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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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29. 鋼鉄の巨人と、水流砲(ハイドロ・キャノン)





ズズズズズ……!

地鳴りと共に、森の木々がマッチ棒のようにへし折られていく。

レンジたちの前に現れたのは、先ほどの小型人形とは比較にならない、見上げるような巨体だった。

工場の廃材やタンクを無理やり継ぎ接ぎして作られた、全高10メートルを超える「鋼鉄の巨人スクラップ・ゴーレム」だ。


『……排除。排除。害獣、オヨビ、侵入者ヲ、粉砕スル』


巨人の腹部にあるボイラーが赤く明滅し、煙突から黒煙を吹き上げる。

その右腕には巨大な建設用ドリル、左腕にはクレーンのような鉤爪かぎづめが装備されていた。


「で、でかい……!まるで『動く砦』です……!」


スズが青ざめて後ずさる。

人間がどうこうできるサイズではない。一歩踏み出されるだけで、レンジたちなど簡単にすり潰されてしまうだろう。

だが、レンジは作業の手を止めなかった。


「スズ、集中しろ!あんなポンコツ、クオンがいりゃただの粗大ゴミだ!」


レンジは背後の相棒に視線もくれずに叫んだ。


「頼んだぞ、クオン!お客さん(大鹿)に指一本触れさせるな!」


「(……フン。人使いの荒い奴だ)」


クオンは呆れたように肩をすくめると、優雅に尻尾を振った。


「(安心しろ。あの程度のガラクタ、秒で終わる)」


クオンが地面を蹴る。

その姿が黄金の閃光となり、巨人の懐へと潜り込んだ。


『敵影、捕捉……』


巨人がドリルを振り下ろすが、あまりにも遅い。

クオンは空中に足場があるかのように駆け上がり、巨人の顔面――カメラアイの前に躍り出た。


「(目障りだ)」


ドォォォンッ!!

クオンの尻尾の一撃が、巨人の頭部を真横から打ち抜いた。

鋼鉄の装甲が紙屑のように拉げ、巨人の巨体がぐらりと傾く。


「よし、今のうちに仕上げだ!」


レンジは大鹿に向き直った。

樹脂は剥がしたが、まだ全身の毛は赤茶色のサビで覆われている。

このままでは皮膚病になるし、毛の機能も戻らない。


「スズ、水だ!最大出力で放出してくれ!」


「は、はいッ!清浄なる水の精霊よ、穢れをすすげ!『水流砲ハイドロ・キャノン』!」


スズが両手を突き出すと、魔法陣から消防車のホース並みの水流が噴き出した。

レンジはその水を全身に浴びながら、魔法鞄から取り出した「ワイヤーブラシ」と「還元剤(サビ取り液)」を構えた。


「行くぞ!一気に洗い流す!」


レンジはサビ取り液をスポンジに含ませ、豪快に大鹿の体に塗りたくった。

赤茶色の錆が化学反応で紫色に変わる。そこへ、スズの水流を誘導してぶち当てる。


バシュゥゥゥゥッ!!


「落ちろぉぉぉッ!」


レンジが、ブラシを高速で走らせる。

ただ擦るのではない。毛の流れに逆らわず、しかし皮膚のシワに入り込んだ微細な鉄粉まで掻き出す絶妙なブラッシング。

汚れた紫色の水が地面に流れ落ち、その下から――。

キラキラと輝く、美しい「深緑色」の毛並みが現れた。

これこそが、緑海の主が持つ本来の色だ。


「グルルルゥッ……!(気持ちいい……!)」


大鹿が恍惚の声を上げる。

呼吸が楽になり、体が軽くなり、痒みが消えていく快感。

一方、背後では一方的な虐殺(解体作業)が行われていた。


「(遅い、脆い、芸がない。……飽きたぞ)」


クオンが空中で回転し、九本の尾を扇のように広げた。


「(滅せよ。狐火きつねび)」


ボッ。

黄金の炎が巨人を包み込む。

機巧結社が誇る強化装甲が、飴細工のようにドロドロに溶け落ちていく。


『エラー……。温度上昇……限界突破……』


巨人は断末魔の警報音を残し、その場に崩れ落ちてただの鉄塊へと戻った。


「ふぅ……。こっちも終わりだ!」


レンジが最後のすすぎを終え、タオルで水気を拭き取ると、そこには見違えるような姿があった。

腐った銅像のようだった姿は消え、瑞々しい深緑の毛並みと、立派な角を持つ、威風堂々たる大鹿が佇んでいた。


「ブオオォォォッ!!」


大鹿が立ち上がり、天に向かって力強い咆哮を上げた。

すると、どうだろう。

その声に呼応するように、周囲の枯れかけた木々から錆が剥がれ落ち、鮮やかな緑色が戻っていく。

主の復活により、森の浄化機能が再起動したのだ。


「……すごい。森が、生き返っていく」


スズが感動で涙ぐむ中、大鹿は静かにレンジの前に膝を折った。

そして、その長い舌で、レンジの顔をベロリと舐めた。


「うわっ、ざらざらする!……ハハッ、満足してくれたみたいだな」


レンジは笑いながら、蘇ったフカフカの首元を抱きしめた。

錆と薬品の臭いは消え、森の若葉のような良い香りがした。


『……感謝する、小さき癒やし手よ』


頭の中に、穏やかな、しかし老木のように深みのある声が響いた。


『我は緑海の主、エルク。……忌々しい毒により、我が森は死にかけていた。そなたのおかげで、再び息ができる』


「仕事をしただけですよ。……けど、まだ元凶が残ってますよね?」


レンジは視線を森の奥――黒煙を上げる工場の煙突へと向けた。

警備ロボットは倒したが、工場そのものを止めなければ、また同じことが繰り返される。


『うむ。……だが、今は体が軽い。そなたらと共に、我も行こう。森を汚す鉄の城を、自然の力で押し潰すために』


大鹿が角を振り上げると、地面から太い木の根が隆起し、工場の方向へ道を作った。


「キュイッ!(いくぞー!)」


いつの間にか大鹿の立派な角の上によじ登っていたエメが、勇ましく声を上げる。

さらにレンジの肩の上では、ルナがやる気になっていた。今回、活躍所が無かった為、次こそはと意気込んでいるみたいだ。


「(……やれやれ。大所帯になったものだ)」


クオンが苦笑しながらも、楽しげに喉を鳴らす。

トリマー、神獣、月蝕猫、宝石獣、巫女、そして森の主。


最強の「解体業者」が結成された瞬間だった。

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