(3)新しい教室で
教室に入ると、黒板に大きく「入学おめでとうございます。」の文字。その隣には、座席表が貼ってあった。真琴と一哉はそいつを確認して、早速席に着いたのだが……。
「何で隣なのよ……。」
「さぁな?運命の赤い糸とか。」
「気持ち悪いこと言うなっ!!」
あいうえお順で並べられた座席で、偶然にも二人は隣同士。当分こいつと一緒なのだと思うと、真琴の口から自然とため息が漏れた。
――別に、こいつが嫌いなわけではない。むしろ一緒にいると楽しいくらいだ。
だけど、こいつがいるとはしゃぎ過ぎて疲れてしまうし、周りの目を気にしてしまうと、こいつと仲良くつるんでいる事が、無性に小っ恥ずかしく感じる事もあった。
でも、馬の合わない人と一緒になるよりかは、ずっとずっとマシである。
机に肘をついて真琴がそんな事を考えていると、教室の後ろの方からこんな会話が聞こえてきた。
「部活どこにするか決めた?」
「ううん、まだ決めてないよー。」
話し方から想像するに、この二人も同じ中学校同士なのだろう。
そんな後ろの会話を聞いていたのか、一哉が真琴に訊いてきた。
「お前は部活決めたのか?」
その質問に真琴は首を小さく横に振った。そして同じ質問を一哉に返す。
「俺は……まだはっきりとは決めてないけど、やっぱりハンドかな。」
眉間にしわを寄せて、しばらく考えるような素振りをした後、一哉はそう答えた。
中学時代の一哉は、ハンドボール部のエースだった。別に幼い頃からやっていたとかそんなのでないが、持ち前の運動神経の良さが光ったのだ。きっと彼なら、ここのハンド部でも大活躍できるだろう。
一哉の答えを聞いた真琴は、「ふーん。」と鼻を鳴らした後、こう言った。
「私はてっきり、また突拍子もない所にでも行くのかと思った。」
真琴がそう言うのも無理はなかった。実は一哉、小学生のときは強豪の吹奏楽クラブで、ユーフォニウムを吹いていたのだ。その実力は、小学生の全国大会『全日本小学校バンドフェスティバル』でソロを吹いた位だと言う。
中学時代に吹奏楽部だった真琴は、どこからか漏れたその情報を聞いてひっくり返った。なんでそんな人間が、吹部に入らないでハンド部に行ったのか、理解が出来なかった。だから、休み時間に机に突っ伏して寝ていた一哉を叩き起こして、問い詰めた。
これが、二人が仲良くなったきっかけだ。
「お前こそ、吹奏楽部に入らないのか?」
ふと、一哉が聞いてきた。その瞬間、真琴の表情が曇る。
「入らないわよ、もう。入らないって決めたの。」
少し投げやりになったような言い方だった。そんな真琴の様子を見て、一哉も表情を曇らせる。
――やっぱり、触れないほうが良かっただろうか。
「まぁ、帰宅部は進学とか就職に響くから、やめとけよ。」
一哉はそう言ったきり、真琴に話しかけられなくなった。
新入生が次々と教室に集まりはじめていた頃、入学式の会場となる体育館では、着々と式の準備が進められていた。
入学式は、文化部が活躍できる数少ないチャンスだ。自分達で生けた力作を、二人がかりで壇上へ運ぶ茶道・華道部や、放送機器のテストを行っている放送部など、どこも慌しく動き回っている。そしてそれは吹奏楽部も例外ではなかった。
「美奈ー、シ・フラットの音ちょうだいー。」
「はいはーい。」
部長の亜紀の指示が響く。体育館の隅の方、一箇所に集まった吹奏楽部員達は、今まさにチューニングを始めようとしていた。
今日の楽器編成は管打五重奏……もどき。トランペットが亜紀と翔、チューバが司、パーカッションが和久で、ピアノは美奈だ。普段は、翔と美奈はホルンを、司はユーフォニウムを吹いている。三年生が引退して極端に人数が減ったので、今日だけの特別編成だ。不足している中音域を全部カバーできるピアノは、本当に素晴らしい楽器である。
「よし、ピアノも四百四十二。これならいつも通りで大丈夫そう。」
ピアノの音でチューナーの針がほぼ真ん中にきたのを見て、亜紀はつぶやいた。
今は、基準となるピッチが、ピアノと管楽器で食い違っていないかを確認したのだ。
後は、全員で一回音を出してみて響きを確認し、本番さながら合奏をしてみるだけである。
「じゃあ、全員ドの音!あ、ピアノはシ・フラットね。」
今日もいつも通り、亜紀の音頭で練習が動き始めた。