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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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21. 白き王の入浴と、秘められた真実





レンジの宣言により、事態は動き出した。

場所は離れの座敷から、城の最奥にある「王専用の大浴場」へと移された。

そこは、浴場というよりは巨大な屋内プールのようだった。

総ヒノキ造りの床に、湯気を立てる広大な湯船。壁には霊峰ハクレイの見事なタイル画が描かれている。


「……まさか、王である我が、人間の前で肌を晒すことになるとはな」


脱衣所で、コクヨウは複雑そうな顔をしながら着物の帯に手をかけた。

彼の腕にあるドス黒い「蝕み」は、先ほどよりも範囲を広げ、脈打つように蠢いている。


「治療のためだ。それに、俺はプロだから恥ずかしがる必要はないですよ。男同士、裸の付き合いってやつでしょう」


レンジは気楽に笑いながら、腕まくりをして防水仕様のエプロンを装着した。

その足元では、ルナとエメも「やるぞ!」とばかりに身構えている。クオンだけは、脱衣カゴの上で特等席を決め込み、ニヤニヤと高みの見物を決め込んでいた。


「(ククッ……男同士、か。……おい若造。恥じらっている暇があったらさっさと脱げ。そして『本来の姿』になれ)」


「ほ、本来の姿……ですか?」


コクヨウの手が止まる。どこか躊躇いがあるようだ。


「(そうだ。その人の姿では、穢れの根源まで洗えん。毛の根元、皮の奥底まで染み付いているのだろう?)」


「し、しかし……今の我が本来の姿に戻れば、穢れの侵食が一気に進み、理性を保てるかどうか……」


「(安心しろ。こやつ(レンジ)の手は速い。貴様が暴走する前に、全て洗い流す)」


クオンの言葉には、絶対的な確信があった。

コクヨウは覚悟を決めたように頷き、湯気が立ち込める浴室の中央へと進み出た。


「……御意」


コクヨウの体が白銀の光に包まれる。

骨格がきしみ、肉体が膨張し、人の形が崩れていく。


ドンッ!!

湯煙を裂いて現れたのは、全長五メートルはあろうかという、巨大な「九尾の白狐」だった。

その姿は本来ならば神々しいはずだ。

だが、今の彼は痛々しかった。

自慢であるはずの真っ白な毛並みは、コールタールのような黒い粘液でベトベトに汚れ、九本の尻尾は互いに絡まり合い、重苦しく垂れ下がっている。

悪臭に近い瘴気が漂い、エメが「キュゥ……」と鼻を押さえた。


「グルルルゥ……ッ!!」


コクヨウが苦痛に呻く。

獣化したことで、穢れの活性化が始まったのだ。金色の瞳が、赤黒く濁り始める。


「(……急げ、レンジ。理性が飛ぶぞ)」


「ああ、わかってる!」


レンジは魔法鞄から、業務用の巨大なボトルを取り出した。

中身は、ベルグの街で仕入れた最高級の「聖水」と「浄化ハーブ」、そしてレンジの魔力を配合した特製クレンジングオイルだ。


「ルナ、エメ!コイツの動きを少しだけ制限してくれ!暴れると洗いにくい!」


「ニャー!(わかったー!)」


「キュッ!(まかせて!)」


ルナが影を伸ばしてコクヨウの四肢を優しく拘束し、エメが額の宝石から鎮静の光を放つ。

その隙に、レンジはコクヨウの背中へと飛び乗った。


「悪いな王様、ちょっと冷たいぞ!」


レンジは特製オイルを、最も汚れの酷い「首元」と「尻尾の付け根」にドバドバとかけた。


ジュワァァァァァ……ッ!


