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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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44. 決戦! 激落ち・ダブルウォッシュ





「排除するッ!!」


ヴォルグ大佐の怒号と共に、ねじ込まれた潜水艦の側面ハッチが一斉に展開した。

そこから射出されたのは、魚雷ではない。太い鎖のついた、無数の巨大な「対神獣用捕獲銛ハープーン」だ。


ガギンッ!ドスッ!!

鋭利な切っ先が、ヘドロの巨獣(穢れ)の体に突き刺さる。

同時に、鎖を通じて高圧電流が流され、ドロドロの巨体を内側から焼き尽くそうとスパークした。


『効かぬ!この「泥」は実体を持たぬ怨念の塊だ!』


ヴォルグは即座に判断し、次弾を装填させる。

彼の指揮は完璧だった。相手が不定形と見るや、焼夷弾と凍結弾による波状攻撃に切り替え、物理的に蒸発・破砕しようと試みる。

だが――。


「グォォォォォ……ッ!!」


ヘドロの巨獣は、苦痛の声を上げるどころか、ますます黒く、大きく膨れ上がった。

ヴォルグの放つ「攻撃(殺意)」すらも餌にして、その憎悪を増幅させているのだ。


「(いかん!奴は攻撃されればされるほど、その『負の感情』を吸収して硬化する!)」


クオンが警告する。泥は再生を繰り返し、触手を鞭のようにしならせて潜水艦へと叩きつけた。


ズガァァァン!!


『ぐぅッ!?隔壁損傷!構うな、撃ち続けろ!』


「やめろ大佐!逆効果だ!」


レンジが叫ぶが、ヴォルグは聞く耳を持たない。


『黙れ!痛みこそが管理だ。恐怖こそが制御だ!この薄汚い化け物を海から消し去るまで、我々は止まらん!!』


潜水艦から放たれる砲撃の嵐。

それに応戦し、酸の泥を撒き散らす巨獣。

美しい古代遺跡のプールは、瞬く間に硝煙とヘドロにまみれた地獄絵図と化した。

巨大な触手が、回避不能のタイミングで潜水艦のブリッジを狙う。


『しまっ――』


ヴォルグが死を覚悟した、その時だった。


「(させるかッ!!)」


ドォォォォン!!

蒼い狐火の障壁が、潜水艦の前に展開され、ヘドロの直撃を防いだ。

クオンだ。彼女は嫌っていたはずの機巧結社を、その身を挺して守ったのだ。


「(勘違いするなよ、人間。レンジが悲しむから守っただけだ!)」


「……たく、どいつもこいつも」


レンジが、呆れたように頭をかいた。


「(……レンジ?)」


「あーもう、見ていられない!泥だらけの『長年の汚れ』が暴れて、それに怒った客が泥を投げ返して……店の中がぐちゃぐちゃじゃないか!」


レンジは腰のシザーケースを叩き、左手の勾玉を一瞥する。


(……こいつの使い方はまだよく分からない。なら、俺自身のウデでやるしかないな)


その瞳は、戦場の悲惨さに怯えてなどいない。

ただひたすらに、目の前の「頑固な汚れ」をどう落とすかを見定める、職人の目だった。


「クオン!ルナ!エメ!あいつら二人とも、頭に血が上って周りが見えていない。まとめて頭を冷やしてやるぞ!」


「(……は?二人とも、だと?)」


「ああ!『こびりついたアカ』も大佐も、まとめて『丸洗い』だ!!」


レンジが水面を蹴った。

向かう先は、安全圏ではない。砲撃と触手が飛び交う、戦場のど真ん中。


「おい大佐!そこ、邪魔だ!!」


『なッ!?』


レンジはあろうことか、ヘドロの巨獣ではなく、ヴォルグの乗る潜水艦の甲板へと飛び乗った。

そして、巨大な鋼鉄の装甲に、ピタリと右手を当てる。


「神の手!解析スキャン!……ふむふむ、長年の塩害、フジツボ、それに……『復讐』という名のこびりついたサビ。手入れもされず、随分と使い込んだな。ガタガタじゃないか」


