54. 呪いの正体と、劇的ビフォーアフター
「――いくぞ、オラァッ!!」
廃屋のホールに、ゼグノスの怒号が響き渡る。
真紅の鎧をガシャンと言わせながら、巨漢の戦士が3メートルを超える『呪いの獣』に正面からタックルをかました。
『グォォッ!?』
「捕まえたぜ!暴れるんじゃねぇ!」
ズドォォン!!
凄まじい衝撃音が走り、巨大な白い塊が床に押し倒される。
さすがはSランク冒険者。ドラゴンの突進すら受け止めるその怪力は、暴走する魔獣を力ずくでねじ伏せた。
だが。
『ギャウッ!グルルルッ!』
「ぐっ、なんだこいつ!?滑るぞ!?」
ゼグノスが顔をしかめる。
怪物の表面は、長年の汚れと脂で固まった毛で覆われており、さらにその上で新しい毛が滑って、掴みどころがないのだ。
まるで巨大な油まみれの毛玉と格闘しているようなものだ。
「ゼグノス!首を絞めるな!前足の付け根と肩を押さえろ!」
俺はハサミを構えながら指示を飛ばす。
「呼吸ができなくなって余計にパニックになる!関節を極めるイメージだ!『保定』は力任せじゃダメだ!」
「ちっ、注文の多い師匠だぜ……!こうかッ!」
ゼグノスが体勢を変え、怪物の肩口に体重を乗せてロックする。
怪物の動きがガクンと止まった。
「ナイスだ!そのまま1分耐えてくれ!」
「1分!?このSランク魔獣を相手にか!?」
「俺がハサミを握ってるんだ。1秒たりともオーバーさせない!信じろ!」
「……ッ、へっ!言ってくれるぜ!」
ゼグノスがニヤリと笑い、腕に血管を浮かび上がらせてさらに強く押さえ込む。
俺は床を蹴った。
動けない怪物――いや、お客様の懐へと飛び込む。
目の前には、コンクリートのように硬く固まった毛の壁。
普通の刃物なら刃こぼれするレベルの硬度だが、俺の愛用する『聖銀のハサミ』と、スキル『神の手』の前では関係ない。
「いくぞ……!!」
ジャキッ、ジャキジャキジャキジャキッ!!!!
俺の左手が残像と化した。
ハサミの開閉音が、一つの高い音に聞こえるほどの超高速連打。
ブチブチブチッ!!
硬化した毛の塊が、分厚いステーキ肉のようにボロボロと切り落とされていく。
(……重いな。5年……いや、10年分か?)
切り落とした毛の断面は年輪のようになっていた。
本来、換毛期に抜け落ちるはずの毛が、手入れされずに体に残り続け、それがフェルト化して鎧のようになっていたのだ。
皮膚が呼吸できず、蒸れて、雑菌が繁殖している。痒いし痛いし、そりゃ暴れたくもなるだろう。
「辛かったな。今全部剥がしてやるからな!」
俺はハサミを走らせる。
狙うのは、ガチガチに固まった「死んだ毛」と、皮膚から生えている「生きた毛」の境界線。
(ここだ……ッ!)
俺は「鎧」だけを切り離し、その下の柔らかな毛並みを守るように刃を滑らせる。
これはもはやトリミングではない。「外科手術」に近い精密作業だ。
「…………マジかよ」
必死に怪物を押さえ込んでいたゼグノスが、目の前の光景に息を呑んでいた。
「嘘だろ……。俺の剣速より速ぇ……。あんなデタラメな速度で刃物を振り回してんのに、血が一滴も出てねぇぞ……!?」
「集中させろ!あと半分!」
俺はゾーンに入っていた。
舞い散る白い毛の中で、俺はただひたすらに、不要なものを削ぎ落としていく。
『グルゥ……?』
怪物も異変に気づいたのか、抵抗を弱めた。
体が軽くなる。熱が逃げていく。痛みが消えていく。
その感覚が伝わったのだろう。
「よし、ラストだ!ありがとうゼグノス、もう離していいぞ!」
「おうッ!」
ゼグノスがパッと手を離して飛び退く。
それと同時に、俺は最後の一太刀を入れた。
ザンッ!!
