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濡れ衣令嬢と竜姫  作者: 白保仁
二章

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12/22

十二話

 軟禁されているアデルの側近は三人。

 侍女のエステル・ミルフォード、イリス・ラヴァン。

 そして護衛騎士のニーナ・デュランだ。


 三人とも古くからの付き合いで、アデルが信頼してきた者たちだった。


 面会室は机がひとつ、椅子が二つ。窓は高く、空の色さえ見えない。

 閉じた空気の中で、アデルは呼吸をひとつ整えた。


 背後にはクラリスとリィ。

 リィは落ち着きなく椅子の背に指先を這わせ、クラリスはいつも通り静かに立っている。

 沈黙が重いのは、部屋のせいだけではなかった。


※※※


 最初に通されたのはエステルだった。


「久しぶりね、エステル」


「ご無事で何よりです、アデル様」


 淡い表情はいつも通り。けれど目の下に影がある。

 疲労というよりも、罪悪感の色だろう。


「体調は?」


「お気遣い不要です。……ただ、私の不手際でアデル様を窮地に追い込みました。私は……」


 言葉が詰まり、息が震える。


「――私は、ダメダメのダメ人間です。ああ、死んでしまいたい」


 エステルは髪を掻き毟るようにして、ぎょろりとアデルを見た。

 感情が振り切れたときの目だ。


 背後で、リィの小声。


「クラリス……あいつ、ちょっとこわい」


「リィ様。本当のことでも、口に出してはいけません」


「クラリスは面白いから好きだ」


「ありがとうございます。私もリィ様のこと、嫌いではありません」


「……二人とも、静かにして」


 釘を刺すと、二人は素直に黙る。

 アデルは椅子に腰を下ろし、机越しにエステルをまっすぐ見た。


「単刀直入に言うわ。私は内通者の存在を疑っている」


 エステルの喉が、小さく鳴った。


「私の部屋から毒瓶が出た。公爵家の手紙も証拠として揃っていた。――どちらも私には覚えがない」


「……疑っておられるのですね。私が、ダメだから」


「違う。可能性としては全員が容疑者。あなたも含めて。

 でも、犯人だと決めて来たわけじゃない。事実を確かめたいの」


 エステルは一瞬だけ唇を噛み、視線を落とした。


「……裏切りません。アデル様を売るくらいなら、死を選びます」


「その言い方、やめなさい。……私はあなたの忠義を疑いたくはない。だから、気づいたことを教えて」


 淡々と返すと、エステルは肩を揺らして息を吐いた。


「……はい。基本、仕事中は私とイリスが二人で動きます。

 目を離すことはありますが、変な動きがあれば、気づけたはずです」


「イリスに、いつもと違うところは?」


 エステルは眉を寄せ、記憶を探った。


「……特には。いつも通りです」


 そこで一瞬、言葉が止まる。


「……逆にニーナ殿は、一人になる時間が多いです」


 言いにくいのだろう。

 エステルはニーナを疑っているのかもしれない。――だが今は、胸にしまう。


「毒瓶は?」


「見たこともありません。後から聞いて驚きました」


「手紙は?」


「いつも執務室の文書棚に置いてあります。ですが、枚数まで管理しているわけでは……」


 エステルは指先をぎゅっと握りしめた。


「盗られても気づかない?」


「……はい。ちゃんと管理していれば、こんなことには……」


「分かった。今日はここまで。

 もし思い出したことがあれば、また教えて」


 エステルは唇を開きかけ、結局閉じた。


「……努力します」


 その言葉は、ずいぶん弱かった。


※※※


 次に通されたのはイリスだった。

 扉が開いた瞬間、彼女は明るすぎる声を出す。


「うわ~よかった~! アデル様、生きてた~!」


「また会えてうれしいわ」


