(1)花咲き乱れん、自己紹介
音楽室。中庭むきの窓からは、惜しみなく暖かな春の光が差し込み、その眩しい空間には、同じく眩しいピカピカの新入生達が、一、二――
「――あぁ、眩しい!清水、カーテン閉めて!!」
俺が、ほんの少し小説チックな世界に入り込もうとした矢先にこれだ。周りが現実的過ぎるのか、おのれが夢想家過ぎるのかそれは分からないが、キンキン声の副部長の指示に逆らう道理も無く、窓際の俺は重々しい音楽室の暗幕を閉めた。
「ふふっ、カーテン閉めてもまだ眩しい気がするねー。やっぱり新入生が来てくれたからかな?」
壁にある蛍光灯のスイッチを入れながら、お姉さんらしい、やさしい笑みを浮かべ、うれしそうにそう漏らすのは部長の宮村。
結局、部員の頑張りというか執念のおかげで、経験者ばかり三人の一年生を音楽室まで連れてくることができた。少ないように聞こえるかもしれないが、これでもうちの学校の文化部にしては上々だ。
「えっとー、とりあえずこういう時って、まずは自己紹介?」
まだ若干緊張ぎみの一年生をほぐすためか、それともただ「女の子のあれこれを知りたい」という私欲を満たすためかは知らないが、西田がそんな提案をした。周りもトントンとそれに同調して、まずは部長からそれを始める。
「えと、二年B組、部長の宮村亜紀です。トランペットをやっています。中学の時から吹奏楽一筋で、そこそこ腕にも自信があります。分からない事があったら、遠慮なく何でも聞いてください……あ、ちなみに富山県の福原中の出身です!」
福原中。その名前を聞いた瞬間、今まで互いに話もし辛そうだった新入生三人が、きょろきょろとそれぞれの顔を見合わせはじめた。
中学時代に吹奏楽をやっていなかった俺には分からないが、何でも宮村の中学は、結構この世界では名が知れているらしい。俺も最初それを聞いたときは驚いたが、彼女の技術や音楽に関する知識の豊富さを考えてみれば、容易に納得する事ができた。
「あ、なんか誤解させちゃったかも知れないけど、この部活はそんなに厳しくないからね。『びしびしシゴくぞー!』とかじゃなくて、『みんなでわいわい楽しくやろー!』って感じだから。」
宮村が一年生のそわそわに気づき、そう注釈を入れたところで、自己紹介は次の人間にうつる。
「えー、副部長でユーフォニウムの高畑司です。クラスは二のA。私も中学時代から吹奏楽部で、出身は野々市の押野中学校。あそこも少人数のバンドで、大きい音ばっかり鳴らしていました。私の音楽に関するモットーは『巧さよりも迫力』!ここにいる部員たちは、私を含め全員が面白い先輩です……それがいい意味か悪い意味かは分からないけど。まぁとにかく、みんなの入部待ってます!」
ああ、そうか。まだ入部が決まったわけではなかった。高畑の最後の言葉を聞いて、そんなことを思い出す。そして、その間にも自己紹介は進む。
「二年D組、書記の西田美奈だよー!パートはホルン。中学時代は合唱部でした。だからまだまだ初心者です。あ、ちなみに好きなものは可愛い女――!?」
「――はい、次、清水っ!!」
スパーンといい音が鳴った!西田は頭を押さえて涙目になっている。彼女から会話のバトンを奪い取り、俺にパスしてきたのは高畑だ。俺もそのバトンをしっかりとキャッチした。
「えーっと、二年B組、書記の清水和久です。あ、別に字が綺麗なわけではありません。パートはパーカッションをやっています。ちなみに中学時代は写真部で、今も趣味として続けています……え、まぁ、以上です。」
本当はもうちょっと話そうかとも思ったが、とりあえずここら辺で切り上げた。だって、後ろでは西田がピーピ、高畑と言い合いをしていてうるさいし、一年生達もそんな二人に釘付けで、俺の話なんか全然聞いてくれていないようだったし……。俺は若干凹みながら、バトンを次に渡した。
「水木翔です――」
その瞬間、一年生が一斉に翔の方を見た。
おい、俺とのその差はいったいなんだ!確かに翔は美形だし、声も透き通っていてかっこいいかもしれない。母性本能をくすぐるような可愛さもあるような気がする。一方俺は、確かにかっこよくは無いし、そんなに特徴も無い。でもそれはないだろう!!
