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渚高のブラバン! ~第1楽章~  作者: 音野ひびき
第4小節『始まりの一週間』
15/16

(1)グロッキー

 週が明けた月曜日。先週の木曜の入学式や、ガイダンス漬けの金曜日も終わり、今日から通常授業が始まる。そんな新しく爽やかな日に、俺は教室の机に突っ伏して苦悶していた。

 脚が痛い……ひざの裏のありえないところが痛い。体が重い。

 そんな調子の俺に、クラスメートで親友の冬田正輝ふゆたまさきが声をかけてくる。

「おーい。瀕死状態みたいやけど、一体どうしたん?」

 心配してくれているというか、面白がっているというか……。いや、まぁ、後者なんだろうけど。

「はは、日帰り撮影旅行のツケだ。」

 俺はゆーっくりと机から身体を起こして、椅子の背もたれに寄りかかると、苦笑いしながら答えた。

「またかよ!?」

 そして、正輝に呆れ顔をされた。


 昨日俺は、カメラやレンズが入った大きなカバンを担いで、能登地方のとある小さな駅にいた。

 能登鹿島駅。能登さくら駅の愛称でも親しまれているこの駅は、その名の通り桜の名所で、この時期にはたくさんの観光客が訪れる。

 昭和の時代、旧国鉄七尾線の開通とともに植樹された桜たちは、力強く根付き、ホームに沿って華やかなトンネルを作った。そしてそれは今もなお、時代を超えてこの地に咲き誇り、やってくる青と白の新型車両を包み込む。

 そんな感動を一目見たくて、見させたくて、二時間列車にゆられてやってきたのだ。

「どうだ、すごく綺麗だろ、恋人カメラよ。思う存分、レンズに焼き付けてくれ――。」

 そんなことを思いながら、列車と桜の共演や、花壇に植えてあったチューリップ、地面に生えたタンポポなど、駅のいたるところに散りばめられた春を、一枚一枚切り取っていく。

 構図を決め、露出とピントをあわせシャッターを切るたびに、カメラが喜んでいる気がして嬉しかった。

 そうして、駅で過ごすこと二時間ほど。そろそろお腹も減ってきて、俺は事前に調べておいた蕎麦屋さんで昼食をとるため、金沢方向に一駅行った西岸駅にやってきた。

 開業当時のままの木造の駅舎を出れば、目の前には広大な七尾湾と、牡蠣貝の直売所。看板にのぼり旗など、道沿いのあちらこちらで踊る「かき」の文字の誘惑を振り切り、目的の蕎麦屋さんにたどり着く。一見、ただの民家のようなそのお店は、中に入るとどこか懐かしく、蕎麦のいい匂いに包まれていた。

「田舎せいろとカキフライをお願いします。」

 好きなところにと店員さんに言われ、俺は一直線に座敷に向かい、お品書きをしばらく眺めた後、注文をした。

 グーッと足を伸ばして、深く息を吸えば、いぐさのいい匂い。この匂いに素朴な蕎麦の香りも加わって、なんともいえず心地が良い。

 そしてしばらく待てば、そこに蕎麦の味も加わった。ずるずるとすすれば、口の中がモチモチ美味しい。素朴なんだけれども、高級な味。

 一気に掻っ込みたくなる衝動と、ゆっくりと味わいたい感情。

 やっぱり、そん所そこらの蕎麦屋とは違う。こんな辺鄙へんぴなところで、商売を続けられるのには、やっぱりそれなりの理由があるのだ。 

「ごちそうさまです。すごく美味しかったです!」

「ありがとうございます、ぜひまたいらして下さい!」

 ひと時の幸せの後、店員さんの笑顔に見送られ、俺は店を後にした。

 本当はもっとゆっくりしていきたかったけれど、もう一つ行きたいところがあるのだ。あんまり時間を使うわけにもいかない。

「さぁ、美味い飯も食ったことだし、気合を入れていこう!ここからはしたたか歩くんだから。」

 地図を片手に、俺は心の中でそう呟いた。

 目指すところは別所岳の山頂。西岸駅の観光案内版には、十キロ先と記されていた。往復だとその倍、筋肉痛は確実である。

 でも、ぜひ一度見ておきたいのだ。能登半島の地図を、この目で実際に――


「――で、今日はこの有様か。」

「はは、まぁな。途中で迷うし道も悪いし、散々だった。」

 正輝の言葉に、俺は弱々しく笑ってそう答えた。

 そう、道に迷ったせいで俺は、ただでさえ長い道のりを更に歩く羽目になったのだ。その上保安林の間を縫うようにのびるその道は、落差も激しくぬかるみだらけで、想像以上に脚に負担をかけた。

「でも、頂上は本当に気持ちよかったぞ!三百メートルほどの小さな山だけど、能登半島が一望できるんだ。まさしく地図のあの形が、この目で見れるんだよ!」

「へぇ……確かにそれは一回、見てみたいかも。」

「だろ?!何なら今度一緒に行ってみるか?」

「い、いや、それとこれとは話が別だよ……。」

 興奮気味の俺に、正輝は苦笑い。

 そう。親友でもこうなのだ。カメラを持って時には列車で、時には自転車で、時には歩きで――いくら親友と言っても、こんなに地味で面倒くさい趣味には付き合ってくれない。当然他の友達もそうだ。

 だからいつも、一人旅。いや、それはそれで楽しいんだ。マイペースに行けるし、話し相手がいない分、地元の人ともふれあえるし。

 でもときどき、同年代の友達と一緒に、のんびりぶらぶらわいわいと旅をしたいなんて、思ったりもするのである。

 先輩と過ごした、あの夏の日みたいに――。

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