53. 事故物件?いいえ、理想のおうちです
「……ここか」
メインストリートを歩くこと数十分。
相変わらず周囲の冒険者たちが「ヒッ……目が合った……!」「服を守れ……!」と逃げ惑う中、俺たちは目的の店の前に立っていた。
『狸の隠れ穴』。
表向きは普通の不動産屋だが、裏では訳ありの冒険者に隠れ家を斡旋していると噂の店だ。
ここなら、俺みたいな(風評被害を受けた)人間にも、いい物件を紹介してくれるだろう。
カランカラン……。
「いらっしゃい……ッ!?」
扉を開けた瞬間、カウンターにいた小太りの店主の顔が引きつった。
彼は俺の顔と、その背後にいるクオンたちを見るなり、露骨に嫌悪感と恐怖を混ぜた表情を浮かべた。
「お、おい……。お前、噂の『装甲剥がし』だな?」
「……その不名誉な呼び名は否定したいが、まあ、俺だ。家を探しに来たんだが」
俺がカウンターに近づこうとすると、店主はバンッ! と机を叩いて立ち上がった。
「帰ってくれ!うちはお前みたいな『変態』に紹介できる物件はねぇ!」
「は?」
「とぼけるな!獲物の服を剥いで楽しむサディストなんだろ!?そんな奴に家なんか売ってみろ、『狸の隠れ穴』の評判に関わる!」
店主はさらに、俺の足元にいるクオンを指差して唾を飛ばした。
「それに、なんだその薄汚い獣は!そんなデカい野良犬を店に入れるな!上等な絨毯やソファに、獣臭さが染み付くだろうが!衛兵を呼ばれる前に、その駄犬と一緒にさっさと出ていけ!」
「……あ?」
俺のこめかみがピクリと反応した。
俺を侮辱するのはいい。だが、クオンを「薄汚い野良犬」呼ばわりするのは許せない。
「(……おいレンジ。我慢ならん)」
足元でクオンが、喉の奥で低く危険な音を鳴らした。
その瞳には、隠しきれない殺気が揺らめいている。
「(我が下等な人間に侮辱されるとはな。……こんな店、狐火一発で吹き飛ばして更地にしてやろうか?)」
「やめろバカ。余計に話がややこしくなる」
俺は慌ててクオンを制した。
ここで暴れれば、それこそ変態の汚名に「放火魔」まで追加されてしまう。
「……分かったよ。邪魔したな」
俺が諦めて踵を返そうとした、その時だった。
カランカラン……。
背後の扉が開き、巨大な影が店内に差した。
「――おい。どうした騒がしいな」
地響きのような低い声。
店内の空気が、一瞬で凍りついた。
そこに立っていたのは、真紅の重厚な鎧を纏った巨漢。
顔には歴戦の傷跡があり、背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。
「ゼ、ゼグノス……様……!?」
店主の声が裏返った。
現れたのは、Sランク冒険者ゼグノス。
この街で彼の顔を知らない者はいない、生ける伝説の一人だ。
ゼグノスは鋭い眼光で店内を見回し――そして、俺を見つけた瞬間、その凶悪な面構えをパァッと明るくさせた。
「おう!師匠じゃねぇか!」
「げっ、ゼグノス」
俺は身構えた。
この間、無理やり魔法で剣を直したとはいえ、彼は俺のことを「詐欺師」と呼んでいた男だ。また何か文句を言われるんじゃ――。
ゼグノスはズカズカと歩み寄ってくると、嬉々として背中の魔剣『紅蓮』を叩いた。
「この間は世話になったな!あれからダンジョンで試し斬りをしてきたが……最高だったぜ!魔力伝導率が段違いだ。ドラゴンの鱗も紙切れみてぇにスパスパ斬れやがる!」
「そりゃよかったな。ちゃんと手入れ(ケア)してやれば、道具は応えてくれるもんだ」
「違げぇねぇ!一生ついていくぜ!師匠!」
ゼグノスはガハハと笑った後、ふと訝しげに店主の方へ視線を向けた。
「……で?さっきから何揉めてんだ?俺の師匠が、なんか気に食わねぇことでもしたか?」
