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3ON3!  作者: 泉谷パーム
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第一章 純愛ON恋愛ニート

 頬に一発。

 重い拳骨が、不良少年の顔を穿つようにずっしりと食い込む。

「ふげあっ!」

 殴られた少年が、背後へと大きく吹き飛ばされた。

「まだやるか? 俺は構わないぜ」

 殴った側の金髪少年は、赤く腫れた拳の甲を見せつけながら、にやり、と歪んだ笑みを浮かべた。そこから、鋭い八重歯がにゅっと剥き出しになる。

「ひ、ひぃぃ」

 先ほど殴られたのとは別の、おそらく彼の仲間と思われる少年が、怯えながらゆっくりと後ずさりしていった。

 夕刻の公園内にいたのは、この少年たち三人のほかに、少女が一人。公園の隅で、事の一部始終を座り込みながら眺めていた。ちなみに彼女は、殴った側の少年と同じ学校の制服を着用している。

「やらないのなら、言うことがあるだろ?」

「へっ、な、何を言ってるのか、さっぱり、だ……」

 間髪を入れず、もう一発。

「ぐふえっ!」

 もう一人の少年も、鈍い声を挙げながら倒れこむ。

「あーあ、しらばっくれちゃって。俺見てたんだけどなぁ。君たちがこの公園で、この女の子に何か声を掛けて、明らかに嫌がる彼女の腕を引っ張っていたところ。あれ何? 大岡越前ごっこ?」

「そうだと、いったら、どうする?」

「んなわけねぇだろボケ!」

 今度はそれぞれの顎に、思いっきり蹴りが入る。

「んぐあ!」

「そろそろさぁ、答え聞かせてほしいんだけど。納得できる理由だったら、俺謝るからさ」

 自慢の八重歯をこれ見よがしに見せつけながら、彼らを睨みつける。

「えっと……」

「この公園で可愛い女の子が一人で歩いていたものだから……」

「ふむふむ」

「つい、魔が差しまして……」

「つい、声を掛けまして……」

「つい、ムラムラッときちゃいまして……」

「つい、彼女と遊びたくなっちゃいまして……」

「つい、そのぉ……」

「女の子に、ナンパ、っていうか、スキンシップ、といいますか、乱暴、といいますか……」

「やってしまったわけで……」

 そこまで言って、二人とも黙り込む。

「へぇ、なるほどね」

 金髪少年が頷いた瞬間――。

 ガツン、と大きな音が公園内に響き渡る。そして気がつくと、金髪少年の拳が、傍らにあった公園の木にめり込んでいた。

「殺されてぇのか、てめぇら!」

 睨みを一段と利かせながら、金髪少年は不良たちを見据える。

「ま、待て……」

「まさか、お前は……鉾田、ケルベロス鉾田か!?」

 不良たちは恐怖に慄きながら、背後へと動き始めた。

「二度とこの子の目の前に現れるな。この俺の目の前にも、だ。さもなくば、頭蓋骨が粉々になるぜ」

「う、うぐっ」

「す、すみませんでしたあああぁぁぁぁ!」

 不良少年たちは立ち上がり、一目散に公園から逃げ出していく。それを追うこともなく、鉾田と呼ばれた金髪少年は、じっと立ち尽くしていた。

「さて、と」

 睨みつけた表情をゆっくりと元に戻しながら、座り込んだ少女のほうへと向かっていった。

「悪いな、怖いもん見せちまって。逃げても良かったんだぜ」

「あ、いえ……大丈夫です。お礼が言いたかったので……」

 少女の顔が、ぽっと赤く染まる。

「あの……」

「ん?」

「もしよかったら、その……」

 ごくっ、と唾を飲み、少女は深く息を吸い込んだ。

「私と、付き合ってください」

 しばしの沈黙。

 公園ごと包み込むような、桃色の空気がふんわりと流れる。

 少女は俯いたまま、じっと告白の返事を待つ。

「ん、ああ。そうだな……」

 困惑した表情で、鉾田は彼女から視線を逸らす。彼女のほうはというと、俯いた顔を挙げて鉾田を真剣な眼差しで見つめる。

 もうあと一押しだ。彼女は拳を握り締めた。

「やっぱり、ダメ、ですよね?」

「お、おいおい。泣くなよ」

 じんわりと瞳に涙を潤わせながら彼とアイコンタクトを取る。いわゆる泣き落とし作戦という奴だ。大抵の男子はこういうのに弱い。これなら確実に彼の心を掴むことができる。彼女にはそんな確証があった。

「あのさ……」

 やっと声が返ってきた。

 鉾田は彼女の肩に、ポンと手を乗せる。

「悪い、無理」

「えっ?」

 あまりにもあっさりとした返事。

 正直この流れならオーケーを貰えると思ったのだが、こんなに簡単な振られ方でいいものだろうか。彼女は納得できなかった。

「ほら、なんか違うんだよね。うまくいえないけど。正直こんなんで彼女作るのは間違っているというか」

「えっと……」

「ま、君なら多分もっといい彼氏できると思うからさ、頑張って。それじゃ」

 あっさりとした返事と同じようにあっさりした、彼の去り際。

 その姿を見送りながら、彼女の脱力状態が続いた。

 そして――。

 完全に鉾田の姿がなくなったところで、彼女は大きく息を吸って――。

「この、この……」

 叫んだ。

「この、恋愛ニートがあああああああああ!」



六月も終わりに近づき、蒸し暑さがじんわりと増していた。私立愛峰高校の生徒たちも全員が衣替えを終えて薄い夏服を身に纏っていた。ちなみにこの学校の制服は赤と紺を基調としたブレザーである。人気の高い制服ではあるが、それでもネクタイやリボンを嫌がったり、中にはスカートを嫌がったりする女子もいる。しかし、基本的にネクタイやリボンは式典などの際以外は着用の義務はないし、女子が男子のスラックスを履いていても何ら問題はない。

 そんな学校だからこそ、生徒の幅も非常に広い。本人の個性を大事にする、などと謳っている学校は他にもあるが、この学校ほど生徒の人間性にバラつきがあるところはあまりないだろう。「日本一の優等生から日本一の落ちこぼれまで」なんて謳い文句まで何者かによって創られたほどだ。

 昼休み。蒸し暑さが一段と増す時間帯。屋上の日陰に三人の男子生徒が向かい合って座り込んで弁当を食っていた。

「で、それでその女子を振った、と」

 望月春馬はペットボトルのお茶を啜ってため息を吐く。

 眼鏡を掛けたインテリ風な外見通り、学年一の成績を誇る優等生。三人の中でも一番背が高く、顔立ちも非常に整っているために女子生徒からの人気はダントツで高い。

「連ちゃん、謝ったの?」

 鴻上幾重はパンを頬張りながら、金髪の少年を見る。

 性格はやや控えめで、彼らの中では一番地味だが、成績は意外と悪くない。三人の中では最も背が低く、他の男子生徒と比較してもやや幼い外見をしているせいか、上級生からの人気が高い。

「だーかーら、ちゃんと『悪い』って謝ったってーの!」

 大好物の納豆巻きを咥えながら悪態を吐くのは、公園で女子生徒を振った金髪少年、鉾田連太郎。中肉中背な外見に似合わない腕っ節と不良風な外見から、彼もまた女子生徒たちから人気がある。

