25. 灼熱の背中と、ドリル・トリミング
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「……おい若造。本気でそれを持っていくのか?」
宿の裏手にある倉庫前で、湯守の爺さんが呆れた声を上げた。
レンジが肩に担いでいるのは、ハサミでもブラシでもない。
魔石を動力源とする、全長二メートルほどの巨大な「魔導削岩機」だった。本来は鉱山で岩盤を砕くための重機だ。
「ああ。相手は岩みたいに固まったタールだ。ハサミじゃ歯が立たないし、ブラシじゃ日が暮れる」
レンジはドリルの先端を軽く回し、ギュルルゥゥ……という重低音に満足げに頷いた。
スキル『神の手』による調整済みだ。振動数は歯石除去用のスケーラーと同じ微細振動に設定し、皮膚を傷つけずに汚れだけを粉砕できるようにカスタムしてある。
「それに、装備も完璧にする。……コーム、変形!」
レンジが腰のコームを手に取ると、それは液体金属のように形を変え、瞬時に無骨な「防毒ガスマスク」へと変化した。
「……よし。仕事の前にガスでダウン、なんてマヌケな真似はしたくないからな」
レンジは手早くマスクを装着し、防塵ゴーグルをかけた。
その重装備は、もはや街のトリマーというより、災害現場へ向かう『レスキュー隊』のようだ。
「(フン。……伊達男を気取っている時より、よほど似合っているぞ。レンジ)」
「褒め言葉として受け取っとくよ。……よし、行くぞみんな!登山開始だ!」
◇
炎獄山の登山道は、灼熱地獄だった。
標高が上がるにつれて気温は上昇し、地面からは猛毒の硫黄ガスが黄色い煙となって噴き出している。
普通の人間なら数分で肺が焼け爛れ、熱中症で倒れる過酷な環境だ。
「(……世話の焼ける。ほれ、レンジ)」
クオンがため息をつき、尻尾を一振りした。
すると、レンジたちの周囲に薄い黄金色の膜が展開された。
「(『断熱結界』だ。外気よりはマシだろう)」
「助かるよ、クオン!さすが神様!」
「(調子のいい奴め。……おい、そこのチビ。バテるでないぞ)」
「キュゥ……(あついよぉ……)」
エメは暑さで少しぐったりしており、ルナの影の中に半分沈んで涼を取っている。
やはり戦闘や環境適応に関しては、クオンに頼るところが大きい。
レンジはガスマスクのフィルター越しに呼吸を整え、ドリルを担いで一歩ずつ進んだ。
「……見えてきた。あれが火口か」
頂上に辿り着いた一行が見たものは、煮えたぎるマグマの池と、その中央でのたうち回る巨大な影だった。
「グオオオオオオオオッ!!」
全長二十メートルを超える巨体。
本来なら美しい真紅のウロコを持つはずの「火竜」は、今や全身がタールのような黒い塊に覆われ、醜悪な岩石の怪獣と化していた。
その動きは鈍く、時折苦しそうにマグマの中へ頭を突っ込んでは、暴れて波を立てている。
「解析通りだ。……見てみろ、あの背中」
レンジが指差す。
火竜の背中にあるはずの「排熱孔」が、黒いタールで完全に埋まり、栓をされた状態になっていた。
体内で生成された熱が逃げ場を失い、皮膚の下で赤く脈打っているのが見える。
「(……哀れな。あれでは全身が内側から焼かれるようなものだ)」
クオンが同情と怒りの混じった声を漏らす。
「今すぐ楽にしてやる。……作戦開始だ!クオン、ルナ!あいつを陸に引きずり出してくれ!エメは後ろで応援しててくれ!」
「(承知した!)」
「キュッ!(がんばれー!)」
クオンが巨大化し、金色の尾を伸ばして火竜の首に巻き付く。
ルナが影を広げて足場を作る。
「グガアアアッ!?」
不意打ちを食らった火竜は、クオンの怪力によってマグマの池から岩場へと引きずり出された。
「今だ!スズ、結界で動きを封じろ!」
「はいッ!奉納の舞――縛鎖!」
スズが御幣を振ると、霊力の鎖が火竜の四肢を地面に縫い止めた。
だが、火竜もただではやられない。全身から異常な高熱を放出し、鎖を赤熱させていく。
「熱い……ッ!レンジ様、長くは持ちません!」
レンジは岩場を蹴り、宙を舞った。
目指すは火竜の背中、最も汚れが酷い「排熱孔」エリアだ。
だが、レンジが着地しようとしたその瞬間。
パキィィィンッ!!
