59. 増殖する汚れと、神話級の製塩作業
最近は私生活が忙しく、投稿時間が多少前後することがあります。ごめんなさい!m(_ _)m
遅れての更新となりましたが、読みに来てくださりありがとうございます!
「グルルゥゥゥ……ッ!!」
追い詰められた変異種が、不快な音を立てて咆哮した。
乾燥した空気のせいで、その体表はひび割れ、自慢の再生能力も機能していないようだ。
だが、それでも腐ってもSランク相当のユニークモンスター。その巨体が暴れれば、周囲の地形など容易く吹き飛ぶ。
「来るぞッ! 総員、構えろ!!」
ゼグノスの号令が飛ぶ。
だが、それに重なるようにして、もう一つの声が響いた。
「俺たちも戦うぞ!」
アルヴィンドだ。
彼は完全回復した身体で愛剣を引き抜くと、部下たちに指示を飛ばした。
「ゼグノス! 俺たちも混ぜろ! このまま助けられただけで終わるのは、Sランクのプライドが許さん!」
「ハンッ! 足手まといになるんじゃねぇぞ、アルヴィンド!」
「貴様こそ、俺の背中を斬るなよ!」
憎まれ口を叩き合いながらも、二人のリーダーは同時に前へと飛び出した。
右から『紅蓮』の剛剣が、左から『銀翼』の疾風が。
迷宮都市でもトップクラスの二大パーティーによる、即席の共闘戦線。
普段ならあり得ないその光景に、周囲の空気がビリビリと震える。
「行くぞッ! 『紅蓮剣』!!」
「『銀閃・連』!!」
ゼグノスの大剣が炎を纏ってナメクジの胴を凪ぎ払い、アルヴィンドの細剣が一点突破で突き進む。
ガギィィィンッ!!
しかし、響いたのは硬質な金属音だった。
「なっ……硬い!?」
「乾燥して、皮膚が硬化しているのか!?」
二人が驚愕に目を見開く。
俺の「火の不始末」で乾燥したことは弱点になったが、同時に粘液が水分を失って固まり、鋼鉄以上の強度を持つ「外殻」と化してしまったようだ。
Sランクの攻撃すら弾く、天然の要塞。
「くそっ、これじゃ刃が通らねぇ! 魔法で焼くか!?」
「ダメだ、魔法の準備には時間がかかる! それに奴は魔法耐性が高い……!」
攻めあぐねる二人を見て、俺は小さく息を吐いた。
「(……やれやれ。あんなガチガチに固まった『角質』相手じゃ、普通の剣は通らないよな)」
俺は『聖銀のハサミ』を構え、戦場の中心へと歩き出した。
今の俺はレベル1。
喉から手が出るほど経験値が欲しい。強くなって、この理不尽な世界を生き抜きたい。
だが、相手はSランクの変異種。ガチガチの外殻の上からじゃ、俺の攻撃なんて通じないだろう。
なら、話は簡単だ。
俺が「下処理」をして、外殻を全部剥がしてやればいい。
丸裸にしてやれば、俺の攻撃だって通るはずだ。あわよくば、俺がトドメを刺して経験値を総取りできるかもしれない。
「どいてな。……危ないぞ」
俺の声に、二人が弾かれたように左右へ飛び退く。
「師匠ッ!?」
「あ、あんた、まさか一人で……!?」
二人の視線の先で、俺は巨大なナメクジと対峙した。
近くで見ると、やはり汚い。乾燥してひび割れた皮膚が幾重にも重なり、分厚い層を作っている。
普通の剣では刃が立たないであろうその質量を、俺は「分厚い角質」として認識する。
「お客様。少し厚着が過ぎるようですね」
俺はハサミをチャキッと鳴らした。
「これじゃあ通気性が悪い。少し『梳』いて、スッキリさせましょうか」
変異種が俺に向かって突進してくる。
だが、俺は逃げない。
狙うのは、ひび割れた外殻の「境目」。どんなに強固な鎧でも、それが「汚れ」や「不要な角質」である以上、俺のハサミ(トリミング)の前では無力だ。
俺はすれ違いざまに、ハサミを走らせた。
ジャキンッ!!
小気味よい音が響き渡る。
それは切断音ではない。まるで分厚いカサブタを剥がしたような、乾いた音。
ボロボロ、ドサドサドサッ!!
「ギ、ギィ……ッ!?」
ナメクジが悲鳴を上げた。
俺の一撃によって、鋼鉄よりも硬かったはずの「乾燥した外殻」が、まるで刈り取られた羊の毛のように、ごっそりと地面に落ちたのだ。
そこには、柔らかな地肌が無防備に晒されている。
「なっ……!? 硬化した外皮を、一撃で『剥離』させた……!?」
アルヴィンドが戦慄しているが、大したことはしていない。
よし、これで防御力はゼロだ。丸裸の今ならいける!
「少し、汚れを流しますよ」
俺はハサミを腰に戻すと、左手を銃の形のようにして構え、魔法を発動した。
『高圧洗浄』
ズバァァァッ!!
「ギィィィッ!?」
俺の指先から放たれた超高圧の水流が、無防備なナメクジの胴体を真っ二つに両断した。
ついでに首(?)のあたりもスパッと切断。
「す、すげぇ……! 無詠唱の水魔法で、あの巨体を切り刻んだぞ!?」
背後でゼグノスたちが驚愕している。
「よし、やったか?」
これで経験値ゲットなら美味しいが――。
ボコッ、ボコボコッ……!
