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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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58. 神の手による外科手術と、計算され尽くした焦土





「案内しろ」とは言ったものの、彼らの状態は一刻を争うものだった。

 俺の言葉が終わるか終わらないかのうちに、悲痛な絶叫が安全地帯に響き渡る。


「ぐ、ぐあぁぁ……! あ、足が……溶けるぅ……!」


「アルヴィンド! しっかりしろ! ……くそっ、ポーションはもう……!」


 そこは瞬く間に、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 地面に転がっているのは、大陸でも指折りの実力を持つSランクパーティー『銀翼』。

 彼らは全身がドロドロの粘液に覆われ、自慢の最高級装備ごとその身を蝕まれていた。

 手持ちの回復薬は既に使い果たしたのか、あるいは使っても無意味だったのか。彼らはただ絶望に打ちひしがれている。


「……酷いな」


 俺はその惨状を見て眉をひそめた。

 特にリーダーの男――アルヴィンドは重症だ。足の鎧が溶解して皮膚と癒着し、そこから毒が回って顔色が紫色に変色している。


「……惨めなもんだな、アルヴィンド。あのキザな『銀翼』が、見る影もねぇ」


 ゼグノスが顔をしかめて吐き捨てた。

 その声に、うめき声を上げていたリーダーが、虚ろな目でこちらを見る。


「あ……? ……『紅蓮』の、ゼグノス……か……?」


「ああ。いつもの余裕はどうした。お前らがここまでやられるとはな」


「ふ、ふん……笑いに来たのか……。よりによって、脳筋のお前らに……こんな姿を……」


 アルヴィンドは、激痛に顔を歪めながらも、悔しげに唇を噛んだ。

 どうやら彼らの仲の悪さは筋金入りのようだ。


「師匠! 今は憎まれ口を叩けてるからまだマシですが、この粘液は厄介です! 洗い流さないと回復魔法が弾かれるのに、溶かす力が強すぎて対処できない……」


 ゼグノスが苦渋の声を上げる。

 同じSランクのライバルがここまで追い詰められている事実に、ミリシアたちも顔を青くしている。

 水で洗おうにも、強力な酸性粘液は水を弾き、拭おうとすれば布ごと溶かす。

 まさに手詰まり。だが――。


「……ただの『頑固な汚れ』だろ。動くなよ」


 俺はアルヴィンドの前にしゃがみ込むと、右手をかざした。


「……誰だ、貴様……。触るな……ゼグノス共々、手が溶けるぞ……!」


 彼が制止するのも聞かず、俺は無造作にそのドロドロの足に手を伸ばした。

 発動するのは、俺の切り札の一つ。


絶対解毛アブソリュート・アンタングル』。


 それは単なる技術ではない。


「あらゆる現象・状態を無効化し、あるべき姿へ還元する」概念干渉。


 絡まり合った因果を解きほぐし、異常な状態を「無かったこと」にして、本来の正常な状態へと強制的に戻す神業だ。


(イメージしろ。皮膚を侵食する『汚れ』という事象を解き……『あるべき姿』へ還す!)


 俺の手が、高速で男の患部を撫でた。

 その瞬間。


 バシュッ!!


