55. 白い金の山と、極上のバスタイム
「さて……まずはこの『ゴミ』をなんとかしないとな」
『呪いの獣』改め、愛玩魔獣『ポム』の救出劇から数分後。
屋敷のホールには、俺が刈り取ったポムの毛が、小高い山のように積み上がっていた。
長年蓄積された汚れで灰色にくすんでいるため、一見するとただの巨大な埃の塊だ。
「店主。これ、処分頼めるか?追加料金払うから」
俺が言うと、不動産屋の店主は苦笑しながら肩をすくめた。
「やれやれ、人使いが荒いですねぇ。ま、この屋敷を買ってくれる上客の頼みだ。業者の手配くらいはサービスしますよ」
店主は先ほどまでの怯えた様子はなく、すっかり「商談成立後の商人」の顔に戻っていた。
俺たちの実力を見て、恐怖よりも「頼れる客」という認識に変わったらしい。
「どれ……量は多いですが、燃やすなり埋めるなり――ん?」
店主が何気なく毛の一部を摘み上げた瞬間、その動きが止まった。
彼は懐から眼鏡を取り出し、脂汚れを指で拭って繊維の輝きを確認すると――その目を驚愕に見開いた。
「……おい。正気か、アンタ」
「ん?どうした?」
「これ、さっき刈り取った『アンゴラ・ビースト』の毛だよな?汚れで分からなかったが……こいつはとんでもねぇぞ」
店主の声が震えている。
「ただの毛じゃねぇ。10年以上、魔力を吸って熟成された特級の魔繊維に変質してやがる……!」
「へぇ、そうなのか?」
「貴族のドレスや、魔導士のローブに使われる最高級素材ですよ!?これだけの量、市場に出せば屋敷の代金がチャラになる……いや、それどころか、もうひとつデカい屋敷が買えるレベルだ!」
店主は、俺を信じられないものを見る目で凝視した。
「それを『ゴミ』として処分しろだぁ?金持ちの道楽もそこまでいくと病気だな」
「マジか」
俺はポムを見下ろした。
こいつ、ただのモフモフじゃなくて、歩く金塊だったのか。
ポムは俺の腕の中で「みぃ?」と首を傾げている。
「分かった。じゃあそれ、あんたにやるよ」
「……はぁ?」
店主が間の抜けた声を出す。
「屋敷の手続き費用や、家具の調達代だと思ってくれ。俺には加工する当てもないし、ここにあると邪魔なだけだからな」
俺があっけらかんと言うと、店主はしばらくポカンとしていたが――やがて、堪えきれないように吹き出した。
「……ハッ!あーあ、こりゃ傑作だ!」
彼はパンパンと手を払い、嬉しそうに契約書を叩いた。
「いいでしょう!その『ゴミ』、喜んで引き取らせていただきますよ!その代わり、屋敷の手続きも寝具の手配も、最高のものを揃えてやる。……アンタ、面白いな。最初はただの変態かと思ったが、とんでもねぇ大物だ」
「褒めてるのか、それ」
「最上級の賛辞ですよ。今後も贔屓にしてくださいよ、『師匠殿』?」
店主はニヤリと笑い、ゼグノスが呼んでいた呼び名で俺を呼んだ。
どうやら、少しは気に入られたらしい。
これで資金の問題も、面倒な手続きも全てクリアだ。
「さあ、邪魔なものはなくなった。これからが大仕事だぞ、みんな」
俺は腕まくりをした。
「この屋敷を、人が住めるレベルまで徹底的に掃除する」
◇
掃除は戦争だった。
だが、俺には最強の戦力が揃っている。
「シャボン! 出番だ!」
「みゅー!(お掃除モード!)」
俺の相棒、スライムのシャボンが分裂し、床や壁を這い回る。
酸の粘液ではなく、洗浄液のようなサラサラした体液に変質したシャボンは、こびりついた汚れや埃を次々と吸着・分解していく。
まさに生きたルンバだ。
「ゼグノス!そこの瓦礫と腐った家具を外へ!」
「おうよ!任せときな師匠!」
Sランク冒険者の筋肉が唸る。
普通なら大人数人がかりで運ぶような巨大なタンスや瓦礫を、ゼグノスは軽々と片手で担ぎ上げ、庭へと放り投げていく。
「クオン!庭の雑草を『狐火』で焼き払ってくれ!屋敷には燃え移らせるなよ!」
「(フン。我の高貴な炎を草むしりに使うとはな……。まあよい、虫が湧くのは不愉快だからな)」
クオンが尻尾を振ると、炎が庭を駆け巡り、雑草だけを綺麗に灰にしていく。
「キュウ!(すごーい!ぼくは応援するね!)」
エメはクオンの背中でぴょんぴょんと飛び跳ねている。
そして俺は、左手をかざして生活魔法を連射する。
「『広域洗浄』!」
割れた窓ガラスを直し、床の黒ずみを消し去っていく。
一時間後。
廃屋同然だった『旧・魔爵の屋敷』は、新築のように輝きを取り戻していた。
「……すげぇ。ピカピカだ」
ゼグノスが額の汗を拭いながら、磨き上げられた床を見つめる。
「師匠なら、冒険者辞めても『掃除屋』で食っていけるんじゃねぇか?」
