31. 解体現場の指揮官と、スクラップの山
「目標、超大型廃棄物!これより『解体作業』を開始する!」
レンジの号令が、爆音にかき消されそうになりながらも響き渡った。
『オオオオオオオッ!!』
要塞ゴーレムが唸りを上げ、かつて工場棟だった巨大な腕を振り下ろす。
その質量は数百トン。直撃すれば、地面ごとミンチになる一撃だ。
だが、レンジは一歩も引かない。彼には、頼れる「重機(神獣)」がついている。
「エルク、止めろ!」
『承知!』
緑海の主・エルクが角を低く構え、真正面から突っ込んだ。
ドォォォォォンッ!!
衝撃波で周囲の木々が薙ぎ倒される。
だが、エルクの足は地面に深く根を張り、一歩も退かなかった。それどころか、地面から極太の植物の根を隆起させ、ゴーレムの足を絡め取って固定していく。
「よし、動きが止まった!装甲を剥がすぞ!」
レンジは腰のホルスターから、愛用の『聖銀のコーム』を抜き放った。
「形状変化……『解析片眼鏡』!」
カシャンッ!
レンジの魔力に反応し、銀色のコームが流体のように変形。瞬時にレンズ状の片眼鏡へと姿を変え、レンジの右目に装着された。
視界が青く染まり、ゴーレムの構造線が浮かび上がる。
『神の手』の知識は本来、動物の骨格や筋肉を見るものだが、レンジにかかれば機械の継ぎ目も「ほぐすべき毛玉」と同じに見えていた。
「右肩のジョイントと、胸部装甲の溶接が甘い! そこを狙えば外装が剥がれる!クオン、ルナ、頼んだ!」
レンジが叫ぶと、クオンが呆れたような声を脳内に飛ばしてきた。
「(……おい。お前はトリマーだろう?なぜ解体屋のような的確な指示ができる)」
「毛玉も鉄屑も一緒だ!繋ぎ目を断てばバラける!」
「(……全く。職種を間違えておらぬか?)」
クオンはため息交じりに空を駆け、右肩に向けて狐火の弾幕を放つ。
ドカドカドカッ!
高熱の炎が鉄を溶かし、関節部分をドロドロの飴状に変えていく。
「ニャッ!(そこね!)」
同時に、ルナが影から飛び出し、胸部の装甲板の隙間に爪を突き立てた。
物理無効の体ですり抜け、内側のボルトだけを正確に切断する。
ガコンッ!
巨大な胸部装甲が自重で剥がれ落ち、内部の配管が剥き出しになった。
「見えた!心臓部だ!」
胸の奥、赤黒く脈打つ巨大な魔力炉が露出した。
あれがこの工場の毒を生み出し、この怪物を動かしている元凶だ。
『警告……装甲破損……。防御システム、作動……』
ゴーレムが胸部の砲門を開き、最後の悪あがきとばかりに魔力光を収束させる。
だがレンジは不敵に笑い、再び片眼鏡をコームの形状に戻すと、今度はそれを「巨大なモンキーレンチ」へと変形させた。
「させるかよ。……ここからは、俺の仕事だ」
レンジはクオンの背中に飛び乗った。
「クオン、あのコアの前まで連れて行ってくれ!」
「(……やれやれ。振り落とされるなよ!)」
金色の風となり、クオンが垂直に駆け上がる。
砲撃が放たれる寸前、レンジはコアの目の前に到達した。
『神の目』が、魔力炉の循環パイプにある、たった一つの「圧力弁」を捉える。あそこを締めれば、魔力循環が逆流し、自壊する。
「配管詰まりは……こうやって直すんだよッ!」
レンジは全身のバネを使い、モンキーレンチを圧力弁に叩きつけ、思い切り回した。
ギチチチチッ……ガキンッ!!
