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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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64. 測定不能の魔力と、金色の天狐





 迷宮都市の西門は、物々しい空気に包まれていた。


「止まれ! 身分証の提示を!」


「荷物を改めさせてもらうぞ! 『聖人様』に関する手がかりがあるかもしれん!」


 領主軍の兵士たちが、街を出ようとする馬車や旅人を一人ひとり厳しくチェックしている。

 彼らが血眼になって探しているのは『周囲を浄化するほどの、凄まじい力を持った人物』だ。

 俺はミリシアから貰った認識阻害のローブを目深に被り、列に並んでいたが……。


「(……ん? 待てよ?)」


 俺はふと気づいた。

 あいつら、「聖なる力」を探してるのか?

 だとしたら、俺がビビる必要なんて全くないじゃないか。

 俺はただ、ちょっと神話級のアーティファクトで神聖な塩を出しただけのトリマーだ。俺自身からは特別なオーラなんて出てるわけがないのだ。


「(なんだ。俺、検査に引っかかりようがないじゃん)」


 俺は一気に気が楽になった。

 むしろ堂々としていればいい。俺は善良な一般市民トリマーなのだから。


「次! そこのローブの男!」


 俺はギルドカードを差し出した。

 兵士が鋭い眼光で俺を睨みつけ、手にした水晶玉のような魔道具をかざしてくる。あれは『魔力測定器』だ。

 対象の魔力量や潜在能力ステータスを測るためのものらしい。


「動くなよ……」


 兵士が水晶を俺の額にかざそうとする。

 それを見て、俺は顔を引きつらせた。


「(……げっ。あれ、マズいんじゃないか?)」


 嫌な記憶が蘇る。

 以前、冒険者ギルドで登録した時も、似たような測定石を一瞬で粉砕してしまったのだ。

 俺のステータス表記は『測定不能エラー』。クオンからも「呆れるほど規格外な魔力量だ」と言われている。

 理由はさっぱり分からないが、とにかく俺の魔力は、この世界の測定器と相性が最悪なのだ。


「(やめろ……割れるなよ……? 頼むから耐えてくれよ……!)」


 俺が心の中で必死に祈った、その瞬間だった。


 ――ビキキキキッ……パリーンッ!!


 水晶玉が激しく明滅したかと思うと、黒い煙を上げて粉々に砕け散った。


「なっ……!?」


 兵士が目を見開いて叫んだ。


「そ、測定不能エラーだと!? バカな、一瞬で計測限界を振り切ったというのか……!?」


「ええっ!? なんで!?」


 俺は大げさに驚いてみせた。


 (やっぱり割れたあぁぁ!! 知ってたけど!!)


