46. 最弱の飼い主と、錆びた魔剣
本日(2026/1/17)は11:20投稿と21:10投稿の2本投稿予定です!
「ふぅーっ!これでピッカピカだ!」
南洋の遺跡を離れたレンジたちは、近くの海岸に車を停め、まずは宣言通り「銀の箱舟」の洗車を行っていた。
「(……レンジよ。貴様、なぜ魔法を使わんのだ?)」
木陰で涼んでいたクオンが、不思議そうに問いかける。
「(貴様の異常な『洗浄』ならば、こんな泥汚れなど指先一つで消え去るだろうに)」
「わかってないなぁ、クオン」
レンジはバケツの水を絞ったタオルで、愛車のボンネットを慈しむように拭き上げた。
「魔法で一瞬で終わらせるのは簡単だ。でも、こいつはただの道具じゃない。苦楽を共にしてきた相棒だろ?こうやって自分の手で洗って、ボディの調子を確かめてやるのが『愛』ってもんだよ。それに、無心で洗車するのって気持ちいいしな」
「(……物好きなことだ)」
クオンは呆れたように鼻を鳴らしたが、その目には少しだけ優しい色が浮かんでいた。
レンジにとって、トリミングも洗車も、対象への感謝と敬意を表す儀式なのだ。
「みゅ!(ぼくもやるー!)」
「おう、ありがとなシャボン。お前、細かい隙間の汚れ取るの上手いなぁ」
レンジの想いが伝わったのか、新入りスライムのシャボンも張り切って手伝い始める。
泥と潮風で汚れていた銀色の車体は、二人の丁寧な手作業によって、新車のような輝きを取り戻していた。
さて、車も綺麗になったことだし、出発の準備をしようと運転席に乗り込む。
ふと、ダッシュボードに映る自分の顔を見て、何かを思い出したように呟く。
「そういや、この世界に来たばっかの頃、ステータス画面とかあったよな……。最近忙しくてすっかり忘れてたけど、あれから随分場数も踏んだし、どうなってるんだろ?」
レンジは興味本位で、久々に自分のステータスを呼び出してみた。
伝説の神獣を鎮め、機巧結社の古代兵器とも渡り合ったのだ。
さぞかし強くなっているに違いない。
【ステータス表示】
氏名: 天野 蓮司
年齢: 20歳
職業: 放浪のトリマー
LV: 1
体力: 550(※肉体労働による筋力向上)
HP: 650
魔力: (測定不能)
【固有スキル】
『神の手』
派生技:【解析】
派生技:【変形】
派生技:【絶対解毛】
【称号】
『救世主』
『機巧殺し』
『神々の美容師』
『もふもふの友』
「…………」
レンジは画面を二度見した。
「レベル1のままじゃないか!!」
体力と称号だけが、やたらと豪華になっていた。
どうやらこの異世界のシステムにおいて、「洗浄」や「カット」は経験値としてカウントされないらしい。
「はぁ……まぁいいか。俺は勇者じゃない。ただのトリマーだもんな。HPが650もありゃ、一般人よりは頑丈だろ」
レンジは気を取り直して、画面を閉じようとした。
その時、ふと後部座席で丸まって寝ている仲間たちが目に入った。
「……待てよ。こいつらのステータスはどうなってるんだ?」
自分のHP650が高いのか低いのか、比較対象が必要だ。
レンジは【解析】を発動し、仲間のステータスを順に視界に表示させた。
まずは、新入りのシャボンからだ。
生まれたてのスライムだし、いくら何でもこいつには勝っているだろう。
【個体名:シャボン】
種族: 浄化粘性体
LV: 1
HP: 3,500
保有スキル: ???、???(※解析不能エラー)
「…………は?」
レンジの目が点になった。
レベル1で、HP3,500? 桁が一つ違う。
それにスキル欄の「???」も気になるが……今は置いておこう。問題は体力だ。
あのヘドロの化け物が濃縮された姿とはいえ、生まれたてのスライムにすら、俺は耐久力で負けているのか。
気を取り直して、次はエメだ。
以前見た時はレベル一桁だったはずだが、少しは成長しているだろうか。
【個体名:エメ】
種族: 宝石獣
LV: 7
HP: 6,200
保有スキル: 奇跡の幸運、探索、宝石排泄
「ぐふっ……!」
レンジは胸を押さえた。
レベル7でHP6,200。
相変わらず、マスコットの皮を被った戦車みたいなステータスだ。俺の10倍近いタフさを誇っている事実を突きつけられ、胃が痛くなる。
