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「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣(もふもふ)と気ままな旅をする  作者: 藍城 優
第3章 店は持ちません、旅に出るんです

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20. 黄金の神獣と、東の国の王




宿場町リンドウでの一件から翌日。

レンジたちの乗る魔導馬車『銀の箱舟』は、巫女スズの先導のもと、東の国の首都『キョウ』へと到着していた。


「うわぁ……。こいつは圧巻だな」


フロントガラス越しに見える景色に、レンジは息を呑んだ。

盆地の中央に広がる巨大な都。

整然と区画整理された街並みは、朱塗りの鳥居や柳の木で彩られ、その中心には天を突くような巨大な城――『白狐城びゃっこじょう』が鎮座している。

和風ファンタジーの極致とも言える光景だ。


「(……フン。数百年ぶりに見たが、随分と派手になったものだ)」


助手席のクオンは、懐かしむというよりは、呆れたような目で城を見上げていた。


「(あのような高い天守など、目立ちたがりの愚か者が住む鳥籠よ)」


「また辛口だな……。一応、これから会う相手の家だぞ?」


「(事実だ。……それに、今の王は『若造』だと聞くしな)」


クオンは欠伸を噛み殺した。

彼女にとっての「若造」が何百歳を指すのか、レンジには想像もつかない。


          ◇


王城への入場は、異例の待遇だった。

本来なら人間が足を踏み入れることなど許されない聖域だが、スズの報告を受けた王からの強い要望により、フリーパスで最奥の「謁見の間」へと通されたのだ。

城内は静まり返っていた。

磨き上げられた木の床、美しい襖絵、そして廊下の要所要所に控える近衛兵たち。


「ひっ……!」


彼らはレンジを見ると訝しげに眉をひそめたが、その連れを見た瞬間、顔面を蒼白にして震え上がった。

レンジの頭上には、聖なる光を放つ宝石獣エメ

足元には、底知れぬ闇のプレッシャーを放つ黒猫ルナ


だが、何よりも兵士たちを戦慄させたのは、レンジの肩に悠然と鎮座する金色のクオンだった。

彼女は変化の術により、その神気を極限まで抑え込んでいる。

だが、それでも隠しきれずに漏れ出る『ほんの僅かな余波』が、尋常ではなかった。

濃縮された神の威光は、たとえ針の穴ほどの漏出であっても、近くにいる兵士たちの魂を押し潰すには十分すぎたのだ。


「……あ、ありえない……なんだ、この重圧は……」


「目を合わせるな……魂ごと持っていかれるぞ……」


兵士たちは本能的な恐怖に屈し、逃げるように道を空けていく。

エメは「キュウ?」と不思議そうに首を傾げ、ルナは「ニャ〜ン(広いね〜)」と呑気に鳴いているが、クオンだけは鼻を鳴らすのみだ。


「(……クオン、お前、威圧感出しすぎじゃないか?)」


「(何もしておらん。これでもかなり抑えているのだがな。……獣人の器が脆すぎるのだ)」


「はいはい、そうですか」


レンジは肩をすくめた。この相棒の規格外さは、治る気配がない。

やがて、一行は最奥にある「謁見の間」の前へと辿り着いた。

巨大な両開きの襖には、金箔で九尾の狐が描かれている。


「どうぞ、お入りください」


スズが静かに襖を開く。

その先には、百畳敷きはあろうかという広大な空間が広がっていた。

部屋の奥、一段高くなった「上段の間」には御簾みすが垂らされ、その向こうに人影が座っている。


「面を上げよ」


涼やかで、しかし絶対的な威厳を含んだ声が響いた。

御簾がゆっくりと巻き上げられる。

そこに座していたのは、十二単のような豪奢な着物を纏った、絶世の美貌を誇る青年だった。

透き通るような白い肌、切れ長の瞳、そして白銀の長髪。

人の姿をしてはいるが、その頭には大きな狐の耳があり、背後には九本の真っ白な尾が扇のように広がっている。

彼こそが、民から『お稲荷様』と崇められる東の国の王、本名を『コクヨウ』という。

レンジはスキル『神の手』で、こっそりと解析を試みた。


【解析結果】

対象: コクヨウ(九尾の白狐)

