45. そして海は青く、心は軽く
戦いが終わり、遺跡の機能が正常化すると、赤い警告灯は柔らかな青色の照明へと切り替わった。
『システム再起動完了。中枢ろ過機能、正常値へ復帰。これより、自動メンテナンスモードへ移行します』
機械音声が響く中、ヴォルグ大佐はピカピカになった自分の潜水艦の前で、深々と帽子を被り直した。
『……礼は言わんぞ、トリマー』
「へへっ、客から礼を言われるためにやってる仕事じゃないからな。人も神様も、スッキリした顔を見せてくれりゃそれでいいんだよ」
レンジは笑って肩をすくめた。
ヴォルグはその笑顔をじっと見つめた後、フンと鼻を鳴らした。
『……悔しいが、貴様の勝ちだ』
ヴォルグは視線を天井のドームへ向けた。
『私は怒りに溺れ、神獣を排除することこそが正義だと信じていた。だが、それは間違いだった。コスト、リスク、そして持続可能性……。どの観点から見ても、貴様の言う「管理」して共存する道の方が、遥かに理に適っている』
ヴォルグは自嘲気味に笑った。
『感情を排し、論理で世界を管理する……それが機巧結社の理念だったはずだ。私はいつの間にか、最も非効率な「復讐」という感情論に支配されていたらしい。』
『……本部へ戻り、上層部に報告する。東方支部の件も含め、組織の方針そのものを見直す必要があるだろう』
「そいつはいい。あんたみたいな石頭が上にいれば、少しはまともな組織になるかもな」
『……石頭だと?貴様、言ってくれるな』
ヴォルグの口元に、微かに笑みが浮かんだ気がした。
彼は踵を返し、潜水艦へと乗り込む。
『次に会う時も、私が味方とは限らんぞ。もし貴様がその「神の手」で世界に害を成すと判断すれば、その時は容赦なく排除する』
「ああ。その時は頼むよ」
レンジは真面目な顔で頷いた。
自分の力が強大すぎることは自覚している。もし自分が道を踏み外した時、止めてくれる存在がいるのは悪くない。
『フン……。さらばだ』
ハッチが閉まり、銀色に輝く潜水艦は静かに浮上していった。
かつては破壊と殺戮を撒き散らしていた鉄の塊が、今は海を汚すことなく、綺麗に去っていく。
「(……変わったな、あの男)」
クオンがレンジの横で呟く。
「ああ。頑固な汚れほど、落ちた時の輝きはすげぇんだよ」
レンジは満足そうに頷いた。
◇
レンジたちが地上へ戻ろうとした時、遺跡の中央モニターに新たな文字が表示された。
『管理者権限を確認。始祖より、次代の管理者へ向けたメッセージを再生します』
「お?なんだ?」
ノイズ混じりの音声が流れる。それは、どこか疲れたような、しかし知性を感じさせる男の声だった。
『――やぁ、これを聞いているということは、我々の文明はもう滅んでいるのかな?それとも何とか生き延びていて……君が我々の末裔だったりするのかな?あるいは、全く別の星から来た旅人か……』
「(……ッ!?)」
レンジとクオンが顔を見合わせる。
その口調は、あまりにも「人間臭い」ものだった。
『この「神獣システム」は、星を綺麗に保つための我々の最高傑作だ。だが、すまない。設計段階で一つだけミスがあった。彼らは優秀なフィルターだが……あまりにも高性能すぎて、「心」が生まれてしまったんだ』
声の主は、苦笑するように続けた。
『心は、計算できないエラーを生む。悲しみ、怒り、痛み……そういったノイズがフィルターを詰まらせる。我々はそれを「バグ」として処理しようとしたが……結局、彼らを愛してしまった研究員も多くてね』
『もし、君がこの施設を再稼働させたなら、頼みがある。彼らを「道具」としてではなく、「家族」として扱ってやってほしい。』
『定期的に洗い、撫でて、話しかけてやってくれ。そうすれば、彼らはきっと、君とこの星の最強の守護者になってくれるはずだ』
『……あとのことは頼んだよ。未来の管理者君』
プツン、と音声が途切れる。
短いメッセージだったが、そこには確かに、かつての創造主たちの「後悔」と「願い」が込められていた。
「(……フン。勝手な言い草だ)」
クオンが悪態をつくが、その尻尾は嬉しそうに揺れていた。
「(だが、まぁ……『家族として扱え』という部分だけは、評価してやろう)」
「ああ。昔の人も、結局は今の俺たちと同じことで悩んでたんだな」
レンジは勾玉を握りしめた。
この世界を作った凄い連中も、最後に行き着いたのは「愛を持って接する」という、トリマーとして当たり前の結論だったのだ。
◇
銀の箱舟は、勾玉の力で泡に包まれ、ゆっくりと海面へと浮上した。
「ぷはーっ!やっぱり外の空気はうめぇな!」
窓を開けると、南国の太陽と潮風が吹き込んでくる。
空は突き抜けるように青く、海は穏やかに凪いでいた。
「みゅ~!」
レンジの肩の上で、新しい仲間の白いスライムが気持ちよさそうに伸びをした。
太陽の光を反射して、虹色の泡がきらめく。
「そういや、お前の名前まだ決めてなかったな」
「みゅ?」
「白くて、フワフワで、いい匂いがする………よし」
レンジはニカッと笑って指差した。
「今日からお前は『シャボン』だ!」
「みゅ!みゅー!(シャボン!)」
スライム――シャボンは気に入ったのか、レンジの頬にすりすりと身体を押し付けた。
すると、レンジの頬についていた煤汚れが一瞬で吸い取られ、肌がツルツルになる。
「おっ、すげぇ!洗顔も出来るのか?」
「(……また妙なペットが増えたな)」
クオンが呆れる横で、エメが「キュゥ!(ぼくの方がかわいいもん!)」と、レンジの髪の毛を整え始めた。
「ははっ、二人とも頼りにしてるぜ。さぁ、行くか!次はどんな『お客様』が待ってるか楽しみだな!」
レンジがアクセルを踏み込む。
銀の車体は海岸線を走り抜け、新たな大地へと向かっていく。
過労で死に、異世界へ放り込まれた元トリマー・天野蓮司。
彼の周りには、伝説の神獣、災害級の黒猫、甘えん坊のカーバンクル、そして掃除好きのスライム。
波乱と揉め事に巻き込まれながらも、もふもふたちに救われ、救い返していく彼の旅は、まだまだ終わらない。
まずは、泥だらけになった車の洗車からだけどな!
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