表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渚高のブラバン! ~第1楽章~  作者: 音野ひびき
第3小節『和久、一年生観察日記』
12/16

(2)ほんわかほわほわ、聞き上手!

 部屋にいる全員の自己紹介が終わり、とりあえず楽器を出そうかという時に、彼はやってきた。

 ドアが飛んでいきそうなぐらいの勢いで開き、音楽室の中に入ってきたその少年は開口一番に、大きな声でこう言った。「入部させてください!」、と――


 ****


 ――すこし唐突過ぎたと、一哉はあまりにも不躾な自分の振る舞いを後悔した。部屋中の人間が、ポカーンとした顔で彼のことを見つめている。それどころか、連れてきた相棒までもが、同じような顔をしていた。

「あ、あ、す、すいません!ちょっと慌ててて、気合が入りすぎたというか――」

「――来てくれたんだー!佐野原さんっ!!」

 我に返り、しどろもどろになっている一哉の言い訳をぶった切り、亜紀は真琴の名前を呼んだ。そして二人に駆け寄る。

「あなたは……?」

 一哉を見つめ、亜紀は聞いた。一応さっきも顔は見ているはずなのだが……。

 まあ、真琴との別れ際のほんの数秒だけだったから、印象に残っていなくても仕方はない。

「え、えーっと、佐野原と同じ中学で、同級生の江藤一哉です。突然すいませんでした。えっと……ここに入部したいと思いまして……。」

「えっ!入部希望者?本当に?!」

 一哉が「入部」という言葉を発した途端、亜紀の顔が見る見るうちに笑顔になった。さっきの一哉の大声は、ふわふわとした彼女の耳には届いていなかったのかもしれない。

「楽器はやったことあるの?」

「え、ええ。三年ブランクはありましたが、一応小学校のときにユーフォニウムを。」

「おっ、ユーフォニウムー!司、司ー、ユーフォニウム経験者だってっ!」

 すっかり亜紀のペースに飲まれてしまった一哉。そこに司までやってきて、彼はもう流れに流されるしかなかった。

 そしていつの間にやら真琴も巻き込まれ、いつの間にやら二人は楽器を持たされて、いつの間にやら――


 ****


 ――三人に、さっきやってきた二人の新入生も向かえ、いつもより活気付く部室。

 とりあえず経験者ばかりだという事なので、二年生がそれぞれの楽器の新入生に付く事になった。ただ、フルートとトロンボーンは二年がいないので、そこは臨機応変に、ホルンの二人が面倒を見ている。

 そして俺はパーカッション。高山さん担当。

 スッと姿勢が良くって、大人びた語り口。それでもって容姿端麗、大和撫子。それはまさしく俺とは別次元の人間で、てっきりとっつきにくい人かと思っていた。でも、実際に話してみると、そんな第一印象はあっという間に吹っ飛んだ。


「――センパイ、私後輩ですよ。何で敬語なんですか。そんなに私、老けて見えますか?」

「――先輩って、写真が趣味なんですよね?よく撮るのって風景ですか?人物ですか?あっ、もしかしてえっちなのとか?!」

「――私は、一人旅が趣味なんです。のんびり電車にゆられて、いろんなところに行くのが好きで。青春十八きっぷとか憧れちゃいます!」


 とりあえずドラムセットの前までやってきたものの、特にやることも無く、いつの間にやら俺は、彼女と談笑していた。彼女は本当に話運びが上手くて、表情も豊かで――「とっつきにくい」なんて微塵も感じなかったし、逆に楽しさまで感じた。


「はっ!?そういえば、肝心な事を聞くのを忘れていました!」

 他愛の無いおしゃべりがしばらく続いたところで、彼女が思い出したようにこう言った。

「質問なんですけど、この部活って、休みとか比較的楽に取れますか……?」

「え?あぁ、まあな。特に大会を目指すわけでもないし、全体的にゆるい部活だから。」

 質問をされ、自慢できる事でもないと思い、苦笑いしながら俺は答えた。

 何でも彼女は実家がお店をやっているらしく、高校生になったのを期に、本格的に手伝いを始めたそうだ。この学校を選んだのも、実家に一番近いから。通学時間が短い分、手伝いの時間が多くとれるのが決め手らしい。だから、あまり忙しい部活には入れないとのこと。

「でも、親からは部活にだけは入っておけと言われていますし、私も何かやりたいと思ってますし……。」

「うーん、そういうことなら、この部活は打って付けだと思うぞ!今は辞めたけど、ついこの間まで俺も、バイトと掛け持ちしてたし。」

 デジタル一眼レフカメラを買う為のバイト。本当はカメラ屋とかで働きたかったんだけれども、そう都合よく募集があるわけもなく、最終的にファミレスのホール担当で落ち着いた。

「いやー、客商売って大変だよなぁ……。ピークタイムのときなんか、トイレに行く暇すらなかった。」

「あぁ、分かりますよーそれ!私の家もお客様相手の商売ですから。」

 にっこにこな顔をして、俺の話を一つ一つ丁寧に受け取ってくれる。どんな話をしても彼女はこんな感じで、俺はすっかり安心を感じていた。しかし……。

「なぁ、高山さんの家って、一体何をしてるんだ?」

「え、えっと、そ、それは……。」

 彼女が唯一、答えるのをためらった質問だった。困ったような顔で、ただただ笑って見せるだけ。

 そして話し上手な彼女は、いつの間にやらそれをはぐらかし、結局俺は、彼女の家が何をやっているのか、知る事ができなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