49. スライムすら脅威? 最弱トリマーの迷宮散歩
「おおぉぉ……!なんだこれ、すげぇフィット感だ……!」
ギルドの地下倉庫で、レンジは感嘆の声を上げていた。 ミリアから渡された『特級装備』。 それは、レンジが想像していたガチガチのフルプレートアーマーではなかった。
一見すると、高級な革で作られたロングコートだ。 色は深い藍色。シックで動きやすく、ポケットも多い。 まるで、一流の職人が着る「作業着」のようなデザインだ。
「それは『古竜の革コート(エンシェント・レザー)』。 物理耐性、魔法耐性ともにSランク相当。その辺の鉄鎧よりも遥かに硬く、そして羽毛のように軽いわ」
ミリアが妖艶に煙を吐く。
「それに、『自動修復』と『温度調節』のエンチャント付きよ。 汚れも弾くから、あなたの仕事にもピッタリでしょう?」
「最高だ……!ありがとうございます!」
レンジは鏡の前でポーズを取った。 防御力は爆上がり、見た目もスタイリッシュ。 これならダンジョンでトリミングをしていても違和感がない。
「(……フン。馬子にも衣装だな)」
「よし!行くぞクオン、ルナ、エメ、フェン! この最強装備があれば、俺は無敵だ!」
レンジは新しいコートを翻し、意気揚々とギルドを飛び出した。 時刻は『五の刻半』。日没まであと少し。 彼は滑り込みでダンジョンの入場ゲートをくぐり抜けた。
◇
『バルガン地下迷宮・第一階層』。
そこは、薄暗い石造りの回廊だった。 空気はひんやりと冷たく、遠くから水の滴る音が響いている。 壁には発光する苔が生えており、松明がなくても視界は確保できた。
ダンジョンに入ってから、既に数十分ほど歩いただろうか。
「へぇ、意外と静かなもんだな」
レンジは周囲を見渡しながら、余裕の足取りで進む。 足元にはクオンが、肩にはエメが、そして影にはルナとシャボン、横には黒狼フェンが並んで歩いている。
「これなら楽勝だろ。さっさと奥まで行って、泉の水汲んで帰ろうぜ」
鼻歌交じりのレンジに、クオンが冷ややかな視線を送った。
「(……レンジ。勘違いしていないか?)」
「え?何が?」
「(ここまでは魔物が出てこなかったのではない。我から漏れ出る『神気』に怯えて逃げていただけだ)」
クオンが立ち止まる。 その金色の瞳が、意地悪く細められた。
「(貴様は言ったな。『今日中にレベルを上げたい』と)」
「お、おう。言ったけど」
「(ならば、我の神気を垂れ流していては意味がない。 獲物が寄ってこぬからな)」
クオンの尻尾がゆらりと揺れた。
「(よって、これより我は気配を断つ。 せいぜい励めよ、最弱のテイマー)」
シュンッ……。
その瞬間、クオンから発せられていた神々しい覇気が、完全に消え失せた。 ただの可愛い「金色の狐」になったのだ。
「えっ」
レンジが声を上げる間もなく。 ダンジョンの空気が一変した。
『ギシッ……ギギッ……』 『シャァァァ……ッ!』
今までシーンとしていた通路の奥から、無数の「殺意」が湧き上がってくる。 壁の隙間から、天井の穴から、何かが這い出てくる気配。
「ちょ、ちょっと待てクオン!いきなりオフにするな! 心の準備とか、ウォーミングアップとか――」
『ピチャッ』
足元で音がした。 レンジが見下ろすと、そこには青半透明のプルプルした塊がいた。
「……あ、スライム?」
RPGの定番、最弱モンスターの代名詞だ。 レンジはホッと胸を撫で下ろした。
「なんだ、スライムかよ。ビビらせやがって。 これなら俺でも勝てる――」
レンジがハサミ(武器)を構えようとした、その時だ。
ボォォンッ!!
