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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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52/70

50. 彷徨える死者への鎮魂歌(メンテナンス)

気づけば50話目まで来ることができました。

読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。


この節目を機に、今後は 毎日17:10投稿 を基本にして更新していく予定です。

これからも楽しんでいただけたら幸いです。





「無理無理無理!帰る!俺は帰るぞ!!」


狭い石造りの通路を埋め尽くす、100体以上の白骨の軍団。

スケルトン、ゾンビ、腐肉食獣グール

第一階層の入り口付近とは思えない、絶望的な光景を前に、レンジは半泣きで後退っていた。


「おかしいだろ!ミリアさんは『第一階層はスライムくらいよ』って言ってたのに!なんで軍隊がいるんだよ!」


レンジの悲痛な叫びが木霊する。

一方、足元のクオンは欠伸をしながら、退屈そうに尻尾で床を叩いた。


「(運が悪かったな。これは『魔物のモンスターハウス』だ)」


「もんすたあはうす?」


「(迷宮内の澱みや魔素が一点に集中し、突発的に魔物が大量発生する現象だ。自然災害のようなもので、いつどこで発生するか誰にも予測できん)」


「つまり、ただの事故かよ!」


レンジが頭を抱える。

こればかりはギルドの管理責任ではない。


「(まあ、諦めろ。これだけの数がいれば経験値も稼げるぞ?)」


「死ぬって!!HP650だぞこっちは!!」


レンジが青ざめて後退ろうとするが、背後の壁は閉じたままだ。

その時だ。


「ガルルッ!」


黒狼フェンが、レンジを守ろうと果敢に前に出た。

病み上がりで足元もおぼつかないのに、牙を剥いて威嚇する。


だが――


『ツルッ!』

「キャウンッ!?」


床に分厚く堆積した苔と、モンスターハウス特有の濃密なヘドロに足を取られ、フェンが派手に転倒した。

バシャッ!と嫌な音が響き、フェンの美しい漆黒の毛並みが、ドス黒い汚れの中に突っ込んでしまう。


「あ」


フェンが起き上がると、その顔と前足は泥まみれになり、悪臭を放つ汚泥がべっとりと張り付いていた。

誇り高い狼が、ショックで耳をペタンと伏せ、悲しげに「クゥン……」と鳴く。

それを見た瞬間。

レンジの中で「恐怖」のスイッチが切れ、別の「危険なスイッチ」がバチンと入った。


「……おい」


レンジの声が低くなる。

その目は、不手際をした新人アルバイトを見る店長のように冷え切っていた。


「管理不足にも程があるだろ……」


レンジは震える手で、泥だらけの床を指差した。


「通路はヘドロまみれ、湿気でカビ臭い、換気も悪い。おまけに……」


レンジは迫りくるスケルトンたちを睨みつけた。


「なんだその汚ねぇ剣は!赤錆だらけじゃねぇか!骨の隙間に苔が生えてるぞ!関節に泥が詰まってギシギシいってるし!どこの三流飼いダンジョンマスターの管理だ!不衛生過ぎて吐き気がするわ!!」


ブチギレたレンジは、腰のシザーケースから愛用の『聖銀のハサミ』を引き抜き、高らかに『カシャッ』と鳴らした。


「仕事の時間だ!フェンが歩きにくい!ここを更地ピカピカにするぞ!!」


レンジの号令に、ルナが即座に反応する。


「ルナ!『影縛り』で全員の足を止めろ!これ以上泥を撒き散らさせるな!」


レンジの影から、一匹の黒猫が音もなく飛び出した。

月蝕猫エクリプス・キャット』のルナだ。

彼女は床の影に溶け込むと、瞬時に100体以上のアンデッドの足元の影と繋がり、物理的に縫い留める。

進行していた軍団が、金縛りにあったようにピタリと止まる。


「よし!ここからは俺のターンだ!」


レンジは動けないスケルトンの群れに、ハサミ一本で突っ込んだ。

戦闘ではない。これは「ベルトコンベア式の集団トリミング」だ。


「次!右肩上がってないぞ!関節がずれてる!」


レンジの手がスケルトンの肩を掴み、強引に回す。

ボキィッ!(矯正)


『カァァァ……♥(あ、肩こりが治った……)』


スケルトンはうっとりと天を仰ぎ、光の粒子となって昇天した。


「はい次!肋骨に黒カビ!『洗浄クリーン』で洗い落とす!」


シュッシュッ!(洗浄)


『オォォォ……✨(痒いところが取れた……)』


「次!ゾンビ!腐敗液が垂れてる!手入れ不足だ!」


バシャッ!

