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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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38. 神々の再会と、鋼鉄の都への進軍(前編)





機巧プラントを壊滅させた白銀嶺の頂。

レンジたちは、黒い雪が止み、本来の美しい白さを取り戻した雪原で「その時」を待っていた。

クオンとフェンリルの咆哮が大陸全土に響き渡ってから、数時間が経過している。


「なあ、本当に来るのか?ここ、西の火山や南の森からは数千キロあるぞ?」


レンジが腕を組んで空を見上げると、隣で優雅に座るフェンリルが鼻を鳴らした。


『……フン。距離など関係ない。奴らは「気配」に敏感だからな。特に、こういう……』


フェンリルの言葉が途切れた、その時だった。

西の空が、夕焼けよりも赤く、毒々しいほどに燃え上がった。


ゴゴゴゴゴゴゴ……!!

地鳴りのような轟音と共に、気温が急上昇する。

雪が一瞬で蒸発し、白い水蒸気が爆発的に広がる中、巨大な影が隕石のように降ってきた。


ドカァァァァァンッ!!

着陸の衝撃波だけで周囲の岩が吹き飛ぶ。

湯気の中から現れたのは、全身がマグマのように赤熱し、ルビーのような紅蓮の鱗を持つ巨大なドラゴン――西の火竜、イグニスだ。


「うおっ、熱っ!?イグニス、雪山で全力の熱気を出すな!雪崩が起きるだろ!」


レンジが抗議すると、イグニスは長い首をゆっくりと下げ、レンジの目の前に顔を寄せた。

その瞳には、かつてのような狂乱はなく、深い知性と親愛の色が宿っている。


『……久しいな、レンジよ。相変わらず騒がしい男だ』


頭の中に直接響く、重厚な念話。

イグニスはレンジの無事を確認すると、満足げに喉を鳴らした。


『……見ろ。貴様に全身を磨き上げてもらったおかげで、我が魔力が澱みなく循環しておる。その影響か、我が寝床に繋がる霊泉は、今や「浸かるだけで寿命が少し延びる」ほどの効能を持つようになったぞ?』


「へぇ、そりゃすげぇ。最高の温泉になったな」


また今度寄らせて貰うよ、と言いながらイグニスの鱗を撫でていると、イグニスはふと、その背後にいる黄金の狐と白銀の狼に視線を移した。


『……カカッ。相変わらず辛気臭い顔をした犬だ。それに、あの性悪な天狐クオンも一緒とはな。……よもや、貴様らが肩を並べる日が来るとはな』


イグニスがニヤリと笑う(ように目を細める)と、クオンが不愉快そうに尻尾を振った。


「(……黙れ、トカゲ。余計な口を叩くと、もう一度その薄汚い背中に栓をしてやるぞ)」


『フン、減らず口だけは達者な女狐め。……だが、貴様らが揃って人間に従っている姿、中々に傑作だ』


三柱の神獣が、顔を合わせるなりバチバチと火花を散らす。

そこには、長い時を生きる高位魔獣同士の、腐れ縁のような空気が流れていた。

そんな中。

南の空から、爽やかな風が吹いた。

花の香りを含んだ、優しいつむじ風。


ヒュオォォォ……トンッ。

イグニスの荒々しい着地とは対照的に、音もなく雪上に降り立ったのは、森のような巨大な角を持つ大鹿――南の主、エルクだ。

その角には蔦が芸術的に絡まり、美しい花々が咲き誇っている。


『……待たせたな。砂漠を少しばかり緑化しながら来たゆえ、遅くなった』


エルクは静かに首を垂れ、古風な口調でレンジに語りかけた。


『レンジ殿、息災であったか?貴方に身体へへばりついた「穢れ」と「錆」を落としていただいたおかげで、身体が羽のように軽い。森を駆け巡る足取りも、すこぶる快調である』


「久しぶりだな、エルク。元気そうでなによりだ」


レンジが微笑むと、エルクは周囲を見渡した。

そこには一触即発の空気を放つ、火竜、天狐、銀狼の姿がある。

だが、エルクは特に彼らに挨拶することなく、我関せずといった様子でレンジの隣に立った。

彼は森の賢者として静寂を好むため、あの騒がしい「猛獣たち」の輪に入るつもりはないらしい。

こうして、四柱の神獣が雪山の一角で対峙する。


火のイグニス。

木(森)のエルク。

氷のフェンリル。

そして金色のクオン。


本来なら顔を合わせるだけで天変地異が起きかねない、自然界の頂点たち。

その中心に、ただの一人の人間――レンジが立っている。


「全員、集まってくれてありがとな。……クオンから話は聞いてるか?」


レンジが切り出すと、神獣たちの空気が一変した。

先ほどまでの空気は消え、ピリピリとした殺気が場を支配する。


『……ああ。聞いたぞ。「機巧結社」とかいう鉄屑共の本拠地が見つかったそうだな』


イグニスの瞳が、静かな怒りで燃え上がる。


『……我らの誇りある体を、油まみれの鉄屑と混ぜようとした愚か者共……。断じて許せぬ。我は、レンジのおかげで手に入れた「至高の霊泉」を気に入っているのだ。それを冒涜する者は、灰になるまで焼き尽くしてくれる』