限界を迎えた霊力の鎖が、高熱によって弾け飛んだ。
「なっ!?」
「グオオオッ!!」
拘束を解かれた火竜が、怒り狂って尾を振り回した。
巨大な岩塊のような尻尾が、空中にいる無防備なレンジへと迫る。
回避不可能。直撃すれば、断熱結界ごと肉塊にされる。
「くっ、しまっ――」
レンジが覚悟を決めて目を閉じた、その時だった。
ドォォォォンッ!!
強烈な衝撃音が響いたが、痛みは来ない。
レンジが目を開けると、そこには金色の輝きがあった。
巨大化したクオンが割り込み、レンジと火竜の間に立ちはだかっていたのだ。彼女は九本の尾を盾のように広げ、火竜の一撃を真正面から受け止めていた。
「(……おい、仕事中に余所見とは余裕だな?)」
クオンがニヤリと笑う。
「クオン……!」
「(ここは抑える。さっさと背中に乗れ!……長引けば、この馬鹿トカゲごと山を吹き飛ばしてしまいそうだ)」
クオンの全身から黄金の覇気が立ち上り、火竜を力尽くで押し返す。
神獣同士の力比べ。
その隙を見逃すレンジではない。
「ああ、すぐに終わらせる!……待ってろよ!」
レンジはクオンの背中を足場にして跳躍し、今度こそ火竜の背中へと着地した。
靴底からジュワッという音がするが、構わずドリルを構える。
「さあ、工事の時間だ!」
レンジはスイッチを叩き込んだ。
ギュイイイイイイイイィィンッ!!
轟音と共に、回転するドリルが黒いタールの塊に突き刺さる。
「くっ、硬いな……!」
ガガガガガガガッ!!
激しい振動が腕に伝わる。
このタールは、機巧結社の魔術師たちが作った「対・神用拘束材」だ。物理的強度も魔法耐性も桁違いに高い。
だが、レンジの『神の手』は、その結合の「脆い部分」を瞬時に見抜いていた。
「そこだッ!砕けろぉぉぉッ!」
レンジが魔力を流し込み、一点突破で押し込む。
バキィィィッ!!
鈍い音と共に、背中を覆っていた分厚いタールの殻に亀裂が入った。
プシュゥゥゥゥゥゥ……ッ!!
亀裂から、圧縮されていた高熱の蒸気が勢いよく噴き出した。
まるで圧力鍋の蓋を開けたような衝撃だ。
「グオオオッ……♪」
火竜の口から、苦悶ではなく、安堵の混じった声が漏れる。
「よし、効いてるぞ!このまま全部剥がす!」
ドリルで大まかな塊を粉砕し、残った細かい汚れはワイヤーブラシで削ぎ落とす。
最後に、高圧洗浄魔法で隙間のカスを吹き飛ばす。
ガガガッ!ジョバババッ!キュッキュッ!
その手際は、まさに職人芸。
先ほどまでの死闘が嘘のように、背中の上は「トリミングサロン」と化していた。
「(……フン。やるではないか)」
下で火竜を押さえているクオンが、満足げに鼻を鳴らす。
「仕上げだ!最後の栓を抜くぞ!」
レンジは背中の中心にある、最も巨大な排熱孔を塞ぐタール塊に狙いを定めた。
「必殺!トルネード・スピン・ドリルッ!」
ネーミングは適当だが、威力は絶大だ。
ドリルがタールを貫通し、根こそぎ抉り取る。
スポォォォォォンッ!!
小気味良い音と共に、巨大な黒い塊が宙に舞った。
直後。
ドオオオオオオオッ!!
解放された排熱孔から、真っ赤な炎の柱が天高く噴き上がった。
溜まりに溜まっていた熱エネルギーの解放だ。
空を覆っていた灰色の雲が、その熱波で一瞬にして吹き飛ばされ、青空が顔を覗かせる。
「グオオオオオオオーンッ!!(生き返ったァァァァッ!!)」
火竜が天を仰ぎ、喜びの咆哮を上げた。
黒い汚れが剥がれ落ちたその身体は、ルビーのように透き通った深紅の輝きを取り戻していた。
レンジは熱波に煽られながらガスマスクを外し、新鮮な空気を吸って満足げに親指を立てた。
「ふぅ……。頑固な汚れでしたが、サッパリしましたね、お客さん」
火竜はゆっくりと首を巡らせ、背中の上の「小さなトリマー」と、それを守る「金色の神獣」を見た。
その瞳に、もはや狂気はない。
あるのは、深い感謝と敬意だけだった。
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