レンジが手際よく汚れを拭き取り、防腐処置を施していく。

そして、その後ろをシャボンがプルプルと揺れながらついて回る。

不思議なことに、シャボンが通った後の床だけは、なぜか新築のようにピカピカに磨き上げられていた。

恐怖の回廊は、一瞬にして「レンジの出張メンテナンス店」と化した。

レンジの手にかかれば、怨念も呪いもただの「頑固な汚れ」に過ぎない。

磨かれ、骨格を矯正されたアンデッドたちは、満足げな表情で次々と成仏していく。


           ◇


それから数時間後。

レンジたちは怒涛の勢いで階層を突破し、『第5階層』の最奥に到達していた。

そこは、円形の闘技場のような空間だった。


「ここが中間地点か……」


レンジが足を踏み入れた瞬間、天井から巨大な鉄塊が降ってきた。

ズドォォォォォン!!


「うわっ!?」


舞い上がる土煙。

その中から現れたのは、全身を漆黒のフルプレートアーマーで覆った、身長3メートルを超える巨漢の騎士だった。

手には身の丈ほどの巨大な処刑剣エクスキューショナー・ソードが握られている。


『オオォォォ……!!』


地を這うような唸り声と共に、騎士から噴き出す黒い瘴気が空気を震わせる。

レンジはとっさに『解析スキャン』を発動させた。



【個体名:深淵の魔騎士アビス・ナイト

【討伐推奨レベル:50】

【特性:物理攻撃無効、魔法耐性A】

【状態:呪いの鎧による拘束】



「うわ、マジかよ……!物理無効に魔法耐性Aって、俺の攻撃全部弾かれるじゃん!」


生半可な攻撃は全て鎧に弾かれる、鉄壁の守護者だ。

魔騎士がゆっくりと大剣を構え――次の瞬間、爆発的な速度で踏み込んできた。

ブンッ!!


「速っ!?」


レンジの本能が警鐘を鳴らした。

これは受けてはいけない。Sランク装備の上からでも叩き潰される!

彼は無様に横へと転がった。

ズドォォォォン!!

大剣が地面を砕く。直撃は避けた。だが――

ドォォォン!!


「ぐわぁっ!?」


着弾点から発生した凄まじい衝撃波と爆風が、レンジの体を枯葉のように吹き飛ばした。

壁に叩きつけられるレンジ。


「いっってぇぇ……!風圧だけでHPがごっそり削られたぞ……!?」


Sランク装備がなければ、今の余波だけでミンチになっていただろう。

レンジは痛む体を起こしながら、ニヤリと笑った。


「……でも、今の接近で見えたぞ!」


「あいつ、動きがぎこちない。関節部分の鎧が錆びついて、動きを阻害してやがる。それに……あの唸り声、殺意じゃねぇ。『苦痛』だ」


解析スキャン』にはハッキリと映っていた。

鎧の内側で、肉体が朽ちて骨だけになった騎士が、錆びついた鎧に拘束され、擦れるたびに悲鳴を上げている姿が。

それは「敵」ではない。「サイズの合わない服で苦しむ客」だ。


「クオン!ちょっとあいつの視界を塞いでくれ!

一瞬だけでいい!」


レンジの頼みに、クオンが呆れたようにため息をついた。


「(……まったく。我は手を出さぬつもりだったのだがな。世話の焼ける)」


クオンが軽く尻尾を振ると、小さな狐火が魔騎士の顔面に向かって飛んでいった。

ボンッ!!