硬質な音が響き、弁が完全に閉鎖される。
直後。
『エラー……。魔力逆流……。炉心圧力、限界突破……』
ゴーレムの動きがピタリと止まった。
赤い光が激しく点滅し、全身の継ぎ目から、キーンという不穏な高音が鳴り響く。
「……あ、これヤバイやつだ」
レンジの直感が警鐘を鳴らす。
さっきまでの「壊れる音」ではない。「弾ける音」だ。
「総員退避ぃぃぃッ!!吹っ飛ぶぞォォォ!!」
レンジが叫ぶと、解体業者たちは瞬時に反応した。
「ニャッ!(逃げるよ!)」
ルナは瞬時に影の中へと溶け込み、エメも素早くルナの影へ飛び込む。
地上ではエルクがスズを庇うように屈み込み、幾重もの太い木の根で即席のドームを作り上げた。
その直後。
要塞ゴーレムの内側から、太陽のような閃光が溢れ出した。
カッッッッ!!!!
ズドオオオオオオオオオオオンッ!!!!
天地を揺るがす大爆発。
巨大な火柱が成層圏まで突き抜け、衝撃波が雲を吹き飛ばした。
飛び散る鉄屑が流星のように降り注ぐ中、クオンは金色の防壁を展開し、爆風の中を滑空して離脱した。
「……ふぅ。あっぶねぇ」
安全圏に着地したレンジが見上げると、そこには天を突く巨大な噴煙と、粉微塵になって消滅した工場の跡地だけが残っていた。
見事なまでの「完全撤去」だ。
「作業終了。……みんな、無事か?」
レンジが声をかけると、自身の影からルナがひょっこりと顔を出し、木の根のドームからはスズとエルクが無傷で姿を現した。
「けほっ……。す、凄まじい威力でした……」
『……我が守りを削りきるとは。恐ろしい火力だ』
スズは腰を抜かし、エルクも防壁に使った根が炭化しているのを見て驚愕している。
「……ちょっと派手にやりすぎたか?」
レンジはレンチを元のコームに戻してポケットにしまい、土煙の晴れ間から覗く「完全なる更地」を見渡して――ニカっと笑い、高々と親指を立てた。
そこにはもう、森を汚す黒い煙も、威圧的な鉄の城もない。
あるのは、風通しの良くなった大地と、降り注ぐ陽光だけ。
これ以上ないほど「綺麗さっぱり」とした、完璧な仕事だった。
◇
工場の解体が終わり、森に静寂が戻ってきた。
錆びついていた木々は徐々に緑を取り戻し、空気も澄み渡っている。
『礼を言う、人間よ。そして小さきもの達よ』
大鹿エルクが、レンジたちの前で深く頭を下げた。
『そなたらのおかげで、この緑海は守られた。この恩は忘れぬ』
「お互い様ですよ。エルクさんがいなきゃ、あんなデカブツ止められなかった」
レンジは笑って、大鹿の鼻先を撫でた。
もうザラザラの錆はない。温かく、柔らかい毛並みだ。
『……行くのか?』
「ええ。まだ『北』が残ってますから」
レンジは北の空を見上げた。
西の火竜、南の大鹿。そして最後の一つ、北の「白銀嶺」。
そこで何を待つ神がいるのかは分からないが、きっとまた、ひどい汚れ方をしているに違いない。
「(……フン。次は寒い場所か。レンジ、防寒具の用意はいいだろうな?)」
「大丈夫だ。車のヒーターも整備したし、お前らがモフモフしてれば寒くないだろ?」
「(……我らを暖房器具扱いするな)」
クオンが不満げに尻尾を振るが、その顔はどこか楽しげだ。
エメとルナも、車の中で丸くなって準備万端の様子だ。
「じゃあな、エルクさん!元気で!」
『うむ。良き旅を、癒やし手よ』
レンジは魔導車両に乗り込み、エンジンをかけた。
車は緑溢れる森を抜け、一路、北を目指して走り出す。
気温が下がり、景色が緑から白へと変わっていく。
次なる現場は、極寒の雪山。
レンジ一行の「穢れの洗浄旅」は、いよいよ最終局面へと向かっていく。
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今後とも『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣と気ままな旅をする』を宜しくお願い致します!




