第一章:批判のプロフェッショナル
午前10時、蓬莱国議員会館の廊下を、急ぎ足で歩く男の姿があった。棚上太郎議員、52歳。身長170センチ、小太りの体型に眼鏡をかけた、一見すると真面目そうな政治家である。
「すみません、遅刻しました!」
棚上議員は委員会室に駆け込んだ。時計を見ると10時15分。15分の遅刻である。
「棚上議員、開始時間は10時でしたが...」
委員長が注意した。
「申し訳ございません。交通渋滞で...」
実際には二日酔いで寝坊していたのだが、そんなことは口が裂けても言えない。
委員会が始まると、棚上議員の本領が発揮された。
「委員長!対象議員の時間管理について質問します!」
手を上げて発言を求めた。
「どのような質問でしょうか?」
「田中議員は先月の委員会に3分遅刻されましたが、これは国民に対する背信行為ではないでしょうか?」
棚上議員は鋭く追及した。
「3分の遅刻が背信行為?」
田中議員が困惑して反論した。
「時間を守れない政治家が、どうして国民の信頼を得られるのでしょうか?」
棚上議員は畳みかけた。
しかし、棚上議員自身は遅刻の常習犯だった。過去1年間で、委員会への遅刻回数は47回。平均遅刻時間は12分である。
「棚上議員こそ、今日も15分遅刻されましたが...」
田中議員が指摘した。
「私の遅刻は交通渋滞という不可抗力です!田中議員の遅刻とは性質が違います!」
強引な理屈で自分を正当化した。
委員会後、棚上議員は記者たちに囲まれた。
「棚上議員、田中議員への追及について」
「時間管理は政治家の基本です。3分でも遅刻は遅刻。国民への謝罪が必要でしょう」
厳しい表情で語った。
「しかし棚上議員も遅刻が多いのでは?」
記者の一人が質問した。
「私の場合は政務が忙しく、やむを得ない事情があるんです」
またしても自分だけは例外扱いだった。
午後、棚上議員は事務所で秘書の佐藤と打ち合わせをしていた。
「先生、来週の政治資金報告書の件ですが...」
「何か問題があるのか?」
「飲食費の計上で、少し...グレーな部分が...」
実は棚上議員は、政治資金をかなり私的に流用していた。高級クラブでの遊興費を「政治活動費」として計上したり、家族旅行を「視察」として処理したりしていた。
「大丈夫だ。バレなければ問題ない」
「でも他の議員の政治資金については、いつも厳しく追及されてますが...」
「あれとこれとは話が別だ」
棚上議員の論理は常に自分に甘く、他人に厳しかった。
その夕方、棚上議員は地元のテレビ局の番組に出演していた。
「今日のゲストは棚上太郎議員です」
司会者が紹介した。
「よろしくお願いします」
棚上議員は愛想よく挨拶した。
「早速ですが、最近の政治資金問題についていかがお考えですか?政治資金収支報告書への不記載が発覚したある議員は、多忙で秘書に任せていたと弁解していますが・・・」
「深刻な問題ですね。政治家は国民の税金を預かる身。1円たりとも無駄にしてはいけません。私は、政治資金収支報告書の提出の前には、会計担当秘書と一枚一枚、一円たりとも記載ミスは許さないという慎重さで互いに読み上げながら、精査しております。時には一円の誤差の解明のために徹夜になることもあります。このような、杜撰な話を聞きますと、誠実すぎる自分の資質を空しく感じることさえあります」
完璧な模範解答だった。
「具体的にはどのような対策が必要でしょうか?」
「まず透明性の確保。そして厳格な監査。政治資金の私的流用など言語道断です」
力強く語った。その口で、昨夜も政治資金で高級クラブに行っていたのだが。
「山田議員の政治資金問題についてはいかがですか?」
「あれは許せませんね。100万円もの政治資金を私的に使うなど、政治家失格です」
棚上議員は憤慨した。しかし、彼自身の政治資金私的流用額は年間500万円を超えている。
「厳しい処分が必要でしょうか?」
「当然です。議員辞職すべきでしょう」
自分のことは完全に棚に上げていた。
番組が終わると、棚上議員は高級クラブに向かった。もちろん政治資金で。
「今夜も政治活動ご苦労様です」
ママが皮肉たっぷりに言った。
「政治活動は24時間体制だからな」
棚上議員は真顔で答えた。本人は本当にそう思い込んでいるのか、それとも完全な開き直りなのか、判断が難しい。
クラブで3時間、50万円を使った棚上議員は、帰宅途中に思った。
「山田議員の100万円流用は本当に許せない。俺とは次元が違う」
どの口が言うのか、と思わずにはいられない発言だった。
自宅に帰ると、妻が不機嫌な顔で待っていた。
「またクラブに行ってたでしょう」
「政治活動だ。理解してくれ」
「政治活動でクラブ?」
「情報収集も政治家の大事な仕事だ」
棚上議員は真顔で答えた。
しかし翌日、彼は別の議員の不倫問題を厳しく批判していた。
「家庭を大切にできない政治家が、どうして国民のことを考えられるのでしょうか?」
テレビで厳格な表情を浮かべて語った。
実は棚上議員にも愛人がいるのだが、それは別の話らしい。
こうして、棚上議員の「人のことは厳しく、自分のことは甘く」の日々が続いていた。しかし、このダブルスタンダードが大きな問題を引き起こすのも、時間の問題だった。