その一言で、店主は石像のように固まった。
「し、ししし……師匠ぉぉ!?」
「あぁ。こいつは俺の『紅蓮』を蘇らせた恩人だ。……おい豚野郎。まさかとは思うが、俺の師匠を追い出そうとしてたんじゃねぇだろうな?」
ゼグノスの声から陽気さが消え、底冷えするようなドスが混じる。
ピキリ、と空気が張り詰める。
ただ睨んでいるだけではない。Sランク冒険者特有の濃密な殺気が、店主を押し潰そうとしていた。
「ひぃッ!?」
「もしそうなら……今後、俺たち『赤竜の牙』クランはお前の店を一切使わねぇ。当然、他のSランク連中にも言いふらしてやる。『あの店は見る目がない』ってな」
「そ、そんな……ッ!!」
店主の顔から血の気が完全に引いた。
冒険者相手の商売にとって、Sランク冒険者の口コミは生死に関わる。ましてや最大手クランに見放されれば、廃業は免れない。
「わ、分かりましたぁぁ!!し、紹介させていただきますぅぅ!!」
店主は土下座の勢いでカウンターに戻り、震える手で羊皮紙を広げた。
「た、ただ……街中の物件は、すでに住民たちの反対署名がありまして……」
「チッ、使えねぇな。……おい師匠。どんな家がいいんだ?」
ゼグノスに聞かれ、俺は条件を伝えた。
「大型犬が走り回れる広い庭。水はけが良い土地。防音性。そして人里離れた静かな場所だ」
「ほう……。なら、あそこしかねぇな」
ゼグノスがニヤリと笑い、店主の手元にある一枚の地図を指差した。
「『旧・魔爵の屋敷』だ」
店主がギョッとして顔を上げた。
「ぜ、ゼグノス様!? あそこは特級の事故物件ですよ!?『呪いの獣』が出るって噂の……!」
「だからいいんじゃねぇか。幽霊が出るくらい静かで、敷地は広大。文句ねぇだろ?」
ゼグノスは俺の方を向き、悪戯っ子のように笑った。
「それに、師匠のその『ゴッドハンド』なら、呪いだろうがなんだろうが、綺麗サッパリ洗い流しちまうでしょう?」
「……『神の手』だけどな?勝手に技名を横文字にするなよ。某超次元サッカーアニメに怒られるだろ」
俺は軽く訂正を入れてから、ため息をついた。
「それに、買い被りすぎだ」
「へへッ、謙遜しなくてもいいのに」
俺は苦笑したが、条件は悪くない。
「まぁ、いいか。そこを見せてくれ」
「話が早ぇ!……おい豚野郎、案内しろ。俺もついていく」
「は、はいぃぃぃッ!!」
◇
馬車に揺られること一時間。
俺たちは鬱蒼とした森の奥にある、巨大な鉄格子の門の前に到着した。
門の奥には、蔦に覆われた古びた洋館がそびえ立っている。
窓ガラスは割れ、庭は雑草が伸び放題。
そして何より、屋敷全体からドス黒い瘴気のようなオーラが立ち上っている。
「……相変わらず趣味の悪い屋敷だぜ」
ゼグノスが顔をしかめる。
さすがにSランク冒険者だけあって、中の「気配」に気づいているようだ。
「(……ふむ。中にいるな。かなり気が立っているぞ)」
足元のクオンも警戒を強めている。
俺たちが軋む扉を開けてホールへと足を踏み入れた、その瞬間だった。
『グォォォォォォォォォッ…………!!!』
鼓膜を破らんばかりの咆哮が、屋敷全体を震わせた。
天井から埃がバラバラと落ちてくる。
「ひぃッ!!」
店主が腰を抜かす中、ホールの奥からズシン、ズシン……と重い音が響き渡り、やがてその姿が現れた。
そこにいたのは、3メートルを超える巨大な白い塊。
全身が「白い荒縄のような触手」で覆われ、その隙間から赤い眼光がギロリと光っている。
『グルルルゥ……ッ!!』
「出やがったな、『呪いの獣』……ッ!」
店主が悲鳴を上げた。
「ひぃぃっ!あ、あれだ!噂の『白い触手』だ!!あんなもんに巻きつかれたら、骨ごとすり潰されちまうぞぉぉ!!」
ジャキッ!!