「……あ?」


 アルヴィンドが間の抜けた声を上げた。

 俺が手を払った瞬間、皮膚にこびりついていた緑色の粘液と、癒着していた鎧の残骸が、まるで最初から分離していたかのようにポロリと地面に弾き飛ばされたのだ。

 そこには――爛れた痕など微塵もない、ツルツルの健康な皮膚が現れていた。


「毒素も回ってるな。……ちょっと摘み出すぞ」


 俺は空中に指を走らせるような手つきで、彼の太ももあたりを「ヒョイッ」と摘んだ。

 すると、毛穴という毛穴から紫色の毒素が霧のように噴き出し、俺の手の中で小さな球体となって固まった。


「よし、これで中身も外見もピカピカだ」


 俺は毒の玉をポイッと捨て、立ち上がった。

 アルヴィンドは呆然と自分の足を撫で回している。痛みどころか、傷跡ひとつ残っていないことに言葉を失っているようだ。


「次は君だ。じっとしてろよ」


「は、はい……!」


 俺は流れ作業のように、銀翼の残り2人のメンバーの身体から「粘液」と「毒」を概念ごと剥離させ、その肉体を正常な状態へと修復していった。

 それは治療というより、まるでシールを剥がすような手軽さだった。


「「「…………」」」


 全員の処置が終わった頃、周囲は静まり返っていた。

『銀翼』のメンバーは、自分たちの身体を触り、完全回復している事実に震えている。

 そして、それを見ていたゼグノスたちが、ガタガタと震え出した。


「み、見たか……今の……」


「ああ……。触れるだけで、あらゆる『状態異常』と『外傷』を物理的に摘出した……」


「回復魔法ですらないわ。あれは、時間を巻き戻したのと同義……『神の手』による因果の書き換えよ……!」


 また何か大げさな解釈をされている気がするが、俺としてはシャンプー前のブラッシングみたいなものだ。

 お客様をお返しする時は、完璧なコンディションでなきゃプロ失格だからな。


「…………」


 完全復活したアルヴィンドが、信じられないものを見る目で俺を見上げ、それからガバッと地面に額をこすりつけた。


「……礼を言う! あんたは俺たちの命の恩人だ! この御恩は一生忘れない!!」


「おいおい、あのプライドの高いアルヴィンドが土下座だと……?」


 ゼグノスが驚愕に目を見開いているが、本人はなりふり構っていない様子だ。


「いや、いいって。ケガ治しただけだし」


 俺はひらひらと手を振った。

 さて、患者も治したことだし、次はこの汚れの元凶を断ちに行かなきゃな。


「案内してくれるか? そのナメクジがいる場所まで」


「え、ええ! もちろん! ……けど、本当に危険ですよ? 俺たちですら、手も足も出なかった相手です……!」


 アルヴィンドが不安げに言うが、俺は笑って答えた。

「大丈夫だ。俺は『汚れ』には強いんでな」


          ◇


 俺たちは『銀翼』の案内で、森の奥へと進んでいった。

 目指すは、変異種が現れたという湿地帯エリアだ。

 だが、進むにつれて、周囲の景色が一変した。


「……なんだ、これ?」


 俺は目を丸くした。

 さっきまで鬱蒼としていた森が、ある地点からパックリと消滅していたのだ。

 地面は赤黒く焼け焦げ、土はガラスのようにドロドロに溶け固まっている。

 そして何より――空気が、カラカラに乾燥していた。


「あー……。これ、さっきの俺の『着火イグナイト』の跡か……」


 一直線に続く、焦土の道。

 俺が魔法の加減を間違えてぶっ放した、あの黒歴史の痕跡だ。

 あまりの惨状に俺が頭を抱えようとした、その時だった。


「……! 師匠、これを見てください!」


 ガイルが地面を指差して叫んだ。


「この焦土……湿地帯の手前で、完璧な円弧を描いて止まっています! それに、この熱気……周囲の湿気を完全に蒸発させている!」


「え?」


「……はぁ。なるほど、そういうこと」


 ミリシアが何かに気づいたようにため息をつき、ジト目で俺を見た。


「変異種のナメクジは、湿度の高い環境でしかその再生能力を発揮できない。だから、この乾燥した焦土は奴にとって致命的な『一撃』になってるってわけ」


「……お、おう」


「さっきの失敗した『着火』が、まさかこんな形で役に立つなんてね」


 ミリシアは信じられないといった顔で首を横に振る。


「狙ったわけじゃないんでしょ? たまたま加減を間違えて森を焼いたら、たまたまそれが敵の弱点を突いちゃったと…」


「うっ」


「……呆れた。まさか、あの『ドジ』がここで正解を引くなんてね」


 図星を突かれ、俺は言葉に詰まった。

 だが、ゼグノスだけは真剣な顔で頷いている。


「いや、これは偶然じゃねぇ。敵の特性を見抜いた上での『戦術爆撃』だ。師匠の深謀遠慮には恐れ入るぜ……!」


「(……違うって言える雰囲気じゃねぇ)」


 俺は視線を泳がせながら、精一杯のポーカーフェイスを取り繕った。


「……ふっ。まあ、相手がナメクジなら、塩か熱で攻めるのが定石だからな」


「「「(定石のスケールがでかすぎる……!)」」」


 五人が畏怖(と一名の呆れ)に震える中、俺たちは焦土の道を抜けた。

 そこには――干からびた地面の上で、苦しそうにのたうち回る巨大な怪物の姿があった。


「グルルゥ……ッ!」


 全長10メートルはある、巨大なナメクジ。

 だが、その自慢の粘液は周囲の熱気で乾ききって、動きは明らかに鈍っていた。


「弱ってる! 本当に弱体化してるぞ!」


『銀翼』のメンバーが歓声を上げる。

 よし、これならいける。


「さて……」


 俺は『聖銀のハサミ』を取り出し、チャキッと鳴らした。


「仕上げといこうか。お客様、随分とお肌がベタついているようですね。特別コースで、サッパリさせてあげますよ」


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