(5)部活ウォーズ?!
式の後には、各部活の命運を分ける一大イベントが待っていた。
そう、部活の勧誘活動だ。この時になると、各部の代表、あるいはメンバー全員が集まって、壮絶な新入部員獲得戦争を繰り広げる。毎年、校舎玄関から校門までの短い一本道が、戦場と化していた。
そしてその戦争が、今年も始まろうとしている。
ざわざわと、勧誘員達がうごめく玄関前広場。新入生が歩いてくる通路を左右から挟みこむような形で、各部のポスターやプラカードが踊っていた。
その中には、亜紀たち吹奏楽部の姿もあった。
「いいわね、さっき顔を覚えた子達はもちろん、まだ部活を決めて無さそうな子もじゃんじゃん連れてくるのよ。」
吹奏楽部の武将、もとい部長は、改めて今日の作戦を説明する。
その隣では、吹奏楽部最大の敵「軽音部」が、同じくなにやら話し合いをしていた。
「俺達が狙うのは、元吹奏楽部だ。一年生が玄関から出てきたら、昨日言った名前を叫んで探し出せ。」
こそこそと他の四人の部員達に話しているのは、軽音部の部長、朽木だ。
中学時代に軽音部だった新入生はいないので、吹奏楽部出身者を捕まえようとしているのだ。音楽的なセンスもあるだろうし、吹奏楽部への入部者も奪えるので、一石二鳥である。
しかし、武将としては亜紀の方が何枚も上手だった。
「もしもーし、亜紀?今ね、A組の子達がホームルームを終えて出てきたわよ。あと、C組ももうすぐ終わりそう。」
亜紀は一年生の教室前に偵察を送っていた。吹奏楽部と親交があるチアリーディング部の同級生に、前もってお願いをしていたのだ。
「亜紀、チアの勧誘も忘れないでね?」
「はいはーい、分かったよ!」
もちろん交換条件。向こうからしても、文化部最大規模の吹奏楽部に勧誘を手伝ってもらえるのは、おいしい話だ。
亜紀は携帯電話を閉じて胸ポケットにしまうと、周りに聞こえないように、小声でA組担当の司と、C組担当の和久に指示を出した。
一方、ホームルームを終えた真琴は、悶々とした気持ちで廊下を歩いていた。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ話を聞こう。」
ホームルームで担任から、外で部活の勧誘をやっていると聞かされた。
中学時代にあんな事があった手前、吹奏楽部に入部するわけにはいかないと思いながらも、真琴は誘惑を振り切れなかった。
――あの人は……あの人は一体何者なんだろう。どうやったらあんなに巧く吹ける様になるんだろう。
自然と歩幅が大きくなる。少しトイレに行きたいが、そんな事は後回しだ。
そんな、早足でズンズンと進んでいく真琴を、一哉が後ろから追いかけてきた。
「おーい、待てって言ってるだろー!」
「うるさいなー、急いでるのよ!」
「急いでるって、バス時間はまだまだだぞ!」
廊下に響く二人の声。一哉には、真琴が何でこんなに急いでいるのか分からない。けれども一人で帰るのはあまりにも寂しいので、真琴を追いかけ続けた。
「うわ、すげえなこれ。」
玄関を出るとそこは戦場。その光景に、一哉は思わず声を上げた。
「おっ!来たぞ新入生!」
「ホントだ!」
二人に気づいた誰かが大声を上げると、一斉に群衆がこちらに向かって押しかけてきた。
真琴が急ぎすぎたせいで二人は、校舎を出てきた新入生第一号、第二号になってしまったのだ。
「野球部、マネジも大歓迎です!!」
「そこの可愛い一年生さん!サッカー部のマネジやらない?!」
「テニスは紳士のスポーツ!男を磨きませんか?」
二人はあっという間にもみくちゃにされてしまった。どいつもこいつも無駄にがたいがいい。さすが強豪運動部だ。
「ど、どいてくださいー!わ、私、マネジとか運動部とか入るつもりありません!!」
真琴も真琴でそれから逃れようと必死にもがくが、全く歯が立たない。出来る事といったら、大声を上げることぐらいだ。彼女はすっかり困り果ててしまった。
しかし、そんな真琴に助け舟を出してくれた先輩がいた。
「やっほー!」
その先輩は、群がる運動部員達の足元から現れて、真琴のまん前でピョイと立ち上がった。どうやら下のわずかな隙間を縫って、ここまでやってきたらしい。
「あなたが、佐野原真琴さんだね!」
「は、はい、そうですけど……。」
なんでこの人は私の名前を知ってるんだろうか。真琴がそんな疑問を抱きながら小さく頷くと、その先輩はにこっと微笑んで、突然腕を掴んできた。
「こっちきて。」
「え、ええっ?!」
ぐいっと腕を引っ張ってくる先輩。屈強な運動部員達を軽々と押しのけていくその先輩も、結構な力の持ち主だ。
そして先輩に導かれるまま、真琴は群衆の中から抜け出すことができた。
「はぁ、はぁ。ありがとうございます……。」
人がまだらになった玄関前広場の端っこで、真琴はここまで連れてきてくれた先輩にお礼を言った。
だけど何でこの先輩は、自分の名前を知っていたのか。真琴が気になって聞いてみると、先輩はぐちゃぐちゃになった髪の毛を整えながらこう答えた。
「私は吹奏楽部の二年、高畑司です。実は前もって吹奏楽部出身の子達を調べてたの。」
あぁなるほど、と、真琴は納得した。そしてその先輩が吹奏楽部だという事を知って、気になっていたあの事も聞いてみた。
「あの、今日の入学式でペットを吹いてたのって、誰ですか?!」