黒い粘液がオイルに反応し、嫌な音を立てて煙を上げる。


「ガアアアッ!!」


レンジはスキル『神の手』を発動させた。

彼の手指が白く発光し、高速で動き始める。


「解析完了。……なるほど、ただの穢れじゃない。魔力のカスが毛穴に詰まって、そこで腐敗してるんだ!」


レンジの指先が、固まった毛束を的確に捉え、揉みほぐしていく。

力任せではない。

汚れと毛の隙間に魔力を流し込み、剥離させるイメージだ。

『神の手』による高速マッサージは、硬化した皮膚を柔らかくし、詰まった汚れを浮き上がらせる。


「そこだッ!シャワー!」


レンジが叫ぶと、待機していたルナが器用にシャワーヘッドを操作し、聖水のお湯を噴射した。


ドロロロロ……。

洗い流された黒い汚泥が、床の排水溝へと流れていく。

その下から現れたのは、雪のように白く輝く、本来の毛並みだった。


「グルッ……ゥ……?」


コクヨウの呻き声が変わった。

苦痛から、戸惑いへ。そして――快楽へ。


「よし、次は尻尾だ!ここが一番厄介だぞ!」


九本の尻尾は、汚れで互いにくっつき、巨大な塊になっていた。

レンジはコーム(櫛)を取り出し、魔力を纏わせた。


レンジは踊るようにコームを走らせた。

無理に引っ張れば毛が切れる。だがレンジは、毛の流れ、絡まりの構造を瞬時に見抜き、一筆書きのようにスルスルと解いていく。

一本、また一本。

団子状になっていた尻尾が、レンジの手によってバラバラに解放されていく。


「ンッ……」


不意に、巨大な白狐の口から、やけに色っぽい吐息が漏れた。

どうやら尻尾の付け根は神経が集中しているらしい。


「(……ほう。これまた随分と良い声で鳴くではないか)」


クオンが楽しそうに笑う。

レンジは一瞬ドキッとしたが、相手は雄の神獣だと思い直し、作業に没頭した。


「仕上げだ!リンス&トリートメント!」


全身の汚れを落としきったレンジは、最後の仕上げにかかった。

保湿成分たっぷりの泡で全身を包み込み、毛の一本一本をコーティングする。

そして、コームをドライヤー型に変化フォージさせ温風を一気に浴びせた。


ボフゥッ!!

コクヨウの全身が膨れ上がった。

いや、違う。

毛が空気を含んで立ち上がり、極上のモフモフボディへと変貌したのだ。


「……終わったぞ」


レンジは額の汗を拭い、満足げに息を吐いた。

そこには、先ほどの薄汚れた怪物の姿は微塵もない。

あるのは、神々しい光を放つ、美しき九尾の白狐。


「グルゥ……(体が……軽い……)」


コクヨウは呆然と自分の手足を見つめた。

蝕まれていた黒いシミは跡形もなく消え、体内を巡る魔力は清流のように澄み渡っている。


「どうですか、王様。これがおあつらえ向きの『本来の姿』ってやつでしょう?」


レンジがニカっと笑う。

コクヨウはゆっくりと身を起こし、その巨大な頭をレンジに近づけた。

そして――。

ペロリ。

レンジの頬を、長い舌でひと舐めした。


「ひゃっ!?」


「グルルゥ……(礼を言う……レンジよ……)」


その瞳は、もはや濁りのない美しい金色に戻っていた。

コクヨウは満足げに目を細めると、再びまばゆい光に包まれた。

シュゥゥゥ……。

光が収束し、湯気の中から人の姿が現れる。

レンジはタオルを渡そうと近づいた。


「さっぱりしましたね、王さ――」


言葉が、凍りついた。

湯煙の向こうに立っていたのは、先ほどの美青年ではなかった。

濡れた白銀の長髪が肌に張り付き、その水滴が滴る先には、豊満で柔らかな曲線を描く肢体。

くびれた腰、滑らかな太腿、そして男であるはずがない豊かな胸。

そこには、この世のものとは思えないほど美しい、全裸の「美女」が立っていた。


「…………え?」


レンジの思考が停止した。

コクヨウは特に隠す様子もなく、濡れた髪をかき上げた。

その仕草はあまりにも艶めかしく、レンジは慌てて背を向けた。


「わ、わわわわ!?お、女の人!?え、王様!?なんで!?」


レンジが大混乱していると、背後からクスクスという笑い声が聞こえた。


「……まだ気づいていなかったのか?」


その声は、先ほどの威厳ある低音とは違い、鈴を転がすような甘美な響きを含んでいた。


「我が国では、王位を継ぐ者は代々『男装』してまつりごとを行う習わしでな。……其方が勝手に『男同士』と勘違いしていただけだ」


「(ククッ……傑作だなレンジ。あんな声を出す男がいるわけなかろう)」


クオンが腹を抱えて笑っている。


「(まあ、コクヨウは歴代でも随一の美貌かもしれん。それ故に美男子に見えなくも無かったか。役得だったな、色ボケトリマー)」


「知ってたなら言えよクオンーーッ!!」


レンジの絶叫が、大浴場にこだました。

東の国の王『コクヨウ』。

その正体は、絶世の美貌を持つ女神(白狐)だったのだ。


「……レンジ殿。……見ないのか?」


背後から、水の滴る音と共に、妙に近い距離で声がした。


「其方の手で綺麗にしてもらったこの身体……見てはくれぬのか?」


「み、見ません!服!とりあえず服を着てください王様!」


「ふふっ。……可愛い奴だ」


東の国の王と、最強の神獣、そして異世界のトリマー。

奇妙な謁見と混浴(?)を経て、穢れ祓いは予想外の方向へと転がり始めた。

感想・質問・誤字脱字・雑談 等

良かったら書いていって下さい!

今後とも『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣もふもふと気ままな旅をする』を宜しくお願い致します!

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