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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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74. 『汚れ』の元凶




 奇跡の蘇生劇から、数分後。

 ギリアム公爵は、蘇った娘・セリアを力一杯抱きしめていた。

 言葉はなく、ただただ涙を流し、その小さな背中をさすっている。

 周囲の神官や騎士たちも、その神聖な光景に涙し、誰も声をかけられずにいた。


 だが。

 俺は空気を読まずに口を開いた。


「……領主様。感動の再会中、水を差すようで悪いんですが」


 俺の声に、公爵がハッと顔を上げた。

 その顔は、まだ父親としての喜びに崩れたままだ。


「れ、レンジ殿……。すまない、取り乱してしまった。なんと礼を言えばいいか……」


「お礼は後でいいです。それより、今すぐ動かないといけないことがあります」


 俺は真剣な眼差しで公爵を見据えた。


「セリア様の髪を洗っていて、分かったことがあります。……この呪いは、自然発生した呪いじゃありません」


「……なに?」


「俺の手には、汚れの感触が残っています。あれは、自然に湧いたカビや錆びじゃない。何者かが明確な殺意を持って、意図的に塗りたくった『腐った油汚れ』のようなものです」


 俺は淡々と告げた。

 【解析】の結果だけじゃない。トリマーとしての指先の感覚が、その禍々しい粘着質を記憶している。


「特級呪詛『黒死の茨』……。術者が魔力を供給し続け、対象をじわじわと蝕む遠隔操作型の呪いです。間違いなく、人為的な犯行です」


「……!」


 公爵の表情が凍りついた。

 娘の死が、病ではなく殺人(未遂)だったと知らされたのだ。

 当然、すぐには頭が追いつかないだろう。


「だ、誰がそんなことを……。いや、今は犯人探しをしている時間は……」


「いいえ、今なら間に合います」


 俺は窓の外、闇に包まれた迷宮都市の一角を指差した。


「まだ『臭う』んですよ」


「臭う、だと?」


「ええ。洗っても落ちない、術者の魔力の残り香(残りカス)です。……ほら、そこから外へ繋がっている」


 俺の視界――『神の手』による【解析】画面には、セリアの体から切り離された呪いの残滓が、まるで細い糸のように窓の外へ伸びているのがハッキリと映し出されていた。


「術者はまだ、呪いが解けたことに気づいていないか、あるいは『死んだ』と確信して油断して魔力を繋げっぱなしにしている。……今なら、この糸を辿って元凶を特定できます」


