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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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43. 王立神獣療養所と、世界の『排水溝』





『銀の箱舟シルバー・アーク』が激流に飲み込まれ、ホワイトアウトした視界が戻った時。

レンジたちの目の前には、常識を超えた光景が広がっていた。


「……おいおい、マジかよ」


レンジが呆然と声を漏らす。

そこは、海底とは思えないほど広大で、そして美しい「楽園」だった。

ドームの天井には疑似的な「空」が広がり、柔らかな陽光が降り注いでいる。

眼下には、珊瑚でできた森や、湯気を上げる巨大な温水プール、そして大小様々な「マッサージ機」のような古代遺物が並んでいた。


「ここ、古代遺跡だよな?……どう見ても『スーパー銭湯』じゃねぇか」


「(……信じられん)」


クオンは窓に張り付き、戦慄していた。

彼女が見ているのは、レンジのような「便利さ」ではない。その建造物から漂う、圧倒的な「始祖」の気配だ。


「(この建築様式、そして空間そのものを歪曲させて創られた『亜空間』の技術……。これは現代の魔法ではない。遥か神代、我々神獣が地上を支配するよりさらに前……『始祖』たちの時代の遺物か!?)」


クオンはずっと不思議に思っていた。

自分たち神獣はどこから生まれ、何のために存在するのか。

その答えの一部が、この場所にあるような気がした。


「(……信じられん。まさか、始祖神話に登場する『神々の休息所』が、実在する施設だったとは)」


クオンが驚愕に目を見開く。


「(古文書には、神々が集う『架空の理想郷ユートピア』として記されていた。てっきり、古代人が夢見たお伽噺の類だと思っていたが……)」


彼女の脳裏に、古い伝承の断片が蘇る。

ある時期を境に、その理想郷の記述がプッツリと途絶え、代わりにこの海域周辺への「奇妙な警告文(立ち入り禁止)」だけが残されていたことを。


「(……だが、解せぬ。もしこれが実在する『楽園』ならば、なぜ我々神獣の歴史に正式な記録が残っていない?」


「なぜ、この場所は地図から消され……ただの『禁忌』として封印されていたのだ?)」


神のための素晴らしい場所が、なぜ神にすら隠蔽されなければならなかったのか。

その理由が分からず、クオンはごくりと喉を鳴らした。


その時、車内のスピーカーにノイズが走り、先ほどの機械音声が響いた。


『……ようこそ、管理者マスター。並びに、連行された検体ゲストの皆様』


『当施設は、古代王立・第三神獣療養所アビス・スパ。現在、メインシステムの不具合により、「穢れ処理槽」が限界を迎えています』


「ほら見ろ!さっき俺が言った通り、やっぱり『フィルターの詰まり』じゃねぇか!」


レンジは我が意を得たりと叫んだ。

難解な古代語やシステムのことは分からないが、要するに「掃除不足で水槽が汚れている」という、彼にとって最も馴染み深く、そして「最も得意なトラブル」だと判明したからだ。


だが、クオンは眉をひそめた。


「(……『穢れ処理槽』……?解せぬな)」


古文書通りなら、ここは神々が休息し傷を癒やすための「療養所スパ」のはず。

なぜ、汚物を処理するような設備がメインシステムとして組み込まれているのか?

それに、ただの排水設備の不具合程度で、神代の管理者たちがここを『絶対隔離領域パンデモニウム』に指定してまで封印するだろうか?


「(……嫌な予感がする。ここは、ただの休息所ではないのかもしれん)」


          ◇


レンジたちは車を降り(勾玉の力で空気は確保されている)、施設の案内に従って奥へと進んだ。

道中、巨大なガラス張りの水槽の横を通る。

中には、見たこともない深海魚や、小さな海竜たちが気持ちよさそうに泳いでいた。


『ここは、傷ついた神獣や、地上での活動に疲れた神々が休息を取るための施設です』


ホログラムの案内人が、淡々と説明する。


『神獣は、その身に強大なエネルギーを宿す反面、世界中の「負の感情」や「環境の歪み」を吸い上げる「生体フィルター」としての役割も持っています』


「へぇ、神様も大変なんだな。空気清浄機みたいなもんか」


レンジは感心したように言ったが、クオンは足を止めた。


彼女の顔には、驚きよりも不快感が滲んでいた。


「(……心外だな。我々は誇り高き自然の化身だぞ?それを『フィルター』などという道具扱いとは)」


クオンにとって、神獣とは世界を統べる王であり、信仰の対象だ。

それが「何かを吸い取るための機能」だなどと、にわかには信じられない。

だが、ホログラムの案内人は無機質に説明を続ける。


『通常、神獣が吸い上げた「世界の歪み」は、体内で無害化されます。しかし、許容量キャパシティを超えた歪みは「高濃度の穢れ」として臓器に蓄積され、最終的には個体の精神を蝕み、暴走を引き起こします』


