7. 銅貨5枚の報酬と、二番目の家族
「戻りましたー」
レンジがギルドの扉を開けると、中は相変わらずの喧騒だった。
だが、彼がカウンターに近づくと、近くにいた冒険者たちがギョッとして道を空けた。
泥だらけの悪臭を放つ「何か」を持ち帰ってくると思われていたからだ。
しかし、レンジの腕の中にいたのは、夜空のように艶やかな漆黒の毛並みを持つ、一匹の美しい黒猫だった。
「あ、あら?おかえりなさいませ。……依頼は、諦められましたか?」
受付嬢が気遣うように声をかけた。
あの短時間で戻ってきたこと、そしてレンジが綺麗なままであることから、手出しできずに帰ってきたと判断したのだろう。
「いえ、完了しましたよ。ほら」
レンジは腕の中の黒猫を、そっとカウンターの上に乗せた。
「ニャーン」
黒猫は優雅に尻尾を揺らし、受付嬢に向かって愛想よく鳴いた。
その瞬間、周囲からどよめきが起きた。
「おい、あの猫……額に三日月の模様があるぞ?」
「オッドアイだ。まさか、あの『悪臭獣』の正体か!?」
「嘘だろ?あんな泥塊が、こんな上玉の『シャドウ・キャット』だったのかよ!」
受付嬢も目を丸くして、黒猫とレンジを交互に見比べた。
「ま、まさか……綺麗にして連れて帰ってきたんですか? あの凶暴で、近づくだけで目が痛くなる悪臭を放っていた獣を?」
「ええ。ちょっとお風呂に入れたら、すごくいい子になりました。皮膚病も治しておいたんで、もう臭いませんよ」
レンジが事もなげに言うと、ギルド内が静まり返った。
猛獣を力でねじ伏せる冒険者は多い。だが、猛獣を「洗って懐柔する」冒険者など前代未聞だ。
「す、すごいです……!これが『トリマー』の力……!」
受付嬢は興奮気味にスタンプを押し、報酬の入った小袋を差し出した。
「確認いたしました!こちら、報酬の銅貨5枚になります!」
「ありがとうございます」
レンジは銅貨を受け取った。
日本円にして約500円。
懐にある100億円(白金貨100枚)に比べれば、ちっぽけな金額だ。
だが、レンジはその汚れた銅貨を、愛おしそうに眺めた。
(……自分で働いて稼いだ、この世界で最初の金だ)
額の大きさではない。
自分の技術で、動物を救って得た対価。
それが何よりも嬉しかった。
「それと、相談があるんですが」
レンジはカウンターの上の黒猫を撫でた。
「この子、俺が引き取りたいんです。手続きとか必要ですか?」
「まあ!従魔登録ですね?本来なら追加の手数料がかかりますが……この子は長いことギルドを悩ませていた案件ですし、特別に無料で手続きさせていただきます!」
受付嬢は笑顔で書類を取り出した。
「では、お名前を決めてあげてください」
「名前か……」
レンジは黒猫の顔を覗き込んだ。
金と銀の瞳が、レンジをじっと見つめ返してくる。
額には輝く三日月の模様。
「……『ルナ』。ルナでどうだ?」
月並みな名前かもしれないが、この神秘的な容姿にはそれしか思い浮かばなかった。
黒猫は嬉しそうに「ミャウ!」と鳴き、レンジの手の甲に頬を擦り付けた。
「ふふ、気に入ってくれたみたいですね。では、『ルナ』ちゃんで登録します!」
手続きが進む中、足元で退屈そうにしていたクオンが、呆れたように鼻を鳴らした。
「(……『ルナ』か。月を冠するとは、闇に生きるシャドウ・キャットには相応しい名だ。……まあ、センスは悪くない)」
「お、クオンさんに褒められた」
「(勘違いするな。我は別に褒めてなどいない。……おい新入り、調子に乗るなよ。コイツの膝の上は我の特等席だ)」
クオンが念話で釘を刺すと、ルナは「わかってますよ」と言わんばかりに、クオンに対して恭しく頭を下げた。
どうやら、動物同士のヒエラルキーは一瞬で構築されたらしい。
絶対強者(帝)クオンと、その配下(侍女?)ルナ。
レンジのパーティーに、新しい家族が加わった瞬間だった。
◇
「さて、仕事も終わったし、今度こそ宿を探そうか」
ギルドを出た頃には、空は茜色に染まり始めていた。
レンジは新しい家族であるルナを肩に乗せ、足元にはクオンを従えて歩き出した。
「受付の人に教えてもらった宿は……あそこか」
目指すのは、中央広場に面したレンガ造りの豪奢な建物、『金獅子のたてがみ亭』。
「ペット可」で、かつ「セキュリティ万全」の最高級宿だ。
普通の冒険者ならビビって入れないような高級店だが、今のレンジにはガレス商会の後ろ盾と、腐るほどの資金がある。
「いらっしゃいませ。……おや?」
扉を開けると、執事のような服を着た支配人が出迎えてくれた。
彼はレンジの服装(上質な飛竜革)と、連れている二匹の美しい魔獣を見て、瞬時に「上客」と判断したようだ。
「お一人様と、お二方ですね? 特別室が空いておりますが」
「一番いい部屋をお願いします。お風呂が広いところで」
「かしこまりました。一泊で金貨一枚(約100万円)となりますが……」
「これで」
レンジは魔法鞄から、ガレスに両替してもらった金貨を一枚、無造作に取り出してカウンターに置いた。
支配人の目が一瞬輝いた。
「……確かに。では、最上階のスイートへご案内いたします」
通された部屋は、レンジが前世で住んでいたアパートよりも広かった。
ふかふかの絨毯、天蓋付きのキングサイズベッド、そしてテラスからはルリデンの街並みが一望できる。
何より、バスルームには大理石の浴槽があり、蛇口をひねればお湯が出る魔導具付きだ。
「(……悪くない)」
クオンは部屋に入るなり、一番座り心地の良さそうなソファに飛び乗り、優雅に香箱座りを決めた。
ルナも影のように音もなく移動し、クオンの隣ではなく、少し離れたクッションの上にちょこんと座る。
「ふぅ……。長い一日だったな」
レンジはベッドに大の字に倒れ込んだ。
異世界に転生して、まだ一日目。
だが、神獣を助け、億万長者になり、ギルドに登録し、猫を拾った。
あまりにも濃密すぎる一日だ。
「(レンジ、腹が減ったぞ。あの串焼きはもうないのか?)」
「(私もお腹すきました……ニャー)」
クオンの念話に混じって、ルナの意思もなんとなく伝わってくる気がした。
テイムした魔獣とは意思疎通がしやすくなるらしい。
「はいはい。ルームサービスを頼むよ。……肉と魚、どっちがいい?」
「「魚ぁ!!(肉だぁ!!)」」
二匹の耳が同時にピクリと動いた。
レンジは苦笑しながら、呼び鈴に手を伸ばした。
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