庫をひらく
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おー、金庫のパスワード、そんなところにあったか。
いや~、うっかり回し方忘れちゃってね。どこぞにメモしたと思ったけれど、その場所までふっとんでいたから。いやはや、見つけてくれて助かったよ。
手順さえ踏めば、開けられない可能性はゼロじゃない。これ、どうあっても取り出せないという最悪な事態こそ避けられるけれど、たまたま誰かが開けてしまう可能性もあろう。
あれもこれも、と考えていたら何もできなくなるのも確か。いくらかはリスクを呑んで、選ばなくてはいけない。その可能性低いリスクと出くわしてしまったら、諦めるよりないのだろうかね……。
昔に親から聞いた話なのだけど、耳に入れてみないか?
むかしむかし。
とあるところに、「足引き川」と呼ばれる川があった。
正式な名前は別にあり、この名称を使うのは経験者あるいは、話を聞いて面白がる者のみだったという。
その川は、一部をのぞいて子供でも立てるくらいに底が浅い。にもかかわらず、ときどき先ほどまで足をついていたその場で、おぼれかける人が現れる。
彼らの証言だと、誰かに足を「すくわれた」という。文字通り、柔術で脚をかけられたかのようで、すってんころりんと転ぶまではありそうなもの。
しかし、そこから起き上がろうとするときにも、やたらと足をおさえつけようとする力が加わる。まるで、この場におしとどめたがっているかのように。
必死にもがけば、やがてその力はいずこかへ去って、ウソのように簡単に起き上がることができた。
しかし、秋ごろにこけた釣り人の場合は、なかなか解放されなかったとか。
足引き川の話、与太話と思っていて警戒を緩めていたのか。こけてからは、起き上がっては沈められ、起き上がっては沈められで、息を吸うのと水を飲むのと半々くらいだったらしい。
いよいよお腹も苦しくなってきて、それでもまだ起きることができず、もがいていた。はたから見たら、無様な踊りを踊っているかのようだったろう。
しかし、ようやく起き上がれる直前になって。
河原にあった大小の岩たちのうち、大人が寝そべることができそうな大きさのもの。
おぼれかけていた釣り人の目の前にあったものが、にわかに割れたんだ。縦に、真っ二つにね。
起き上がった釣り人は、目をぱちくりさせた。
このあたりには、自分しかいない。誰かが叩き割ったなどとは考えづらい。
自然に割れたにしては、亀裂が深すぎる。割れ目の肌さえまともにさらさない細さ、深さ。すさまじい切れ味の刃物で切り裂いたようにさえ思えた。
おそるおそる、中をのぞいてみた釣り人だけれども、暗くて何も見えない。明らかに陽の当たる角度にもかかわらずだ。
薄気味悪く思った釣り人は、帰って村の皆へしらせたものの、引き返したときには岩が跡形もなく消え去っていたらしい。
けれど、そこにはこんもりと「金粉」が残っていて。皆がいぶかしがるうちに、風に乗ってサアッと、村のほうへ飛んで行ってしまったそうなんだよ。
細かに散った粉たちのゆくえは分からなかった。けれども、釣り人たちのいた村はそこから数十年あまり、お金のまわりがよくなって、どんどん大きくなっていったみたいだよ。
ただ、大きい町になってからは相次ぐ落雷と火事で、数日のうちにほとんどが灰に帰してしまったみたいだけど。