『……同意する。奴らは自然の摂理を冒涜しすぎた。森の木々を切り倒し、大地を汚染し……許しがたい暴挙である。土に還る資格すら持たぬ』


エルクも静かに、しかし底知れぬ怒気を放つ。


「(……決まりだな。奴らの本拠地は、ここから北東へ向かった荒野のど真ん中。『機巧都市ギア・シティ』だ)」


クオンが尻尾で北東の方角を指し示した。


「今回の依頼クエストは『大掃除』だ。都市を破壊し、奴らが溜め込んだ『汚れ』を根こそぎ浄化する。……準備はいいか?」


レンジが問いかけると、三柱の神獣は同時に咆哮を上げた。


『『『応ッ!!』』』


          ◇


北東への旅路は、数日に及んだ。

道中、レンジたちは荒野で野営を行った。

夜、焚き火を囲んでの夕食タイムだ。


「ほらよ!特大骨付き肉のローストだ!イグニスが火加減を調節してくれたおかげで、中までジューシーに焼けてるぞ!」


レンジが自作した巨大な肉塊を放り投げると、フェンリルとイグニスが豪快に噛み付く。

エルクには、スズ特製の「魔力水で作った新鮮野菜の盛り合わせ」が振る舞われた。

そして食後は、決戦前のメンテナンス――至福のグルーミングタイムだ。


「よし、フェンリル。毛並みを整えるぞ」


レンジが聖銀のコームを通すと、フェンリルの白銀の毛が月光を浴びてキラキラと輝く。


『……くぅ。悪くない手際だ。……そこ、耳の後ろをもう少し……』


昼間は冷徹な王を気取っているフェンリルだが、レンジの手にかかれば甘えた声が出る。

その横では、イグニスが巨大な体を横たえていた。


『……レンジよ、我の鱗はどうだ?曇っていないか?』


「ああ、完璧だ。クロスで乾拭きしてやるからじっとしてろよ」


レンジが専用の布で赤い鱗を磨くと、イグニスは気持ちよさそうに目を細め、鼻からプシューと蒸気を吐いた。


『……うむ。極楽よな』


さらにレンジは、エルクの角に絡まった枯れ葉を取り除き、クオンの九つの尾を入念にブラッシングしていく。


世界を滅ぼせる神獣たちが、一人の人間の前で完全にリラックスし、骨抜きにされている。

スズ、エメ、ルナは、その光景をニコニコと眺めながらお茶を飲んでいた。


「平和ですねぇ……これから戦争に行くとは思えません」


「キュウ〜(みんなピカピカ〜)」


「ニャ…(ねむぃ…)」


こうして英気を養い、万全の状態に仕上がった「チーム・トリマー」。

数日後、ついに彼らの目の前に、その醜悪な姿が現れた。

東の果ての荒野。

かつては緑豊かな平原だった場所は、今やヘドロと廃油で黒く染まり、死の世界と化している。

その中心に鎮座する、巨大な黒鉄の城郭都市――機巧都市ギア・シティ

空を覆う灰色のスモッグ。

絶え間なく響く不快な駆動音。

城壁には無数の砲門が並び、都市の周囲には数万体におよぶ機械兵が展開している。


「……うわぁ。こりゃ酷いな」


車を停めたレンジは、望遠鏡でその光景を見て顔をしかめた。


「ただ汚いだけじゃねぇ。土地そのものが『病気』になってやがる。……これじゃあ、精霊も寄り付かねぇわけだ」


『……ああ。我慢ならぬな。我が同胞(精霊)たちの悲鳴が聞こえる』


エルクが悲痛な声を上げる。


『……フン。美学の欠片もないゴミ山だ。あんな物で、我が白銀の誇りを汚されたと思うと……反吐が出る』


フェンリルが牙を剥く。


『……嘆かわしいことだ。この大地を浄化するには、全てを焼き払い灰にするほかあるまい』


イグニスが翼を広げて飛び立とうとするが、クオンがそれを制した。


「(待て。……あれを見ろ)」


クオンの視線の先。

都市の正門が、重々しい音と共に開かれた。

そこから現れたのは、通常の機械兵とは桁違いのサイズを持つ、超巨大な「門番」だった。

全高50メートル。以前エルクと共に倒した工場変形型 機甲兵とはまた違う見た目をしているそれは、全身が漆黒のレアメタル『黒魔鋼アダマンタイト・ブラック』で覆われた、人型決戦兵器。


『警告……警告……。侵入者ヲ排除スル……』


『……チッ、無粋な鉄塊が出てきたな。先陣は我が貰うぞ』


「ちょっと待っt ……」


制止を振り切り、イグニスが急降下した。

口から放たれるのは、岩をも溶かす【竜王の火球ドラゴン・ブレス】。


ドォォォォォンッ!!

