50. 彷徨える死者への鎮魂歌(メンテナンス)
気づけば50話目まで来ることができました。
読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
この節目を機に、今後は 毎日17:10投稿 を基本にして更新していく予定です。
これからも楽しんでいただけたら幸いです。
「無理無理無理!帰る!俺は帰るぞ!!」
狭い石造りの通路を埋め尽くす、100体以上の白骨の軍団。
スケルトン、ゾンビ、腐肉食獣。
第一階層の入り口付近とは思えない、絶望的な光景を前に、レンジは半泣きで後退っていた。
「おかしいだろ!ミリアさんは『第一階層はスライムくらいよ』って言ってたのに!なんで軍隊がいるんだよ!」
レンジの悲痛な叫びが木霊する。
一方、足元のクオンは欠伸をしながら、退屈そうに尻尾で床を叩いた。
「(運が悪かったな。これは『魔物の宴』だ)」
「もんすたあはうす?」
「(迷宮内の澱みや魔素が一点に集中し、突発的に魔物が大量発生する現象だ。自然災害のようなもので、いつどこで発生するか誰にも予測できん)」
「つまり、ただの事故かよ!」
レンジが頭を抱える。
こればかりはギルドの管理責任ではない。
「(まあ、諦めろ。これだけの数がいれば経験値も稼げるぞ?)」
「死ぬって!!HP650だぞこっちは!!」
レンジが青ざめて後退ろうとするが、背後の壁は閉じたままだ。
その時だ。
「ガルルッ!」
黒狼フェンが、レンジを守ろうと果敢に前に出た。
病み上がりで足元もおぼつかないのに、牙を剥いて威嚇する。
だが――
『ツルッ!』
「キャウンッ!?」
床に分厚く堆積した苔と、モンスターハウス特有の濃密なヘドロに足を取られ、フェンが派手に転倒した。
バシャッ!と嫌な音が響き、フェンの美しい漆黒の毛並みが、ドス黒い汚れの中に突っ込んでしまう。
「あ」
フェンが起き上がると、その顔と前足は泥まみれになり、悪臭を放つ汚泥がべっとりと張り付いていた。
誇り高い狼が、ショックで耳をペタンと伏せ、悲しげに「クゥン……」と鳴く。
それを見た瞬間。
レンジの中で「恐怖」のスイッチが切れ、別の「危険なスイッチ」がバチンと入った。
「……おい」
レンジの声が低くなる。
その目は、不手際をした新人アルバイトを見る店長のように冷え切っていた。
「管理不足にも程があるだろ……」
レンジは震える手で、泥だらけの床を指差した。
「通路はヘドロまみれ、湿気でカビ臭い、換気も悪い。おまけに……」
レンジは迫りくるスケルトンたちを睨みつけた。
「なんだその汚ねぇ剣は!赤錆だらけじゃねぇか!骨の隙間に苔が生えてるぞ!関節に泥が詰まってギシギシいってるし!どこの三流飼い主の管理だ!不衛生過ぎて吐き気がするわ!!」
ブチギレたレンジは、腰のシザーケースから愛用の『聖銀のハサミ』を引き抜き、高らかに『カシャッ』と鳴らした。
「仕事の時間だ!フェンが歩きにくい!ここを更地にするぞ!!」
レンジの号令に、ルナが即座に反応する。
「ルナ!『影縛り』で全員の足を止めろ!これ以上泥を撒き散らさせるな!」
レンジの影から、一匹の黒猫が音もなく飛び出した。
『月蝕猫』のルナだ。
彼女は床の影に溶け込むと、瞬時に100体以上のアンデッドの足元の影と繋がり、物理的に縫い留める。
進行していた軍団が、金縛りにあったようにピタリと止まる。
「よし!ここからは俺のターンだ!」
レンジは動けないスケルトンの群れに、ハサミ一本で突っ込んだ。
戦闘ではない。これは「ベルトコンベア式の集団トリミング」だ。
「次!右肩上がってないぞ!関節がずれてる!」
レンジの手がスケルトンの肩を掴み、強引に回す。
ボキィッ!(矯正)
『カァァァ……♥(あ、肩こりが治った……)』
スケルトンはうっとりと天を仰ぎ、光の粒子となって昇天した。
「はい次!肋骨に黒カビ!『洗浄』で洗い落とす!」
シュッシュッ!(洗浄)
『オォォォ……✨(痒いところが取れた……)』
「次!ゾンビ!腐敗液が垂れてる!手入れ不足だ!」
バシャッ!