切断されたナメクジの断面が、不気味に泡立った。
「なっ……増えた!?」
俺は目を剥いた。
切り離された胴体と頭が、それぞれ別の個体として再生し、3体に分裂して襲いかかってきたのだ。
「くそっ! 再生能力までは殺しきれていなかったか!」
「切れば切るほど増えるタイプかよ! 厄介すぎるぜ!」
ゼグノスとアルヴィンドが剣を構えるが、物理攻撃で斬っても増えるだけならジリ貧だ。
やばい。俺の半端な攻撃が裏目に出た。
「(……やはり、あの定石しかないか)」
俺は冷や汗を拭った。
ナメクジ退治の基本。それは「熱」か「塩」。
「熱」はさっきの「火の不始末」でやった。だから乾燥して再生能力は落ちているはずだが、それでもまだ足りない。
なら、残る手は一つ。
「塩……だよな」
だが、相手は全長10メートル級が3体。
食卓塩を振りかけたところで意味はない。業務用の塩袋がトラック1台分くらい必要だ。そんなもの、持っているわけが――
「……待てよ?」
俺は魔法鞄の底に眠っている存在を思い出した。
俺はバッグから、一つの宝石を取り出した。
燃えるような赤と、深海のような蒼が螺旋状に混じり合った、美しい『勾玉』
以前、火竜イグニスのウロコと、島亀アスピドケロンの黒真珠が喧嘩した際、俺が無理やり『神の手』で融合させたアーティファクトだ。
「クオンが『神話級』とか言ってたけど……こいつの素材、半分は『海』の神獣から貰った黒真珠だよな?」
なら、海水にまつわる何かができるかもしれない。
俺は勾玉を握りしめ、スキル『神の手』でその構造を解析した。
ビビッ!
脳内に、膨大な情報が雪崩れ込んでくる。
【解析不能:神格エネルギー過多】
【解析不能:因果律干渉につき閲覧不可】
【解析不能:世界構造への影響大】
「うわっ、なんだこれ。エラーばっかりじゃねぇか」
俺は顔をしかめた。
どうやら俺の手に余る代物らしい。だが、膨大なエラーログの中に、一つだけ読み取れる機能があった。
【物質錬成:物質の無制限生成(ただし、魔力量に依存する)】
「……これだ」
俺はニヤリと笑った。
他の機能は物騒すぎて使えそうにないが、これならいける。
「よし。ちょっとしょっぱいお仕置きといこうか」
俺は勾玉を掲げ、襲い来る3体のナメクジに向けた。
「師匠!? 危ない、下がって……!」
「食われるぞ! 逃げろッ!」
二人の悲鳴を背に、俺はイメージする。
海。生命の源。そして、そこに含まれる結晶。
「生成しろ……『塩』ッ!!」
カッッ!!
勾玉の「蒼」の部分が強烈に輝いた。
次の瞬間。
ドバババババババババッッ!!!
俺の手元から、白い奔流が噴き出した。
それは魔法などという生易しいものではない。まるでダムが決壊したかのような、圧倒的質量の「塩の波」。
「ギ、ギィィィィィィッ!!??」
ナメクジたちが絶叫する。
塩の濁流は3体の巨体を瞬く間に飲み込み、その水分を根こそぎ奪い取っていく。
「な、なんだあの量は……!?」
「氷魔法……いや、違う! あれは……塩!? 塩の山を作り出しているのか!?」
アルヴィンドたちが腰を抜かす中、塩の山はさらに高くなり、湿地帯の一角を完全に埋め尽くした。
神話級の力を使ってやることが「塩漬け」というのが何とも言えないが、効果は劇的だ。
数秒後。
塩の山の中から這い出してきたのは、水分を完全に失い、カリカリに干からびたジャーキーのような何か(元ナメクジ)だった。
ピクリとも動かない。完全に絶命している。
その瞬間、ナメクジの残骸が光の粒子となって崩れ去った。
「……ふぅ。一丁上がり」
俺は勾玉をしまい、額の汗を拭った。
さて、これだけの強敵(3体分)を単独で倒したんだ。
今度こそ、間違いなく大量の経験値が入るはずだ。もしかしたらレベル10くらいまで一気に上がるかもしれない。
俺は期待に胸を膨らませて、ファンファーレを待った。
……シーン。
「…………あれ?」
身体に変化はない。ステータスプレートを確認する。
【 Lv.1 】
「なんでだよッ!!」
俺は思わず地面に勾玉を叩きつけた。
おかしいだろ! Sランクだぞ!? しかも分裂したから3体分だぞ!?
俺が地団駄を踏んでいると、どこからともなくシステムログのような無機質な概念が頭に浮かんだ。
『害虫駆除(ナメクジへの塩撒き)』
『戦闘経験値:なし』
「駆除ォォォォッ!!」
嘘だろ……。塩をかけたのは「攻撃」じゃなくて、ただの「駆除作業」扱いなのかよ……!
俺が膝から崩れ落ちていると、恐る恐るゼグノスたちが近づいてきた。
「し、師匠……? 大丈夫ですか……?」
「とんでもねぇ……。あのナメクジを、跡形もなく干物にちまった……」
二人は戦慄の表情で、俺と巨大な塩の山を見比べている。
「……もういい。帰ろう」
俺は死んだ魚のような目で立ち上がった。
こうして、湿地帯の変異種騒動は、俺の「塩対応」によって幕を閉じた。
手に入ったのは、大量のナメクジのドロップ素材と、使い道に困る大量の塩。
そして――「Lv.1の最強トリマー」という、望まぬ二つ名だけだった。
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