「でも噂になっていたぞ。鉾田連太郎がまた女子生徒を泣かした、と」

「それなんか俺がいじめたみたいじゃね?」

「まぁ普段の行いがアレだからね」

 幾重の発言に、春馬も無言で頷く。

「だああああ! お前ら見くびるなあああ!」

「だったら普段の生活態度から改めろ」

「そういうお前だってなぁ」連太郎は軽く舌打ちを挟む。「今月何人に告られたよ!?」

「……五人」

 途端にたどたどしい口調で視線を逸らす春馬。そんな二人のやり取りを見ながら幾重は苦笑いを浮かべる。

「幾重はどうなんだよ?」

「え、僕?」

「えっと……」

 幾重は右手を親指から順に折っていき、中指まで折ったところで手が止まった。

「三人、かな?」

「ははは、このリアルでじゅーじつしてる奴らめ!」

 連太郎は納豆巻きを食い終え、パックのウーロン茶を飲み干す。

「で、でも……」

 幾重は暗い顔で俯く。

「わーってるって! お前は仕方がない」

「うん……」

 顔を挙げるが、幾重の表情は依然として暗いままだった。連太郎は幾重の肩を軽く叩いて、彼に見せ付けるように微笑んだ。

「とりあえずは、だ。いつもどおり“アレ”やるか」

「アレ、か」

 しばらく沈黙が続く。

「情報通の春馬のことだから、俺に告白した女子のことぐらい知っているんだろ?」

「まぁ知ってはいる、が」

 春馬は懐からスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで操作を始める。

「金山陽子。D組の生徒だな」

 スマートフォンに映し出された画像には、昨日連太郎が公園で助けた女子生徒の顔、そして春馬が書いたと思われるメモが載っていた。

「あー、どっかで見た顔だと思ったら、隣のクラスだったか」

 幾重は小さな声で「酷いね、連ちゃん」と呟いた。

「バレー部に所属していて、趣味はスポーツ観戦らしい。好きなタイプも、同じ趣味の合いそうな男子だそうだ」

「ふーん、スポーツ観戦ねぇ」

 連太郎にとってスポーツ観戦は嫌いではないが、正直特筆すべき趣味ではない。昨日不良から助けた姿がスポーツマンにでも映ったのだろうか、いずれにせよ自分と合うような女子ではないことは明白だった。

「スポーツが好きなら」幾重が口を出した。「同じ剣道部の今池君とかどうかな? 彼もよく観戦に行くって言ってたね」

「今池って、A組のか。確かに、アイツなら性格もよさそうだしな」

「A組とD組だと、またお互いに知らない人とかいるもんね」

「決まりだな。幾重、紹介はお前に任せる」

「うん、分かった」

 メモ帳とペンを取り出して、話し合いの内容を記述する幾重。これで自分の重荷は下ろせた、と連太郎は安堵した。

「あとは、と。こないだ俺に告白してきた、うちのクラスの栄由紀子とF組の久屋美並……」

「僕は三人とも先輩だからなぁ。ちょっと難しいところが……」

 二人して首を捻っていると、背後に人の気配を感じた。あまり人気のない屋上なので、誰だろうか、と一瞬驚いた。

「あんたたち!」

 振り返ると、二人の女子生徒がそこに立ち尽くしていた。二人とも、連太郎たちとは顔見知りである。

「そこで何をしているのかしら?」

 黒い髪をなびかせ、やや冷たい視線を送る、生徒会長の鴻上真雪。義理ではあるが、幾重の姉である。

「な、何って……」

「他愛もない話で盛り上がっていただけですよ、会長」

 春馬が淡々と返事をする。ナイスフォロー、と連太郎は無言で彼に感謝を述べる。

 しかし真雪はというと、幾重が持っているメモ帳をひょい、と取り上げ、中を捲る。

「なるほど、ねぇ。やっぱりあなたの言うとおりだったわ、仙石さん」

 真雪の傍らに立っていたもう一人の少女、仙石桃子が自分の眼鏡をクイッと寄せる。たしか彼女は新聞部員だったと、三人は記憶している。

「やっぱり睨んでいたとおりでしたよ、会長」

 連太郎たちに向かって思いっきり指を突きつける桃子。

「な、何だよ!? 俺たちが何かしたのか!?」

「自分の胸に聞いてみなさい」

「んだと!? おーい、俺の胸。俺何かしたか?」

「馬鹿なことやってる場合か」

 ふっ、と息を漏らして、春馬は桃子のほうを見つめる。桃子も負けじと彼を睨みつける。

「お前のことだ。どうせ、情報を既に掴んでいるのだろう」

「情報?」

「あんたたちが今やってるコレのことよ」

 桃子は真雪からメモを受け取った。

「ふーん、金山さんと、今池君ね。なるほどなるほど」

 そう言いながらメモをまじまじと眺め、そして――。

「却下」

 思いっきり、メモ帳を破いた。

「あああああああ! 何すんだよ!?」

「その前にこちらの質問に答えてもらえるかしら?」

 口を割り込ませる真雪。

 彼女の凛とした佇まいを見るたび、その場にいる者全員が一歩引いて閉口してしまう。義弟である幾重でさえ、彼女の持つカリスマ性にはいつまで経っても圧巻される。まさに“生徒会長”という肩書きがふさわしいと皆が感じた。