レンジが手際よく汚れを拭き取り、防腐処置を施していく。
そして、その後ろをシャボンがプルプルと揺れながらついて回る。
不思議なことに、シャボンが通った後の床だけは、なぜか新築のようにピカピカに磨き上げられていた。
恐怖の回廊は、一瞬にして「レンジの出張メンテナンス店」と化した。
レンジの手にかかれば、怨念も呪いもただの「頑固な汚れ」に過ぎない。
磨かれ、骨格を矯正されたアンデッドたちは、満足げな表情で次々と成仏していく。
◇
それから数時間後。
レンジたちは怒涛の勢いで階層を突破し、『第5階層』の最奥に到達していた。
そこは、円形の闘技場のような空間だった。
「ここが中間地点か……」
レンジが足を踏み入れた瞬間、天井から巨大な鉄塊が降ってきた。
ズドォォォォォン!!
「うわっ!?」
舞い上がる土煙。
その中から現れたのは、全身を漆黒のフルプレートアーマーで覆った、身長3メートルを超える巨漢の騎士だった。
手には身の丈ほどの巨大な処刑剣が握られている。
『オオォォォ……!!』
地を這うような唸り声と共に、騎士から噴き出す黒い瘴気が空気を震わせる。
レンジはとっさに『解析』を発動させた。
【個体名:深淵の魔騎士】
【討伐推奨レベル:50】
【特性:物理攻撃無効、魔法耐性A】
【状態:呪いの鎧による拘束】
「うわ、マジかよ……!物理無効に魔法耐性Aって、俺の攻撃全部弾かれるじゃん!」
生半可な攻撃は全て鎧に弾かれる、鉄壁の守護者だ。
魔騎士がゆっくりと大剣を構え――次の瞬間、爆発的な速度で踏み込んできた。
ブンッ!!
「速っ!?」
レンジの本能が警鐘を鳴らした。
これは受けてはいけない。Sランク装備の上からでも叩き潰される!
彼は無様に横へと転がった。
ズドォォォォン!!
大剣が地面を砕く。直撃は避けた。だが――
ドォォォン!!
「ぐわぁっ!?」
着弾点から発生した凄まじい衝撃波と爆風が、レンジの体を枯葉のように吹き飛ばした。
壁に叩きつけられるレンジ。
「いっってぇぇ……!風圧だけでHPがごっそり削られたぞ……!?」
Sランク装備がなければ、今の余波だけでミンチになっていただろう。
レンジは痛む体を起こしながら、ニヤリと笑った。
「……でも、今の接近で見えたぞ!」
「あいつ、動きがぎこちない。関節部分の鎧が錆びついて、動きを阻害してやがる。それに……あの唸り声、殺意じゃねぇ。『苦痛』だ」
『解析』にはハッキリと映っていた。
鎧の内側で、肉体が朽ちて骨だけになった騎士が、錆びついた鎧に拘束され、擦れるたびに悲鳴を上げている姿が。
それは「敵」ではない。「サイズの合わない服で苦しむ客」だ。
「クオン!ちょっとあいつの視界を塞いでくれ!
一瞬だけでいい!」
レンジの頼みに、クオンが呆れたようにため息をついた。
「(……まったく。我は手を出さぬつもりだったのだがな。世話の焼ける)」
クオンが軽く尻尾を振ると、小さな狐火が魔騎士の顔面に向かって飛んでいった。
ボンッ!!