「ひどいんですよ、アデル様。セルバさんったら私のこと疑ってるんです~」


「調査のためよ。……ごめんなさいね」


「え~。こんなにずっと閉じ込められたら肌も荒れてしまいます」


 冗談だろうが、この状況で能天気である。イリスはそういう子だ。


 背後でリィがぼそり。


「クラリス……あいつ、ちょっと腹立つな」


「リィ様。本当のことでも口に出してはいけません」


「……二人とも静かにして」


 アデルは間髪入れずに遮り、必要な情報だけを投げる。


「内通者の件。心当たりは?」


 イリスは一瞬だけ目を瞬かせ、それから大げさに肩をすくめた。


「アデル様、なんか怖いです~」


「ふざけないで。……どうなの?」


 アデルが顔を硬くすると、イリスの笑みが一段だけ薄くなる。


「……私、思ったんですけど。

 内通者って、進んでやってるとは限らないと思うんですよね」


「どういうこと?」


「脅されてる、とかです」


 笑っているのに、目が笑っていない。


「たとえば、家族とか。弱みを握られたら――人って簡単に操られます」


 軽い言い方。けれど、内容は軽くない。

 アデルは頷きだけを返す。


「……そういう可能性がある、と」


「はい。……あ、でも、エステルって前はお母さんの話、よくしてましたよね。

 最近は聞かなくなったなって、思ってました」


 イリスは笑い直し、ふっと肩をすくめた。


「その点、私は身軽です。裏切ったりしませんよ」


 イリスは、公爵家が支援している孤児院の出だと聞いている。

 その言葉の裏に、何か意味があるような気がした。


※※※


 最後はニーナだった。

 扉が開いた瞬間、空気が張り直される。


「アデル様。ご無事でなによりです」


「ニーナ。そちらの調子は?」


「まずまずです。……どうやら疑われているようですね」


「あなただけじゃないわ」


 ニーナは疲れを見せず、背筋を伸ばして座った。

 後ろ暗いことは何もない――そう主張する姿勢だ。


 アデルは同じ質問を投げる。毒瓶、手紙、覚えのない証拠、内通者。


「私は外れるでしょう」


「根拠は?」


「エステルやイリスと違って、文字の読み書きがやっとです。

 偽の手紙の準備は難しい」


 ニーナは冒険者として活躍していたところを、公爵家が引き抜いた。

 貴族以外の識字率は高くない。冒険者上がりのニーナに偽造は難しい――それは確かだ。


「あなたから見て、侍女二人は?」


「どちらも忠誠心は高いと思います。

 特にエステルは、隠し事に向いていません」


 そこで、ニーナは言葉を区切った。


「イリスは?」


「疑っているわけではありません。ただ――休みの日に遠出することが多い。

 一日中いないこともあります」


「どこに?」


 ニーナは一拍置き、言葉を選んだ。


「……私用でしょう。詮索はしていません。人に会っているのだと思います」


「人……」


「めかしこんでいました。……男かもしれません。若い女性として不自然ではありません」


「そう」


 どうやら、イリスも身軽というわけではなさそうだ。

 アデルが考え込むと、ニーナがこちらを覗きこんだ。


「アデル様。内通者が、我ら三人の内にいるだけとは限りません。

 謀殺に失敗した以上、次は手段を変えてくる可能性があります」


「ええ。分かってる」


 ニーナは椅子から立ち、背後の二人へ向き直る。


「できれば私が守りたい。ですが拘束中です。

 ――お二方、アデル様を頼む」


 リィとクラリスへ、深い礼。

 形式ではない、切実さが滲んでいた。


※※※


 事情聴取を終えたあと、アデルはリィの客室へ向かった。

 そのまま昼食を一緒に取ることにしたからだ。


 リィの客室は、侍女長――アグネスの部屋のすぐ隣にあった。


「し、失礼いたしますっ」


 扉を開けると、見知らぬ侍女が飛び上がるように頭を下げた。


