2人は黙ったままで体育着を着た500人もの生徒が一斉に準備体操をするのを見ていた。

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