 俺の言葉を聞いた瞬間。

 ギリアム公爵の纏う空気が、劇的に変化した。

 涙に濡れていた父親の顔が消え、迷宮都市を統べる冷徹な支配者の顔が現れる。

 そしてその瞳には、灼熱の如き殺気が宿っていた。


「……レンジ殿。場所はわかるか」


「ええ。かなり近いです。恐らく、この貴族街の中」


「そうか」


 公爵は短く答え、娘を優しくベッドに寝かせると、立ち上がって剣をいた。

 そして、後ろに控えていた近衛騎士団長に静かに告げた。


「総員、抜刀せよ。……害虫駆除の時間だ」


          ◇


 深夜の迷宮都市。

 俺たちは、公爵率いる精鋭騎士団と共に、闇に紛れて移動していた。

 ゼグノスたち『紅蓮』とアルヴィンドも、「乗りかかった船だ」と言って同行している。


 俺が視る「呪いの糸」を辿り、進むこと数十分。

 到着したのは、領主館からほど近い、鬱蒼とした森に囲まれた別邸だった。


「……ここは」


 公爵が眉をひそめる。


「バロン・ド・ルシアン……新興貴族の屋敷か。最近、急激に力をつけてきたとは思っていたが……まさか、奴が?」


「ビンゴですね。あの屋敷の地下から、腐ったドブみたいな魔力の臭いがプンプンします」


 俺が鼻をつまむと、ヴォルガラも「グゥ……」と顔をしかめた。


「……鼻が曲がりそうな悪臭よな。レンジ殿、これは『掃除』のしがいがありそうだぞ」


 ヴォルガラが執事の仮面を脱ぎ捨て、本来の獰猛な笑みを浮かべる。

 どうやら、獲物を前にして我慢できなくなったらしい。


「ああ。徹底的にやるぞ」


 俺たちは屋敷の裏手に回った。

 見張りらしき男たちが数人立っていたが、ヴォルガラが指をパチンと鳴らすだけで、白目を剥いて昏倒した。

 もはや抵抗ですらない。


「突入!」


 公爵の合図と共に、騎士たちが扉を破壊して雪崩れ込む。

 屋敷内は騒然となった。


「な、なんだ!? 誰だ貴様ら!」

「ひぃッ!? り、領主軍!?」


 私兵たちが慌てて武器を取ろうとするが、Sランク冒険者であるゼグノスたちの敵ではない。

 一瞬で制圧しながら、俺たちは地下への階段を駆け下りた。


 地下室の最奥。

 分厚い鉄扉をヴォルガラが紙のように引き裂くと、そこには異様な光景が広がっていた。


 部屋の中央には、禍々しい魔法陣が描かれ、その周囲には数人の「街の住人」らしき人々が猿轡さるぐつわを噛まされ、転がされていた。

 そして祭壇の前では、数人の黒ローブの男たちが、邪悪な笑みを浮かべて会話していた。


「――ククク、ようやく領主館の灯りが消えたな。どうやら娘はくたばったらしい」

「手間取らせおって。だが、これでギリアムの精神は崩壊し、失脚は確実だ」


 男たちは手元のナイフを弄びながら、縛られた住人たちを見下ろした。


「さて、次は本命のギリアムだ。娘よりも頑丈だろうからな……この『ゴミ共』を使って、より強力な呪詛に調整せねば」

「ヒヒヒ、光栄に思えよ愚民ども。次期領主様のために実験台になれるんだからな!」


 男がナイフを振り上げ、震える女性の腕に突き立てようとした、その時だ。


 ヒュンッ!


 俺が投げた『聖銀のコーム』が回転しながら飛び、男の手首を弾いた。


「ぎゃあああッ!?」


 ナイフが床に落ちる。

 黒ローブの男たちが弾かれたように振り返る。


 そこには、鬼の形相をしたギリアム公爵と、その後ろに控える「最強の掃除屋(俺たち)」が立っていた。


「り、りり、領主……ギリアムッ!?」

「な、なぜここが……! 貴様は悲嘆に暮れているはずでは……!」


 男たちが狼狽し、後ずさる。


「人の娘を殺し、あまつさえ罪なき民を使って私まで殺そうとは……」


 公爵の声は、地獄の底のように冷え切っていた。

 その怒りは、もはや言葉にならなかったのだ。


 俺は一歩前に出て、倒れた男を見下ろした。

 近くで見ると、その汚れ具合がよく分かる。

 体中から滲み出る、どす黒い悪意のオーラ。

 トリマーとして、生理的に一番「洗いたくない」タイプの汚れだ。


「き、貴様は何だ!? 衛兵か!?」


「いいや。通りすがりのトリマーだ」


 俺はコームを手元に戻し、一歩下がって道を譲った。

 ここから先は、俺の仕事ではない。


 公爵がゆっくりと、その抜き身の剣を構えた。

 全身から立ち昇る凄まじい闘気が、地下室の空気を震わせる。


「……覚悟はできているな? 私の愛娘を苦しめ、領民を傷つけた罪……その薄汚い魂ごと、私が直々に裁いてやる」


「ひ、ひぃぃぃッ!!」


 黒ローブの男たちが絶望の悲鳴を上げる。

 もはや検挙というより、一方的な「害虫駆除」の始まりだった。

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