背中を覆っていた巨大な一枚岩のような毛玉が、ドサリと床に落ちた。
その瞬間。
屋敷を覆っていたドス黒い瘴気が、嘘のように晴れた。
「……ふぅ。終わったぞ」
俺はハサミを回して鞘に収めた。
床には、山のような毛の残骸。
そしてその中心に、その「正体」がちょこんと座っていた。
「……は?」
ゼグノスが間の抜けた声を出した。
そこにいたのは、3メートルの怪物ではない。
体長1メートルほどの、つぶらな瞳をした、ふわふわの白いウサギのような生き物だった。
真っ白で絹のような毛並み。長い耳。
先ほどまでの禍々しさは微塵もなく、ただただ「愛らしい」何かが、そこにいた。
「みぃー?」
その生き物は、キョトンとした顔で自分の体を見下ろし、それから俺を見上げた。
そして、嬉しそうに俺の足元に飛びついてきた。
「みー!みー!(軽い!涼しい!)」
「よしよし、サッパリしたな」
俺はしゃがみ込み、その極上の手触りの頭を撫でた。
アンゴラ・ビースト。本来はこんなにも大人しくて可愛い魔獣なのだ。
「……嘘だろ、おい」
ゼグノスが剣を床に落としそうな顔で近づいてきた。
「あんな凶悪な化け物の中身が、こんなぬいぐるみみたいな奴だったのかよ……」
「言ったろ?ただの毛玉だって」
「いや、言ったけどよぉ……!……これが『トリマー』の仕事だってのか?魔法で変身させたんじゃなくて?」
「素材の良さを引き出しただけだ。……ほら、お前も撫でてやんな。お前が押さえててくれなきゃ無理だった」
俺が促すと、ゼグノスはおっかなびっくり、ゴツい手を伸ばした。
ウサギ(アンゴラ)は逃げずに、その手に頭を擦り付けた。
「……ッ!!」
ゼグノスの体が硬直した。
「……やべぇ。なんだこれ。ドラゴンの革より柔らかくて……スライムより弾力があって……すげぇ気持ちいい……」
「……どこと比較してんだよ。基準が『討伐対象』じゃねぇか」
俺は呆れたようにツッコミを入れた。
強面のSランク冒険者が、頬を緩ませてモフモフを堪能している。
その背後では、クオンが「フン、我の毛並みには劣るがな」と鼻を鳴らしていたが、尻尾は少し揺れていた。
「う、うぅ……ここは……?」
その時、気絶していた不動産屋の店主が目を覚ました。
彼は周囲を見回し、床に散乱した大量の毛と、俺たちを見て――そして、俺の足元にいる白いウサギを見た。
「ひぃッ!?あ、あれ!?『呪いの獣』は!?」
店主はパニックになり、キョロキョロと辺りを見回した。
「ああ、こいつだ」
俺はウサギを指差した。
「は……?」
店主はポカンとした後、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ふ、ふざけるな!騙されんぞ!あれは3メートルもある化け物だった!白い触手が生えた悪魔だったんだ!こんな可愛いウサギなわけが――」
「ほら、これを見ろ」
俺は足元に転がっている、「3メートル級の巨大な毛の抜け殻」を指差した。
そこには、先ほどまで怪物を形作っていた「白い触手のような毛玉」が、怪物の形のままゴロンと転がっていた。
「ひぃぃぃッ!?し、死体!?」
「ただの毛だ。中身があれ(ウサギ)だったんだよ」
「そ、そんな……」
店主は抜け殻と、愛らしく「みー」と鳴くウサギを交互に見て、崩れ落ちた。
「ば、化け物を……『可愛く』しちまった……」
彼は信じられないものを見る目で俺とゼグノスを見た。
「最強の剣士と、最狂のトリマー……。あんたたちにかかれば、特級の呪いすらも毛刈り一つで解決ですか……」
店主はガックリと項垂れたが、すぐに商人の顔に戻った。
「わ、分かりました。認めましょう。この屋敷の『管理』ができるのは、世界であんただけだ」
店主は、散らばった毛の山(実は高級素材)を見つめながら言った。
「この屋敷、お売りします。ただし……その『アンゴラ・ビースト』もセットで、ちゃんと面倒を見てやってくださいね」
「当然だ。俺の新しい家族だからな」
俺はウサギ――これからは「ポム」と呼ぼう――を抱き上げた。
ポムは嬉しそうに俺の胸に顔を埋める。
こうして。
俺はついに、この迷宮都市での「拠点」を手に入れた。
広大な庭付き、防音完備、そして新しいモフモフ付きの……俺たちだけの城だ。
「師匠!ついでに俺の髭も整えてくれませんか!?」
「却下だ。自分でやれ」
また次の場所へ旅立つその日まで。
この騒がしい都市での、俺とモフモフたちの生活が始まろうとしていた。
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