直撃。

周囲の地面がマグマ化するほどの熱量。

だが、煙が晴れた後、巨人は無傷で立っていた。


『……何?』


『……効かぬか。あの黒い装甲、対魔法コーティングが施されているようだ。我が「根」も食い込めそうにない』


エルクが分析する。

物理攻撃耐性、魔法攻撃耐性。

機巧結社が神獣対策として作り上げた、最高傑作の防衛兵器だ。


『……厄介だな。我の爪でも、傷をつけるのがやっとか』


フェンリルも舌打ちをする。

神獣たちの攻撃が通じないわけではないが、破壊するには時間がかかる。その間に、都市からの集中砲火を浴びれば無傷では済まない。


「(……レンジよ。どうする? 我ら全員で最大火力を一点集中させれば、あるいは……)」


クオンが振り返る。

だが、レンジは魔導車両から降りて、悠然と前へ歩み出ていた。

その手には、何も持っていない。

ただ、右手の指先を、銃のように巨人に向けているだけだ。


「……あいつら、勘違いしてやがるな」


レンジは冷ややかな目で巨人を見上げた。


「硬くすればいい。熱に強くすればいい。……そんなのは『汚れ』の性質が変わっただけだ」


トリマーにとって、相手が泥だろうが、油だろうが、金属だろうが関係ない。

要は「適切な洗浄方法」を選ぶだけだ。


「イグニス!そいつの表面温度を上げろ!溶かさなくていい、熱くするだけでいい!」


『……む?意図は読めぬが、そういうことなら任せろ』


イグニスが再び炎を吐き、巨人の装甲を赤熱させる。


「フェンリル!足元を凍らせて動きを止めろ!」


『承知した』


フェンリルが冷気を放ち、巨人の足を地面に固定する。

動けない標的。熱せられた装甲。

準備は整った。


「エメ、照準補正クリティカル頼む!」


「キュウ!(ここが弱点!)」


エメが額のエメラルドに魔力を集中させる。

【奇跡の幸運ミラクル・ラック】発動。

額の宝石が輝き、巨人の装甲にある、肉眼では見えない微細な「金属疲労」のラインを確定的に照らし出した。

レンジは静かに、かつてベルグの荒野で岩を両断した時のイメージを呼び覚ます。

頑固な汚れを剥がす、最強の水圧。

工業用ウォーターカッターの切断力。

そして、神の手による絶対的なコントロール。


「【超高圧水断洗浄ハイプレッシャー・ウォーター・スラッシュ】ッ!!!」


毎度ネーミングは適当だが、魔法として発動しているから問題はない。


ドシュゥゥゥゥゥッ!!!!

大気が裂ける高周波音。

レンジの指先から放たれたのは、髪の毛よりも細く、音速の数倍まで加速された「水」の刃。

それは熱膨張で脆くなっていたアダマンタイトの装甲に接触し――抵抗なく吸い込まれていった。


キィィィィィィン!!

水流は、巨人の股下から頭頂部までを一瞬で駆け抜けた。

一拍の静寂。


『シ……ステ……ム……損……壊……』


ズズ……ズッ……。

巨人の体に、一本の美しい直線が走る。

その切断面は、鏡のように滑らかに研磨されていた。

パカァッ。

左右対称に分かれた巨体が、ゆっくりと崩れ落ち、爆音と共に大地を揺らす。


「……ふぅ。やっぱり、頑固な汚れには高圧洗浄に限るな」


レンジは指先から出る湯気をフッと吹いた。

その背後で、神獣たちが呆気にとられている。


『……なんと。あの竜鱗より硬いアダマンタイトを、ただの「水」で……?』


イグニスが目を丸くして感心している。


『……人間とは、これほど恐ろしい生き物であったか』


「(……ハァ。全く、貴様という奴は……常識ごと洗い流してしまったのか?)」


クオンがやれやれと首を振る。


「さあ、玄関マットの掃除は終わったぞ。……ここからが本番だ」


レンジは崩れ落ちた巨人の残骸を踏み越え、ぽっかりと口を開けた都市の正門を見据えた。


「中の『ゴミ』どもを片付けて、この街を更地に戻す。……行くぞ、チーム・トリマー!!」


『『『ウオォォォォォッ!!』』』


レンジの号令と共に、最強の神獣軍団が機巧都市へと雪崩れ込んだ。

目指すは中央に聳える「中枢タワー」。

そこに待つ機巧結社の盟主へ、トリマーたちの怒りの鉄槌が下されようとしていた。


感想・質問・誤字脱字・雑談 等

良かったら書いていって下さい!

今後とも『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣もふもふと気ままな旅をする』を宜しくお願い致します!

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