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渚高のブラバン! ~第1楽章~  作者: 音野ひびき
第1小節『新入生獲得大作戦!』
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(1)部室がピンチ!

 ――開け放たれた窓から、春の香りが漂ってくる。その香りに誘われて、頭を外に出してみれば、そこはもう別世界だ。下を見下ろせば、咲き誇る桜の花。上を見上げれば、無限に広がる青いキャンバス。遠く広がる日本海。春風が頬を撫でていく。

「今日も絶好の撮影日和だな。」

 嬉しそうな笑みを浮かべて、呟く少年。そんな時、足をついている方の世界から声が聞こえてきた。

「ただいまー。」

「おかえりー。どうだった?」

「どうだったって、何が?」

「何が?って、部長会よ、部長会。」

「あー、部長会かぁ。」

「あんたは今まで何しに行ってたのよ……。」

 今日の空気のようにふわふわとした声と、今日の空のように澄んだ声。なんだか澄んだ声の方が、ふわふわとした声に飲み込まれそうになっている。

「ミーティング始めようと思うんだけど……美奈(みな)は?」

「美奈ならさっき、喉が渇いたからってジュース買いに行ったわ。」

水木(みずき)は?」

「トイレ。」

「じゃあ、清水(しみず)は?」

「窓のところでたそがれてる。」

「あー、本当だ!」

 ――影が薄くて悪かったなぁ。

 窓の向こうの二人からは見えない世界で、少年は眉をひそめる。

「清水ー。ミーティング始めるからこっち来て。」

 さっきまで自分の存在に気づいていなかった部長に呼ばれ、軽くため息をつき、少年は元の世界へと戻っていった。


 他の二人、西田美奈(にしだみな)水木翔(みずきかける)が帰ってくると、すぐにミーティングが始まった。議題は今日の部長会で伝えられた事の報告と、新入部員の勧誘について、それと明日の入学式での演奏について。

 部長の宮村亜紀(みやむらあき)が黒板の前に立って、トントンとミーティングを進めていく。

「今から黒板に書いてもらうのは、新入生の中で中学時代に吹奏楽部だった子たちよ。」

 亜紀はそう言うと、後ろでただつっ立っているだけだった書記の美奈に、今日の部長会で配られた名簿を渡した。

「うわー、絶景……。」

 名簿を渡された美奈は、思わず目を細める。そこには小さい文字で、新入生二百四十六人の名前が書かれていた。A4用紙三枚分の大作だ。

「この所属部活って欄に、吹奏楽部って書いてある子を抜き出せばいいのね?」

「うん、そう。」

 美奈の質問にこくりと頷く亜紀。それを確認した美奈は、黒板と向かい合ってチョークを手に取り、カツカツと名前を書き始めた。


「A組の佐野原真琴(さのはらまこと)、C組の小熊千沙(おぐまちさ)、D組の宮永愛(みやながめぐみ)、E組の高山一穂(たかやまかずほ)。よし、これで全員!てか、皆女の子だのぉー。」

 一通り名前を書き終えた美奈は、もう一度名簿と黒板を照らし合わせて確認をした後、ニタニタと不気味に笑った。

「えらく嬉しそうね……。てか毎回思うんだけれど、なんであんたはそんなに女の子が好きなのよ……。」

「だってぇー、可愛いじゃん、ギュッとしたくなるじゃん!年下の女の子なんか特にっ!!」

 頬を紅潮させる美奈。鼻の穴がヒクヒクと大きくなっている。

「きもちわるいわよ、美奈……。そんなんじゃ、来る部員も来なくなるわ……。」

 完全に興奮状態に陥っている美奈を見て、亜紀は大きなため息をつき、頭を抱えた。

 ――もしかして……いや、もしかしなくても、美奈は一年生の前には出さないほうがいいのかもしれない。

 そう思っているのは、亜紀以外の部員たちも同じだろう。

「と、とにかく!今年は一人でも多くの新入部員を集めなくちゃいけないわ。だから、ここに名前を書いた経験者達は、何としても確保しなくちゃいけない。美奈、絶対に一年生に飛びつかないでね!けだものがいるなんて噂が立ったら、一巻の終わりだからっ!!」