「姉さん、だからそれは……」

「あなたは黙っていなさい、幾重」

 真雪に諭されて幾重は俯いた。

 連太郎は立ち上がって、背後の手すりをぐっと握った。

「おい、そこの紫式部。耳の掃除してよく聞け」

「誰が紫式部よ。黒くて長い髪だけで適当なこといってんじゃないわよ」

「会長、突っ込んだら負けですよ」

 一同が、深くため息を吐いた。

「これはなぁ、ボランティアだ、ボランティア」

「ふぅん、ボランティアねえ」

 桃子は頷いてから、自身のメモ帳を懐から取り出した。

「とっくに調査済みよ。ここのところこの学校でカップルが成立しまくっているっている件」

「それはいいことなんじゃ?」

「そしてその裏をとったら……」

 桃子はビシッと指をさす。

「あなたたちにたどり着いたというわけよ」

「ほうほう……で?」

 再び桃子は三人を睨んだ。それは今までより、彼らに怒りをこめた睨みだった。

「知ってるんだからね! 告白してきた女の子を振って、その子たちに適当な彼女いない男子を紹介してるって!」

 桃子は自分のメモ帳を二、三ページ捲った。その中にはこれまでの彼らが成立させてきたカップルの詳細が目まぐるしく書かれていた。

「だからそれの何が悪いんだよ! ただ振るだけじゃ気分が悪いから男紹介してやってんだろ!」

「それって要は自分が付き合いたくないから押し付けてるだけでしょ!?」

「いいだろ!? 結構いるんだぜ、いい奴なのに彼女できない奴」

「それに俺たちは、彼女たちのことをちゃんと調べて、相性のよさそうな奴を紹介している。問題はないはずだ」

 埒が明かないと思い、桃子は頭を抱える。

「最低、ね。あんたたち」

 真雪が口を挟んだ。

「ホントですよねぇ、会長!」

 いきなり甘い猫撫で声を出す桃子。

「てかさっきから黙ってるけど、お前は何かいうことはないのかよ、幾重」

「えっ!? 何かって……」

 幾重はコーヒー牛乳を一口含んで、一気に飲んだ。

「僕だって、付き合えるなら付き合いたいよ。けど……」

「あなたはいいのよ、幾重。あなたは……」

 今度は真雪が俯く。その声は、どこか悲しげに聞こえた。

「やれやれ、生徒会長も弟には甘いのか」

 連太郎は首を横に振った。

「あなたの知ったことじゃないでしょ」

 目を吊り上げて、連太郎に怒る真雪。

 しばらくして気持ちが落ち着いたのか、彼女は懐から何かを取り出した。それは何やら真っ白い紙の束ようだ。

「あなたたちに向けた女子生徒たちの手紙が届いているの」

「なんで姉さんがそんなものを……」

「いろいろと頼まれたのよ。弟とその友人たちに渡しておいてください、ってね」

 言うまでもなく連太郎たちのことだろう。

 とりあえずは、彼女の話の続きを静聴することにした。

「えっと、『鴻上君、こないだは勝手に告白してごめんなさい。今は新しい彼と仲良くやっています。こんなに素敵な彼を紹介してくれてありがとうございます』」

「あ、それ……」

 手紙の主に心当たりでもあったのか、思わず幾重の声が漏れる。

 真雪は無視して一枚目を捲った。

「『鉾田、死ね』『望月君、ありがとう。鉾田君に紹介してもらった彼氏はすごい格好いいです。けどやっぱり鉾田は死ね』『鉾田君に告白した私が馬鹿でした。一回死んだほうがいいと思います』『アホコタ、死ね』」

「って、なんで俺ばっかり悪口なんだよ!?」

 鉾田の悲痛な叫びが屋上内にこだまする。

「……と、まぁ。こういう手紙がたくさん届いたから、何故か私に。いくら幾重の姉だからって、ねぇ。そういうことだから仙石さんに頼んで調査を依頼したというわけよ」

「ふふふ、この私が“節穴の桃子”と呼ばれる所以、理解していただけたかしら?」

「その異名、ダメじゃね?」

 鼻高々になる桃子に、冷静に突っ込む連太郎。

 ちなみに、この異名は「スクープの節々を穴が開くまでじっくりと調査する」という意味である。が、その説明は何故かされなかった。

「いえいえ、桃子さんの情報収集能力は本当に役に立ったわ。ありがとう」

「てへ、会長のためなら例え火の中水の中草の中森の中ですよぉ! でも最後にはやっぱり会長のスカートの中に行きたいな……」

「おい、仙石」

 連太郎が声を掛けると、それまで真雪にベタベタと擦り寄っていた桃子が、一気に仄暗いオーラを纏う。

「何よ?」

「ふざけんなよ。いくら会長の頼みとはいえ、大きなお世話にも程があんだろ!」

「お世話? 私が世話したのは会長であってあんたたちじゃないし。バカじゃない?」

「んだと!?」

 二人は互いの目を数センチの距離に近づけ、火花を鳴らす。

「やめろ、二人とも」

 春馬がたしなめると、ふん、と二人は顔を背け合って初期位置に戻った。

「大体よぉ、この学校がおかしいんだよ」

「何がおかしいのかしら?」

 ん、と目を細めて連太郎に問いただす真雪。

「みんなが自由すぎるっていうか、簡単に恋愛しすぎる、というか……」

 連太郎は髪をクシャクシャと掻き、思いっきり舌打ちをした。

「どこもかしこもカップルだらけ。そりゃ、学生なんだしそれが普通かも知れないけどよ、なんかこの学校の恋愛率は異常だろ」

 連太郎はふと屋上から下を眺めた。

 並木道に置かれたベンチに、ぽつん、ぽつんと男女が座っている姿が映る。

 男女とはいってもその種類は様々で、眼鏡を掛けた優等生風同士、派手に髪を染めた不良同士、また学生だけでなく男性教諭と女子生徒、もしくは女性教諭と男子生徒。挙句の果てには単なる友人関係とは思えないくらい距離を縮めて座っている同性までいる。

 外界から完全に隔離されたような、二人だけの異様な空間。

 それがこの学校内にはいくつも存在している。そう考えると、連太郎たちは少しずつ頭が痛くなってきた。

「定年間近の教員と学生が普通に付き合う学園など、全国探してもうちくらいしかあるまい」

「そんなことまで調べているのね」

 真雪は感心した。

「調べている、というよりも耳に入ってくる、といったほうが正しいな」

「その地獄耳、うちの新聞部に是非欲しいわ」

 小さく頷きながら、桃子は皮肉を垂れた。

「詰まるところ、単純すぎんだよ、うちの学校の連中は」

 連太郎からこぼれる、深いため息。

「確かにな。そもそも恋愛など、やりたい者同士でやる分には構わない、が、中にはそうでない者もいる」

「そうそう」連太郎は頷いた。「いいか、一生って何年だ? せいぜい八十年ぐらいだろ。八十年って長いように見えてあっという間だぜ」

「連ちゃんが人生観語りだしたよ――」

「いいから黙って聞け! その八十年しかない時間、たった八十年だぜ。そんな短い期間にちっこい恋愛なんてやっている暇があったら、俺ならもっと有意義なことに使うね」

 春馬は腕を組みながら、ため息を吐いた。

「俺も同感だ。そもそも恋愛とは何だ? 人が一方的に好きになって、告白したらその人も実は好きで両想いだった? そんな何万分の一で起こるかも分からないようなメカニズムがあってたまるか」

