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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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56. Sランクの威光と、迷宮グルメ





「さて、と……」


俺は意気揚々とキッチンに入り、備え付けの棚を開けた。

そして、そのまま数秒間フリーズした。


「……何もないな」


棚は空っぽ。冷蔵庫代わりの魔導保管庫も空っぽ。

調味料はおろか、水さえ入っていない。

考えてみれば当たり前だ。この屋敷は数時間前まで廃屋だったのだから。


「どうした師匠?飯はまだか?」


背後から、待ちきれない様子のゼグノスが顔を覗かせる。


「悪い、ゼグノス。作る気満々だったが、材料が水の一滴もねぇわ」


「そりゃそうか。掃除に夢中で買い出し忘れてたな」


ゼグノスはガハハと笑い、俺の背中をバンと叩いた。


「なら、街へ繰り出すぞ!引越し祝いだ、俺が一番いい店に連れてってやるぜ、師匠!」


「……まあ、それしかないか。でも、人気店なら予約とかいるんじゃないか?」


「はんッ!この俺様が行くのに予約なんていらねぇよ。俺が顔を出せば、満席だろうがなんだろうが、店側が勝手に席を用意するんだよ!」


「……さようですか」


俺は苦笑し、ポムを『魔法鞄』に入れ、クオン、ルナ、エメ、シャボンを引き連れて屋敷を出ることにした。


          ◇


夜の迷宮都市は、昼間以上に活気に満ちていた。

ダンジョンから生還した冒険者たちが酒を酌み交わし、屋台からはスパイスと焼けた肉の香ばしい匂いが漂っている。

いつもなら、俺が歩くだけで「出た!『装甲剥がし』だ!」「服を押さえろ!」と悲鳴が上がり、モーゼの海割れのように道が開くのだが――。


「……おい、あれ見ろよ」


「『紅蓮』のゼグノスだ……!本物だぞ」


「隣にいるのって、まさか……例の『装甲剥がし』じゃねぇか?」


今日は反応が違った。

周囲の冒険者たちは俺の顔を見てギョッとするが、逃げ出そうとはしない。

俺の隣を我が物顔で歩く真紅の巨漢、ゼグノスの存在がストッパーになっているのだ。


「馬鹿!滅多なこと言うな!」


「なんでSランクのゼグノスが、あんな変……いや、あの男と談笑してるんだ?」


「しかも、ゼグノスの方が敬語を使ってないか?『師匠』って呼んでるぞ……」


「もしかして、『装甲剥がし』ってのは世を忍ぶ仮の姿で、本当は他国のSランク『テイマー』か何かか?」


ヒソヒソという噂話が聞こえてくる。

どうやら「Sランク冒険者が敬う人物=変態なわけがない」というバイアスがかかり、勝手に俺の評価が「正体不明の実力者」へと修正されているようだ。


(……快適だ)


俺は心の中でガッツポーズをした。

これぞ「虎の威を借る狐」ならぬ、「Sランクの威を借るトリマー」だ。


「へへッ、どうです師匠?俺と歩けば変な輩も寄ってこねぇでしょう」


ゼグノスがニカッと笑う。


「ああ、助かるよ。おかげでゆっくり飯が食えそうだ」


「任せとけ!この街で一番美味い肉料理の店だ!」


ゼグノスがズカズカと入っていったのは、大通りに面した石造りの重厚なレストラン『暴食のミノタウロス亭』だった。

看板には「迷宮食材専門」と書かれている。


「い、いらっしゃいませー……ヒッ、ゼ、ゼグノス様!?」


店に入るなり、給仕長らしき男が顔を引きつらせて飛び上がった。

しかし、その視線が俺に向けられた瞬間、彼の顔色がサーッと青ざめた。


「あっ、貴様は……!噂の『装甲剥がし』!!」


給仕長が露骨に嫌悪感を浮かべ、俺たちの前に立ちはだかった。


「お、お断りします!当店は格式ある店です!ゼグノス様は歓迎ですが、そのような……破廉恥な犯罪者まがいの人物を入れるわけにはいきません!他のお客様のご迷惑になります!」


やはり、こうなるか。

俺が「まあ、そうだよな」と帰ろうとした時――。


ドンッ!!

