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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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8. 至高の朝と、経営お断りの誓い




翌朝。

レンジが目を覚ますと、そこは天国だった。


「……重い。けど、幸せだ」


彼の身体の上には、もふもふの重しが二つ乗っていた。

胸元には、黒絹のように艶やかな「ルナ(シャドウ・キャット)」が丸まっており、足元には黄金の毛並みを持つ「クオン(天狐・小狐モード)」が、レンジの足を枕にして眠っている。

最高級の羽毛布団と、最高級の魔獣もふもふによるダブルサンドイッチ。

かつて深夜残業と休日出勤に追われ、会社の固いソファで仮眠をとっていた社畜時代とは雲泥の差だ。


「(……む。起きたか、レンジ)」


レンジが身じろぎすると、クオンが片目を開けて欠伸をした。


「おはよう、クオン。ルナも」


「ニャゥ……(おはよ……)」


ルナも眠そうに伸びをして、レンジの指を甘噛みする。

レンジは二匹を撫で回しながら、ルームサービスで届いた朝食(焼きたてパンと厚切りベーコン、新鮮なミルク)を平らげた。

優雅な食後のコーヒーを飲みながら、レンジは窓の外に広がる異世界の街並みを眺め、ぽつりと呟いた。


「よし。……店はやめよう」


「(……は?いきなりなんだ?)」


クオンが首を傾げる。

レンジは真剣な顔で、拳を握りしめた。


「いや、これだけ資金(100億円)もあるし、技術もある。普通なら『店を構えて一国一城の主!』みたいな展開になるところだけど……俺は絶対に嫌だ」


レンジの脳裏に、前世の記憶がフラッシュバックする。


『店長、バイトのシフトが埋まりません!』


『今月の売り上げ、目標未達だぞ!どう埋め合わせるんだ!』


『予約の電話、殺到してます!』


『クレーマー対応お願いします!』


終わらない事務作業、胃が痛くなる数字の管理、人間関係の板挟み。


「俺はもう、経営なんてしたくないんだ。ノルマに追われず、好きな時に、好きな場所で、目の前のボサボサな動物を綺麗にしたいだけなんだよ!」


「(……なるほど。つまり、責任を負いたくないということか)」


「人聞きが悪いな!『自由を愛する』と言ってくれ」


レンジは立ち上がり、高らかに宣言した。


「俺は『旅するトリマー』になる。世界中の魔獣を求めて旅をして、困っている子がいたらその場でケアをする。……これぞ、究極のフリーランスだ!」


「(ふん。まあ、よいのではないか?我としても、一箇所に留まるのは退屈だ)」


クオンも同意してくれた。

どうやら帝も、狭い店に縛られるよりは旅を好むようだ。


「そうと決まれば、まずはギルドだ。旅に出るにしても、冒険者としてのランクを上げないと、他の街への通行許可が下りないらしいからな」


レンジは身支度を整え、二匹を連れて部屋を出た。

目指すは自由気ままな旅生活。

だが、世の中そう甘くはないことを、レンジはまだ知らなかった。


           ◇


「あ、レンジ様!お待ちしておりました!」


冒険者ギルドの扉をくぐるなり、昨日の受付嬢が血相を変えて飛んできた。


「え、何かありました?もしかして、ルナの件で苦情とか……」


「いえ、逆です!昨日の『悪臭獣の浄化』の件がギルド上層部の耳に入りまして……その、ギルドマスターがお呼びです」


「ギルドマスター?」


周囲の冒険者たちが「マジかよ」「新人がいきなりギルマスに呼び出しか?」とざわめく。

レンジは嫌な予感がした。

組織のトップに呼び出される。それは前世の経験上、ろくなことにならないフラグだ。


「……わかりました。行きましょう」


案内されたのは、ギルドの最上階にある執務室だった。

重厚な扉が開かれると、そこには書類の山に埋もれるようにして、一人の女性が座っていた。


「よく来たわね、噂の新人くん」


顔を上げたのは、長い耳を持つエルフの女性だった。

ただし、繊細で儚いエルフのイメージとは程遠い。

片眼鏡モノクルをかけ、口には煙管キセルを咥え、鋭い眼光は歴戦の猛者のそれだ。


「ルリデン支部ギルドマスターの、ミリアよ。……ふうん、なるほど」


ミリアはレンジを一瞥し、次にその足元のクオンと、肩の上のルナに視線を移した。


「Fランク登録と聞いていたけど……とんでもない『化け物』を二匹も連れているのね」


「(……ほう。この女、多少は『視える』ようだな)」


「えっ? 二匹……ですか?」


レンジは聞き返した。

クオンが「化け物(神獣)」なのは知っている。だが、ルナはただの迷子の子猫を拾っただけのはずだ。

昨日の鑑定では「健康状態」しか見ていなかった。レンジは慌てて、肩の上のルナに『神の手(解析モード)』を発動した。


【解析結果】

個体名: ルナ

種族: 月蝕猫エクリプス・キャット ※シャドウ・キャットの変異上位種

危険度:S(災害級)