「なるほど、ね」

「納得したか?」

「ええ、あなたたちの考えは良く分かったわ」真雪が頷く。「あなたちみたいな人種を、世間では何て呼ぶか知ってるかしら?」

 真雪が問うと、三人は首を捻った。

「知らねぇよ。さして興味もないし」

「“恋愛ニート”……。そう呼ぶそうね」

 真雪の発言に、三人は怪訝な表情を浮かべた。

「何だそりゃ」

「そのままの意味よ。恋愛をする気のない人たちのこと」

「ふぅん」

 連太郎は興味なさそうに空返事をした。

「姉さん、あのさ……」

 やっとこさ幾重が口を開いた。

「何かしら?」

「もしかして怒ってる?」

 場の空気が、一瞬にして凍りつく。

「あ、ごめん……」

「怒ってはいないわ。けど、あなたたちの今後が心配になってきただけ」真雪はふっ、と

息を漏らす。「このままだとあなたたち、一生恋愛なんてできなくなるわよ」

 その一言に、連太郎たちの眉間が一斉に皺を寄せた。

「どういう意味だよ」

「そのままの意味よ」

 ったく、と悪態を吐きながら、連太郎は姿勢を整えなおした。

「余計なお世話だっつーの。俺らが恋愛できようができまいが、あんたに何の関係がある?」

 連太郎は納豆巻きを再び頬張った。

「ちょっと、そんな言い方って……」

「いいのよ、仙石さん」

「会長……」

 真雪は首を横に振って、踵を返した。

「そうね、あなたたちのスタンスにとやかく言うのも悪いわね」

「なんだ、案外素直だな」

「これ以上は無意味だと思ってね」

 真雪の発言に、男子三人は顔をしかめる。

「そうですよね、会長。こんな奴ら相手にするだけ無駄ですよね」

「んだと!?」

「何よ!?」

「あ、そういえば、幾重」

 突然真雪が幾重のほうを見る。

「ど、どうしたの、姉さん」

「今日なんだけど……たまには一緒に帰らないかしら?」

「えっ!?」

 真雪は照れくさそうに言った。普段凛々しい彼女だが、今日はやたらと幾重の前では顔を緩めている。

「僕はいいけど、いつもは連ちゃんと春馬君と帰ってるし……」

「俺は今日は図書委員の仕事がある」春馬が言った。

「連ちゃんは?」

「あぁ、そういや俺も葉月のヤローに文集の編集作業手伝えって言われてたっけな」

 連太郎は頭を抱える。

「あはは、連ちゃんって葉月先生に気に入られてるね」

「あんにゃろ、なんだかんだいって俺に雑用を押し付けやがって。行かなかったら行かなかったで後で大泣きされるし、マジめんどくせぇぜ」

「葉月先生も教師になって日が浅いし、少しは協力してやれ。どうせ帰ったところでゲーセンかCDショップに寄り道するだけだろう」

「ったく、しょうがねぇなあ」

 連太郎は何度も舌を打った。

「決定ね。じゃあ昇降口の前で待っていて」

 久しぶりの、姉弟水入らずの下校。

 真雪は内心はしゃいでいる。

 それに対して、幾重は――。

 何故か、訝しげな表情を浮かべていた。

「なんだ、ありゃ?」

「さぁ、な」

 三人もまた、訝しげな表情を浮かべていた。


――そっか、恋愛、しないのか。

少女は一連の流れを、屋上の出入り口からそっと眺めていた。

そのまま手に持っていた弁当を何も言わずに落としてしまった。

彼がよく屋上でご飯を食べるというから、自分からそこに混じって一緒に食べる。ただ、それだけのことをしようと思っただけ。だが、実際来てみると、彼らがしていた会話の内容が心に突き刺さった。

「あれ? あなたそこで何しているの?」

 いつの間にか、出入り口の付近に別の女性が立っていることに気づいた。それも、よく知った顔である。

「多分、あんたと同じ理由」

「そっか。そう、だよね」

 くすっと二人で微笑みあうが、いつの間にか少女の瞳から涙がこぼれ始める。よく見ると、相手の女性のほうも目に涙を浮かべていた。

 しばらくすると、二人の少女が屋上から出入り口に向かってきた。

「聞いていたのかしら?」

 二人は、首を縦に振った。

「これで分かった? あいつらは、“ああいう奴ら”なのよ」

 場が一斉に静まり返る。

「それでも、あなたたちは……」

 生徒会長、鴻上真雪が聞くと、二人は強く

「あ、当たり前、でしょ」

「う、うん」

 肯定した。

「そう。分かったわ」彼女は相変わらず凛とした佇まいで階段を降りていった。

 残り二段となったところで再び止まり、後ろを振り返った。

「例の計画、本当にやるかどうかしっかり考えておいて。先生も、お願いしますよ」

 それだけ言い残して、真雪は去っていった。

「え、ちょっと、会長! 置いていかないでくださいよぉ!」

 会長を追いかけるもう一人の少女、桃子。

 彼女らの後姿を見送りながら、二人はぽかんと口を開けていた。


「えーっ!? ちょ、マジウケるんだけど!」

「キャハハハハ! ホントありえないって!」

 渡り廊下内に女子生徒たちの馬鹿笑い声が響く。

 今時の高校生らしい、百円ショップのメイクを覚えたばかりのように塗りたくった少女たち。無駄に大きなトーンの声のせいで、どうしてもそこを通ると彼女らに目が行ってしまう。

「あ、ごめーん。あたしそろそろ行くね」

 グループの中の一人、天野咲海は携帯電話で時刻を確認して謝った。

 染め上げた濃茶色のセミロングヘアを左右両方で束ね、制服の下にジャージを履いている、まさに“今時の女子高生”といったスタイル。今時すぎて、自由すぎるこの学園の中では逆に珍しいタイプかも知れない。

「えーっ!? 最近サクミ付き合い悪いよ」

「ごめーん。それじゃあ明日ね。バイバイ」

「あ、サク! あたし明日サボるから会えない……って、行っちゃった」

 他の女子たちの声も無視するかのように、咲海はその場から立ち去った。

「なんかホントに最近咲海付き合い悪くなったよね」

「聞いた話だけどさ、どうも図書室によく行っているらしいよ」

「へぇ……サクミが図書室ねぇ」

 それを聞くと、女子生徒たちは一斉に顔を見合わせる。

「まさか……」

「好きな人が出来たとか?」

「図書館にいるような人? サクミに限ってないない!」

 女子生徒たちは再び笑い飛ばした。

 しかし、その声は既に咲海の耳には届いていなかった。


「失礼、しまーす」

 咲海が図書室にたどり着くと、恐る恐る扉を開けた。

 小学校の低学年以来、図書室という空間に縁のない彼女にとって、職員室や校長室以上に敷居の高い場所である。ここが保健室だったらなぁ、と彼女自身も考えていた。

 中を見渡すと、冷房が効いているわけでもないのに、独特のひんやりした空気が漂ってくる。しかも、その空気の中には「静寂以外の音を出すな」とでも言わんばかりのオーラが放たれてきた。

 咲海は忍び足で、ゆっくりと中に入っていった。しかし、彼女が入るや否や、黙々と勉強している何人かの生徒たちの視線がこちらに集まってくるかのようだった。

 ――オイオイ、また来たぜ。

 ――あれって、男食いまくっているので有名な天野じゃね?

 ――場違いなのよね。静かに勉強したいんだから帰って欲しいわ。

 ただこちらを見ているだけなのに、彼らがそんな言葉を矢のように放っている気がした。うるさい、と一言いって睨み付けようかと思ったが、なんとか抑えた。

 その足のまま更に奥に進んでいくと、彼女は目的の人物を見つけた。

 ――いた。

 彼は図書室のカウンターに座りながら、無表情で本を読んでいた。彼の掛けている眼鏡に反射して本の中身が見えるかと思ったがそんなことはなかった。

 咲海は思いきり深呼吸をすると、その人物の前に立った。

「あ、あのさぁ、望月」

 彼女が呼びかけると、彼は読んでいた本を置いて視線を彼女の方へ向けた。

「ん? 天野か」

「またさ、勉強教えて欲しいんだ」

 ――よし、言えた!

 そんなことを思いながら彼女は心の中でガッツポーズを取った。

「ああ、構わない。今日はどの教科だ?」

「え、えっとね、数学と日本史。ほら、明日ふたつとも小テストあるじゃん」

「ふむ……。まぁいいだろう」

 感情という感情をすっぽり抜ききったような声だったが、肯定されたので咲海も思わず笑顔になって、「ありがと!」と礼を言った。

 ――何だよ、今度は望月狙いかよ。

 ――無理に決まってんじゃん。彼は優等生なんだし。あなたと違って!