種族: 神霊種(上位神)

状態: 緊張、疲労、微細な『穢れ』の蓄積

備考: 人化の術に長け、人の姿を好む「神」に分類される。


(やっぱり、この人も神様か。しかも九尾……クオンと同じクラスの大物だな)


レンジが分析していると、コクヨウの鋭い視線が飛んできた。

彼はレンジを一瞥し、次にその周りにいる「小さきものたち」を見て、目を見張った。


「ほう……。希少なカーバンクルに、深淵を纏う月蝕猫エクリプス・キャットまで従えているとは。其方、ただの人間ではないな?」


「ええ、まあ。家族みたいなもんです」


レンジが答えると、エメが得意げに胸を張り、額の宝石をキラリと光らせた。

だが、コクヨウの瞳には、まだ微かな侮蔑の色が混じっていた。

所詮は人間が、たまたま懐かれただけだろう、とでも思っているようだ。


「名は?」


「レンジです。冒険者兼、トリマーをやっています」


「トリマー?……聞き慣れぬ職だが、まあよい。人間でありながら『穢れ』を祓う術を持つとは殊勝な心がけだ。褒美をとらすゆえ――」


王が言葉を続けようとした、その時だった。


「(……おい、コクヨウとやら)」


レンジの肩の上で、クオンが不機嫌そうに声を上げた。

広間にいた全員が凍りついた。

王の発言を遮るなど、不敬罪で即座に斬首されても文句は言えない。


「(客を立ったまま待たせるとは、随分と偉くなったものだな?我の知る『東の血筋』は、もう少し礼儀を弁えていたはずだが)」


「……何?」


コクヨウが眉を吊り上げ、不快げに視線をレンジの肩へと向けた。

彼はまだ気づいていない。

ただの狐ごときが王に対して口を聞いたことへの、苛立ちだけがそこにあった。


「分をわきまえよ、下等な獣風情が。……人間がしつけを怠ったか?」


コクヨウが冷たく吐き捨てると同時に、玉座から強烈な魔力が放たれた。

王としての威圧。普通の動物なら即座に失神するほどのプレッシャーだ。


「(うおっ、すごい圧力……!)」


レンジが冷や汗をかいて身構える。

だが、クオンは涼しい顔でその威圧を受け流し……深く、ため息をついた。


「(……やれやれ。礼儀も知らぬ上に、目まで節穴になったか)」


クオンがゆっくりと目を開く。

その瞬間。


ドォンッ……!!


レンジの肩の上を中心に、爆発的な『神気』が解き放たれた。

それは抑え込まれていた栓が抜けたような、圧倒的な質量の奔流だった。

城全体が震え、空間そのものが黄金色に染まる錯覚すら覚える。


「な……ッ!?」


コクヨウの顔から、一瞬で余裕が消え失せた。

放っていた魔力など、クオンの神気に比べれば蝋燭の灯火も同然。

彼は玉座の上で硬直し、全身をガタガタと震わせた。

この魂の波長。

この、絶対的な支配力。

そして、この世界でただ一柱だけが持つことを許された、黄金の神気。


「(おい若造。我に向かって『下等』とは、随分と大きな口を利くようになったな?)」


クオンがスッと目を細める。


「(百万年早いわ)」


その一言が、決定打だった。

コクヨウの表情が能面のように凍りつく。

目は極限まで見開かれ、唇がわななき、血の気が一瞬で引いていく。


「そ、その御姿……その、魂の波長は……まさか……!?」


ガタガタガタッ!