嫌な予感が加速する。恐る恐る、ルナのステータスを見る。
【個体名:ルナ】
種族: 月蝕猫 ※シャドウ・キャット変異上位種
LV: 11
HP: 150,000
保有スキル: 影渡り、精神捕食、物理魔法攻撃無効(影化)
「……うん、知ってた。知ってたけどさ」
レンジは乾いた笑いを漏らした。
レベル11でHP15万。
以前確認した時も驚愕したが、改めて自分の「650」と並べて見ると、生物としての格の違い(絶望感)が浮き彫りになる。
災害級(Sランク)の幼体は、伊達じゃない。
そして最後に、この旅の最強戦力、クオン。
【個体名:クオン】
種族: 天狐・神獣
LV: 903
HP: 350,000,000
保有スキル: 狐火、神威、結界・幻術、全属性魔法(火・水・地・風・光・闇)
「…………え?」
レンジの思考が停止した。
一度目をゴシゴシと擦り、もう一度画面を見る。
「……は?」
幻覚ではない。ゼロの数が、どう数えてもおかしい。
「さ、さんおく……ごせんまん……!?」
レンジは変な声を上げてのけぞった。
「嘘だろ!?俺の体力の……えっと、約53万倍!? フ○ーザ様かよ!インフレしすぎだろ!!」
あまりの数値に、レンジは画面をそっと閉じた。そして、膝を抱えてうずくまった。
「……勝てるわけない。俺、レベル1のスライムより弱い最下層カーストじゃん……。ていうかクオン、お前『全属性魔法』ってなんだよ。普段、狐火しか使ってないじゃんか……」
「(ん?ああ。使えるが、練り上げるのが面倒だからな。燃やした方が早かろう?)」
いつの間にか起きていたクオンが、あくび混じりに答える。
その言葉に、さらに追い打ちがかかる。
「……このパーティーのリーダー、もしかして一番死にやすいの俺……?」
飼い主としての威厳(物理的な耐久力)が粉砕された瞬間だった。
落ち込むレンジを見て、クオンは呆れつつも声をかける。
「(……朝から何をシケた顔をしている?)」
「いや、俺の体力が一番低いって知って絶望してたんだよ。これじゃ、お前らの世話をする前に俺が流れ弾で死ぬんじゃないかって……」
レンジが深刻な顔で相談すると、クオンは「何を今更」と鼻を鳴らした。
「(当たり前だ。貴様は人間だろう? 我々と比べること自体が烏滸がましい。……だが、確かに貴様が先に死なれては、我の毛並みを整える者がいなくなる。それは困るな)」
クオンは少し考え込み、車の進行方向を顎でしゃくった。
「(ちょうどいい。この先の国境を越えたところに、良い場所がある)」
「良い場所?」
「(ああ。『迷宮都市バルガン』だ。そこには古代の魔物が巣食う地下迷宮があり、人間たちが己を鍛えるために集まっているという)」
クオンはニヤリと笑った。
「(貴様もそこで少しは揉まれてこい。レベルを上げれば、多少はマシになるだろう)」
「ダンジョン……レベル上げ……」
レンジはゴクリと喉を鳴らした。
ファンタジーの王道だ。トリマーとはいえ、この危険な世界で生き抜くには、最低限の自衛力は必要かもしれない。
せめて、シャボンの体力くらいは超えたい。
「……よし、決めた!」
レンジはハンドルを強く握り直した。
「行こう!その『迷宮都市』へ!目指せレベルアップ!打倒、シャボンのHP3500!」
「みゅ?(呼んだ?)」
「(……志が低いな)」
こうして、一行の目的地は決まった。
南の海から一転、次なる舞台は、冒険者たちが集う欲望と混沌の街。
◇
国境の検問所。
厳めしい顔をした衛兵が、レンジたちの車を止める。
「止まれ!ここから先は『迷宮都市バルガン』の管理区域だ。身分証を提示しろ」
「はいはい、これですね」
レンジは手慣れた様子で、懐から一枚のカードを取り出した。
それは、以前の旅の途中で昇格した『Cランク冒険者カード』だ。
銀色に輝くプレートは、一人前の冒険者であることの証明。これさえあれば大抵の国境はフリーパスだ。
「ふむ……レンジ・アマノ。Cランクか」
衛兵の態度が少し軟化した。
Cランクといえば、一般兵士よりも遥かに実力がある「中堅上位」の扱いだ。敬意を払うべき相手である。