 いつものんびりふわふわしている亜紀が、珍しく声を荒げた。そしてその後に、全員に向かって衝撃の一言を放つ。

「言い忘れていたけれど、軽音部より人数が少なくなったら音楽室が取り上げられます。」

 ――その瞬間、いままでざわざわしていた音楽室が、水を打ったように静かになった。


「ちょ、ちょっとまって。そ、それどういうこと?!」

 しばらくの沈黙の後、座っていた椅子から身を乗り出して亜紀に詰め寄っていったのは、副部長の高畑司(たかばたけつかさ)。さっきの澄んだ声の持ち主だ。

「どういうことって、そういうこと……。軽音部の朽木が部長会で提案して、承認されたの。同じ音楽をやっている部活なんだから、規模が大きいほうが音楽室を使うのは当然だって。私は反対したけれど、抑えられなかったわ。」

 そう言って悔しそうな表情をする亜紀。そこに今度は窓辺の影薄少年、清水和久(しみずかずひさ)が、難しそうな表情をして口を挟んできた。

「それって、結構まずくないか。奴らアニメブームで絶好調だぞ。」

 和久が言うとおり、軽音部の勢力の伸ばしようは異常だった。軽音部が舞台のアニメに感化された生徒達によって、去年の四月に創部された軽音部は、部員数をあれよあれよと言う間に伸ばしていった。そしてわずか半年で、渚高最大の文化部である吹奏楽部に追いついてきたのだ。この学校でここまでめまぐるしい成長を遂げた文化部は、他に例が無いだろう。

「もしだ。もしも、軽音部に音楽室を明け渡す事になったら、新しい活動場所はどこになるんだ?」

「たぶん、今軽音部が使っている一階の玄関フロアじゃないかしら?」

 亜紀のその答えに、再び沈黙が走る。

 玄関フロアだと?音がウワンウワン跳ね返って、全校生徒から好奇のまなざしで見られる、あの玄関フロアだと?

「ちょ、ちょっと待て。そりゃいくらなんでもきつ過ぎるぞ。第一、楽器の保管場所はどうするんだ。玄関なんかじゃ置き場所が無いぞ。」

「さ、さぁ……。楽器ぐらいは、今と変わらず楽器庫に置かせてもらえるんじゃないかな?」

「お、俺、パーカスだぞ?!毎日四階の楽器庫から一階の玄関まで、(ドラム)セットやらシロフォンやらマリンバを運んで行けって言うのか。」

「う、うん。そうじゃないかな。」

「マジかよっー!!」

 まだそうなると決まったわけでもないのに、すっかりうなだれてしまった和久。

「と、とにかく、軽音部よりも多く部員を集めれば、今まで通り音楽室も使えるわ!清水にとって吹奏楽部が運動部化してしまう事も避けられる。『引退した三年生の分だけ取り返せばいいわ』じゃなくて、一人でも多く新入部員を集められるよう頑張りましょう!」

 パンっと一発手を叩いた後、亜紀は半ば強引に話をまとめた。その目の前では、俯いたままの和久が、なにやらぼそぼそと呟いている。

「もし音楽室のっとられたら、部活辞めよう……。写真部にでも入ろ……。」

「それは許さないよっ!あんたが抜けたら五人以下になって同好会に降格しちゃうんだからね!!」

 和久の呟きを聞いた亜紀は、声のした方をキリッとにらみつけ、大声でそう言った。同好会に降格なんてことがあったら、部費が出なくなって楽譜すら買えなくなってしまう。


「とりあえず、今から明日の演奏の練習を始めよう。演奏がうまくいけば、部員だって集まるわ。スケジュールはこれから三十分間音出しをした後、時間一杯まで合奏。それでいい?」

 亜紀のその指示に対して、「はーい。」と間延びした返事をする四人。それを聞いた彼女は、にっこりと微笑みながら手を叩き、次の指示を出した。

「じゃあ、楽器出して練習開始っ!」


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