(2)ほんわかほわほわ、聞き上手!
部屋にいる全員の自己紹介が終わり、とりあえず楽器を出そうかという時に、彼はやってきた。
ドアが飛んでいきそうなぐらいの勢いで開き、音楽室の中に入ってきたその少年は開口一番に、大きな声でこう言った。「入部させてください!」、と――
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――すこし唐突過ぎたと、一哉はあまりにも不躾な自分の振る舞いを後悔した。部屋中の人間が、ポカーンとした顔で彼のことを見つめている。それどころか、連れてきた相棒までもが、同じような顔をしていた。
「あ、あ、す、すいません!ちょっと慌ててて、気合が入りすぎたというか――」
「――来てくれたんだー!佐野原さんっ!!」
我に返り、しどろもどろになっている一哉の言い訳をぶった切り、亜紀は真琴の名前を呼んだ。そして二人に駆け寄る。
「あなたは……?」
一哉を見つめ、亜紀は聞いた。一応さっきも顔は見ているはずなのだが……。
まあ、真琴との別れ際のほんの数秒だけだったから、印象に残っていなくても仕方はない。
「え、えーっと、佐野原と同じ中学で、同級生の江藤一哉です。突然すいませんでした。えっと……ここに入部したいと思いまして……。」
「えっ!入部希望者?本当に?!」
一哉が「入部」という言葉を発した途端、亜紀の顔が見る見るうちに笑顔になった。さっきの一哉の大声は、ふわふわとした彼女の耳には届いていなかったのかもしれない。
「楽器はやったことあるの?」
「え、ええ。三年ブランクはありましたが、一応小学校のときにユーフォニウムを。」
「おっ、ユーフォニウムー!司、司ー、ユーフォニウム経験者だってっ!」
すっかり亜紀のペースに飲まれてしまった一哉。そこに司までやってきて、彼はもう流れに流されるしかなかった。
そしていつの間にやら真琴も巻き込まれ、いつの間にやら二人は楽器を持たされて、いつの間にやら――
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――三人に、さっきやってきた二人の新入生も向かえ、いつもより活気付く部室。
とりあえず経験者ばかりだという事なので、二年生がそれぞれの楽器の新入生に付く事になった。ただ、フルートとトロンボーンは二年がいないので、そこは臨機応変に、ホルンの二人が面倒を見ている。
そして俺はパーカッション。高山さん担当。
スッと姿勢が良くって、大人びた語り口。それでもって容姿端麗、大和撫子。それはまさしく俺とは別次元の人間で、てっきりとっつきにくい人かと思っていた。でも、実際に話してみると、そんな第一印象はあっという間に吹っ飛んだ。
「――センパイ、私後輩ですよ。何で敬語なんですか。そんなに私、老けて見えますか?」
「――先輩って、写真が趣味なんですよね?よく撮るのって風景ですか?人物ですか?あっ、もしかしてえっちなのとか?!」
「――私は、一人旅が趣味なんです。のんびり電車にゆられて、いろんなところに行くのが好きで。青春十八きっぷとか憧れちゃいます!」
とりあえずドラムセットの前までやってきたものの、特にやることも無く、いつの間にやら俺は、彼女と談笑していた。彼女は本当に話運びが上手くて、表情も豊かで――「とっつきにくい」なんて微塵も感じなかったし、逆に楽しさまで感じた。
「はっ!?そういえば、肝心な事を聞くのを忘れていました!」
他愛の無いおしゃべりがしばらく続いたところで、彼女が思い出したようにこう言った。
「質問なんですけど、この部活って、休みとか比較的楽に取れますか……?」
「え?あぁ、まあな。特に大会を目指すわけでもないし、全体的にゆるい部活だから。」
質問をされ、自慢できる事でもないと思い、苦笑いしながら俺は答えた。
何でも彼女は実家がお店をやっているらしく、高校生になったのを期に、本格的に手伝いを始めたそうだ。この学校を選んだのも、実家に一番近いから。通学時間が短い分、手伝いの時間が多くとれるのが決め手らしい。だから、あまり忙しい部活には入れないとのこと。
「でも、親からは部活にだけは入っておけと言われていますし、私も何かやりたいと思ってますし……。」
「うーん、そういうことなら、この部活は打って付けだと思うぞ!今は辞めたけど、ついこの間まで俺も、バイトと掛け持ちしてたし。」
デジタル一眼レフカメラを買う為のバイト。本当はカメラ屋とかで働きたかったんだけれども、そう都合よく募集があるわけもなく、最終的にファミレスのホール担当で落ち着いた。
「いやー、客商売って大変だよなぁ……。ピークタイムのときなんか、トイレに行く暇すらなかった。」
「あぁ、分かりますよーそれ!私の家もお客様相手の商売ですから。」
にっこにこな顔をして、俺の話を一つ一つ丁寧に受け取ってくれる。どんな話をしても彼女はこんな感じで、俺はすっかり安心を感じていた。しかし……。
「なぁ、高山さんの家って、一体何をしてるんだ?」
「え、えっと、そ、それは……。」
彼女が唯一、答えるのをためらった質問だった。困ったような顔で、ただただ笑って見せるだけ。
そして話し上手な彼女は、いつの間にやらそれをはぐらかし、結局俺は、彼女の家が何をやっているのか、知る事ができなかった。