「……ん?なんだこの職業欄は。『トリマー』?」
衛兵が眉をひそめたが、カード自体は本物だ。偽造の形跡もない。
多少の違和感はあれど、Cランク冒険者である事実に変わりはないため、衛兵は敬礼して道を開けた。
「確認した。ご武運を」
「どうもー」
無事に検問を通過し、レンジたちは巨大な石造りの城壁に囲まれた街へと足を踏み入れた。
「ふぅ……相変わらず怪しまれるな、この職業」
レンジは苦笑しつつ、街の大通りを車で進む。
行き交う人々は皆、厳つい鎧や巨大な武器を背負っている。すれ違うだけで金属のこすれる音が響き、どこか鉄と汗の匂いが漂っていた。
「よし、まずは『冒険者ギルド』の本部だ。この街で活動するには、所属の変更手続きが必要だからな」
レンジは街の中心にある一際大きな建物へと向かった。
入り口には剣と盾が交差した看板が掲げられている。
ギギィ……と重い木製の扉を開ける。
瞬間、ガヤガヤとした喧騒と、酒と料理の熱気が押し寄せてきた。
昼間だというのに、併設された酒場ではジョッキを片手に談笑する冒険者たちで溢れかえっている。
「(……うわ。前のギルドでも思ったけど、この独特の雰囲気、やっぱり苦手だな)」
レンジは少し気圧されながらも、カウンターへと進んだ。
鉄と汗、それに安いエールが混ざったような淀んだ空気。いかにも荒くれ者たちの巣窟といった感じだ。
受付には、忙しそうに書類をさばく女性職員がいる。
「すみません、所属の変更手続きをお願いしたいんですけど」
「はいはい、カードを出してください」
職員は事務的な口調で手を差し出した。
レンジはCランクカードを彼女に渡す。
「はい、Cランクのレンジさんですね。ようこそバルガン支部へ!中堅以上の冒険者様は歓迎いたします。……では、本人確認のために『ステータス開示』をお願いします」
「あ、はい」
この街では、カードの偽造防止と実力確認のために、魔道具によるステータスチェックが義務付けられているらしい。
レンジはカウンターに設置された水晶に手をかざした。
ボゥッ……と水晶が光り、空中に数値が表示される。
【氏名】天野 蓮司
【職業】放浪のトリマー
【LV】1
【HP】650
「…………はい?」
職員の笑顔が凍りついた。
彼女は数値を二度見し、カードを三度見し、それから疑いの眼差しでレンジを見上げた。
「あの……お客様?Cランクの平均HPは12,000前後、レベルは最低でも30は必要なはずですが……?」
「いや、俺、戦闘職じゃないんで」
「は?戦闘職じゃない?」
職員の声が裏返った。その異変に気付き、酒場にいた冒険者たちが集まってくる。
「おい見ろよ、こいつのステータス。レベル1だってよ!」
「はぁ?Cランクカード持っててHP650? 一般人以下じゃねぇか!」
「なんだその『トリマー』って職業。聞いたことねぇぞ」
ざわめきが広がる中、一人の柄の悪い男がレンジの胸倉を掴みかけた。
「おい兄ちゃん。まさか、親の金でランクを買った『お坊ちゃん』じゃねぇだろうな?」
「違いますよ。ちゃんと依頼をこなして昇格しました」
「嘘つけ!たった650のHPでどうやってCランクの依頼をこなすんだよ!コボルトに突っ込まれても即死するぞ!」
ドッと沸き起こる嘲笑。
完全に「金でランクを買ったインチキ野郎」扱いだ。
トリマーという職業が浸透していないこの世界では、「戦わずに綺麗にする仕事」で評価されたという実績が理解されないのだ。
「(……はん。下らない)」
レンジの足元で、クオンが大きくあくびをした。
「(レンジ、放っておけ。虫ケラの分際で、神の(我の)美容師を値踏みするとはな。その無知、もはや哀れみすら感じるぞ)」
「そ、そう言ってくれると助かるけど……」
クオンは嘲笑する人間たちを一瞥すらせず、完全に無視を決め込んでいる。
象が蟻の行列を気にしないのと同じだ。
だが、職員の方はそうはいかなかった。
「……申し訳ありませんが、当支部では実力の伴わないランク維持は認められません。不正取得の疑いもありますので、カードは一時没収、ランクはFからの再審査とさせて――」
その時だった。
入口の扉が乱暴に開かれた。
バンッ!!
