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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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26. トルネード・スピン・ドリル(笑)と、約束の一番風呂




火竜の背中から黒いタールが完全に剥がれ落ち、炎獄山の山頂に青空が戻った。

レンジはガスマスクを外し、心地よい達成感と共に大きく息を吐いた。


「ふぅ……。終わったな」


「(……プッ)」


不意に、背後から吹き出すような音が聞こえた。

振り返ると、元の小さなキツネの姿に戻ったクオンが、前足で口元を押さえながら震えている。


「(クククッ……。『トルネード・スピン・ドリル』……ぶふっ!)」


「……おいッ」


「(いや、すまぬ。あまりにもそのまんまな名前だったものでな。あの緊迫した場面で、まさか幼児のお遊戯のような技名を叫ぶとは……思い出し笑いが止まらぬ)」


クオンは涙目になりながら、地面をバンバンと叩いて笑っている。

レンジの顔が一気に赤くなった。


「うっさい!勢いだよ、勢い!必殺技っぽく叫んだ方が気合い入るだろ!?」


「(ふふっ。まあよい。その『回転ドリル』とやらのおかげで助かったのは事実だ。……礼を言うぞ、ドリル使い)」


「ドリル使いって呼ぶな!」


レンジとクオンがそんな漫才をしていると、目の前の巨大な影が動いた。

鮮やかな紅蓮のウロコを取り戻した火竜イグニスが、長い首を下げ、レンジの目の前に顔を寄せたのだ。

その瞳は、先ほどの狂乱が嘘のように穏やかで、深い知性を宿していた。


『……小さきヒトの子よ』


頭の中に直接、重厚な声が響いた。念話だ。


『我が背の重荷を取り除いてくれたこと、感謝する。……あのままでは、我は自身の熱で内側から溶け、この山ごと吹き飛んでいたであろう』


「仕事をしただけですよ。あんたが無事でよかった」


レンジが照れくさそうに答えると、火竜は満足げに喉を鳴らし――そして、ふとレンジの肩に乗る金色の狐に視線を移した。


『……フン。それにしても、あの「性悪な天狐」が人間に懐くとはな。……明日は槍でも降るか?』


「え?」


レンジはきょとんとした。


(性悪な天狐……?やっぱり、同業者モンスター同士だと、クオンの性格の悪さは有名なのか?)


クオンはそっぽを向き、鼻を鳴らした。


「(……黙れ、トカゲ。余計な口を叩くと、もう一度その薄汚い背中に栓をしてやるぞ)」


『カカッ、相変わらず口の減らん女狐よ。……だが、その減らず口が聞けるのも五百年ぶりか』


火竜は愉快そうに笑ったが、レンジにはそれが「一触即発の睨み合い」に見えた。


(うわぁ……。やっぱり高位の魔獣同士って仲悪いんだな。煽り合ってるよ)


火竜は再びレンジに向き直ると、その喉元からカラン、と何かが落ちてきた。

それは拳ほどの大きさがある、真っ赤に輝く宝石のような「ウロコ」だった。


『我が力の欠片かけらだ。持っていくがよい。その石は決して冷めることなく、あらゆる炎を退ける加護を持つ』


「いいのか?……ありがたく頂くよ」


レンジがそのウロコを拾い上げると、ほんのりと温かかった。


『我はしばし、マグマの底で傷を癒やす。……西の地を汚す者どもに、我の炎が鉄槌を下すその日まで』


火竜はそう言い残し、最後にチラリとクオンを一瞥してから、ザブンとマグマの池へと潜っていった。

後には、穏やかな熱気だけが残された。


          ◇


下山する頃には、空はすでに茜色に染まりかけていた。

麓の村まで戻ったレンジたちを迎えたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにした湯守の爺さんだった。