特性: 影渡り、精神捕食、物理魔法攻撃無効(影化)

備考: 成長すれば、一国を悪夢に沈めるポテンシャルを持つ伝説の凶獣。


「…………は?」


レンジの顔から血の気が引いた。

災害級?一国を悪夢に沈める?

肩の上で「ニャ〜ン(撫でて?)」と甘えているこの可愛い生き物が?


「(……ククッ。ようやく気づいたか、鈍感な奴め)」


足元でクオンが楽しそうに笑った。


「(言ったであろう?『ただの獣ではない』とな。まあ、今はまだ幼体だ。しつけ次第で良き番犬……いや、番猫になるだろうよ)」


「(うわぁ……俺、とんでもない爆弾を拾ってたのか……)」


レンジが冷や汗をかいていると、ミリアが呆れたように煙を吐いた。


「自分でも把握してなかったのね。……まあいいわ。あなたがその二匹を従えているという事実は変わらない」


クオンが面白そうに鼻を鳴らす。

ミリアの眉が一瞬ピクリと動いたが、すぐに表情を戻した。


「単刀直入に言うわ。あなた、この街で『店』を開く気はない?」


「えっ」


レンジは動揺した。朝一番に否定したばかりの話題だ。


「昨日のあなたの手腕、報告書で読ませてもらったわ。あのシャドウ・キャットを一瞬で手懐け、新品同様に磨き上げる技術……正直、異常よ。この街には多くの冒険者がいるけど、彼らの従魔パートナーのケアができる人材は皆無なの。あなたが店を開けば、ギルドとして全面バックアップするし、間違いなく繁盛するわ」


ミリアは畳み掛けるように、好条件を提示してきた。

一等地のテナント、税金の免除、専属スタッフの斡旋。

普通の商人なら喉から手が出るほどの厚遇だ。

だが、レンジの答えは決まっていた。


「……お断りします」


「あら、即答?条件が不満?」


「いえ、条件は最高ですが……俺は経営が嫌なんです」


レンジはキッパリと言い放った。


「俺は旅がしたいんです。店に縛られず、世界中のまだ見ぬ魔獣をケアして回りたい。だから、定住する気はありません」


室内が沈黙に包まれた。

ミリアは煙管をふかし、紫色の煙を吐き出した後……ニヤリと笑った。


「……ふふっ、そう。経営が嫌いな職人、ね。嫌いじゃないわ、そういう馬鹿正直な男は」


どうやら怒らせずに済んだらしい。

ミリアは机の引き出しから、一枚の羊皮紙を取り出した。


「わかったわ。店を出せとは言わない。その代わり……『特別依頼スペシャル・クエスト』を受けてちょうだい」


「特別依頼、ですか?」


「ええ。あなたが旅に出るなら、Fランクのままじゃ不便でしょう?この依頼を達成したら、特例で**『Cランク』**への昇格を認めてあげる」


Cランク。

それは一人前の冒険者の証であり、大抵の国や街への通行許可が得られるランクだ。

レンジにとっては願ってもない話だった。


「やります。で、内容は?」


「話が早くて助かるわ。依頼人は、この街の領主様……のご令嬢よ」


ミリアは困ったように眉間を揉んだ。


「彼女が可愛がっている『愛玩魔獣』がね……最近、手がつけられないほど凶暴化しているの。誰も近づけないから、爪も伸び放題、毛もボサボサ。何人もの獣医やテイマーが送り返されたわ。……あなた、それを『綺麗』にできる?」


レンジはニカっと笑った。

凶暴? 手がつけられない?

そんなの、トリマーにとっては日常茶飯事だ。


「お任せください。その子を世界一の美獣にしてみせますよ」

感想・質問・誤字脱字・雑談 等

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今後とも『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣もふもふと気ままな旅をする』を宜しくお願い致します!

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