『貴様、何を――』


「道具は正直だぜ、大佐。あんたの悲鳴が聞こえてくるようだ。……まずは、あんたから綺麗にしてやる!」


レンジはニカッと笑い、クオンへ指示を飛ばした。


「クオン!狐火で周りの水を温めてくれ!熱湯風呂にするぞ!」


「(なっ……正気か!?……ええい、ままよ!)」


クオンが魔力を解放し、プール全体の水温を一気に上昇させる。

冷たい海水が、汚れを分解しやすい適温のお湯へと変わった。


「よし!行くぞ、大回転だ!」


レンジは潜水艦の動力機関に「神の手」で干渉し、スクリューの回転数を限界突破させた。

数千トンの鉄の塊が、レンジの操作によって独楽コマのように高速回転を始める。

その遠心力が生み出すのは、遺跡全体を巻き込む「巨大な洗濯機」。


「グルァァァァッ!?」


ヘドロの巨獣が、その激流に足を取られる。

ヴォルグの攻撃(殺意)は吸収できても、レンジの生み出す「心地よいお湯」と「洗浄の渦」には抗えない。


「(す、凄い……!私が沸かした湯が、潜水艦の回転で渦となり、汚れを剥がしていく!)」


クオンは見た。

渦の中心で、黒いヘドロが、みるみるうちに剥がれ落ち、ただの透明な水へと還元されていく様を。

そして、回転させられている潜水艦からも、長年蓄積された錆や汚れ、フジツボがボロボロと剥がれ落ちていく。


「仕上げだ!【広域洗浄エリア・クリーン】!!」


レンジの手から放たれた光が、潜水艦全体を包み込む。

物理的な回転で浮いた汚れを、魔法の力で一気に弾き飛ばし、表面をコーティングしていく。


「さぁ、さっぱりして消えな!!」


バシャァァァァァァァァンッ!!