「俺はトリマーだ。掃除はその一環にすぎない」
俺は満足げに頷き、そして――部屋の隅でクオンの後ろに隠れているポムに向き直った。
「さて。部屋が綺麗になったら、次はお前だ」
「みぃッ!?」
ポムがビクリと体を震わせた。
毛玉を刈り取って体は軽くなったが、皮膚や残った毛には、まだ長年の脂汚れや臭いが染み付いている。
「風呂だ。徹底的に洗うぞ」
◇
屋敷には、貴族用らしく巨大なバスタブがあったが、今回は聖銀のコームを変形させて聖銀製のバスタブを作った。
俺はそこにお湯を張り、トリミング専用の特製シャンプーを泡立てる。
「よし、入れるぞ」
俺はポムを抱き上げ、お湯の中へとゆっくり沈めた。
「みぃぃぃぃ……(とけるぅぅ……)」
温かいお湯に浸かった瞬間、ポムの力が抜け、とろけた餅のようになった。
やはり相当汚れていたのだろう。お湯が一瞬で茶色く濁る。
「うわ、汚ねぇな。……おい師匠、手伝うか?」
袖をまくったゼグノスが覗き込んでくる。
「いや、お前の馬鹿力じゃポムを潰しかねない。見てるだけでいい」
俺は左手でシャワーヘッドを持ち、同じく左手の指先で優しくポムの体をマッサージするように洗っていく。
もっちりとした泡が、ポムの全身を包み込む。
「そこだ、そこが痒かったんだろ?」
「みぃ〜……♪」
耳の裏、脇の下、足の指の間。
俺の左手が汚れをピンポイントで捉え、洗い流していく。
ポムは気持ちよさそうに目を細め、完全に脱力していた。
「……すげぇな。魔獣が完全に心を許してやがる」
ゼグノスが感心したように呟く。
「それにしても……濡れると随分ちっちゃくなるんだな」
「ああ。このタイプの毛は性質上、濡れるとペシャンコになるんだ」
お湯に濡れたポムは、ふた回りほど小さくなり、まるで濡れ鼠ならぬ「濡れウサギ」になっていた。
貧相に見えるその姿に、ゼグノスが「なんか可哀想だな……」と苦笑する。
だが。
本当の魔法はここからだ。
「よし、上がりだ。……ドライヤー(ハサミ変形)いくぞ」
俺はタオルで水分を拭き取ると、調整した温風をポムに吹き付けた。
同時に、左手のコームで空気を含ませるように梳かしていく。
ブォォォォォォン……!
温風を受けたポムの毛が、一本一本立ち上がり、空気を含んで膨張していく。
白く輝く毛並みが、まるで入道雲のように広がっていく。
ボフンッ!!
「!?!?!?」
ゼグノスが目を剥いた。
「で、デカくなった!?爆発したぞ!?」
「これが本来の姿だ」
ドライヤーを終えたポムは、洗う前よりもさらに白く、そしてふわふわの真ん丸な姿になっていた。
光を反射して輝くその姿は、もはや神々しいレベルだ。
「みぃッ!(ふわふわ!)」
ポムが嬉しそうに体を震わせると、キラキラとした光の粒子(ただの抜け毛)が舞い散った。
「さあ、仕上げだ」
俺は『魔法鞄』から赤いリボンを取り出し、ポムの首元にキュッと結んでやった。
「完璧だ」
そこにいたのは、薄汚れた『呪いの獣』でも、毛玉だらけの塊でもない。
誰もが振り返る、極上の愛玩魔獣だった。
「お、俺も……触っていいか?」
「ああ。ただし、手は洗ってからな」
ゼグノスは慌てて手を洗い、そして震える手でポムの背中に触れた。
ずぶっ。
「うおっ!?手が埋まった!?」
「毛の密度が高いからな。極上のクッションだぞ」
「す、すげぇ……!これが……『トリマー』の力か……!」
Sランク冒険者ゼグノス、陥落。
彼はポムの背中に顔を埋め、「戦場の疲れが……癒やされる……」と呟きながら骨抜きにされていた。
◇
掃除も終わり、お風呂も完了。
窓の外には、美しい夕焼けが広がっていた。
家具はまだ少ないが、店主が手配してくれた最低限の椅子とテーブルはある。
暖炉には、クオンが狐火で起こしてくれた火がパチパチと燃えていた。
「ふぅ。……とりあえず、今日はここまでだな」
クオンとルナが暖炉の前で丸くなり、エメとシャボンがポムの毛の中で遊んでいる。
そして、なぜかSランク冒険者が我が物顔でリビングで寛いでいる。
「おい師匠、飯はまだか?俺は腹ペコだぞ」
「なんでお前まで食っていく流れなんだよ……。まあいい、今日は引越し祝いだ」
俺は苦笑しながらキッチンへと向かった。
ここはあくまで、次の旅に出るまでの仮住まい。
だが、この騒がしくも温かい時間を、少しの間だけ楽しむのも悪くない。
こうして、迷宮都市での新しい夜が更けていった。
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