「ル……ルイーズと申します。リィ様のお世話を仰せつかっております。ど……どうぞ、よろしくお願いいたします」


 小柄で、丸い目。小動物を思わせる愛くるしい顔立ちだ。

 声と肩が震えている。緊張で息の仕方すら忘れているようだった。


「そんなに緊張しなくていいわ。……リィに困らされていない?」


「い、いえっ! とんでもございませんっ!」


 勢いよく否定して、ルイーズはまた深く頭を下げた。

 そのまま床に沈みそうな勢いだ。


 アデルが部屋の奥へ進む間に、リィはもうソファの端をぽんぽん叩いていた。


「アデル、こっち座れ」


「はいはい」


 腰を下ろすと、リィはすぐ距離を詰めてくる。肩が触れる。温度が近い。

 樹海の洞窟でも、たびたびこうだった。


「……アデル。悪い奴、見つかりそうか」


「まだよ。ニーナは確かに難しいと思うけれど……決定づける要素はないわ」


 アデルは、言い聞かせるように続けた。


「ふーん。難しいな」


 リィは不満そうに鼻を鳴らしたが、口を挟まなかった。


「……では、昼食の支度を」


 クラリスが短く告げ、ルイーズを連れて部屋を出ていく。


 扉が閉まると、少しだけ空気が軽くなった。

 リィは身を乗り出し、ひそひそ声になる。


「ルイーズは、なにを怖がってるんだ? 僕が悪いのか」


「ただ緊張しているだけよ。……でも、無茶はさせないでね」


 アデルはリィの額を指先で軽く押した。


「……わかった。大人しくする」


「偉い」


 しばらくして、クラリスとルイーズが戻ってきた。

 机の上に食事が並べられていく。


「リィのは肉たっぷりね」


「うん。うまい。……アデルの家のご飯、すごくうまいぞ」


 リィは齧り付かない。

 不格好ながらナイフとフォークを使っている。きっと誰かに叩き込まれたのだろう。


 悪戦苦闘して肉を切る姿が、どこか真剣で――妙に可笑しい。

 アデルは笑いを噛み殺し、自分の食事に手を伸ばした。


 ふと、控えるルイーズへ声をかける。


「リィがここにいることは、どれくらいの人が知っているの?」


「い……いえ、セルバ様より内密にと伺っております。……数名だけのはずです」


「具体的には?」


 ルイーズは一瞬だけ視線を泳がせ、クラリスを見る。

 クラリスが小さく頷いた。


「守衛長のブルーノ様。侍女長のアグネス様。

 それと、厨房では料理長のロベルト様と、副料理長のマリアさん……そのあたりかと」


「……そう」


 食器の音が、少しだけ大きく聞こえた。


「いつまでも隠してはいられないわね」


 アデルは小さく息を吐いた。


「父に相談したいけれど……今は動いてる。ルイーズ、もうしばらく、リィをよろしくね」


「あの……誠心誠意お仕えさせていただきます……」


「ええ。ありがとう」


 ルイーズがほっとした顔で頷く。


 気づけば、リィは食べ終わっていた。

 アデルの皿をじっと見てくるので、少しだけ肉を分けてやる。


「ありがと」


 リィは頬を緩め、そして真面目な顔に戻った。


「……それで、僕はいつ悪い奴を殴ればいいんだ?」


「残念だけれど、いきなり殴ったら、こちらが悪者になる」


「そういうものか。面倒だな……」


 リィは眉間に皺を寄せ、咀嚼しながら唸った。


「どちらにせよ、父と話さないと。第一王子と帝国の件は、王宮に上げる必要があるわ」


「それをやったら、殴っていい?」


「殴らなくても、第一王子は失脚するわ」


 アデルは淡々と言い切り、少しだけ声を落とした。


「ただ、相手も察してるはずよ。こちらが気づいたって。だから――なにか仕掛けてくるかもしれない」


「……じゃあ、僕はアデルを守ればいいんだな。任せろ」


「頼もしいわね。ありがとう」


 アデルはリィの口元についたソースを指先で拭い、そのまま軽く笑った。

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