「おい受付!至急、『Sランク・物質修復』ができる鍛冶師を呼んでくれ!!」
飛び込んできたのは、全身を真紅の鎧で固めた大男だった。
その背には、身の丈ほどもある巨大な「大剣」が背負われている。
だが、その剣は――。
「……うわっ、汚ねぇ」
レンジは思わず呟いた。
かつては名剣だったのだろうが、今はモンスターの血脂と泥、そして何より「こびりついた錆」で赤茶色に変色し、見る影もない。
まるでゴミ捨て場から拾ってきた鉄屑のようだ。
「ゼ、ゼグノスさん!?どうされたんですか、その剣は……」
受付嬢が慌てて立ち上がる。
どうやら、この街でも有数の有名冒険者らしい。
「ダンジョンの深層で『バジリスク』の群れに囲まれたんだ!強烈な酸を浴びて、剣の魔力回路が詰まりやがった!このままじゃ魔剣の機能が停止する!早く研磨できる奴を呼べ!」
「そ、そんな……Sランク魔剣の物質修復なんて、ギルド専属のドワーフ親方でも数日はかかりますよ!?」
「数日だと!?明日は『階層主』の攻略戦なんだぞ!今すぐ直せなきゃ俺たちのパーティーはおしまいだ!」
大男――ゼグノスはカウンターを叩いて怒鳴り散らす。
ギルド内は一瞬で静まり返った。
誰もが知っているのだ。魔剣の回路に入り込んだ「酸」と「錆」を取り除くのが、どれほど困難で繊細な作業かを。
「あーあ……ありゃ酷いな」
レンジはポツリと言った。
彼の目には見えていた。魔剣の表面に付着した汚れの層と、その奥で「詰まり」を起こして苦しんでいる微細な溝が。
「(……ほう。レンジ、貴様なら直せるか?)」
クオンが面白そうに尋ねる。
その問いに、レンジは何でもないことのように答えた。
「直す?いや、あんなの『洗浄』すれば一発だろ」
「(……ククッ、やはりそう言うか)」
クオンは以前、野営中に見た光景を思い出していた。
あれは、食事後の皿洗いをレンジに任せた時のことだ。
◇
『どうよこれ!単に汚れを弾くだけじゃ、目に見えない雑菌や匂いが残るだろ?だから魔力で皿の表面をスキャンして、汚れだけを分子レベルで分解・消滅させた!ついでにナイフでついた微細な傷も全部コーティングして埋めておいたから、新品……いや、製造直後よりツルツルだぞ!』
レンジが得意げに掲げた皿は、鏡のように周囲の景色を反射し、一切の曇りも傷もない完全な平面と化していた。
『(……は?)』
クオンが飲んでいた紅茶のカップを倒しそうになる。
『(き、貴様……それはただの『洗浄』ではない。もはや『物質修復』や『錬金研磨』の領域だぞ!?国宝級の美術品の修復に使うような超精密な魔力操作を、まさか……野営の皿洗いに使ったのか!?)』
『え?だって、傷の隙間に菌が入ったら不衛生だろ?トリミング器具の手入れと同じだよ。基本だろ?』
『(……こやつに魔法を教えた本の著者が聞けば、憤死するかもしれんな)』
◇
(あの時、皿一枚にかけた魔法と同等のことを、あの剣にやるつもりか……)
クオンは呆れを通り越して、憐れみの視線を周囲の冒険者たちに向けた。
彼らは知らないのだ。
この男にとって、「神話級の修復作業」と「皿洗い」が同義語であることを。
「おーい、そこのデカい人」
レンジは一歩前に出た。
「その剣、俺が洗ってやろうか?」
「……あぁ?なんだテメェは。鍛冶師か?」
ゼグノスがギロリと睨む。
レンジはニカっと笑い、Cランクカード(職業:トリマー)をひらつかせた。
「いや、ただの通りすがりのトリマーだ。だが、その程度の『汚れ』なら、新品より綺麗にして返してやるよ」
レンジが右手をかざす。
その指先には、もはや道具すら必要としない、極限まで練り上げられた生活魔法『洗浄』の輝きが宿っていた。
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