狐火が弾け、周囲に強烈な煙と火花が散る。

魔騎士が不意を突かれ、たたらを踏んだ。


「サンキュー、クオン!ルナ、今だ!影で奴の剣を押さえて!」


レンジが駆け出す。

ルナが影から黒い爪を伸ばして大剣を地面に縫い付ける。


「悪いな、騎士さん。その鎧、今のあんたにはデカすぎるぜ!」


レンジは魔騎士の懐に潜り込むと、聖銀のハサミを変形させた。

刃先が鉤爪のような形状になる。

対・装備解除用の『缶切りモード(クラフトワーク)』だ。


「トリマー奥義・『鎧解き(ストリッピング)』!!」


ガキンッ!!

レンジのハサミが、鎧の継ぎ目にある錆びついた留め具を正確に捉え、切断した。

一箇所が外れれば、あとは連鎖的に崩壊する。

ガシャァァァン!!

重厚な漆黒の鎧が弾け飛び、中からボロボロになった騎士の骸骨が開放される。


『……ッ!?』


身軽になった騎士は、驚いたように自分の体を見下ろした。

もう、動くたびにギシギシと激痛が走ることはない。

騎士はレンジに向き直ると、ゆっくりと膝をつき、最敬礼をした。


『感謝スル……』


その言葉と共に、騎士の体は青い炎となって天へ昇っていった。

後に残されたのは、ドロップアイテムの『魔騎士の大剣』のみ。


「よいしょっと。……重っ!」


レンジは腰の『魔法鞄マジックバッグ』を広げ、自分の背丈ほどある大剣をなんとか押し込んだ。

売ればいい金になるだろう。


レンジは肩を回した。

これで中層突破だ。


           ◇


その後も、レンジの進撃は止まらなかった。

第6階層のゴーストエリアも、第8階層のガーゴイルエリアも、レンジにとっては「掃除のしがいがある現場」でしかなかった。

しかし、不思議なことに、これだけ数をこなしてもレベルアップのファンファーレは一向に鳴らない。

レンジの掃除スキルだけが神域に達していく。

そしてついに。

一行は、迷宮の最深部、重厚な大扉の前に立っていた。


『バルガン地下迷宮・第10階層』。


最奥のボス部屋。

この向こうに、ミリアが言っていた『浄化の泉』があるはずだ。


「(……レンジ。準備はいいか)」


クオンが、初めて真剣な声を出す。

扉の隙間から、強烈な瘴気が漏れ出している。

今まで相手にしてきた雑魚や中ボスとは格が違う。

だが、クオンはレンジの前に立つのではなく、横に並んだ。


「(……行くぞ、レンジ。我らの力を見せてやろう)」


「ああ。……覚悟はできてる」


レンジは、泥一つないフェンの背中をポンと叩いた。


「フェン。ここで全部終わらせるぞ。お前の呪いも、俺の貧弱なステータスもな」


「ワンッ!」


レンジは両手で重い扉を押し開けた。

ギギギギ……ッという重い音と共に、広大な空間が姿を現す。

そこは、黒い泥の海だった。

部屋の中央に、天井に届くほどの巨体を持つ怪物が鎮座している。

形は不定形。

無数の武器や骨、瓦礫が泥の中に飲み込まれ、渦を巻いている。


『グオォォォォ……ッ!!』


咆哮だけで、鼓膜が破れそうな衝撃波が走る。

第10階層ボス『カース・スライム(呪いの集合体)』。

このダンジョンの「汚れ」そのものが意思を持ったような、最悪の存在だ。


「おいおい……!流石にデカすぎるだろ!」


レンジが叫ぶと同時に、ボスから無数の「泥の触手」が発射された。

ドォォォン!!


「くっ!」


レンジは『古竜の革コート』の機動力で横に跳んだ。

一瞬前までいた場所が、泥の溶解液でジュワッと溶けている。


「(レンジ!あれは物理攻撃が効かん!核を見つけろ!)」


クオンが金色の狐火を放ち、迫りくる触手を焼き払う。

その隙にフェンが駆け出し、ボスの注意を引きつけるように吠えた。


「分かってる!『解析スキャン』!」


レンジの目が青く光る。

巨大な泥の塊。その深層を透視する。

普通なら見えないはずの「魔力の流れ」が、トリマーの目には「毛並み(ライン)」として見えていた。


(……見えた!あそこだ!)