狐火が弾け、周囲に強烈な煙と火花が散る。
魔騎士が不意を突かれ、たたらを踏んだ。
「サンキュー、クオン!ルナ、今だ!影で奴の剣を押さえて!」
レンジが駆け出す。
ルナが影から黒い爪を伸ばして大剣を地面に縫い付ける。
「悪いな、騎士さん。その鎧、今のあんたにはデカすぎるぜ!」
レンジは魔騎士の懐に潜り込むと、聖銀のハサミを変形させた。
刃先が鉤爪のような形状になる。
対・装備解除用の『缶切りモード(クラフトワーク)』だ。
「トリマー奥義・『鎧解き(ストリッピング)』!!」
ガキンッ!!
レンジのハサミが、鎧の継ぎ目にある錆びついた留め具を正確に捉え、切断した。
一箇所が外れれば、あとは連鎖的に崩壊する。
ガシャァァァン!!
重厚な漆黒の鎧が弾け飛び、中からボロボロになった騎士の骸骨が開放される。
『……ッ!?』
身軽になった騎士は、驚いたように自分の体を見下ろした。
もう、動くたびにギシギシと激痛が走ることはない。
騎士はレンジに向き直ると、ゆっくりと膝をつき、最敬礼をした。
『感謝スル……』
その言葉と共に、騎士の体は青い炎となって天へ昇っていった。
後に残されたのは、ドロップアイテムの『魔騎士の大剣』のみ。
「よいしょっと。……重っ!」
レンジは腰の『魔法鞄』を広げ、自分の背丈ほどある大剣をなんとか押し込んだ。
売ればいい金になるだろう。
レンジは肩を回した。
これで中層突破だ。
◇
その後も、レンジの進撃は止まらなかった。
第6階層のゴーストエリアも、第8階層のガーゴイルエリアも、レンジにとっては「掃除のしがいがある現場」でしかなかった。
しかし、不思議なことに、これだけ数をこなしてもレベルアップのファンファーレは一向に鳴らない。
レンジの掃除スキルだけが神域に達していく。
そしてついに。
一行は、迷宮の最深部、重厚な大扉の前に立っていた。
『バルガン地下迷宮・第10階層』。
最奥のボス部屋。
この向こうに、ミリアが言っていた『浄化の泉』があるはずだ。
「(……レンジ。準備はいいか)」
クオンが、初めて真剣な声を出す。
扉の隙間から、強烈な瘴気が漏れ出している。
今まで相手にしてきた雑魚や中ボスとは格が違う。
だが、クオンはレンジの前に立つのではなく、横に並んだ。
「(……行くぞ、レンジ。我らの力を見せてやろう)」
「ああ。……覚悟はできてる」
レンジは、泥一つないフェンの背中をポンと叩いた。
「フェン。ここで全部終わらせるぞ。お前の呪いも、俺の貧弱なステータスもな」
「ワンッ!」
レンジは両手で重い扉を押し開けた。
ギギギギ……ッという重い音と共に、広大な空間が姿を現す。
そこは、黒い泥の海だった。
部屋の中央に、天井に届くほどの巨体を持つ怪物が鎮座している。
形は不定形。
無数の武器や骨、瓦礫が泥の中に飲み込まれ、渦を巻いている。
『グオォォォォ……ッ!!』
咆哮だけで、鼓膜が破れそうな衝撃波が走る。
第10階層ボス『カース・スライム(呪いの集合体)』。
このダンジョンの「汚れ」そのものが意思を持ったような、最悪の存在だ。
「おいおい……!流石にデカすぎるだろ!」
レンジが叫ぶと同時に、ボスから無数の「泥の触手」が発射された。
ドォォォン!!
「くっ!」
レンジは『古竜の革コート』の機動力で横に跳んだ。
一瞬前までいた場所が、泥の溶解液でジュワッと溶けている。
「(レンジ!あれは物理攻撃が効かん!核を見つけろ!)」
クオンが金色の狐火を放ち、迫りくる触手を焼き払う。
その隙にフェンが駆け出し、ボスの注意を引きつけるように吠えた。
「分かってる!『解析』!」
レンジの目が青く光る。
巨大な泥の塊。その深層を透視する。
普通なら見えないはずの「魔力の流れ」が、トリマーの目には「毛並み(ライン)」として見えていた。
(……見えた!あそこだ!)