 また、周りそんな声が聞こえてくるかのようだった。

 周囲から何度も誤解されたことはある。実際彼女はこれまで何人かの男子と付き合ったことはあるが、そういった関係にまで陥ったことはない。

 ――無理だろ。

 ――ダメに決まってんじゃん。

 ――あんたとは釣り合わないって。

 静寂の中から聞こえる、無言の暴言。

 ――やめて! あたしはただ、望月と一緒にいたいだけ……。

 心の中で反論したところで、絶え間なく聞こえる声は止まったりはしない。

 もちろん彼らが本当に言っているわけではないのは分かっている。この学園に入学して以来、そういったことを口に出して言われたことはない。しかし、ここにいると、どうしても疑心暗鬼に陥ってしまうのだ。

「おい、どうした?」

 咲海が黙っていると、春馬が不思議そうに尋ねてきた。

 ――やっぱり、釣り合わないのかな。この恋。

 咲海は昔から惚れっぽい性分で、中学時代に付き合った男子も、自分の一目惚れがきっかけ。それらは全て、特にこれといったイベントもなく、いつの間にか自然消滅するように終わっていた。そんなことを繰り返しているうちに、周りの人間たちは彼女を男好きだのビッチだのと揶揄するようになった。

 それが嫌で、この学校に入学した。ここならば自分のことを受け入れてくれると思ったからだ。それからは他人から変な目で見られることもなく、平凡な生活を送っていた。

 そして、高校になって初めて恋をしたのが、春馬だった。

 今回の恋は今までとは違う。

 最初はただ単純に赤点回避のために勉強を教えて欲しかっただけだった。しかし、何度も彼を頼っているうちに、いつの間にやら心臓が高鳴る頻度が増えていった。

 そして、それが恋心だと気づいたのはつい最近。

 同時に、彼に対してとてつもない劣等感さえ抱くようになった。

 だけど――。

「ううん、なんでもない」

「下校時刻まで間がない。出来る限り要点を絞って教えるぞ」

「ごめんね、図書委員の仕事中に」

 ――ホントにごめん。

 昼間の会話、全部聞いちゃった。

 それでも……。

 あたしは、諦められない。

 やっぱり、好きなんだ。あんたのこと。

 だから……。

 微かに震える手をぐっと握り締めて、彼女は決心した。

 ――会長が言った“例の件”に乗ろう。


 駅に着くまで、真雪と幾重の会話はほぼ皆無だった。気恥ずかしそうに真雪から目線を逸らして歩く幾重と、そんな彼を時折チラチラと見つめつつ澄まして歩く真雪の姿は、周囲の生徒たちにしてみれば非常に目立つ光景だった。

 そんな視線を集めているうちに、二人は駅のホームにたどり着いた。

「ね、姉さん……」

 ようやく幾重が口を開いた。

「何かしら?」

 真雪が相変わらず淡々とした口調で返事をする。

「どうして急に一緒に帰ろうと言い出したの?」

「特に意味はないわ。ただ、なんとなくね」

 ――なんて、ウソ。

 真雪は表情ひとつ変えずに言葉を押し殺した。

 真雪と幾重は姉弟ではあるが、実際のところ血はつながっていない。幾重の実の母は彼が三歳の頃に他界した。そして幾重が五歳のとき、彼の父親と真雪の母親が再婚したのだ。つまり、二人は義理の姉弟という関係になる。

「大体、姉さんはいつも迎えが来てくれるのに、今日はどうしたのさ?」

「断ったわ。たまには幾重と一緒に電車で帰りたいと言ったら、不思議そうな顔で納得してくれたわ」

「そりゃあそうだよ」

 普通ならば姉弟一緒に帰宅するぐらい不思議でもなんでもないだろう。しかしこの二人の場合は違った。

 幾重の父が再婚した相手の家は、日本でも屈指の名家、鴻上家だった。いくつもの有名企業を傘下に据えて、様々な事業の裏を探っていくといずれ彼らに辿り着くと言ってよいほどだ。

 しかし幾重は現在真雪とは一緒に暮らしていない。入学を機に学園から少し離れた場所にあるアパートで一人暮らしをしている。そのため彼が真雪と一緒に帰ることなどまずありえないのだ。

「本当は嫌だった?」

「嫌じゃないよ。だけど……」

「だけど?」

 しばらく沈黙した後、幾重はゴクッと唾を飲み込んだ。

 その瞬間、ホームに電車がやってきた。目前を通り過ぎる電車から放たれる冷たい風、やがてそれが止まったときには既に幾重は言葉を放つ気が失せていた。

「幾重、乗るわよ」

「あ、うん……」

 ゆっくりと、二人は電車に乗り込んだ。

 車内は満員だった。他校の生徒や帰宅途中のサラリーマンがぎゅうぎゅうと詰め込まれており、足の踏み場がなんとか確保できるという状態だ。

「人、多いね」

 そこで幾重はふと真雪に視線を向けた。普段電車に乗りなれていない彼女がこんな満員電車に乗って大丈夫なのだろうかと心配になったからだ。

「そうね。あっちの少し空いている場所に行きましょう」

 意外にも、いや彼女らしく顔色ひとつ変えず平然としていた。

 それを見ると、幾重はほっとため息をついてその空いている箇所に向かった。

「それでね、やっぱりマリコのこと好きらしいよ」

「まっじぃ!? あいつが!?」

 幾重たちが向かった場所の近くでは他校の女子生徒たちが大声で話し合っていた。幾重と真雪は吊り革を握りながら向かい合うように立ち、幾重の背後に他校の女子生徒たちがいるという状態になっていた。

「幾重、大丈夫?」

 真雪は幾重に尋ねた。その視線をチラチラと背後の女子生徒たちに動かしながら。

「あ、うん……」

 幾重はなんともなさそうに答えるが、その額には若干の脂汗が滲み出ていた。

「まもなく、発車します」

 車掌の合図とともに、電車がガコン、と大きく揺れだす。そのとき……

「きゃあ!」

「うわっ!」

 女子生徒の一人が、バランスを崩して背後に倒れた。そしてガコンと音を立てて、幾重にぶつかった。

「ご、ごめんなさい……」

「う、うぅ……」

 ――いけない。

 幾重がしゃがみこみ、肩を震わせている。ただぶつかっただけでは普通このような状態にはならないが、彼は……。

「あの……ホントに大丈夫?」

「こ、来ないで……」

 真剣に怯えながら、頭を抑えて身体をうずくまらせる幾重。女子生徒たちはどうしていいか分からない様子だ。次第に他の乗客たちの視線もこちらに集まってくる。

「ねぇ、マミ何かしたの?」

「し、知らないわよ! あたしはぶつかっただけで……」

「彼なら大丈夫よ」

 不安そうな顔をする女子生徒たちに向かって、きっぱりと言い放つ真雪。

「でも、ホントに……」

「ちょっと体調が悪いの。邪魔になるかもしれないけど、少し地面に座らせてもらってもいいかしら?」

「え、まぁいいですけど……」

「あの、それでしたら……」

 近くに座っていた女性が声を掛けてきた。見るからに人当たりのよさそうな中年女性だ。

「私の席に座りますか?」

 彼女は膝に置いてあった買い物袋を手に持ち替えて、ゆっくりと腰をあげた。

「いいのですか?」

「ええ。私は大丈夫ですから」

「あ、ありがとうございます。ほら、幾重」

「う、うん。ありがとう……」

 幾重はゆっくりと、空いた席に腰掛けた。

 そのとき、中年女性と目が合った。彼女は重そうな袋をなんとか頑張って持ちながら、幾重に向かってにっこりと微笑んだ。

 ――あなたみたいな女性ばかりなら、幾重はきっとこうならなかったかもしれない。

 ふと、真雪はそう思った。そして再び、先ほどの女子生徒たちの方を見た。

「でね、あの先生さぁ……」

 彼女たちは先ほどのことを何も思っていないかのように、他愛もない雑談で盛り上がっていた。

 ――あなたたちみたいな女のせいで、幾重は……。

 そんな考えが脳裏を過ぎった瞬間、真雪は首を横に振った。

 彼女らに罪はない。彼女らも一応幾重のことを心配してくれた。それだけで充分だ。

 本当に悪いのは……。

「ね、姉さん?」

「ん?」

「いや……少し涙が出てたからさ」

「あら、そう?」

 真雪は自分の目元を擦ってみた。なるほど、確かに少し涙が滲んでいるようだ。

「泣いているの?」

「いえ、ちょっと目にゴミが入っただけよ」

「……ごめん、僕のせいで」

「いいのよ。あなたは何も悪くないわ」

 ――そう、あなたは何も悪くない。

 本当に悪いのは……。

「全て、姉さんが悪いの……」


 放課後の教室内はひんやりとした空気が舞っていた。

 連太郎はいかにもダルそうな手つきで教室の扉を開けた。時刻は既に四時を回っている。

 こんな時間に呼び出しやがって、と連太郎は舌打ちをした。

「おっそーい!」

 中で彼を待っていたのは、甲高い女性の声。デートに遅れた彼氏を嗜めるような口調だが、これでもれっきとした担任の教師、葉月ユリナである。

 下手をすれば小学生にすら追い抜かされてしまいそうなほど小柄な身長。サラサラとしたセミロングヘアに黄色いカチューシャ。これでスーツ姿でなければ全くといっていいほど教師とは思えない。

