22. 女帝の秘密と、黒いタールの正体
「……ふぅ。着替え終わったぞ、レンジ殿。もうこっちを向いてもよい」
背後からかけられた声に、レンジはおっかなびっくり振り返った。
そこには、先ほどまでの豪奢な十二単……ではなく、少しラフな湯上がり用の着物(浴衣のようなもの)を纏ったコクヨウが立っていた。
濡れた白銀の髪をタオルで拭きながら、艶然と微笑んでいる。
その姿は、どこからどう見ても「美女」そのものだった。
「(ククッ……。顔が赤いぞ、レンジ)」
「(うっさい!いきなりあんなの見せられたら誰だって驚くわ!)」
レンジは脱衣カゴの上でニヤニヤしているクオンを睨みつけた後、改めてコクヨウに向き直った。
意識しないようにしても、先ほどの白い肌の残像が脳裏に焼き付いて離れない。
「騙すつもりはなかったのだがな。……我が国には『王位を継ぐ者は男でなければならぬ』という古臭い掟があってな。先代である父が急逝し、一人娘だった我が、性別を偽って即位したのだ」
コクヨウは長い髪をかき上げ、自嘲気味に笑った。
「以来、数百年……我は『男』として振る舞い、誰も近づけぬよう気を張って生きてきた。肌を見られる風呂など、もってのほかだ」
「なるほど……。それで、頑なに断ろうとしてたわけか」
レンジは納得した。
彼女が治療を拒んだのは、ただの恥じらいではなく、国家機密を守るためだったのだ。
「だが、其方には見られてしまったな。……それに、不思議と嫌な気分ではない」
コクヨウは一歩、レンジに近づいた。
湯上がりの甘い香りが鼻をくすぐる。
「我が身に巣食っていた、あの悍ましい穢れ……誰にも言えず、一人で抱え込んでいた恐怖を、其方はあっさりと洗い流してくれた。……レンジ殿、其方の手は温かかったぞ」
「あー……それはどうも。仕事ですから」
レンジは照れ隠しに視線を逸らした。
この王様(女帝)、素顔になると距離感が近い。
「(……おいコクヨウ。それくらいにしておけ。こやつの鼻の下が伸びきって地面につきそうだ)」
クオンが呆れたように割り込んだ。
「(それより、話があるのだろう?あの『穢れ』について)」
「……ああ、そうであったな」
コクヨウの表情が、乙女から「王」のものへと切り替わった。
◇
場所を再び離れの座敷に移し、本格的な作戦会議が始まった。
レンジは紙とペンを取り出し、自分が感じた「汚れの違和感」について説明を始めた。
「結論から言います。今回、王様……いや、コクヨウさんの身体についていた汚れは、自然発生したものじゃない」
「やはり、『人工物』か」
「ええ。普通の泥や澱みなら、洗えば土に還る。でもあれは違った。粘着質で、油っぽくて、魔力を吸って増殖する性質がある。……俺の世界で言う『化学廃棄物』に近い」
レンジは苦い顔をした。
トリマーとして、一番許せないタイプの汚れだ。
「誰かが意図的に『神を堕とすための毒』を精製し、それを何らかの方法で神獣たちに感染させている。……心当たりはあるか?」
コクヨウは扇子で口元を覆い、沈痛な面持ちで考え込んだ。
「……無くはない。近年、我が国の西部で急進的な『人間至上主義』を掲げる集団が力をつけている。『機巧結社』と名乗る彼らは、古き神々を否定し、機械と魔導の力による富国強兵を訴えているのだ」
「機巧結社……」
「奴らは森を切り拓き、山を崩し、工場を建てている。その過程で、土地神たちと度々衝突していると聞く。もし奴らが、邪魔な神々を排除するために『毒』を撒いているとしたら……」
「辻褄が合うな。リンドウの猪神がやられたのも、その実験だったのかもしれない」
レンジの中で、パズルのピースがはまった。
神を敬う和風の国で、近代化を目論む組織が、神々を「公害」のように汚染して排除しようとしている。
胸糞悪い話だ。
「(……愚かな。人間風情が、神を排除して生きていけると思っているのか)」
クオンが不愉快そうに目を細め、尻尾をパシンと床に叩きつけた。
「(神が死ねば土地は枯れ、水は腐る。奴らは自分で自分の首を絞めていることに気づいておらぬ)」
「ああ。だからこそ、止めなきゃならない」
レンジは立ち上がり、壁に貼られた東の国の地図を見た。
「コクヨウさん。他に症状が出ている神様がいる場所は?」
「……現在、報告が上がっているのは三箇所だ」
コクヨウが地図上の三点を指し示した。
1. 北の雪山『白銀嶺』
2. 南の大森林『緑海』
3. 西の火山地帯『炎獄山』
「それぞれの土地を統べる『主神』たちからの連絡が途絶えている。恐らく、我と同じか、それ以上に蝕まれているはずだ」
「なるほど。北、南、西か。……全部回って、丸洗いするしかないな」
レンジは事もなげに言った。
それは国を救う大冒険のルートだが、彼の口調はまるで「出張トリミングの予定表」を確認しているかのようだ。
「……本気か?相手は腐り落ちて理性を失った神獣だぞ。リンドウの猪神や、我の時とは比べ物にならぬ危険が伴う」
コクヨウが心配そうに尋ねるが、レンジはニカっと笑った。
「俺はトリマーだ。客が汚れて困ってるなら、地の果てだろうが火の中だろうが行くさ。……それに」
レンジは足元で不安そうにしているエメとルナを撫で、そして肩の上の相棒を見た。
「俺には世界最強のガードマン(クオン)がついてるんでね」
「(フン。調子のいい男だ)」
クオンはそっぽを向いたが、その口元は微かに緩んでいた。
「わかった。……レンジ殿、貴殿に東の国の命運を託そう」
コクヨウは正座をし、手をついた。
「この国の神々を救ってくれ。……報酬は、望むままに。金銀財宝、地位、名誉……あるいは、この国の『王配(夫)』の座でも構わぬぞ?」
コクヨウが上目遣いで、艶っぽく微笑んだ。
それは冗談なのか、本気なのか。
「ぶっ!!」
レンジが盛大に吹き出した。
「(ほう……?コクヨウ、貴様いつの間にそこまで図太くなった?)」
クオンの目が据わっている。室内の気温が下がる。
「じょ、冗談だ!……半分くらいは」
コクヨウが慌てて誤魔化したが、レンジは冷や汗を拭いながら言った。
「報酬は……そうだな。仕事が終わったら、もう一回そのモフモフの尻尾、思いっきりブラッシングさせてくれ。あれ、最高の手触りだったから」
「……は?」
コクヨウはポカンとした。
国一つを救う報酬が、「尻尾のブラッシング」?
「(クククッ……!聞いたかコクヨウ。こやつはこういう男だ。色仕掛けなど、極上の毛並みの前では無意味よ!)」
クオンが腹を抱えて笑う。
レンジは「なんだよ」と不満げだが、それが彼の本心だった。
こうして、新たな依頼が決まった。
東の国全土を巡る、神々救済の大掃除ツアー。
最初の目的地は――。
「まずは一番ヤバそうな、『西の火山』から行こうか。汚れが熱で焼き付いたら落ちにくくなるからな」
トリマー独特の理由で、行き先は決まった。
レンジたちの『銀の箱舟』が、再びエンジンを唸らせる。
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