ゼグノスが太い腕をカウンターに叩きつけた。


「……あァ?」


低い、地の底から響くようなドスの効いた声。

それだけで店内の空気が凍りついた。


「お前、誰に向かって口きいてんだ?こいつは俺の『師匠』だ。俺が連れてきた客に文句があんのか?」


「ひぃッ!?し、師匠……!?」


「師匠はな、そこらの雑魚とは格が違うんだよ。服を剥ぐ?そんなもんは余興だ。……それともなんだ、『紅蓮』の俺に喧嘩売ってんのか?この店、潰してぇのか?」


「め、めっそうもございませんんん!!」


給仕長は涙目で首をブンブンと横に振った。

Sランク冒険者の機嫌を損ねれば、店の存続に関わる。彼らに拒否権などないのだ。


「す、すぐにVIP用の個室をご用意します!! ど、どうぞこちらへ!!」


「フン、最初からそう言えばいいんだ」


ゼグノスは鼻を鳴らし、俺を振り返ってウインクした。


「行こうぜ師匠。個室なら文句ねぇだろ」


「……お前、やり方がマフィアより怖いぞ」


俺たちは青ざめる店員たちに先導され、奥の豪華な個室へと案内された。

まさに力技。Sランク冒険者の権力(暴力)、恐るべし。

俺たちが席につくと、ゼグノスはメニューも見ずに注文した。


「ここの名物、『バッファロー・ボアの丸焼き』と『ロック・クラブの姿蒸し』!あと一番高い酒を樽で持ってこい!」


「か、かしこまりましたー!」


          ◇


数分後。

テーブルの上には、山のような料理が並べられた。


「うおぉぉぉッ!食うぞぉぉぉ!」


ゼグノスがジョッキを片手に、骨付き肉にかぶりつく。その食べっぷりはまさに野獣だ。


「(ほう……悪くない味だ)」

「にゃっ!(お肉おいしい!)」

「キュウ!(ほっぺた落ちるー!)」

「みゅ〜!(ぷるぷるだー!)」


クオンたちも、それぞれの皿に盛られた高級肉を堪能している。

ルナは上品に肉を噛み切り、エメは体と同じくらいの大きさの肉に抱きつき、シャボンはゼリー寄せのような料理をプルプルと揺れながら吸収している。

ポムも俺の膝の上で、サービスの野菜スティックを「みぃ、みぃ」と嬉しそうに齧っていた。


「……で、これか」


俺の目の前には、メインディッシュの『ロック・クラブ』が置かれていた。

直径1メートルはある巨大なカニだ。

問題は、その甲羅が「岩」のように硬く、さらに複雑な形状をしていることだ。


「あー、そいつは食うのが面倒なんだよな。殻がミスリル並みに硬ぇから、普通のナイフじゃ歯が立たねぇ。師匠、割ってやろうか?」


「いや、大丈夫だ」


俺は首を横に振った。

トリマーとして、そして職人として、素材(食材)を力任せに破壊するのは美学に反する。


「……食べる(解体する)か」


俺は左手に持っていたフォークを置くと、腰の『聖銀のハサミ』を抜いた。

そして一瞬で魔力を通し、形状変化フォージさせる。

ジャキン! という音と共に、ハサミは「カニ食用のピック&ナイフ」に姿を変えた。


「――【構造解析】」


カニの関節、筋肉の繊維、殻の継ぎ目。全てが青白いラインとして視界に浮かび上がる。

ヒュンッ。

俺の左手が閃いた。

パカッ、ポロッ、スルッ。


「……は?」


ゼグノスが肉を食べる手を止めた。

俺がナイフの先端を関節の隙間に滑り込ませ、軽く捻っただけで、あんなに強固だった甲羅がパズルが解けるように綺麗に外れたのだ。

さらに、ピックを使って中の身を傷一つ付けずに、つるりと抜き出す。


「はい、どうぞ」


俺は身を切り分け、クオンやルナ、エメ、シャボン、そしてゼグノスの皿に取り分けてやった。


「うめぇ!!殻の破片が一切ねぇし、身が潰れてねぇから食感が最高だ!」


「力任せに割ると、身にストレスがかかって味が落ちるからな」


その時だった。


バンッ!!