泥の奥底。
心臓部分に、美しい光を放つ「何か」が埋まっている。
その「何か」に、長年のゴミや呪いがこびりつき、暴走させているのだ。
「あいつ、元々は悪いヤツじゃねぇ!ゴミが絡まって痛がってるだけだ!」
レンジはハサミを構えた。
「クオン、フェン!あいつの動きを3秒だけ止めてくれ!俺が中に飛び込んで、元凶をカットする!」
「(……無茶を言う。だが――信じよう)」
クオンがニヤリと笑う。
神獣と黒狼が同時に駆け出した。
クオンが巨大化し、金色の尾でボスの体を締め上げる。
フェンが喉元に噛みつき、咆哮を封じる。
「今だッ!!」
レンジは地面を蹴った。
泥の海へ向かって、決死のダイブ。
強酸性の泥がコートを焼こうとするが、Sランク装備がギリギリで耐える。
「届……けぇぇぇッ!!」
レンジは右手を突き出した。
握られているのは、愛用の『聖銀のハサミ』。
狙うは、核に絡みついた「呪いの毛玉」。
「『絶対解毛』!!」
パァァァンッ!!
ハサミの刃が、核を縛り付けていた黒い鎖を断ち切った。
その瞬間。
『――――ッ!?』
ボスの巨体が激しく波打った。
ドロドロと崩れ落ちる黒い泥。
その中から現れたのは――
「……え?」
泥が完全に落ちると、そこには透き通るような水でできた、美しい『水の精霊』が座り込んでいた。
どうやら、汚染された水がゴミを巻き込み、スライム化して暴走していたらしい。
精霊はパチクリと瞬きをし、自分を綺麗にしてくれたレンジを見ると、嬉しそうに微笑んだ。
そして、レンジの頬に「チュッ」とキスをした。
『ありがとう、掃除屋さん』
「いや、俺トリマーなんだけどな……」
レンジのツッコミも虚しく、精霊は水飛沫となって消え、部屋の中央に巨大な魔法陣を残した。
戦闘終了(トリミング完了)だ。
「……はは。精霊まで客だったか」
レンジがへたり込むと、部屋の奥の扉がゆっくりと開いた。
そこには、神秘的な青い光を湛えた『浄化の泉』があった。
「あった……!ミリアさんの言ってた通りだ!」
レンジたちは泉に駆け寄った。
これこそが、あらゆる呪いを解く奇跡の水。
「フェン、入れ!これでお前の呪いも解けるはずだ!」
フェンが恐る恐る泉に足を踏み入れる。
すると、体から黒い煙が上がり、お湯に溶けるように消えていく。
痛みはないらしい。フェンは気持ちよさそうに目を細めた。
「よかったな、フェン」
「(……ふん。世話の焼ける狼だ)」
クオンも隣で水を飲んでいる。
レンジも手ですくって飲んでみた。
冷たくて美味い。疲れた体に染み渡る。
「ぷはーっ!生き返る!」
レンジはふと、自分のステータスカードを確認した。
道中のアンデッドも、中ボスの騎士も、そして第10階層のボスも処理したのだ。
流石にレベルが上がっているはずだ。
【名前:レンジ】
【職業:放浪のトリマー】
【称号:迷宮の清掃人、精霊の友】
【Lv:1 → 1】
【HP:650 → 650】
「……上がってねぇぇぇぇ!!」
レンジの絶叫が、第10階層にこだまする。
なぜだ。
なぜ俺だけ強くなれない。
「(……ククク。当然だろう、レンジ)」
クオンが楽しそうに笑う。
「(貴様は敵を『倒して』いない。全て『ケア(治療)』して成仏させただけだ。ゆえに討伐経験値はゼロ。得たものは感謝と、掃除の達成感のみだ)」
「そんなのアリかよぉぉぉ!!」
レンジは泉の淵に突っ伏した。
最弱のステータスのまま、最強の装備と、最高の相棒たちに囲まれて。
レンジのダンジョン初挑戦は、いつものように騒がしく幕を閉じたのだった。
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今後とも
『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣と気ままな旅をする』
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