37. 処刑執行と、招集命令
山頂に聳え立つ「機巧プラント」は、醜悪な鉄の要塞だった。
美しい雪山に杭を打ち込み、黒い煙を噴き上げているその姿は、まさにこの清浄な地に突き刺さった「棘」だ。
『……よくもまあ、これほど粋がった真似をしてくれたものだ』
本来の白銀を取り戻したフェンリルが、冷ややかな声で呟いた。
その全身からは、周囲の大気すら凍てつかせるほどの冷気が立ち昇っている。
『我が白銀の庭に、油臭い鉄杭を打ち込んだ罪……その身で償え』
「行こうぜ、フェンリル。とびきりの大掃除だ」
レンジの言葉を合図に、殲滅戦が始まった。
◇
警報が鳴り響き、プラントから大量の「防衛機動兵」が出撃してくる。
先ほどの蜘蛛型だけでなく、空を飛ぶドローン型や、重火器を搭載した人型タイプまで様々だ。
だが。
『遅い』
フェンリルが鼻を鳴らした瞬間、世界が停止した。
否、彼が速すぎたのだ。
白銀の閃光が戦場を駆け抜けた直後、数百体の機械兵が、まるで最初からそうであったかのように「氷の彫刻」へと変わっていた。
キィィィン……パリーンッ!!
一拍遅れて、全ての彫刻が微細なダイヤモンドダストとなって砕け散る。
絶対零度の冷気による瞬間凍結と、音速の体当たりによる粉砕。
金属疲労を起こす暇すら与えない神速の破壊劇だ。
「すっげぇ……。氷塊をハンマーで叩き割るみたいに粉々だ」
後方の魔導車両から顔を出したレンジが感嘆の声を漏らす。
その横では、スズが感涙を流して手を合わせていた。
「あれぞまさしく神の御業……!」
「そのまま突っ切るぞ!入り口をこじ開けろ!」
レンジがアクセルを踏み込む。
フェンリルが先導し、分厚い鉄のゲートを体当たりで粉砕した。
一行はそのまま、プラントの内部へと雪崩れ込む。
「うわっ、中はもっと酷いな……!」
プラント内部は、パイプと歯車が入り組んだ迷宮のようだった。
至る所から蒸気が噴き出し、オイルの混じった水が床を汚している。
『侵入者ハッケン……排除……排除……』
通路の奥から、ガトリング砲を構えた警備ロボットの群れが現れた。
狭い通路での弾幕。回避スペースはない。
「クオン、頼む!……って、ここで火はマズイか!?油に引火して大爆発なんて洒落にならない!」
レンジが焦って叫ぶが、クオンは涼しい顔で鼻を鳴らした。
「(案ずるな。爆発などという『過程』すら飛ばして、結果だけを残してやる)」
クオンが九つの尾を振るうと、黄金の奔流が通路を飲み込んだ。
ボオォォォォォッ!!
それは燃焼などという生温かいものではない。物質の強制消滅だ。
神域の超高熱は、オイルが引火爆発する時間さえ与えず、鋼鉄のロボット群を一瞬で原子レベルまで昇華させた。
爆発音すらない。
光が収まった時、そこには敵の残骸どころか、煤一つ残っていなかった。
「……すげぇ。掃除の手間すらいらねぇな」
レンジたちは何もない綺麗な空間を踏み越えて進む。
だが、最深部の手前で、天井に設置された巨大な「自動防衛砲台」が鎌首をもたげた。
砲身が赤く光り、極太のレーザーがレンジの車を狙う。
回避不能のタイミング。
「マズイッ!エメ、頼む!」
レンジの叫びに、助手席のエメがキリッとした表情になる。
「キュウッ!!(まかせて!!)」
エメが額のエメラルドに魔力を集中させ、強く輝かせた。
【奇跡の幸運】発動。
すると、ありえないことが起きた。
ズドンッ!
レーザーが発射された瞬間、砲台を支えていたボルトの一本が金属疲労で偶然破断したのだ。
ガクンッと砲身が下を向き、レーザーは明後日の方向へ逸れて、敵自身の動力パイプを直撃した。
ドッカァァァァン!!
「ナイスだエメ!最高のタイミングだったぞ!」
「キュッキュ〜!(えっへん!)」
エメが誇らしげに胸を張る。
彼女の能力は、ただ棚ぼたを待つような受け身の力ではない。ここぞという瞬間に彼女が願い、魔力を込めることで無理やり現実をねじ曲げる――必中の『確定演出』なのだ。
◇
こうしてレンジたちは、要塞内部を蹂躙しながら最上階へと到達した。
そこは、プラント全体を制御する中枢制御室。
「ここが心臓部か。……よし、こいつを完全に停止させれば、この山の汚れも止まるはずだ」
部屋の中央には、巨大なクリスタル型のメインコンピューターが鎮座していた。
レンジは操作盤に向かい、システムダウンのコマンドを打ち込む。
これで全て終わる。そう思っていた。
だが。
モニターに表示された赤い文字列を見て、レンジの手が止まった。
『――警告。通信エラー。ホストサーバー【機巧都市】への接続が確立できません』
「……あ?ホストサーバー?」
嫌な予感がして、レンジは慌ててデータ階層を掘り下げた。
そこに映し出されたのは、絶望的なネットワーク図だった。
今いるこの巨大なプラントですら、ネットワークの末端にある「小さな点」でしかなかったのだ。
「……マジかよ。こんなデカい要塞が、ただの『地方工場』だったのか……」
レンジが操作してマップを表示させると、北東へ数千キロ離れた荒野のど真ん中に、桁違いのエネルギー反応を示す巨大な光点が現れた。
機巧結社の真の本拠地、「機巧都市」だ。
「(……ほう。まさか、まだ親玉が残っていたとはな)」
クオンが地図を覗き込み、呆れたように、しかし鋭い眼光で顔をしかめる。
「(それに、この規模……。都市全体が強力な対魔力障壁で覆われていて、かつ周囲には数万の機械兵が配備されているぞ。単独で攻め込むには骨が折れそうだ)」
「ああ。俺たちだけで行っても勝てるだろうが、時間がかかりすぎる。……それに、あんな数相手にちまちまやってたら、こっちが消耗しちまう。一瞬で終わらせる圧倒的な戦力が必要だ」
レンジはニヤリと笑うと、フェンリルとクオンを振り返った。
「なあ、クオン。フェンリル。『借りを返したがってる連中』他に心当たりないか?」
その言葉に、二柱は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。
「(……ククッ。なるほど、そういうことか。良かろう、天狐の名において号令をかけてやる)」
『……フン。あのトカゲ(火竜)とツノ野郎(大鹿)か。……久々に顔を見るのも悪くはない』
クオンが天に向かって遠吠えを上げ、フェンリルが冷気を纏った咆哮でそれに共鳴する。
その声は魔力に乗って、大陸全土へと響き渡った。
西の火山で、温泉に浸かっていた赤き翼が目を見開く。
南の樹海で、森の手入れをしていた緑の角が空を見上げる。
「全員集合だ。……最高にモフモフした『害虫駆除部隊』を結成するぞ」
レンジは拳を握りしめ、ふと我に返ったように付け足した。
「……あ、イグニスはモフモフじゃなくてゴツゴツか。ま、細かいことはいいか」
目指すは機巧都市。
神獣オールスターズによる、最後にして最大の「大掃除」が始まろうとしていた。
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