「(……なんだと?)」


クオンの眉がピクリと動く。

「精神を蝕む」「暴走」。それは、彼女が何度も見てきた、堕ちた同胞たちの末路そのものだった。

そして同時に、ある「忌まわしい記憶」が脳裏をよぎる。


「(……待てよ。ならば、あの東の国で機巧結社がやっていた実験は……)」


以前、レンジが東方で壊滅させた結社の支部。彼らは人工的な「穢れ(呪い)」を使い、神獣を強制的に暴走させていた。


「(……奴らは、知っていたのか?我々神獣が『穢れを吸い込む性質』を持つことを。」


「だからこそ、人工的な穢れを過剰摂取させ、意図的に『フィルターの目詰まり(暴走)』を引き起こすことで、我々を兵器として操ろうとしたのか……ッ!?)」


戦慄が走る。

ただの野蛮な破壊活動だと思っていた彼らの行動は、この世界のシステムを悪用した、合理的かつ冷酷なハッキングだったのだ。


クオンが戦慄している間にも、説明は続く。


『ゆえに、本施設のような場所で定期的に「排泄デトックス」を行う必要があるのです。もしそれが行われず、かつ施設自体も機能不全に陥った場合……処理しきれなくなった汚染物質は「逆流」を起こします』


「(……逆流、だと?)」


『はい。行き場を失った高濃度の穢れは、地表へと溢れ出し、あらゆる生命圏を無差別に汚染・壊滅させます。」


「――その際、もし付近に神獣が存在すれば、本能的にその穢れを「自らの体内に取り込み、拡散を防ごうとする」でしょう』


「(……なっ!?)」


クオンの背筋に、冷たいものが走る。

その説明は、あまりにも「あの時の状況」と酷似していた。


500年前。突如として大地から噴き出し、国々を飲み込みながら広がっていった、正体不明の黒い泥。


あれは「世界を滅ぼす悪意ある敵」の侵略だと、誰もが思った。

だからこそクオンは、世界を守るために自らその泥流の前に立ちふさがり、その身一つですべてを飲み込み、封印したのだ。


だが、今の話が真実ならば――。


「(……まさか。あれは外敵などではなかったというのか?)」


クオンの膝がガクンと折れる。


「(そうか。我は……世界を滅ぼす敵と戦ったのではない。この施設が吸い込みきれず、世界中に溢れ出した『ただの廃棄物エラー』を壊れた処理場の代わりに、自らの体で堰き止めていただけだったのか……)」


英雄としての誇りが、根底から崩れ落ちる音がした。

自分は世界を救ったのではない。

ただの「緊急用の汚水タンク」として、機能したに過ぎなかったのだ。


クオンの膝がガクンと折れる。

世界を守る英雄としての誇りが、根底から揺らぐような真実。

自分はただの「詰まったフィルター」だったのか。あの500年の苦しみは、ただの「掃除不足」の結果だったのか。


「(……滑稽だな。我は、こんな……ただの掃除機能の不全のために、命を懸けていたとは)」


クオンが自嘲気味に呟いた、その時だった。


『――否定します』


ホログラムの案内人が、クオンの方を向いた。

空中に巨大なモニターが出現し、真っ赤なグラフと、荒廃した世界の映像が映し出される。


『これより、過去500年間のシミュレーションログを再生します。仮定:個体名「九尾の天狐」による「穢れ」の自己封印が行われなかった場合』


「(……え?)」


映像の中の世界は、地獄だった。

海は黒いヘドロに覆われ、大地は腐り落ち、空は灰色の雲に閉ざされている。

人間はおろか、神獣さえも一匹残らず死滅し、ただ黒い泥だけが蠢く「死の星」。


『解説します。今から約500年前、当施設の「中枢ろ過機能」が経年劣化により完全停止しました。行き場を失った「世界の穢れ」は逆流し、地上を瞬く間に汚染するはずでした』


ホログラムが、クオンを指し示す。


『しかし、その時。一柱の神獣が、自らの身を挺してその「決壊」を塞ぎました。演算結果。もし貴女が「栓」とならなければ、世界の浄化システムは連鎖崩壊を起こし、当時の人類・生態系は72時間以内に全滅していました』