「――中学から吹奏楽部で、西田と同じくホルンを吹いてます。ちなみにクラスは二のFです。うーん、言わなくても分かるとは思うが、俺は男だ。最近よく『男の娘』とか言われるんだが、『娘』ではない。ちゃんとついている!もう一度言う、俺は男だ!!」
どんぐり眼をぱちくりさせ、女子で言えばショート位の長さがある直毛の髪を掻きながら、平然とそんなことを言ってのける翔。おい、「ちゃんとついている」って何のことだ。新入生を前にして早速セクハラか!?
いや、まぁ、こいつの変態さは十分分かっていたつもりだったが、まさかこんな場面でも出してくるとは……。このご時勢、訴えられても文句は言えまい。
そんなことを思いながら一年生の方を見てみると、彼女達は楽しそうに笑っていた。俺なんかがこんな事を言おうものなら、たちまち蔑みの視線を浴びる事となるだろうに……世の中とはなんとも不公平である。
そんな、腑に落ちない部分を何個か抱えたまま、今度は一年生達の自己紹介が始まった。
「え、えっと、そ、その……小熊千沙です……。中学時代はフルートを吹いてました……。あっ、クラスは一年C組です……。そ、その、よろしく……おねがいします。」
音楽室がしーんとなった。別に彼女が変なことを言ったわけではない。そうしないと声が聞こえなかったのだ。なんとも女の子らしい女の子という感じで、小動物のような愛らしさがある。ショートの黒髪で、くせ毛をごまかす為か前髪にヘアピンをくっつけているのが、また可愛らしかった。
「えー、一年D組、宮永愛です。中学も吹奏楽で、トロンボーンを吹いていました。でも、そんなにうまくないです。高校でも吹奏楽がしたいなーって思っています。あ、ちなみに若干オタク入ってて、アニメとか良く見ます!こんな私ですが、よろしくお願いします!」
二人目の子は、小熊さんとは正反対で、ずいぶんとはきはきしていた。オタクなんて初対面でなかなかカミングアウトできないと思うが、どうやら彼女は違うらしい。ツインテールの髪形もそのオタク趣味の影響なのかも知れないが、決して嫌味っぽくなく、良く似合っている。こんなこというと失礼かもしれないが、すこし童顔で、その幼さがプラスに働いているように感じた。
「えっと、一年E組の高山一穂です。すぐ近くの武蔵中学校の出身で、吹奏楽部でした。でも、吹奏楽は吹奏楽でも、私がやっていたのはマーチングバンドで、パートはフロントピット。シロフォンとかティンパニなど、動かせない楽器専門のパートで、吹奏楽で言えばパーカッションが一番近いと思います。まだこの部活に入ると決めてはいませんが、今日はいろいろと話を聞かせてください。よろしくお願いします!」
最後の子も、宮永さんと同じくはきはきとした感じ。でも、宮永さんとは全然違うような気もした。なんだか全体的に大人びていて、話し方も場慣れしているように聞こえる。立ち振る舞いもシャンとしていて、特に背中に竿を一本通したような、凛とした姿勢の良さが印象に残った。黒のストレートヘアで、一つ結びがよく映えていて、細く長い脚も魅力的だ。まるで大正時代の女性絵、言うなれば、以前温泉街の美術館で見た、地元ゆかりの竹中夢三の絵から飛び出してきたような感じ。とても和服が似合いそうだと、俺は思わず見とれてしまった。そしてこんな子が、自分と同じパーカッションだというんだから、自然と顔がにやけてしまった。
今回からしばらくは、和久目線の物語が多いと思います。つまり、和久に何らかのアクション、イベントがあるという事です!自分の中で、自分を同学年の翔と比較し、劣等感を抱くことも多い和久ですが、彼にもものすごくいい所あるんですよ!
あ、当然真琴と一哉もまもなく登場します。あと、まだまだ一年生も登場します!
次回以降をぜひお楽しみに!……僕もなるべく間があかないよう頑張るつもりです……。