1始まりの日 5
「しっかし、まー、信じられるか?」
同僚で隣の席の高野浩二が、天丼をほおばりながら弘明に話しかける。
「いや。全然。全く。ない、ない。」
弘明は、箸をもつ手を大きく左右にふりながら高野に即答した。
弘明はため息をつき、さめかけたお茶が入っている湯呑を持ち
「それよりも、会議が終わった後、部長が『とにかく通常業務に戻ろう。今できることを行おう』ってセリフも信じらんないわ。唯々諾々と従って、仕事をし始める自分もなー。」
と、お茶をすする。
今は昼休み。
弘明と高野はつれだって、よく行く定食屋に行き、昼食をとっている。
弘明は親子丼を頼んだが、食欲がなく半分も食べられない。
それに比べて高野は、いつも通りおいしそうに天丼をたいらげてゆく。
(高野って、本当物事に動じないよな。うらやましいわ。)
弘明は半分苦笑いしながら、高野が天丼を完食するのを見ていた。
「怪獣があらわれたのが、3カ所だよな。アメリカのオレゴン州、フランスのプロバンス地方、あとは、えー、南米のどこだっけ? ごちそうさまでしたー」
ニコニコ笑いながら高野は満足そうに箸を置いた。
「ブラジルのどっかだったよなぁ。口から火をふいたり、氷をふいたり、さんざん暴れて、突然姿を消したっつーのも信じられんわ。」
弘明が答える。
「うん、信じられない。どこいったんだ? まあ、信じられないと言ったら、普通に定食屋が開いてたり、電車が時間どおりに動いてたり、普通に仕事してる俺たちが、一番信じられないけどさ」
高野が頭をかきながら、弘明が感じていることと同じことを言った。
「まあ、なあ。東北大震災の時もそうだったよなあ。俺たちが避難所で生活してたとき、日本の10分の9は普通の生活してただろ。あれと同じだろ」
弘明と高野は顔を見合せて苦笑した。
ここは杜の都仙台。
大塚弘明、26歳、彼女なし、一人暮らし。
怪獣があらわれたことを呆然とTVで見ていた自分が、怪獣とたたかうハメになるとは、このとき夢にも思っていなかった。