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渚高のブラバン! ~第1楽章~  作者: 音野ひびき
第3小節『和久、一年生観察日記』
13/16

(3)押さえられぬ好奇心

 授業終了から午後六時まで、ただし木曜日と土日は原則休み。それがうちの吹奏楽部の活動時間だ。

 他の学校の吹部が聞けば、「少なっ!?」と驚くだろうが、引退した三年の元部長も、現部長の宮村も、「それでいい」と言っていた。

 全員で全国大会を目指し、朝も夜も音符に浸かり、音楽を極めていくのも良いけれど、それができるのはもっと人数が多くて、学校のバックアップもしっかりしている吹部だ。到底うちでは叶わない。

 それならば、うちはうちでしかできない音楽の楽しみ方を極めれば良い。のんびりみんなで和やかに。けれどもやるときはやる!

 そんな考え方が代々受け継がれてきた結果、今の居心地の良い吹奏楽部が出来上がったのだ。


「んじゃ、また明日!」

 部活を終えた帰り道、俺は毎日この台詞を三回繰り返す。

 最初は、学校の校門の前で自転車組に向かって一回。今日はいつものメンバーに、小熊さんと高山さんも混じっていて、笑顔で「さようなら」と手を振ってくれた。入部の手ごたえは上々かもしれない。

 次に、バスでたどり着いた金沢駅のバスターミナルで、別のバスに乗り継ぐ西田に向かって一回。彼女は相変わらず一人で、女子がいるこちらを恨めしそうに見つめながらバスに乗っていった。

 最後は、いまだ自動化されていない改札をくぐったあと、反対方向の電車に乗る高畑に一回。今日は宮永さんも一緒で、いつも一人で帰っていた高畑は、終始うれしそうだった。


「――この電車は、十八時四十三分発、宇野気・羽咋方面、普通電車、七尾行きです。発車までしばらくお待ち下さい。」

 高畑を見送ったあと、いつもなら俺は一人になる。しかし今日は違った。

「ほんと……さっぱり……ない!」

「……俺は……だから……バカ……分からない……な。」

「はぁー?!」

 俺が座ったのはボックス席。そして正面には、佐野原さんと江藤君もいた。話を聞くに、ここから二駅向こうの森本駅まで乗っていくとのこと。

 隣り合う二人は、椅子に腰を下ろした途端、ひそひそ声でなにやら口論を始めた。

「失礼……あんたに……ない!」

「だって……だからな。」

「……ムカつく!!」

 一体何を言い合っているのか。気になるが、彼らの小さな声は、電車の音や乗客の声にかき消され、断片的にしか聞き取れない。

 そこで俺は、カバンの中からおもむろに音楽プレーヤーを取り出すと、インナーイヤー型のイヤホンを軽く耳に装着し、曲を再生する『ふり』をした。そしてプレーヤーを胸ポケットに突っ込み、窓のサッシに肘をついて、闇に包まれ始めた外を眺め、いかにも興味が無いように装う。

 すると、狙い通り彼らの声は段々と大きくなってきて――

「まったく。いきなり『入部させてください!』ってさ。何考えてるのかさっぱりわかんない!」

「いやー、久しぶりに楽器を吹きたくなってな。じゃあ入部しようって。」

「へぇ、つまり私は、あんたの体験入部に付き合わされたってわけですか。」

「そう文句言う割には、ずいぶん楽しそうに吹いてたじゃん、トランペット。」

「べ、別にっ!楽しそうになんかしてないし……。」

「ふーん。」

 むすっとふくれた佐野原さんと、そんな彼女をいじるのが少し楽しそうな江藤君。

 「彼は性格が悪いなー」と、盗み聞きをしている俺が思ってみる。

「おっ、ははっ、動き出した。」

「そりゃ、電車だからねぇ。」

 窓の外の景色が流れ始めた。江藤君は少し興奮気味である。彼は結構、子どもっぽい一面があるのかもしれない。一方で佐野原さんは、そんな彼に対し冷ややかだ。

「ところで、結局お前はどうするんだ、部活。」

 しばらく窓の外を楽しそうに眺めていた江藤君が、唐突に切り出した。

「まだ決めてない。とりあえず、来週から部見学期間でしょ。いろんな部活回ってみる。」

「……つまり、まだ吹奏楽部への入部は抵抗があるってことか。」

 こくりと佐野原さんが頷く。二人の間に流れる空気が、電車が動き始める前と後で、微妙に変化しているのが分かった。

「まだ不安か?中学の頃のこと。」

 ……こくり。

「そ、そうか。……でも、渚高の吹奏楽部、なんかふわふわのんびりって感じだったし、部長とか先輩達もみんな優しそうだったし、そこまで臆病にならなくてもいいんじゃないか?」

「そんなこと言ったって、仕方ないじゃない……。あんな事があったのよ。そう簡単に断ち切れないわよ……。」

 流れている空気は、本当に重苦しかった。

 江藤君が慎重に言葉を選びながら話す様や、佐野原さんの暗く沈んだ表情。彼女らの中学時代に何があったのかは分からないが、それが相当な事だというのは、容易に悟る事ができる。

 結局この後、二人の間には居心地の悪い沈黙が流れ続け、そのまま電車は森本駅に到着した。金沢駅からの所要時間は五分程度のはずなのに、実に長く感じた。

「んじゃ、気をつけて帰れよ。」

 何も知らないふりをして、電車から降りていく二人を見送る俺は、やはり江藤君の何倍も性格が悪いんだと思う。

 このもやもやとした気分は、きっと盗み聞きをした罰なんだろう。そう思いながら、音楽プレーヤーの再生ボタンをクリックし、俺は再び窓の外を見つめた。

 光源がない無い田んぼだらけの田舎町は、もう真っ暗で、ほとんど何も見えなかった。

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