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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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52. 戦慄の食卓と、歩く風評被害

※投稿時間変更についてのお知らせ


以前17:10投稿と書いていましたが、

しばらく17:40投稿 に変更します!

読みやすい時間に届くよう頑張ります!





「……んぅ……」


ふかふかの羽毛布団の中で、俺は泥の中から這い上がるように意識を覚醒させた。

目を開けると、天蓋付きの豪華な天井と、窓から差し込む眩しい午後の日差しが目に飛び込んでくる。

ここはギルドマスターのミリアさんが紹介してくれた、ギルド提携の超高級宿屋だ。

昨日の地獄のような13時間労働(ダンジョン攻略)が嘘のように、体は軽かった。


「……よく寝たぁ……」


俺が伸びをしようと体を動かした、その時だ。


「(……おい。いつまで寝ている)」


ドスッ。

みぞおちに重い衝撃が走る。

見下ろすと、クオンが、俺の腹の上に鎮座して冷ややかな視線を送っていた。


「(我の腹時計はとっくに限界を超えているぞ。貴様、まさか我を餓死させる気ではあるまいな?)」


「……おはよう、クオン。朝から重いよ……」


周囲を見渡せば、ベッドの周りをルナ、エメ、シャボンが取り囲み、「飯はまだか」「腹減った」という無言の圧力を放っている。

……一匹足りないことに気づき、俺はふと視線を彷徨わせた。


(……ああ、そうか。フェンはもういないんだったな)


昨日まで一緒にいた黒い狼は、本来の飼い主であるミリアさんの元へ帰った。


「(おい。聞いているのか)」


ググッ(さらに体重をかける音)。


「ぐえっ!?わ、分かった!分かったから踏むな!」


「(肉だ。我は昨日から『高級肉』という言葉を反芻して待っていたのだぞ)」


「はいはい、分かりましたよ。……よし、顔洗って着替えたら出発だ!」


          ◇


宿を出て、俺たちはメインストリートへと繰り出した。

目指すは、この街で一番高級と言われるレストラン『金の祠』。

懐には、昨日の労働の対価である金貨3枚(約300万円)がある。

何を食べてもお釣りがくるはずだ。

意気揚々と歩き出した俺だったが――すぐに「異変」に気づいた。


ザァァァァッ……!

俺が歩くだけで、雑踏がまるでモーゼの海割れのように左右に開いていくのだ。

すれ違う冒険者たちは、俺の顔(と装備)を見るなり、青ざめた顔で壁際に張り付いたり、路地裏へ隠れたりしている。


俺は心の中でため息をついた。

昨夜のギルドでの一件だ。

「HP650のくせに、あえて防具を着ずにダンジョンへ潜る命知らず」――そんな噂が広まってしまったのだろう。


「(……おいレンジ。周囲の視線が突き刺さっているぞ)」


「分かってるよ。みんな俺のことを『自分に厳しいストイックな狂人』だと思ってるんだろ?関わりたくないよな、分かるよ」


俺は誤解を解くために、道端で恐怖に震えている強面の戦士に、精一杯の「爽やかな笑顔」を向けて会釈をした。

敵意はありませんよ、というアピールだ。

しかし。


「ヒッ……!!わ、笑った……!?」


「め、目をつけられたぞ!?『次は貴様の服を剥ぐぞ』という合図だ……!!」


戦士は悲鳴を上げて逃げ出した。


「……へ?」


俺は立ち尽くした。

今、なんか変なこと言わなかったか?

風に乗って、周囲のヒソヒソ話が聞こえてくる。


「おい見ろ……あれが噂の『装甲剥がし(アーマー・ストリッパー)』だ……」


「気に入った獲物は、魔物だろうが人間だろうが、『服を剥いで』から弄ぶらしいぞ……」


「昨日の魔騎士も、身包み剥がされて泣いて成仏したって……」


「HPが極端に低いのは、『攻撃されるスリル』を味わうためにわざと下げてるド変態らしいぜ……」


(…………は?)