コクヨウは玉座から転げ落ちるように飛び降りた。

そして、着物の裾が乱れるのも構わず、レンジたちの目の前まで走ってくると――。


ズサァァァッ!!


その場にスライディング土下座をした。

それもただの土下座ではない。額を畳にめり込ませんばかりの、完全なる平伏だ。


「も、申し訳ございませんッ!!まさか『天狐てんこ』の始祖であらせられる、クオン様ご本人とは露知らず!!あまつさえ、見下ろす位置より言葉を発し、威圧するなど万死に値する不敬!!どうか、どうかお慈悲をーーッ!!」


「えっ」


レンジは口をあんぐりと開けた。

エメも「キュウ?」と目を白黒させ、ルナはと跳ねた。

さっきまで「下等な獣」と罵っていた威厳たっぷりの王様が、今は完全に「会長に怒られた新入社員」のように縮こまっている。


「(……顔を上げろ。見苦しい)」


「は、はいっ!」


コクヨウは恐縮しながら顔を上げた。その美しい顔は冷や汗でぐしゃぐしゃだ。

彼は震える声で尋ねた。


「クオン様……。貴女様は、五百年前の『大厄災』にて、世界の全ての穢れをその身に封じ、消滅されたはずでは……」


レンジが眉をピクリと動かした。

やはり、クオンがあの森にいたのは、ただの引きこもりではなかったのか。


「(……フン。王家の記録には『消滅した』とあるか。……それは人間どもにとって、さぞ都合の良い歴史だろうな)」


クオンの声が低くなり、室内の温度が一気に氷点下まで下がった。

彼女の金色の瞳が、憎悪の光を帯びる。


「(我は生きていた。だが、世界を救い、泥のように弱り果てた我に対して……当時の人間どもが何をしたか、貴様は知っているか?)」


「い、いいえ……。存じ上げません」


コクヨウはクオンの怒気圧プレッシャーに震えながら首を横に振った。

クオンは吐き捨てるように言った。


「(奴らは恩を忘れ、我を『素材』と見なした。……我の持つ『天狐の尾』を切り落とすべく、軍を差し向けたのだ)」


「なっ……!?」


コクヨウは言葉を失った。

顔色が蒼白になり、わななく唇から信じられないという声が漏れる。


「そ、そのような……まさか……!救世主たる貴女様に、人間風情が刃を向けたと言うのですか!?」


「(そうだ。故に我は人間を呪い、森の奥深くで心を閉ざした。……そして、泥の中で腐りかけていたところを、この物好きな男に拾われたのだ)」


「この人間が……!?あの『滅びの穢れ』を身に受けていた貴女様を……!?」


コクヨウは信じられないものを見る目でレンジを見た。

レンジは気まずそうに頬を掻いた。


(すごい過去だな……。そりゃあ俺が初めて会った時、殺気立ってたわけだ)