いきなり個室の扉が乱暴に開かれた。


「ここにいたのかッ!ゼグノス!!」


入ってきたのは、杖を持ったローブ姿の女性と、軽装の斥候風の男。

Sランクパーティー『紅蓮』のメンバー、魔導士のミリシアと斥候のガイルだ。


「げっ、お前ら……」


ゼグノスがカニを口にくわえたまま固まる。


「『げっ』じゃないわよ!明日のダンジョン攻略の作戦会議、すっぽかして何してるのよ!」


「俺たちは一日中探し回ってたんだぞ!どこをほっつき歩いてるのかと思ったら……こんな高級店で酒盛りかよ!」


二人は怒りの形相で詰め寄るが、テーブルの向かいに座っている俺を見て足を止めた。


「ん?あんたは……」


「あ、この前の『修理屋』の……」


彼らは俺の顔を覚えていたようだ。

この間、ゼグノスの剣を直した時に立ち会っているのだから当然か。


「おう、久しぶりだな」


俺が軽く手を挙げると、ゼグノスが慌てて飲み込んで言った。


「おう、悪い悪い!師匠の新居祝いをしてたんだよ!ほら、お前らも座れ!今日はめでたい日だ、一緒に食おうぜ!」


「……はぁ。全くもう、自由なんだから」


「まあ、この『師匠』さんには剣の件で恩があるしな。ご相伴に預かりますか」


二人は呆れつつも、席に着いた。

そこからは『紅蓮』のメンバーも交えた賑やかな宴となり、テーブルの上にはさらに空き皿と空き瓶が積み上がっていった。


そして、会計の時が来た。


「こちら、お会計でございます」


給仕長がうやうやしく伝票を持ってきた。

ゼグノスが「おう」と受け取り、懐から財布を取り出す。


「……あ」


ゼグノスの動きがピタリと止まった。

その顔から、サァーッと血の気が引いていく。


「おい、どうしたゼグノス?」


隣のガイルが怪訝な顔をする。


「……金、ねぇわ」


「は?」


ゼグノスは引きつった笑みで、空っぽの財布を逆さにした。

小銭が数枚、チャリンと落ちただけだ。


「そ、そういやこの間……剣の修理代に全財産払ったんだった……」


「今更ぁぁぁぁッ!?」


斥候のガイルが絶叫し、テーブルをバンと叩いた。


「お前馬鹿なの!?あの時、俺がコツコツ貯めてたへそくりまで無理やり奪って払ったんだろうが!!忘れてんじゃねぇよ!!」


「あー、そういえばそうだったな……。悪い悪い」


「悪いで済むか!!」


さっきまで威勢よく振る舞っていたゼグノスが、今は借りてきた猫のように縮こまっている。

給仕長も「お、お支払いは……?」とオロオロしている。

俺はため息をつき、給仕長に聞いた。


「いくらだ?」


「は、はい……。皆様で、金貨3枚(約300万円)でございます」


「分かった」


俺は『魔法鞄』から、この間ゼグノスから受け取ったばかりの革袋を取り出した。

そこには修理代として受け取った大金貨5枚が入っている。

俺はその中から、大金貨(約1000万円)を1枚取り出し、トレイに置いた。


「か、確認いたします!……はい、確かに大金貨1枚!ただちに両替してお釣りを……!」


給仕長は震える手でトレイを持ち、慌てて裏へ走っていった。

それを見送ると、俺は隣で項垂れているガイルの肩をトントンと叩いた。


「おい、ガイル」


「……へ?なんですか?」


ガイルが泣きそうな顔で顔を上げる。

俺は周りに聞こえないように、小声で囁いた。


「あいつに奪われたへそくり、いくらだったんだ?」


「え……大金貨1枚ですけど……」


「ほらよ」


俺は大金貨を1枚を袋から出し、ガイルの手にこっそりと握らせた。

俺の手元には、以前『始祖帝の聖金貨』を売却して得た白金貨100枚(約100億円)がある。

大金貨1枚程度、痛くも痒くもない。


「えっ……!?」


手の中の輝きを見て、ガイルが目を剥いた。


「あいつの尻拭いだ。取っとけ」


「し、師匠ぉぉぉ……!!」


ガイルも何故か俺の事を師匠と呼び始めてしまった。


「あんた、神ですか……!一生ついていきます!!」


「お前もついてくるのかよ」


横ではゼグノスが「師匠ぉぉぉ!すいませんんん!」と泣きついている。

Sランクパーティー『紅蓮』の男たちを、図らずも完全に掌握してしまったようだ。

結局、俺の新居祝いパーティなのに自分で支払ってしまった。

まあ、美味い飯が食えたし、Sランクパーティーにさらに恩も売れたからよしとするか。

こうして、俺たちの迷宮都市での夜は、ドタバタと共に更けていった。

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