モニターに『生存率:0.000%』の文字が残酷に、しかし誇らしく浮かび上がる。


『本施設の機能不全を、貴女という単一個体が補完し続けたことは、奇跡的な確率です。――感謝します、天狐殿。貴女が泥を飲み込み、痛みに耐え続けた500年があったからこそ、今、この世界の歴史は続いています』


「(…………あ)」


クオンの目から、涙が溢れ出した。


無意味じゃなかった。


「ただの詰まり」ではなかった。

彼女は確かに、たった一人で「世界の崩壊」そのものを食い止め、未来を繋いでいたのだ。

レンジは静かにモニターを見つめ、それからクオンの震える肩に手を置いた。


「聞いたか、クオン。お前は『無意味』なんかじゃない。……お前がいなきゃ、ルナもエメも生まれてこなかった」


レンジはルナとエメ、そしてこの美しい楽園を見渡す。


「俺だって、この世界に来て、お前らに会うことすらできなかったんだ」


レンジの声は真剣だった。

いつもの軽口はない。そこにあるのは、相棒への心からの敬意。


「お前が守ってくれたおかげで、今の俺たちがいる。すげぇよ。本当によく頑張ったな」


「(……う、うぅ……バカ者……よせ……)」


クオンは涙を拭い、顔を上げた。その瞳には、かつての誇りが戻っていた。


「(……礼には及ばん。天狐として、当然の務めを果たしたまでだ)」


「ああ。だからこそ――ここからは俺の番だ」


レンジはニッと笑い、ホログラムに向き直った。


「500年分の無理をさせたんだ。これ以上、相棒に重荷を背負わせるわけにはいかねぇ。案内してくれ。その『元凶』の場所へ。プロのトリマーとして、溜まりに溜まった『頑固な汚れ』、根こそぎ落としてやるよ」


          ◇


案内されたのは、施設の最深部。

『中枢浄化槽』と呼ばれる巨大なプールだった。

だが、そこは楽園とは程遠い、地獄のような光景だった。

透き通るはずの聖水は、ドロドロの黒い泥に変わり、腐臭を放っている。

そして、その泥沼の中心に――「それ」はいた。


「グルルルル……ッ!!」


全身が黒いヘドロで構成された、不定形の巨獣。

目も口もない。ただ、痛みと憎悪を撒き散らすだけの、純粋な「穢れ」の集合体。

それが、かつてクオンを苦しめ、世界を滅ぼしかけた「罪」の成れの果てだった。


『警告。浄化槽の汚染レベル、限界突破。自己修復不可能。これより、施設の自爆シークエンスへ移行――』


「させるかよ!」


レンジは叫び、腰のシザーケースから愛用のハサミ(神器)を引き抜いた。

同時に、左手の『混源の勾玉』が青白く輝き出す。


「クオン、ルナ、エメ!準備はいいか!こいつはただの汚れじゃねぇ。神様たちが何千年も我慢して溜め込んできた、『世界のストレスそのもの』だ!」


「(……フン。相手にとって不足はない)」


クオンが不敵に笑い、狐火を展開する。


「(500年前は飲み込むことしかできなかった。だが今は――背中を預けられる『馬鹿』がいる!)」


「行くぞ!!特別コース『深海デトックス・スペシャル』、開始ッ!!」


この場の空気に似合わないネーミングセンスだが、それでいい。

レンジが泥の海へと飛び込もうとした、その時だった。


『警告。内部圧力の上昇により、外殻防御フィールド(イージス)への電力供給を停止。これより、物理装甲のみによる「最終防衛ライン」へと移行します』


「(……なに?防御障壁が消えただと!?)」


クオンが驚愕するのと同時だった。

守りを失った遺跡の側壁から、凄まじい轟音と振動が響き渡った。


ズガガガガガガガッ!!


「(馬鹿な……障壁が消えた一瞬の隙を突いて、物理ドリルで外壁を抉じ開けたというのか!?)」


壁面がひしゃげ、海水と共に黒い鉄の塊がねじ込まれてくる。

それは、ヴォルグ大佐率いる機巧結社の強襲用潜水艇だった。


『……見つけたぞ、理想家。』


破壊された壁の向こうから、冷徹な声が響く。


『障壁さえ無ければ、所詮は古い石塊だ。

……その「穢れ」ごと、貴様を排除する!』


神が背負う「穢れ(罪)」と、人の「怒り(業)」。

二つの理不尽に挟まれたレンジの、史上最大のトリミングが始まろうとしていた。


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