30. 黒い霧と、強制退去命令
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「ブオオォォォッ!!」
緑海の主・エルクの咆哮と共に、地面からせり上がった巨大な木の根が、工場の高い外壁を粉砕した。
警報が鳴り響く中、レンジたちは崩れた壁から敷地内へと侵入する。
そこは、森の静寂とは無縁の、黒煙と油の臭いが充満する場所だった。
立ち並ぶパイプ、回転する歯車、そして大量の警備用自動人形たち。
『侵入者ヲ、発見……。排除行動ニ、移行シマス……』
数十体の人形が一斉にこちらへ向かってくる。
だが、今のレンジたちには最強の「重機(神獣)」がついている。
「蹴散らせ、エルク!」
大鹿が前足を踏み下ろすと、衝撃波だけで人形たちが吹き飛び、バラバラになった。
クオンも負けじと狐火を放ち、鉄屑の山を築いていく。
正面突破は余裕だ。だが、問題は奥にある「中枢棟」だ。
「クオン!この工場の動力源はどこかわかるか?」
レンジが尋ねると、クオンは鼻をひくつかせ、嫌悪感を露わにして一点を睨んだ。
「(……ああ、わかるぞ。あの一番奥の建物だ。腐った泥のような、酷い魔力の臭いがプンプンする)」
クオンの視線の先には、窓一つない堅牢な要塞のような建物が鎮座していた。
あれを壊さない限り、工場の汚染物質垂れ流しは止まらない。
だが、見るからに分厚い防壁に守られており、エルクの力でも破壊には時間がかかりそうだ。下手に爆発させれば周囲の森に被害が出る可能性もある。
「外がダメなら、中から壊すしかないな。……よし、ルナ!」
レンジは肩の上で、うずうずと爪を研いでいる黒猫に声をかけた。
「さっきは出番がなくて退屈だったろ?一番いいところ、お前に任せた」
「ニャ?(ほんと?)」
ルナの目がキラリと輝く。
「ああ。あの中枢棟に入って、一番大事そうな機械を壊してきてくれ。……お前の得意な『影渡り』でな」
「ニャッ!(まかせて!)」
ルナがニヤリと笑った。
次の瞬間、ルナの体がドロリと溶け、レンジの影の中へと吸い込まれた。
◇
【工場中枢・制御室】
「ひぃぃッ!な、なんだあの化け物鹿は!?」
「防衛ライン突破されました!もうダメです!」
機巧結社の工員たちが、モニターを見ながら悲鳴を上げていた。
彼らは外の脅威に気を取られ、足元の異変に全く気づいていなかった。
部屋の隅。
机の影、椅子の影、そして工員たちの影。
それらが不自然に繋がり、一つの「黒い道」ができていたことに。
「……?なんだ、足元が冷たいな」
工員長が足元を覗き込んだ、その時。
ニュッ。
彼の影の中から、漆黒の猫が顔を出した。
その瞳は、月蝕のように怪しく、冷たく輝いている。
「ね、猫……?どこから入った!?」
「ニャ〜ン(おじゃましまーす)」
ルナは愛らしく鳴くと、軽やかに制御盤の上へと飛び乗った。
そこには、工場全体の動力を管理する複雑な魔導回路と、緊急停止レバーがあった。
「ま、待て!そこに乗るな!降りろ!」
工員が慌てて警棒を振り下ろす。
だが、警棒はルナの体を素通りし、制御盤を叩いただけだった。
「なっ……透けた!?」
「(……物理無効。これだから人間は)」
ルナは欠伸をし、実体化させた鋭い爪を伸ばした。
狙うは、クオンが言っていた「臭い」の元凶――最も魔力が集中しているメインケーブル。
「(ここを切れば、レンジが喜ぶかな?)」
バリィッ!!
「ぎゃああああッ!!」
ルナの一撃がケーブルを引き裂くと、激しいスパークが走り、制御室内の計器が一斉に爆発した。
工員たちが黒焦げになって逃げ惑う中、ルナは再び影の中へと悠々と消えていった。
◇
ズン……。
工場の外にいたレンジたちの耳に、重苦しい停止音が届いた。
煙突からの黒煙が止まり、動き回っていた自動人形たちが糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「……やったか?」
レンジがつい口にした瞬間、足元の影が揺らぎ、そこからルナが「プハッ」と顔を出した。
その口には、戦利品なのか、キラキラ光るネジが一本くわえられている。
「ニャッ!(やってやった!)」
「でかした!さすが災害級の猫だ!」
レンジがルナを撫で回すと、彼女は「えっへん」とばかりに胸を張った。
動力さえ止まれば、あとはただの廃墟だ。
『……終わったな。毒の供給は止まった』
大鹿エルクが安堵の息を吐く。
レンジも肩の力を抜こうとした、その時だった。
「……ま、待ってください!魔力反応が消えていません!むしろ、さっきより膨れ上がっています!?」
スズが悲鳴のような声を上げた。
「なんだって?」
レンジが振り返った瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
先ほどとは比較にならない、大地を揺るがす地響きが発生した。
停止したはずの工場が、まるで生き物のように蠢き始めたのだ。
『警告。警告。中枢機能ノ、完全破壊ヲ確認……』
『最終防衛プロトコル、起動。……全施設ヲ、「戦闘形態」ヘト移行シマス』
無機質なアナウンスが響き渡る。
工場の敷地全体が輝き出し、配管が血管のように脈打ち、壁が筋肉のように隆起する。
「おいおい、嘘だろ……?」
レンジが見上げる前で、信じられない光景が繰り広げられた。
中央の棟が起き上がり「胴体」となり、左右の倉庫が変形して巨大な「腕」となる。
無数の煙突が背中に移動して「大砲」となり、崩れた瓦礫さえもが磁力で引き寄せられ、装甲となっていく。
ギギギ……ガシャァァァァンッ!!
数瞬の後。
そこに立っていたのは、工場そのものが変形した、全長50メートルを超える「超巨大要塞ゴーレム」だった。
頭部にあたる監視塔のレンズが、憎悪を湛えたような深紅の光を放ち、レンジたちを見下ろす。
「(……ほう。まさか、建物ごと襲ってくるとはな)」
クオンが面白そうに目を細めるが、その尻尾の毛は逆立っている。
「……やっちまった。『やったか?』は禁句だったな」
レンジは頭を抱えた。
フラグ回収の速さに定評がある自分を呪いたい。
だが、相手が「建物」から「怪物」になったのなら、やることは一つだ。
『オオオオオオオオッ!!』
要塞ゴーレムが咆哮し、蒸気を噴き出しながら拳(プレス機)を振り上げる。
「全員、戦闘準備だ!掃除の時間はまだ終わってないぞ!」
レンジが叫ぶと同時に、最強の解体業者たちがそれぞれの得物を構えた。
「上等だ……!これだけデカけりゃ、遠慮なくぶっ壊せるな!」
南の森、最終決戦。
相手は動く要塞工場。
レンジたちの「解体(物理)」作業が、本当の意味で幕を開ける。
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