「は?」
スライムがバネのように跳躍した。 その速度は、プロボクサーのジャブより速い。 反応する間もなく、青い塊がレンジの鳩尾に直撃した。
「ぐふぅっ!?」
ドォォォン!!
レンジの体はボールのように吹き飛び、背後の石壁に叩きつけられた。 肺の中の空気が強制排出され、視界がチカチカする。
「が、はっ……!?な、なんだ今の……ダンプカーか……!?」
HPを確認する。 『HP:650/650』→『HP:550/650』。
「い、一撃で100減った……!? コート着ててこれかよ!?裸だったら死んでたぞ!?」
レンジは戦慄した。 スライム=弱い、というのはゲーム知識の偏見だ。 ここは現実。 質量10キロの粘体物質が、時速50キロで体当たりしてくれば、それはもう「生きた砲弾」なのだ。
『ピチャ、ピチャ……』
スライムが追撃の構えを取る。 さらに通路の奥からは、巨大な蝙蝠や、骸骨の影が迫ってきていた。
「(……どうしたレンジ。スライム相手に寝ている暇はないぞ)」
クオンは少し離れた場所で、あくびをしながら見物している。 手助けする気はゼロだ。
「くっそ!やるしかねぇのかよ!!」
レンジはフラフラと立ち上がり、ハサミを構えた。 だが、恐怖で足がすくむ。 今までいかにクオンの「結界」と「神気」に守られていたか、痛いほど理解させられた。
その時だ。
「ガルルッ!」
黒い影が飛び出した。 フェンだ。 リハビリ中の黒狼が、レンジを庇うようにスライムの前へ立ちはだかった。
「フェン!お前、まだ病み上がりだぞ!」
フェンは前足を踏ん張り、スライムに噛み付こうとする。 だが、動きが硬い。 長年檻の中にいたせいで筋力が低下しており、足元がおぼつかないのだ。
『ボヨヨンッ!』
スライムの体当たりを避けきれず、フェンが弾き飛ばされる。
「キャウンッ!」
「フェン!!」
レンジの目が血走った。客が傷つけられた。その瞬間、レンジの中で「恐怖」が「職人の怒り」に切り替わった。
「てめぇ……!俺のリハビリ担当になにしやがる!!」
レンジは駆け出した。 戦士のような剣術はない。魔法使いのような火力もない。 だが、彼には「目」があった。
『解析』発動。
視界の中で、スライムの構造が丸裸になる。 核の位置、粘液の密度、そして――
(……あそこだ!あの『ゴミ』が混じってる部分、結合が弱い!)
スライムの体内に、消化しきれていない石ころやゴミが混入しており、そこだけ魔力の流れが淀んでいる。 トリマーにとって、そこは「毛玉」と同じ「急所」だ。
「そこだァァッ!!」
レンジはスライムのタックルを紙一重で――いや、竜革コートの防御力に任せて強引に受け止め、カウンターでハサミを突き出した。
ザクッ!!
「『部分カット』!!」
ハサミの刃が、スライムの核付近にある「不純物」だけを正確に抉り出す。 バランスを崩したスライムの核が露出し、魔力の結合が崩壊した。
パァァァン!!
スライムが弾け飛び、青い水となって消滅する。
「はぁ……はぁ……ッ!」
レンジは膝をついた。 たった一匹。最弱のスライム一匹倒すのに、この疲労感。 だが、レベルアップのファンファーレは鳴らない。
「(……ほう。急所を見抜いたか。悪くない)」
クオンがニヤリと笑う。しかし、現実は非情だ。
『カカカカ……』 『キィィィィ……!』
通路の奥から、100体以上のスケルトンとゾンビが押し寄せてくるのが見えた。
「……あ、これ無理なやつだ」
レンジの顔が青ざめる。 こんなのが「第一階層」の入り口だというのか。 そしてミリアは言っていた。 目指す『浄化の泉』は、このずっと奥、「10層のボス部屋」の向こうにあると。
「帰りたい……今すぐおうちに帰りたい……」
最強装備を着込んだ最弱テイマーの、長くて辛い夜が始まった。
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