 半端ない脱力感に襲われ、連太郎はため息を吐いた。

「うるせぇよ。大体文集の編集作業くらい、空き教室でやらずにうちの教室でやればいいだろ?」

「だ、だってぇ」

「あと人選ミスにも程があんだろ? 俺よりパソコン得意そうな奴に頼めよ。春馬とか」

「う、うぅ……」

 連太郎が責めるような声を挙げたせいか、彼女の声が涙声になっていく。

「メンドくせぇ。さっさと始めるぞ」

 連太郎はいそいそと机に座り、ノートパソコンを立ち上げる。

 内容は単純で、目次のページに生徒一人ひとりの名前を書くだけである。このぐらい家でもできるだろ、といってやりたいところであったが後々面倒なことになるので黙っておいた。

「いつも、ごめんね」

 ユリナは小声で呟く。

「ん? 今何かいったか?」

「ごめん、ね」

 今度は先ほどよりも大きな声で呟いた。

「ったく、なんで俺がこんなこと……」

 連太郎がぶつくさと文句を垂れている間に、パソコンの起動が完了した。

「だって鉾田君、いつも遅刻してるでしょ。たまには居残りで先生を手伝ってくれたっていいじゃない」

「そんな理由? くだらねぇ……」

 心底呆れながらも、連太郎は文章の中身をチェックしていく。

 ――嘘。

 本当は、君とずっと一緒にいたいから。

「もう、そんなんだから彼女できないんだよ」

「別にいいし。メンドくせぇ」

 ――やっぱりね。

 連太郎が色恋沙汰に興味がないことぐらい、ユリナは重々承知していた。教室内で他の友達を話しているとき、恋愛の話題になると彼はいつも黙ってしまう。それは照れているわけじゃなくて、本当に面倒くさいのだ。

 昼間の屋上でもそうだった。

 入り口の扉の隙間から聞こえた、彼らの会話。教卓の上からでは見られない、彼の表情。当然といえば当然なのだが、教師の自分には見せない楽しそうな顔を浮かべていた。

 少し、嫉妬する。自分が教師である以上、彼と自分は教師と生徒という関係以上にはなれない。教師に対してなかなか心を開かない生徒なら尚更、だ。

「おい、葉月」

「あ、うん、ごめん」

 突然呼ばれて、ユリナはどぎまぎした様子で返事をした。

「何ボーッとしてんだよ。ほら、コレ見ろ。俺の名前間違ってんだろ」

「えっ、嘘!? 間違えてた!?」

「気づけよ。“連太郎”が“連タオル”になってんぞ! 何だよ、タオルって。俺はいつから一反木綿になったよ!?」

 おもわず、クスッとユリナから笑いがこぼれる。

「ごめんごめん。ちゃんと直しておくね」

「ったく。さっきの言葉、そっくりそのまま返すぜ」

「さっきの言葉?」

 ユリナはきょとんと首を横に捻る。

「そんなんだから、彼氏ができないんだよ」

 連太郎の、おそらくは精一杯であろう皮肉。

 ユリナは少し戸惑いながら、息を整えた。

「そ、そんなことないよ」

「人の心配する前に、自分の心配しとけっての。好きな奴一人くらいいるんだろ」

 ――いるよ。

 そういいたいが、声を押し殺して黙った。

「も、もう! そんなことはどうでもいいでしょ!」

「そうだな、確かにすごくどうでもいいな。つーわけで、さっさと続きやるぞ」

 淡々とした口調で、連太郎は再びキーボードを叩いていった。

 心配してくれているのか、照れているのか、それとも本当に面倒なだけなのか、彼の心は分からないことだらけだ。

 かつての彼は、巷では誰もが恐れた不良。

 その噂が先走りしすぎていたのか、最初はユリナも萎縮してしまっていた。しかし、いつごろからだろうか、彼の優しい一面を知ると、その気持ちが少しずつ変化していった。

 そして、今は――。

 この七歳も下の少年に、ユリナは恋心を抱いていた。本来ならばあってはならない感情。それに抗うこともできず、気持ちが日に日に募るばかりであった。

「うん、ありがとうね」

 気を取り直して、ユリナは連太郎に感謝の意を述べる。

 ずっと、このままでいたい。

 たとえ彼が恋愛ニートでも、諦められないこの恋。寧ろ自分は教師として、いつか彼に人を恋することを教えたい。それまで、この気持ちを絶やさないように、頑張っていきたい。

 そんな思いを秘めながら、ユリナはゆっくりと呼吸を整えた。

 夕焼けの西日が、彼女の頬を更に紅く染めた。


 一足先に連太郎を帰すと、ユリナはふぅと深呼吸をした。

 ノートパソコンの電源を抜き、鞄に仕舞いこむ。時刻は既に六時を回っている。夏が近いおかげで外もまだ明るかった。これから帰って残した仕事を片付けることを考えると、少しばかり憂鬱ではあったが、連太郎とのひとときの時間を過ごせたことを考えれば、さほど苦にはならなかった。

 ユリナは鞄を抱えて、ゆっくりと教室の扉を開けた。

「葉月先生」

 突然、女子生徒に呼び止められた。振り向くと、そこには隣のクラスの生徒、仙石桃子が立っていた。

「あら、どうしたの?」

「鉾田との時間、どうでした?」

 唐突な一言に、ユリナは黙り込んだ。

「やっぱり、アイツはいつもどおりでしたか」

「ま、まぁ彼はそういう子だし……」

「ですよね。昼間もそうでしたし。全く、先生はあんな奴のどこがいいんですか?」

「ほ、鉾田君のこと悪く言わないでよ!」

 垂れ目を無理矢理つり上がらせながら、ユリナは桃子を睨み付けた。

「ところで、“例の計画”について、考えてくれました?」

 ユリナはこくりと頷いた。

 もうどうにでもなれ、と彼女は考えていた。元々叶うはずのない恋なのだから、“例の計画”を実行したところでこれ以上壊れることはない。

 正直、かなり不安もある。教師である自分が罰を受けるならばそれでも良い。謹慎だろうが懲戒免職だろうが、何だって受けてやる。そのぐらいの覚悟は想定内である。

 しかし連太郎は? 例の計画を実行した結果、もしかしたら彼がこの先歩む人生を滅茶苦茶にしてしまう可能性だってある。教師として、一人の生徒がそのような目に遭うことは避けなければならない。