俺の思考がフリーズした。

今の俺は、「露出狂でサディストでマゾヒストの変態」というとんでもないモンスターとして認識されていた。


「(ククク……!『装甲剥がし』とはな!貴様に相応しい二つ名ではないか!)」


「笑い事じゃねぇよ!なんだよその変態番付の横綱みたいな称号は!」


俺は頭を抱えた。

弁解しようにも、近づくだけで逃げられる。完全に詰んでいた。


          ◇


レストラン『金の祠』に到着しても、その空気は変わらなかった。


「い、いらっしゃいませ……!お、お待ちしておりました……!」


出迎えた給仕の男性は、ガタガタと震えながら俺たちを案内した。

ただ、不幸中の幸いか、連れているクオンたちの「高貴なオーラ」のおかげで、門前払いにはならなかった。

どうやら「とてつもなく高貴な身分の方……の皮を被ったヤベー奴」として認識されたらしく、店の一番奥にあるVIP個室に通された。


「ご注文は……」


「この店で一番高い肉料理を。人数分(匹分)で」


俺がヤケクソ気味に注文すると、すぐに料理が運ばれてきた。


『赤竜のステーキ・香草焼き』


『霜降りオーク肉の赤ワイン煮込み』


テーブルに並んだのは、湯気を立てる極上の肉料理たち。

香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、俺の(そしてクオンたちの)食欲を刺激する。


「……食おう。噂なんて忘れて、今は肉だ」


俺はナイフとフォークを手に取った。

目の前の分厚いステーキに刃を入れる。

その瞬間、俺の「職業病」が発動した。


(……筋繊維の流れがこう走っているから……ここに刃を入れて、この膜を避けて……)


俺の目には、肉の繊維、脂の層、そして筋の走行が完璧に見えていた。

トリマーとして、動物の筋肉構造を熟知している俺にとって、肉を「解体」することなど造作もない。

シュッ、シュッ、スッ――。

一切の抵抗なく、ナイフが肉に吸い込まれていく。

無駄な力が全くかかっていないため、肉汁一滴すらこぼれない。

完璧な角度、完璧な力加減。

数秒後、ステーキは芸術的なまでに美しい断面を晒して、一口サイズに切り分けられていた。


「いただきます」


パクリ。

口に入れた瞬間、濃厚な旨味が爆発した。


「……うまぁぁぁぁぁ……!!」


俺の目から涙がこぼれた。

これが、労働の対価の味。

300万円の重みだ。


「(うむ!悪くない!この赤竜のステーキ、口の中で溶けるぞ!)」


「にゃあ!(うまい!)」


クオンたちも夢中で肉にかぶりついている。

幸せな食事風景だ。

だが、俺は気づいていなかった。

厨房の入り口から、この様子を覗き見ていたシェフが、青ざめた顔で震えていることに。


「……見たか、あのナイフ捌き」


「ああ……。肉の繊維を一切潰さず、瞬きする間に解体しやがった……」


「食事じゃない。あれは『解体』だ……。噂通り、相当手慣れてやがる……」


完璧すぎる技術が、さらに「ヤベー奴」説を補強しているとは知らず、俺はデザートのプリンまで完食した。


          ◇


「ふぅ……食った食った」


会計を済ませ、俺たちは店を出た。

少し冷静になった俺は、改めて周囲の視線を感じ、ため息をついた。


「……とりあえず、この『変態扱い』をなんとかしないと、街で買い物もできねぇぞ」


「(無理だろう。一度広まった悪名は、そう簡単には消えぬ。諦めて堂々と変態として生きろ)」


「嫌だよ!俺は平穏に暮らしたいんだよ!」


宿屋にいても、従業員の視線が痛い。

それに、ルナやエメが部屋で遊びたがっても、高級宿屋の家具を壊さないかヒヤヒヤして落ち着かない。

俺は決断した。


「……クオン。拠点を構えるぞ」


「(拠点?)」


「ああ。宿屋暮らしはもう限界だ。誰にも見つからず、変な噂に悩まされることもなく、お前たちが思いっきり暴れても文句を言われないマイホーム。――『隠れ家』を買おう」


「(ほう。悪くない提案だ)」


俺は拳を握りしめ、この街の不動産屋へと向かうべく、再び「モーゼの海割れ」状態のメインストリートを歩き出した。

もちろん、そこでまた新たなトラブルが待っているとは知らずに。


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