32. 極寒の地と、モフモフ・ヒーター
南の森を出発して数日。
魔導車両は順調に北上を続け、車窓を流れる景色は劇的な変化を遂げていた。
鬱蒼とした緑の木々は姿を消し、代わりに針葉樹の森と、荒涼とした岩肌が目立つようになる。
そして、さらに一日走ると――世界は「白」一色に染まった。
「……寒い」
運転席のレンジが、ガチガチと歯を鳴らして呟いた。
外は猛吹雪。視界は真っ白で、ワイパーが必死に雪を払いのけている。
車のヒーターは最大出力にしているが、外気の冷たさがボディを貫通して底冷えしてくるのだ。
「なんで……こんなに寒いの……」
「(……軟弱な。毛皮を持たぬ人間とは不便な生き物だな)」
助手席で優雅に丸まっているクオンが、呆れたように言った。
彼女は黄金の毛並みをフカフカに膨らませ、寒さなどどこ吹く風だ。
「いいなぁ、その毛皮。……ちょっと貸して」
レンジは信号待ち(といっても一本道での一時停止だが)の隙に、クオンの豊かな尻尾をひっ掴み、自分の首にマフラーのように巻き付けた。
「(……おい!貴様、我の尾をなんと心得る!)」
「あったけぇ……。極上の手触り……。これぞ『生体暖房』……」
「(ヒーター言うな!……ええい、離せ!鬱陶しい!)」
クオンが嫌がって暴れるが、レンジは「死活問題なんだよ!」と言って離さない。
神獣の体温は高く、さらに魔力による保温効果もあるため、下手な毛布より遥かに温かいのだ。
「ニャァ……(さむい……無理……)」
一方、後部座席ではルナが瀕死の状態だった。
南国育ち(?)の月蝕猫にとって、この寒さは天敵らしい。彼女はエメと一緒に、スズの巫女服の懐深くに潜り込み、ブルブルと震えていた。
「よしよし、ルナちゃん、エメちゃん。私の体温で温まりましょうね〜」
スズだけは、なぜか元気だった。
薄着の巫女服一枚なのに、涼しい顔をしている。
「スズ、お前寒くないのか?」
「はい!巫女の修行で『寒中水垢離』をやらされてましたから!これくらいの寒さ、平気です!」
「……巫女って、フィジカル強いよな」
レンジは感心しつつ、再びアクセルを踏み込んだ。
もふもふマフラー(クオン)のおかげで、なんとか運転は続けられそうだ。
◇
さらに数時間走り、ようやく吹雪が弱まってきた頃。
前方に、雲を突き抜けるほど巨大な山脈が姿を現した。
最後の目的地、「白銀嶺」だ。
だが、レンジはその山を見て眉をひそめた。
「……おい。あれ、雪山だよな?」
「はい、一年中雪が解けない聖なる山ですが……」
「雪にしては、色が汚くないか?」
レンジの指摘通り、目の前の山は「白銀」と呼ぶには程遠かった。
山肌を覆う雪は、まるで廃油を混ぜたようなドス黒い灰色をしており、空には鉛色の雲が重く垂れ込めている。
「(……む。嫌な気配だ。風に『油』と『腐敗』の臭いが混じっている)」
クオンが鼻をひくつかせ、マフラー状態から元の姿に戻り、窓の外を睨んだ。
「油と腐敗……か」
レンジはハンドルを握りながら、溜息をついた。
西の火山ではドラゴンについた「煤とタール」。
南の森では工場排水による「赤錆」。
そして北の雪山は、どうやら「重油」のようだ。
「スス、サビ、ときて今度はオイルかよ。……まったく『機巧』連中は、どこに行っても『頑固な汚れ』を撒き散らしていやがる」
レンジは不快げに吐き捨てた。
この国の環境を汚染している元凶は明白だ。あいつらは文明の発展だ何だと言い訳するだろうが、トリマーのレンジからすれば、ただの「不法投棄業者」に過ぎない。
「とにかく、麓に集落があるはずだ。そこで情報を集めよう」
車は山道を進み、やがて雪に埋もれるようにして建つ小さな集落へとたどり着いた。
そこは「白銀の民」と呼ばれる、山を守る一族が住む村のはずだった。
しかし。
「……なんだこれ」
車を降りたレンジは、足元の雪を見て絶句した。
サクッ、という音はしない。
ベチャッ、ネチャッ。
雪が黒く変色し、コールタールのように粘り気を帯びていたのだ。
「うわ、最悪だ。ブーツの裏にへばりつく」
レンジが足を上げると、黒い雪が糸を引いた。
これでは動物たちも歩くだけで足を取られ、体毛がベタベタになってしまうだろう。
トリマーとして、最も許せない種類の汚れだ。
「誰か、いませんかー!」
スズが声を上げるが、村は静まり返っている。
家々の窓は閉ざされ、煙突から煙も上がっていない。
ゴーストタウンかと思ったその時。
「――止まれ、余所者!」
建物の影から、数人の人影が飛び出してきた。
人間ではない。全身を分厚い白毛で覆われた「狼の獣人」たちだ。
手には氷で作られた槍を持っている。
だが、彼らの様子もまた異常だった。
本来なら美しいはずの純白の体毛は、黒い油でベトベトに汚れ、束になって固まっている。
「ここは呪われた地だ!これ以上近づくと、貴様らも『黒い病』に侵されるぞ!」
リーダー格らしき大柄な獣人が、警告と共に槍を突きつけてきた。
どうやら、歓迎ムードではなさそうだ。
「(……やれやれ。どこへ行っても騒がしいことだ)」
クオンがため息をつく横で、レンジは獣人の体をじっと見つめた。
そして、職業病全開のトンチンカンなことを言った。
「あのさ。あんた達、最後にシャンプーしたのいつ?」
「は?」
獣人がポカンとする。
「いや、油汚れが地肌まで染み込んで酸化してるぞ。それじゃ自慢の毛皮の保温性が落ちて寒いし、皮膚病になる。……俺が専用の洗剤で洗ってやろうか?」
緊張感のかけらもないレンジの提案に、白銀の民たちは顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべたのだった。
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