ゼグノスが背中の『紅蓮』を一瞬で抜き放った。
真紅の刀身がギラリと輝き、殺気が膨れ上がる。
「へっ!ドラゴンに比べりゃ手応えねぇが……上等だ!」
ゼグノスは獰猛な笑みを浮かべ、大剣を構えた。
「テメェを俺の『紅蓮』の錆にしてやるぜ!!……あ、いや、また錆びさせたらダメか。師匠に怒られちまうな」
「待てバカ!斬るな!」
ボケる暇もなく斬りかかろうとするゼグノスの腕を、俺は慌てて掴んだ。
「あ?なんで止めるんだ?このままじゃ襲ってくるぞ!」
「よく見ろ!あれは触手じゃない!」
「はぁ?」
俺はゼグノスを制しながら、眼前の怪物をじっと見据えた。
確かに見た目は禍々しい。だが、トリマーとしての直感が告げていた。
『これは、魔物の本来の姿ではない』と。
俺は目を細め、意識を集中した。
「――【解析】」
一瞬、俺の瞳の奥に青白い光が走った。
視界に映る「怪物」の情報が分解され、構造図となって脳内に飛び込んでくる。
(……やっぱりだ)
解析結果は明確だった。
『触手』に見えるものは、高密度に絡まり合った獣毛。
『咆哮』は、皮膚が引っ張られる激痛による悲鳴。
そして深部にある本体は、怯えて震えている小動物(と言ってもデカいが)。
(なんてこった……。こんなになるまで放置されてたのか)
俺の中で、恐怖よりも「怒り」に近い感情が湧き上がった。
それは飼育放棄に対する、トリマーとしての義憤だ。
「あれは……ただの『毛玉』だ」
俺は静かに言い放った。
「は?」
ゼグノスと店主の声が重なった。
「こいつは『アンゴラ・ビースト』だ。長年手入れをされなかったせいで、毛が伸びすぎて固まり、前が見えなくなってるだけだ。」
よく見れば、怪物は暴れているというより、重すぎる毛に振り回されてパニックになっているだけだった。
ガチガチに固まった毛が皮膚を引っ張り、悲鳴を上げているのだ。
「……マジかよ。ただの毛玉だってのか?」
ゼグノスが剣を下げ、呆れたように呟く。
「ああ。……店主、ここを買う。即決だ」
「えぇっ!?」
「ただし、この『付属品』込みだ。俺が責任を持って綺麗にしてやる」
俺は腰の『魔法鞄』から、愛用の聖銀のハサミを取り出した。
チャキッ、と音を立てて、怪物に向き直る。
「ゼグノス。一生ついていくって言ったな?」
「あ、ああ……言ったが……」
「なら手伝え。お前のその筋肉で、あいつを押さえろ」
「はぁ!?斬るんじゃなくて、押さえるのか!? 俺の腕力を『保定』に使えってのか!?」
「暴れるとハサミが刺さって危ないからな。頼んだぞ!」
俺の言葉に、ゼグノスは一瞬ポカンとしたが――すぐにニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「……ククッ、言うじゃねぇか。Sランク冒険者の力を師匠に魅せる良い機会だ!」
「それにしても、Sランク魔獣をペット扱いしてトリミングたぁ、やっぱり師匠は、とんでもねぇ『変態』だぜ!」
ゼグノスが大剣を地面に突き刺し、素手で構える。
「俺が全力で押さえ込んでやる!その代わり、見せてくれよ……その『神の手』の力を!」
最強のSランク冒険者による力技の保定と、最弱のトリマーによる神速のカット。
森の奥の廃屋で、前代未聞の共同作業が始まろうとしていた。
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