 ならば……。

「うん、乗るよ」

 ユリナは強く、首を縦に振った。

 教師以前に一人の人間として後悔したくない道があるのも事実。でも、教師として彼を正しい方向に導かなくてはならない。そのジレンマの解決方法なんて見つからないけど、とにかくやってみるしかない。彼女の決心は強かった。

「やっぱやるんだね、先生」

 別の女子生徒の声が聞こえた。

 桃子の傍らに立っていたのは、自分のクラスの生徒、天野咲海だった。

「天野さん……」

「あたしも、さっき決めたよ。望月との恋心に決着をつけるって」

 彼女もまた、強い眼差しでユリナを見つめていた。

「ホント、あなたたちって報われない恋してるわよねぇ」

 桃子が呆れたようにため息を吐く。

「し、仕方がないだろ! あたしだって、好きでこんな恋しているわけじゃない」

「好きだから恋してるんじゃないの?」

 ユリナの冷静な突っ込みに、咲海の顔がぽっと赤くなる。

「あ、いや、今のナシ!」

「はいはい……」

「ところで、会長には……」

「もうとっくに連絡したわよ」

 桃子はそういって携帯電話を取り出した。

「あ、ありがとう……」

「いいけど……ホントは会長には知らせたくなかったなぁ。なんで連絡しちゃったんだろ、私」

 口を尖らせてぶー垂れる桃子。

 ちょっとだけ滑稽なその姿に、二人はぷっと吹き出す。

「で、計画はいつ実行するの?」

「明日」

 素っ頓狂な桃子の答えに、ユリナと咲海は開いた口が塞がらなかった。

「あ、明日って……」

「心の準備くらい一日あればできるでしょ。会長はもうやる気満々ですよ」

「う、うう……。もうちょっと待ってくれたって……」

「ああ、もう! いいよ、あたしは明日でも一秒後でも、いつでもやってやる!」

 涙目になるユリナと、ヤケクソになる咲海を見て、桃子は意地悪な笑みで返した。

「はーい、じゃあ明日計画実行ということで」

 二人から大量の冷や汗と後悔の念が溢れだした。

 もうこうなったら後戻りはできない。この計画をなんとしてでも成功させて、自分たちに納得できる答えを出すしかない。二人はそう考えていた。

 そうこうしているうちに、外は暗くなっていた。


「ちぃっす」

 昨日に引き続き、連太郎はユリナに空き教室へ呼び出された。今日も文集の編集作業を手伝ってほしいとのことだったが、正直いうと昨日の時点でほとんどやることがなかったと連太郎は記憶している。

 部屋の中は閑散としていて、ユリナはおろか人っ子一人いない。いつもなら連太郎よりもずっと先にユリナが来ているはずである。

「誰もいないのかよ?」

 連太郎は訝しげに首を捻った。

「ったく、あのヤロー。人には遅れるなとかいっておきながら……。あのマイペース教師は一度シメてやらないと……」

「何をぶつくさいってる?」

 突然、横からよく知った声が聞こえた。

「は、春馬!? どうしてここに!?」

 連太郎は目を丸くして驚いた。

「その質問、そっくりそのままお前に返そう」

「いや、俺は葉月のヤローに頼まれて……。いつもこの教室で作業やっているから。お前は?」

「俺は天野が勉強を見てほしいというから、この教室に来るように言われて……」

 二人がお互いに奥歯に物が挟まったような声を出していると、再び教室の戸が開いた。

「誰か、いるの?」

入ってきた人物を見て、二人は目を丸くした。

 よく知っている、というどころの話ではない。この学校に入学して以来、毎日のようにつるんでいる三人組の、最後の一人――。

「い、幾重!?」

「連ちゃん!? それに春馬君も!」

「何故お前までここにいる?」

「えっ!? 僕は、その、姉さんが生徒会の仕事で手伝ってほしいことがあるからって、ここに来るように言われて……」

「お前は生徒会長かよ。一体、何がどうなってんだ?」

 お互い顔を見合わせて、怪訝な表情を浮かべる三人。舌打ちをしながら苦い表情を浮かべて、連太郎は頭を掻いた。

「来たようね」

 開きっぱなしの戸から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ね、姉さん……」

 入ってきたのは、生徒会長の鴻上真雪、そしてあと二人――。

「やっぱ来てくれたんだ、望月」

「天野……?」

「ごめんね、本当は編集作業なんて嘘なの」

「葉月!? これは一体……」

 三人とも連太郎たちにとって非常によく知った顔ではあるが、その組み合わせがいかんせんバラバラすぎる。この面子が一緒に入ってきたことに、男性陣は驚かざるを得なかった。