 内心では頭を抱えながらも、俺は必死に「自分も被害者です」という顔を作る。

 だが、兵士の反応は劇的だった。彼は震える手で剣の柄に手をかけた。


「貴様、何者だ……? 測定器を破壊するほどの魔力、ドラゴンか魔王クラスの怪物でしかありえんぞ……!」


 現場の空気が一気に凍りつく。

 周囲の兵士たちも槍を構え、殺気立った視線を俺に向けてくる。

 まずい。完全に怪しまれている。


「おいおい、冗談だろ? 整備不良の魔道具を使っといて、俺を魔王扱いかよ!」


 俺は必死に抗議するが、兵士たちの疑いの目は晴れない。

 その時だった。

 門の脇に控えていた軍用魔犬ブラックドッグが、俺の足元を見て「ヒィンッ!?」と情けない悲鳴を上げた。


「おい、どうした!?」


 魔犬は尻尾を巻いて、怯えるように地面に平伏した。

 影の中にいるクオン(神獣)とルナ(月蝕猫)の気配を敏感に察知し、生物としての格の違いに絶望したらしい。


「(……騒げば、その自慢の鼻を『刈り取る』ぞ)」


 クオンが影の中からドスの効いた念話を飛ばした――ようだ。

 魔犬は「了解であります!」と言わんばかりに直立不動になり、俺に対して敬礼のようなポーズを取った。


「な、なんだ? 凶暴な魔犬がここまで懐くとは……」


 兵士は困惑し、そして納得したような顔をした。


「そうか、貴様……強力な『魔物使い(テイマー)』だな?」


「え?」


「強力な使い魔を連れている場合、その干渉で劣化した測定器がバグを起こして、エラー数値を吐き出すことがあるんだ。……脅かせやがって」


 兵士は勝手に自己完結してくれた。

 魔王が大人しく並んでいるよりは、テイマーの機械トラブルの方が現実的だと思ったらしい。


「測定器の故障なら仕方ない。紛らわしいが、聖人様の特徴(神聖なオーラ)とも一致しないしな。……さっさと行け! 次は壊すなよ!」


「あ、ありがとうございます……」


 俺は愛想笑いを浮かべて会釈し、逃げるように門を抜けた。

 危なかった。なんとか誤魔化せたようだ。


          ◇


 門を出て、街道を西へ進むこと数時間。

 人通りがなくなった森の中で、俺は大きく息を吐いた。


「ふぅ……。なんとか街は出られたな」


 俺がフードを外すと、影からクオンたちが飛び出してきた。


「みぃ〜!(お外だー!)」


 クオンは余裕の表情で髭を揺らし、ポムは久しぶりの外の空気に喜んで跳ね回っている。

 無事に検問をパスできた。ひとまずは安心だ。

 だが、俺の足は棒のようになっていた。


「はぁ……。それにしても歩きは疲れるな」


 俺は魔法鞄マジックバッグの中身を確認した。

 そこには、食料や家具と一緒に、巨大な銀色の乗り物――『銀の箱舟シルバー・アーク』が鎮座している。

 屋敷を出る直前、庭に置いておくわけにはいかないと思い、慌てて回収してきたのだ。


「これを使えば、移動は楽なんだけどなぁ……」


 この魔導馬車――俺が『銀の箱舟シルバー・アーク』号と名付けたこの車は、まさに「走る家」だ。

 サスペンションは魔法で制御されており、石畳の凸凹や砂利道の振動を完全に吸収する。

 御者台(運転席)はガラス張りのキャノピーで覆われており、雨風も入ってこない。

 さらに中は広々としており、シャワー・トイレまで完備されている。

 快適さで言えば、最高級ホテルが走っているようなものだ。


 だが――。


「地上を走る分には最高なんだが……残念ながら空は飛べないんだよな」


 今回は山道どころか、目指す場所は『天空の竜の島』。遥か雲の上だ。

 さすがの『銀の箱舟』も、重力を無視して垂直に空を登る機能はついていない。


「結局、地道に登山するしかないのか……」


 俺が肩を落としていると、クオンは呆れたように鼻を鳴らした。


「(愚問だな、レンジ。忘れたか?)」


 クオンが一歩前へ出る。

 その瞬間、彼女の体が眩い金色こんじきの光に包まれた。


「(我は神獣・天狐てんこ。天を駆け、空を歩むことなど造作もない)」


 光が収まると、そこにはいつもの愛らしい小型犬の姿ではなく――。

 見上げるような巨躯を誇る、神々しい『金色の狐』の真の姿があった。

 太陽のように輝く黄金の毛並み、世界を見下ろすような金色の瞳。

 圧倒的な強者の風格だ。


「おぉ……! 久しぶりだな、その姿!」


「(乗れ、レンジ。――ルナ、小さい者たちを影に入れよ)」


 クオンが短く指示を出す。

 音速で空を駆ければ、小柄な魔物は吹き飛んでしまう。

 ルナは心得たようにスッと前に出て、地面に落ちた自分の影を広げた。


「ニャオ(こっちに入って)」


 ルナが鳴くと、影がまるで泥沼のように波打った。

 『月蝕猫』の能力、影空間への収納だ。


「みぃっ!(はーい!)」

「きゅ〜(安全地帯〜)」

「みゅ〜!(お邪魔しまーす!)」


 ポム、エメ、そしてシャボンの三匹が、次々とルナの影の中へ飛び込んでいく。

 影の中は無重力の安全地帯らしい。顔だけひょっこりと出して、楽しそうにしている。

 ルナ自身も、クオンの背中に飛び乗り、長い尻尾を揺らして安定させた。


「(よし、準備はいいな?)」


 俺もクオンの背中に登る。

 広大な金色の毛並みは、どんな高級絨毯よりもフカフカだ。


「おっと……落ちないように気をつけないと」


 俺が毛を掴もうとした、その時だった。

 スゥッ……。

 クオンの九本の尻尾がふわりと持ち上がり、俺の背後や側面を包み込むように固定した。

 まるで、最高級のソファーの背もたれと、シートベルトが同時に現れたような安心感だ。


「へぇ……。いつも口では偉そうなこと言ってるけど、お前ってなんだかんだ優しいよな」


 俺がニヤニヤしながら揶揄うと、クオンの大きな耳がピクリと反応した。

 彼女はフンとそっぽを向き、少し早口な念話を送ってきた。


「(……勘違いするなよ。お主が落ちて死んだら、我の毛並みを整える者がいなくなって困るだけだ。あくまで、我のためだからな)」


「ははっ、はいはい。ありがとな、クオン」


 相変わらず素直じゃないが、その尻尾の温かさが彼女の優しさを物語っていた。

 俺が固定されたのを確認すると、クオンが前を見据える。


「(舌を噛むなよ。……今回は距離があるゆえ、前よりも飛ばすぞ)」


「えっ、前よりも速く!?」


 俺が聞き返すのと同時だった。

 ブォンッ!

 何も言わずに、俺たちを包み込むように金色の透明な膜のような結界が張られた。

 これで風圧も、上空の寒さも完全に遮断される。


「(行くぞ!!)」


 ドンッ!!

 爆音と共に、景色が置き去りにされた。

 クオンが大地を蹴った瞬間、俺たちはすでに雲の上にいた。

 重力を無視し、空気を足場にして駆け上がる。

 その速度は、音速を遥かに超えている。


「うおおおおおっ!? 速ぇぇぇぇぇ!! 前より全然速いぞこれ!!」


 俺はクオンの尻尾の背もたれに身を預けながら絶叫した。

 景色が線になって流れていく。

 金色の結界がなければ、即座に気絶していただろう。


「(このまま一気に西の果てまで翔けるぞ!)」


 クオンが楽しげに咆哮する。

 眼下には、豆粒のように小さくなった迷宮都市と、広大な森が広がっていた。

 俺たちの逃避行は、最強の神獣に乗って、空の彼方へと加速していった。


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