遺跡を揺るがす水音と共に、世界が真っ白な泡と光に包まれた。


           ◇


数分後。


「……ふぅ。いい湯だったな」


レンジは額の汗をぬぐい、満足げに息を吐いた。

泡が消えた遺跡の中には、静寂が戻っていた。


「(……信じられん)」


クオンが呆然と呟く。

プールの中心には、もはや禍々しいヘドロの巨獣はいなかった。

黒い泥は完全に分解・浄化され、キラキラと輝く純粋な「魔力の粒子」となって、霧散しようとしていた。

それは神ではない。ただのエネルギーだ。

だが、その輝きはとても美しく、どこか「ありがとう」と言っているように、レンジたちの周りを優しく舞ってから、天上のドームへと吸い込まれて消えていった。


「……ん?おっと、まだ『洗い残し』があったか?」


レンジが足元に視線を落とす。

光の粒子が消えた後、プールの底に、ぽつんと「白い塊」が残されていた。


「(……なんだあれは?泥の核か?)」


クオンが警戒して身構える。

だが、その塊は敵意を見せるどころか、プルプルッと可愛らしく震えながら、レンジの方をじっと見つめている。

それは、雪のように真っ白で、雲のようにフワフワとした「泡の塊」だった。

どこか寂しげに、けれど期待に満ちた様子で、レンジに近づきたそうに揺れている。


「みゅぅ~……」


「おわっ、なんだこいつ。……スライムか?」


レンジがしゃがみ込むと、スライムはおずおずとレンジの指先に触れた。

かつて世界を滅ぼそうとした「ドス黒いヘドロ」の面影は微塵もなく、そこからは「高級ホテルの石鹸」のような極上の良い香りが漂っていた。


「(……まさか。あの膨大な穢れの集合体が、貴様の神業で浄化・濃縮され、『純白の泡スライム』に生まれ変わったとでもいうのか!?)」


「みゅ!みゅぅ!」


スライムはレンジの指に頬ずりし、そのまま腕を登ろうとする。

どうやら、レンジの傍にいたくてたまらないようだ。


「ははっ、なんだよ。俺について来たいのか?」


「みゅ!!」


白いスライムは嬉しそうに大きく跳ねると、レンジの肩にポンと乗った。

それを見たエメが、ライバル心を燃やしたのか、反対側の肩に飛び乗って「キュイッ!(ぼくの場所!)」と、ふさふさの尻尾でレンジの頬を叩いて自己主張を始める。


「おいおい、喧嘩しない。どっちも可愛いから」


レンジは苦笑しながら、新しい相棒の頭(?)を撫でてやった。

最強の汚れ(ヘドロ)から生まれた、最強に綺麗な掃除係の誕生だ。

そして。


『…………』


水面に浮かぶ、機巧結社の潜水艦。

その姿もまた、劇的に変わっていた。

無骨で黒ずみ、錆だらけだった船体は、まるで新造船のようにピカピカに磨き上げられ、銀色の輝きを放っている。

レンジの洗浄クリーンのおかげで、もはや鏡のような美しさだ。

武装である銛や砲台は、回転の遠心力で綺麗サッパリ吹き飛んでおり、攻撃能力は皆無となっていた。

ハッチが開き、中から目を回したヴォルグ大佐がよろよろと出てきた。


『……な、何だ……これは……』


彼は震える手で、自分の顔を触る。

復讐の鬼のような険しい表情は消え、憑き物が落ちたような、呆けた顔をしていた。

潜水艦だけでなく、彼自身の心にこびりついていた「ドス黒い何か」も、あのお湯と一緒に洗い流されてしまったかのように。


「よう、大佐。顔色が良くなったな」


レンジが、濡れた髪をかき上げながら笑いかける。


「『穢れ』も『錆』も、元は同じだ。溜め込みすぎると動きが悪くなる。……あんたも、たまには肩の力を抜いて、風呂にでも浸かった方がいい」


『……貴様……私は……』


ヴォルグは呆然と周囲を見渡した。

さっきまで殺し合っていたヘドロの巨獣は消え、美しい光の粒子が舞っている。

だが、彼の目にはまだ、過去の絶望が焼き付いていた。


『……これで終わりか?綺麗になったから、何だと言うのだ……。私の家族は帰ってこない。奴ら(神獣)が、気まぐれな縄張り争いで私の故郷を沈めた事実は、決して消えん……!』


ヴォルグが絞り出すように呻く。

その悲しみは、ただ洗っただけでは消えないほど深い。

レンジは真剣な眼差しで、ヴォルグを見据えた。


「なぁ、大佐。あんた、さっきの泥の化け物と戦ってどう思った?」


『……どう、だと?あんなものは、ただの汚物の塊だ。理性もなく、ただ周囲を破壊するだけの……』


「そうだな。でもよ、あれと同じものが、あんたの故郷を襲った神獣の中にも溜まってたとしたら?」


『……な、に?』


ヴォルグが息を呑む。


「俺、この遺跡の中に入って初めて知ったんだ。

神獣ってのは、ただ偉そうにしているだけじゃなくて、世界の汚れを吸い取る『フィルター』の役目を背負わされてるんだってな」


『……フィルター、だと?』


「ああ。さっきのヘドロみたいな『世界の毒』を、自分の体で吸い込んで浄化してるんだとさ。でも、吸い込みすぎればフィルターは詰まる。詰まれば苦しくて、理性を失って、痛みから逃れるために暴れ回る。」


「……あんたの故郷で起きた『縄張り争い』ってのも、恐らくそうやって限界を迎えた神獣同士が、苦しさのあまり衝突した事故だったんだ」


レンジは、天へ昇っていく光の粒子を指差した。


「あんたが憎んでいたのは『神様』そのものじゃない。神様すら狂わせる、この『世界の穢れ(病気)』だったんだよ」


『…………ッ!!』


ヴォルグは言葉を失った。

彼はこれまで、神獣を「傲慢で冷酷な破壊者」だと思っていた。

だが、もし奴らもまた、世界を守るために汚れを吸い込み、その結果として病に冒され、苦しみの中で暴れていたのだとしたら――?


『……では、私は……。被害者だと嘆きながら……同じように苦しんでいた『病人の喉元』に、刃を突き立てようとしていたというのか……?』


ヴォルグの膝が、カクリと折れる。

憎しみの矛先を失った彼は、その場に崩れ落ちた。


「許せとは言わないよ。家族を奪われた悲しみは、理屈じゃ消えない。……でもな、大佐」


レンジは優しく、しかし力強く言った。


「もう、憎まなくていい。あんたが戦うべき相手は神様じゃない。これからは、その『汚れ』を生まないように、世界を綺麗に保つことの方が大事なんじゃないか?」


『…………』


ヴォルグは震える手で顔を覆った。

指の隙間から、一筋の涙が零れ落ちる。

それは悔し涙ではなく、長い長い復讐の呪縛から解き放たれた、鎮魂の涙だった。


「……へへっ。ま、湿っぽい話はここまでだ」


レンジは背を向け、クオンの方へと歩き出す。

その背中は、世界を救った英雄というよりは、大仕事を終えて一服する職人のそれだった。


「(……まったく。貴様という奴は)」


クオンは、やれやれと首を振りながらも、レンジを迎えるために尻尾を大きく振った。

その目には、500年の孤独を埋めて余りある、信頼の色が宿っていた。


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