「おおぉぉ……!戻った!湯が戻ったぞぉぉ!!」


宿の裏手にある源泉升げんせんますからは、先ほどまでのヘドロが嘘のように、無色透明で清らかなお湯がこんこんと湧き出していた。

あたりに漂っていた腐臭も消え、本来の香ばしい硫黄の香りが戻っている。


「すげぇ……。これが本物の『神の湯』か」


「ああそうだ!これぞ『赤龍楼』が誇る、万病を癒やす霊泉だ!」


爺さんはレンジの手を両手で握りしめ、頭を下げた。


「疑ってすまなかった!あんたは本当に世界一の掃除屋……いや、トリマー様だ!約束通り、一番風呂を開けてやる!さあ入ってくれ!」


「遠慮なくご馳走になりますよ。……正直、汗と灰ですごいことになってるんでね」


レンジたちは爺さんの厚意に甘え、部屋で少し休憩を取ってから風呂へ向かうことにした。

やがて日は完全に落ち、温泉街に静かな夜が訪れた。


          ◇


案内されたのは、宿の最上階にある展望露天風呂だった。

眼下には闇に沈んだ温泉街、頭上には満天の星空が広がっている。

湯船を満たすのは、火竜の加護を受けた極上の源泉かけ流しだ。


「うおぉぉ……生き返るぅ……」


レンジはザブンとお湯に浸かり、心の底から安堵の息を漏らした。

熱めのお湯が、酷使した筋肉と神経にじんわりと染み渡っていく。ただ浸かっているだけで、疲れきった身体が満たされていくのが分かった。


「ニャ〜♪(おさかなさ〜ん)」

「キュゥ〜……(とけるぅ……)」


ルナはタオルを頭に乗せてプカプカと浮き、エメは岩場の浅瀬で半身浴をして目を細めている。

最高の気分だ。レンジが岩にもたれて夜空を見上げた、その時だった。

ふわりと、夜風の匂いが変わった。

鼻をつく硫黄の香りに混じって、どこか甘く、脳髄を痺れさせるような高貴な伽羅きゃらの香りが漂ってきたのだ。


ペタッ……ペタッ……。


静かな足音がして、湯気の向こうから誰かが歩いてくる気配がした。


「(ふぅ……。やはり、仕事の後の湯は格別だな)」


鈴を転がすような、涼やかで艶のある声。

レンジがそちらを見た瞬間、思考が真っ白に塗りつぶされた。

そこにいたのは、狐ではない。

月明かりの下、黄金の光を糸にして織り込んだような長い髪と、内側から発光しているかのように透き通った白い肢体を持つ、絶世の美女だった。


「……ッ!?」


レンジは言葉を失い、目を見開いたまま凍りついた。

彼女は薄いバスタオルを一枚、豊かな胸元に巻いているだけ。

濡れた黄金の髪が、滑らかな肩や深くくびれた腰にまとわりつき、滴る水滴が白い肌の上を滑り落ちていく。

湯気で上気した頬、少し潤んだ切れ長の金色の瞳、そして熟れた果実のように濡れた唇。

ただ美しいだけではない。

人間とは根本的に造りが違う、神々しいまでの「美の暴力」。

直視すれば目が潰れてしまいそうなほどの圧倒的な色香が、夜の闇に溶け出していた。


「(……なんだ。そのような呆けた顔をして)」


美女――人の姿をとったクオンは、妖艶に唇の端を吊り上げると、しなやかな動きで湯船の中へと足を踏み入れた。


チャプン……。


ゆらりとお湯が波打ち、彼女の豊満な肢体が沈んでいく。

レンジのすぐ隣、吐息がかかるほどの距離に彼女が腰を下ろすと、甘美な香りが一層強く鼻腔をくすぐった。


「お、おい……嘘だろ……クオン、なのか……?」


「(いかにも。……それとも何か?あの勇敢なる『トルネード・スピン・ドリル』の使い手様は、女の裸体はだかごときで怖気づくのか?)」


クオンが楽しげに笑い、レンジの顔を覗き込む。

その距離、わずか数センチ。

長い睫毛の一本一本まで見える距離で微笑まれ、レンジの心臓は早鐘のように打ち鳴らされた。


「ち、近すぎだ馬鹿!それに、そんな姿……聞いてないぞ!」


「(姿など、ただの器に過ぎぬ)」


クオンはあきれたように吐息を漏らし、濡れた指先でレンジの胸板をツツッとなぞった。


「(我の『本来の姿』ならば、其方は毎日飽きるほど見ているではないか。風呂に入れ、毛を梳き、尻尾の付け根までまさぐって……今さら、何を恥じらう必要がある?)」


「そりゃ獣の姿の時の話だろ!?人間の姿じゃ意味が全然違うんだよ!」


「(フン……。人間というのは、妙なところで線引きをする生き物だな)」


クオンは悪戯っぽく目を細めると、湯の中でレンジの手を捕まえ、自身の滑らかな太腿の上へと導いた。


「っ!?」


「(……だが、この姿も悪くはあるまい?)」


指先に伝わる、驚くほど滑らかで弾力のある肌の感触。

レンジの顔が一気に沸騰した。

男装の麗人であるコクヨウも美しかったが、目の前にいるのは「美」の概念そのものが服を着て(いや、着ていないが)歩いているような存在だ。

クオンはレンジの動揺をたっぷりと堪能した後、ふと真面目な表情になり、遠くの夜空を見上げた。


「(……それにしても、良い湯だ。あの黒く濁っていた山が、よくぞここまで澄み渡ったものよ)」


彼女は湯を掬い、愛おしそうに自身の肩へと掛けた。

黄金の髪を伝って、しずくが鎖骨の窪みに溜まり、そして胸の谷間へと消えていく。


「(礼を言うぞ、レンジ。……其方のおかげで、友が一人救われた)」


「……友?」


「(ああ。あの火竜とは、五百年前からの喧嘩友達でな。……変わり果てた姿を見た時はどうなるかと思ったが、其方のおかげで助かった)」


クオンはレンジの手を強く握り返した。

その手は小さく華奢だが、確かな体温と信頼がそこにあった。


「(……これからも頼むぞ、我が相棒)」


「……ああ。任せとけ」


レンジは直視できない気恥ずかしさを誤魔化すように、視線を夜空へと逃がした。

夕暮れの風が吹き抜け、温泉街に久しぶりに穏やかな時間が流れる。

最初の任務は、大成功で幕を閉じたのだ。

……そう、綺麗に終わるはずだった。


「……ところでクオン。そのタオル、結び目が解けかけてないか?」


レンジが親切心で指摘すると、クオンは自分の胸元を見た。


「(ん?ああ……)」


彼女はニヤリと意味深に笑うと、タオルを押さえるどころか、指先でその結び目を摘まんだ。


「(いっそ、邪魔くさいな)」


「は?」


バサァッ。

一瞬の躊躇もなく、彼女は自らバスタオルを取り払った。

月明かりと白い湯気の中、神の完全なる美が、一切の隠し事なく解き放たれる。


「ぶふぉあアアアアアッ!?馬鹿野郎、何してんだお前ーーッ!!」


レンジは鼻血が出そうなほどの衝撃を受け、盛大にお湯の中へひっくり返った。


「(何を叫んでいる?まったく、騒がしい男だ)」


湯守の爺さんが言った「一番風呂」は、レンジにとって別の意味でも刺激的すぎる、忘れられない夜となったのだった。

感想・質問・誤字脱字・雑談 等

良かったら書いていって下さい!

今後とも『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣もふもふと気ままな旅をする』を宜しくお願い致します!

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