泥の奥底。

心臓部分に、美しい光を放つ「何か」が埋まっている。

その「何か」に、長年のゴミや呪いがこびりつき、暴走させているのだ。


「あいつ、元々は悪いヤツじゃねぇ!ゴミが絡まって痛がってるだけだ!」


レンジはハサミを構えた。


「クオン、フェン!あいつの動きを3秒だけ止めてくれ!俺が中に飛び込んで、元凶をカットする!」


「(……無茶を言う。だが――信じよう)」


クオンがニヤリと笑う。

神獣と黒狼が同時に駆け出した。

クオンが巨大化し、金色の尾でボスの体を締め上げる。

フェンが喉元に噛みつき、咆哮を封じる。


「今だッ!!」


レンジは地面を蹴った。

泥の海へ向かって、決死のダイブ。

強酸性の泥がコートを焼こうとするが、Sランク装備がギリギリで耐える。


「届……けぇぇぇッ!!」


レンジは右手を突き出した。

握られているのは、愛用の『聖銀のハサミ』。

狙うは、核に絡みついた「呪いの毛玉ゴミ」。


「『絶対解毛アブソリュート・アンタングル』!!」


パァァァンッ!!

ハサミの刃が、核を縛り付けていた黒い鎖を断ち切った。

その瞬間。


『――――ッ!?』


ボスの巨体が激しく波打った。

ドロドロと崩れ落ちる黒い泥。

その中から現れたのは――


「……え?」


泥が完全に落ちると、そこには透き通るような水でできた、美しい『水の精霊ウンディーネ』が座り込んでいた。

どうやら、汚染された水がゴミを巻き込み、スライム化して暴走していたらしい。

精霊はパチクリと瞬きをし、自分を綺麗にしてくれたレンジを見ると、嬉しそうに微笑んだ。

そして、レンジの頬に「チュッ」とキスをした。


『ありがとう、掃除屋さん』


「いや、俺トリマーなんだけどな……」


レンジのツッコミも虚しく、精霊は水飛沫となって消え、部屋の中央に巨大な魔法陣を残した。

戦闘終了(トリミング完了)だ。


「……はは。精霊まで客だったか」


レンジがへたり込むと、部屋の奥の扉がゆっくりと開いた。

そこには、神秘的な青い光を湛えた『浄化の泉』があった。


「あった……!ミリアさんの言ってた通りだ!」


レンジたちは泉に駆け寄った。

これこそが、あらゆる呪いを解く奇跡の水。


「フェン、入れ!これでお前の呪いも解けるはずだ!」


フェンが恐る恐る泉に足を踏み入れる。

すると、体から黒い煙が上がり、お湯に溶けるように消えていく。

痛みはないらしい。フェンは気持ちよさそうに目を細めた。


「よかったな、フェン」


「(……ふん。世話の焼ける狼だ)」


クオンも隣で水を飲んでいる。

レンジも手ですくって飲んでみた。

冷たくて美味い。疲れた体に染み渡る。


「ぷはーっ!生き返る!」


レンジはふと、自分のステータスカードを確認した。

道中のアンデッドも、中ボスの騎士も、そして第10階層のボスも処理したのだ。

流石にレベルが上がっているはずだ。



【名前:レンジ】

【職業:放浪のトリマー】

【称号:迷宮の清掃人、精霊の友】

【Lv:1 → 1】

【HP:650 → 650】



「……上がってねぇぇぇぇ!!」


レンジの絶叫が、第10階層にこだまする。

なぜだ。

なぜ俺だけ強くなれない。


「(……ククク。当然だろう、レンジ)」


クオンが楽しそうに笑う。


「(貴様は敵を『倒して』いない。全て『ケア(治療)』して成仏させただけだ。ゆえに討伐経験値はゼロ。得たものは感謝と、掃除の達成感のみだ)」


「そんなのアリかよぉぉぉ!!」


レンジは泉の淵に突っ伏した。

最弱のステータスのまま、最強の装備と、最高の相棒たちに囲まれて。

レンジのダンジョン初挑戦は、いつものように騒がしく幕を閉じたのだった。


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