39.5 おまけ
本編40話に行く前に、東の国へ戻り報告をするスズとお稲荷様こと東の国王 コクヨウ(白狐)のちょっとしたエピソードです!
東の国、王都。
絢爛豪華な王城の最奥にある「玉座の間」。
そこには、張り詰めた静寂が流れていた。
玉座に深く腰掛けるのは、この国を統べる白狐の王・コクヨウ。
その背後には、かつてレンジの手によって絹糸のように整えられた九つの尾が、扇のように美しく広がっている。
パァァァッ……。
静寂を破り、空間が淡く発光した。
光の粒子が収束し、一人の少女の姿を形成する。
スズだ。
彼女は出現するなり、流れるような動作でその場に跪いた。
「――ただいま戻りました、コクヨウ様」
「うむ。大儀であった、スズよ」
コクヨウは扇子を閉じて、スズを見下ろした。
その表情には、焦燥と期待が入り混じっていた。
「して、どうであった?レンジ殿が申しておった『毒の発生源』は」
「はっ。北東の荒野に『機巧結社』の本拠地が存在しておりました」
スズが顔を上げ、凛とした声で報告を続ける。
「ですが、それも過去の話です。レンジ様と神獣様たちによって、都市機能は完全に停止。盟主である機巧王も無力化され……東の国に撒かれていた『神を堕とす毒』は、根こそぎ浄化されました」
「……そうか。あの愚か者どもめ、ついに土に還ったか」
コクヨウは安堵の息を吐き、背もたれに体を預けた。
レンジはこの国を蝕む病巣を的確に見つけ出し、外科手術のように鮮やかに切除してみせたのだ。
「ククッ……見事だ。人間至上主義を掲げ、神を排除しようとした彼らが、皮肉にも一人の『人間』によって引導を渡されるとはな」
コクヨウは立ち上がり、パンと手を叩いた。
「よし!ならば、その『英雄』をここへ通せ。国を救った礼をせねばならん。金貨の山か、新たな領地か、あるいは余の『王配(夫)』としての地位か……。以前の施術の礼も含め、望むものを与えてやろう」
コクヨウの声が弾む。
だが、スズは申し訳なさそうに視線を伏せた。
「……あの、コクヨウ様。申し上げにくいのですが……」
「ん?どうした?怪我でもして動けぬのか?」
「いえ、ピンピンしておられました。そうではなく……『頼まれた件も片付いた』と言って、そのまま国境へ向かわれました」
「…………」
広い玉座の間に、重い沈黙が落ちた。
「……行った、だと?」
「はい。『もっとすごいモフモフを探しに行く』と、笑顔で走り去って行きました」
スズの言葉に、コクヨウは力が抜けたように玉座へと座り込んだ。
「馬鹿な……。一国の王からの褒美だぞ?富も名誉も、何も受け取らずに行ったというのか?」
「はい。あの方にとっては、それらよりも『新しい毛並みとの出会い』の方が価値があるようです」
「くっ……!無欲にも程があるぞ、あの男……!」
コクヨウは額に手を当てて天を仰いだ。
だが、その嘆きには、別の、もっと切実な意味が含まれていた。
彼はチラリと、自分の背後にある九つの尾に視線をやった。
最高級の毛並みを誇る、王の証。
(……馬鹿な。余の、この国で最も美しく、極上の手触りを誇る『九つの尾』だぞ?)
コクヨウは唇を噛んだ。
(今回は特別に、思う存分『至高のトリミング』をさせてやろうと思っておったのに……!)
(まさか……定期的な『メンテナンス』が必要だということを、すっかり忘れて旅立ったのではあるまいな……!?)
王としての威厳を保つため口には出さないが、その尻尾は残念そうにシュンと垂れ下がっていた。
あの心地よいハサミの音と、魔法のようなブラッシング。それを一番心待ちにしていたのは、他ならぬコクヨウ自身だったのだ。
スズはそれに気づいていたが、もちろん気づかないふりをした。
「……はぁ。全く、風のような男よ」
コクヨウは諦めたように息を吐き、窓の外――東の荒野の方角を見やった。
「だが、それでこそ余が見込んだ『トリマー』か。……権力に媚びず、ただ己の道を往く。あのような男こそが、真に『自由』なのだろうな」
コクヨウは再び扇子を開き、口元を隠して微笑んだ。
「行け、レンジよ。貴様の旅路に、幸多からんことを祈っておるぞ。……そして、いつか金が尽きたり、道に迷ったりしたら戻ってくるがよい。その時は、余が『待っている』からな」
王の独り言は、風に乗って空へと溶けていった。
東の国を救った英雄は、名前も、そして「最高のトリミング権」を行使することすら忘れて、ただ爽やかな風だけを残して去っていったのだった。
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