「随分と驚いているみたいね」

「当たり前だろ!? 何だよ、俺らをこんな風に呼び出して」

「ただごとじゃない、というのは確かだな」

「ええ、もちろんよ。先に言っておくけど、ただごとで終わらせるつもりはないから」

 腕を軽く組みながら、真雪は淡々とした表情を浮かべた。

「姉さん、僕たち何かしたの?」

 幾重は恐る恐る尋ねた。

「いえ、何もしていないわ。何も、ね」

「じゃ、じゃあ……」

「率直に聞くわ。あなたたち……」

「待って!」

 呼び止めたのは、咲海だった。真摯な表情で、彼女はゆっくりと春馬に近づいていった。

「天野?」

「じれったいことはなしにしよう。会長、あたしから先に言わせてください」

「そう。いいわよ」

 咲海はゆっくりと、息を吸い込んだ。

「望月」

「な、なんだ?」

 しばらく沈黙が流れる。

 咲海はもう一度、今度は先ほどよりも大きく息を吸った。

「はっきり言うよ。あたしね、ずっと前からあんたのこと好きだったんだ」

 先ほどよりも激しい沈黙が、長いこと脈打った。

 当然のことながら、春馬は戸惑った様子で硬直する。周囲の面々もそれに合わせるかのように動きが止まっていた。

「ま、まさか俺を呼び出した理由って……」

 こくん、と咲海は首を振った。

「ふっ、なるほど。そういうことだったのか」

 冷静さをなんとか取り戻し、春馬は襟首を正した。

「ちょっと待てよ。天野と春馬はいいとして、じゃあ何で俺らまで呼び出されたんだよ?」

「そ、そうだよ。あと先生と姉さんも……」

「告白する勇気がなかったから護衛を二人もつけた、というわけではあるまい」

 男子三人の中で、一瞬とんでもない想像が駆け巡った。

 それをなんとか払拭する間もなく、ユリナの口が開いた。

「あのね、鉾田君」

「な、何だよ!?」

 ユリナがゆっくりと息を吸い込む。

「私もね、実は前から……」

 連太郎が、ごくりと唾を飲み込んだ。

「ま、まさか……」

 ユリナが頷いた。

「好きだったんだよ、鉾田君のこと」

 咲海のときよりも、ずっと長い沈黙。

「あはは、葉月って天然だとは思っていたけど、そんな冗談言うキャラだとは思わなかったぜ」

「冗談じゃないよ」ユリナはゆっくりと連太郎に近づいていく。「本当に、鉾田君のことが好き、だよ」

 頬を赤らめながら、ユリナは真摯な表情になる。

 連太郎はゆっくりと後ろに下がって、それ以上は何もいえなくなっていった。

「待ってよ!」幾重が叫んだ。「僕の勘違い、だったらいいけど、まさか、これって、この流れって……」

「多分、あなたの想像通りよ、幾重」

 真雪が、幾重のほうへと近づいていった。

 そして次第に、二人の顔が数センチぐらいに狭まっていた。

「私も、あなたのことが好きなの」

「ね、姉さん……」

 本日、一番長い沈黙が流れる。

「気づかない、でしょうね。女性恐怖症のあなたには」

「いや、それよりも僕たち姉弟じゃ……」

「血のつながりはないわ。問題はないはずよ」

 そこまでいわれて、幾重もだんまりを決め込んだ。

「待て、待て待て!」

 沈黙を打ち破ったのは、連太郎だった。

「おいおい、じゃあこれって、集団告白するために、呼び出したって、それだけの話か!?」

「そうよ。それがどうかしたのかしら?」

 連太郎と春馬が、はぁ、とため息を吐く。

「あー、メンドくせぇ」

「全くだ」

「ちょっと、二人ともそんな言い方は……」

 幾重がぼそっと嗜めた。

「悪いけど、答えはノーだ。あいにくと俺には恋愛する気などない」

 淡々とした告白の返事を、咲海は顔色ひとつ変えずに聞いていた。

「俺もムリ。葉月と付き合うとか、正直考えられないわ」

 ユリナは少し涙を浮かべてはいたが、なんとか顔を保ってた。

「幾重、あなたはどうなのかしら?」

「えっ、僕?」幾重は戸惑った様子で、「ごめん、姉さん……」

 ここまで言い終えて、女性陣はふぅとため息を吐いた。

「あーあ、やっぱりね」

「そっか、そうだよね」

「ここまでは想定の範囲内、かしらね」

 先ほどまでの空気が何事もなかったかのように、女性陣たちは肩の力を落とした。

「いいわよ、出てきなさい」

 真雪が呼ぶと、入り口の物陰から一人の女子生徒が出てきた。

「はーい、会長! 会長の雄姿は、しっかりと記録できていますよ、と」

「せ、仙石!?」

 現れたのは“節穴の桃子”こと仙石桃子。何故か彼女の右手にはデジタルカメラがしっかりと握られていた。

「ご苦労様。あとで動画の確認をさせてもらうわ」

「ばっちりですよ! 期待していてくださいね!」

 桃子は甘い声で真雪に擦り寄った。

「あー、なるほど」連太郎は納得した。

「ただのドッキリだったというわけか」

「姉さん、心臓に悪いことやめてよ」

 男性陣は安堵の表情で、肩の力を落とした。

「先生と天野さんもお疲れさま」

「もう、本当に緊張したんだよ」

「あんたも本当にろくなこと考えないよね」

 和気藹々とした空気が流れ、先ほどまで静まり返っていた教室内に笑い声が響き渡る。

「いやぁ、嘘でよかった」

「本当だよ、姉さんに告白されたときはどうしようかと思った」

「俺は最初から冗談だと思っていたがな」

「え、何言ってるの?」

 咲海の発言で、笑い声がぴたりと止まった。

「告白は嘘、じゃないよ」

「えっ!?」

 男子三人が一斉に驚いた。

「もしかしてあなたたち、ただのドッキリだとでも思っていたわけ?」

「いや、だからそういって……」

「やっぱり、こいつら分かっていませんね、会長」

 桃子はデジカメを机に置いて、三人のほうへ歩み寄っていた。

「いい!? 今の告白は冗談でもなんでもないの。彼女たちは本気であんたたちのことが好きなの」

 再び訪れる、重い沈黙。連太郎も、春馬も、幾重も、もう一度肩に力を入れなおした。

「おいおい、何だよそれ!? 嘘、じゃあないのか?」

「だったら何故撮影なんかしたんだ?」

「今のあんたたちの姿を記録するためよ。一度見てみる? あんたたち、すごく嫌な男に映ってるわよ」

 三人が黙り込むのを確認すると、桃子は机に置いておいたデジカメをさっと懐に仕舞った。

「望月」咲海が口を開いた。「本当に、あんたは恋愛する気ないの? 誰とも?」

「だから、そういっているだろ」

「それじゃあ納得できないんだよ!」

 咲海が強く叫んだ。その声はどこか泣いているようにも聞こえた。

「鉾田君、もしも、もしもね、鉾田君が他の女の子のことが好きだったとかなら、先生も諦めがつくの。でも……」

「でも、こんなんじゃ納得できないんだよ。ここまで人を好きになったのは初めてなのに、こんな形で終わらせるのは」

「先生に悪いところがあったら直すし、我侭だってなんだって聞いてあげる。だから、だから……」

 ユリナと咲海がとうとう泣き出して、その場に跪いた。

「あんたたちってどうしてそうなの? 女の子の気持ちも分からず、ただ自分たちに都合のいいように解釈してばかり」

「恋愛ニートの中でもタチの悪い部類ね」

 そういわれて、連太郎の怒りのスイッチが入る。頬の筋肉を強張らせながら、真雪を鋭く睨み付けた。

「なんだよ、それ!? ふざけんじゃねぇぞ! なんでそこまでいわれなきゃならないんだよ!?」

「それだけあんたたちのことが好きだからでしょうが!」

 横から桃子が叫んだ。

「あんたたち、女の子の気持ち全然分かっていない。ただ恋愛が面倒くさいとか、恋愛のメカニズムが分からないとか、女の子が怖いとか、それだけを理由にして恋愛を遠ざけて、別の男子に女の子を押し付けて、最低だと思わないの!? 友達からはじめようとか、ちょっとでも相手のこと知ろうとしないの!?」

「だあああ! うるせぇ!」

「やめろ、鉾田」

「言わせろ、春馬! だったらなぁ、俺らの気持ちはどうなるんだよ! 中途半端な気持ちで恋をしたって、いざお互いの気持ちが離れたらすぐに破局するだけだろうが! そんな恋愛するぐらいなら俺は恋愛なんてしねぇよ!」

 連太郎の叫びで、その場が一斉に静まり返った。

「今なんていった?」

「えっ!? だから、中途半端な気持ちで恋したってうまくいかないって……」

「そう」真雪はふっと息を漏らした。「なるほど。ようやくあなたの本音が聞けたわね」

「鉾田君、ようやく心を開いてくれたね」

 ユリナの表情がぱぁっと明るくなる。

「なんだよ、訳が分からねぇよ」

 連太郎は髪をクシャクシャと掻き乱し、奥歯を噛み締めた。

「予想どおりですね、会長。要するにこいつらは、恋の仕方が分からない、ただそれだけなんです」

「やっぱ単純。特に鉾田は」

 咲海は呆れたようにため息を吐いた。

「これでようやく本題に入れるわ。現時点で、三人とも告白の返事はノー、そこまではいいわね」

「お、おう……」

「でも私たちはそれに納得がいかない。でも相手には恋愛をする気がない。だから、諦める時間が欲しいの」

「諦める、時間……?」

「ええ、二週間ほど、ね」

 連太郎たちは首を傾げて、黙って話を聞いた。

「二週間経ってもあなたたちの気持ちが変わらなければ、私たちは完全に諦める。それまでに私たちは……」

 真雪は強く腕を組んで、キッと男子たちを睨み付けた。

「あなたたちに恋をさせてあげるわ! あなたたちが味わったことのない、最高の恋をね!」

「はぁ!?」

 男子たちは一斉に驚いた。

 ユリナと咲海も驚いた。

 そして、真雪は最後に一言、

「覚悟しなさい、恋愛ニート共!」

 高らかに叫んだ。



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