「この男は違った」


クオンはレンジの耳元に顔を寄せ、コクヨウに見せつけるように、誇らしげに言った。


「こやつは、我の強大な力にも、金になる美しい尾にも、一切興味を示さなかった。……ただ、『汚れていて可哀想だ』と言って、くしを入れたのだ」


「く、櫛……?」


コクヨウが呆然と呟く。


「(ああ。こやつにとって我は、神でも化け物でもなく、ただの『毛並みの悪い客』だったらしい。……呆れた男だ)」


クオンがクスクスと笑う。その笑顔には、レンジへの全幅の信頼が滲んでいた。

コクヨウはポカンと口を開け、まじまじとレンジを見つめた。

伝説の神獣を前にして、恐怖も欲もなく、ただ「いてやりたい」と思った人間。

それはある意味、どんな英雄よりも異常で、そして尊い存在だ。

コクヨウは居住まいを正し、レンジに向き直った。

今度は神としての警戒の色はない。あるのは、深淵なる畏敬と感謝の念だ。


「……非礼を詫びよう、人間レンジよ。貴殿は、我らが守護神を……クオン様を救ってくれたのだな」


コクヨウは深々と頭を下げた。


「その恩、東のわれらは決して忘れぬ。……貴殿を、国賓として迎え入れよう」


「いや、そんな大層な……」


「立ち話もなんだ。……積もる話もある。場所を変えて、改めて歓迎させてくれ」


          ◇


案内されたのは、城の奥にある静かな離れだった。

美しい日本庭園(のような庭)が見える座敷で、レンジたちの前には見たこともない豪華な茶菓子と、香り高い抹茶が運ばれてきた。


「へぇ……!これ、和菓子か?こっちの世界にもあるんだな」


「当国の特産品だ。口に合うと良いのだが」


コクヨウは先ほどの威圧的な態度が嘘のように、穏やかな微笑みで茶を勧めてきた。

彼はもはや王としてではなく、偉大なる先祖クオンとその連れをもてなす「後輩」のような態度だ。


「(ふむ。この饅頭、悪くない味だ)」


クオンは早々にレンジの膝から降り、座布団の上でくつろぎながら菓子を頬張っている。


「それにしても……」


コクヨウは、茶を啜りながら、改めてクオンの姿をしげしげと眺めた。


「実に見事な毛並みだ。一本一本が黄金の光を放っているようで……数百年前の絵巻物に描かれた姿よりも美しい。レンジ殿、貴殿の『手入れ』とは、魔法か何かか?」


「いえ、ただのブラッシングですよ。まあ、俺のスキルでちょっとした補正はかけてますけど」


レンジは照れくさそうに頭を掻いた。


「(レンジの手技は悪くないぞ。そこらの三流神官が使う浄化魔法よりも、よほどコリがほぐれる)」


クオンが得意げに尻尾を揺らす。


「(特に耳の裏と、尻尾の付け根のマッサージは絶品だ。コクヨウ、貴様も一度やってもらうといい)」


「ははは……。クオン様がそこまで仰るとは、よほどの手練れなのですね」


コクヨウは楽しげに笑ったが、その笑顔が一瞬、苦痛に歪んだ。


「ッ……ぅ……」


彼が茶碗を持つ手が、微かに震える。

着物の袖口から、ドス黒い「何か」が這い上がるのが見えた。


「おい、大丈夫か?」


レンジが身を乗り出すと、コクヨウは慌てて袖を押さえ、作り笑いを浮かべた。


「ああ、失礼。……少し、持病が障っただけだ」


「持病?」


「(……隠すな、コクヨウ)」


クオンの目が鋭く光った。彼女は座布団から立ち上がり、コクヨウの元へと歩み寄る。


「(その穢れの臭い……ただ事ではないぞ。いつからだ?)」


「……お気づきでしたか」


観念したように、コクヨウはため息をついた。

彼はゆっくりと着物の袖をまくり上げ、その腕を晒した。


「うわっ……なんだこれ」


レンジは絶句した。

白磁のように美しい肌が、まるで墨汁を垂らしたように黒く変色している。

しかもその黒いシミは、血管のように脈打ち、生きているかのように蠢いていた。


「『むしばみ』と呼んでいる。……ここ数年、突如としてこの国に蔓延し始めた奇病だ」


コクヨウの声が沈む。


「最初は倦怠感だけだった。だが、次第に魔力が濁り、肉体が変質し……最後には理性を失って暴走する。リンドウの猪神も、これにやられたのだ」


「じゃあ、あんたも……」


「ああ。我もまた、侵食されている。本来の神獣の姿に戻れば、一気に穢れが全身に回り、理性を保てなくなるだろう。故に、こうして人の姿で耐えているのだが……それも限界が近い」


コクヨウは悔しげに拳を握りしめた。


「民には『神々の寿命』や『代替わりの時期』だと説明し、事実を伏せている。もし『神を殺す伝染病』が蔓延していると知られれば、国中が大パニックになるからな」


「なるほど……。リンドウの爺さんが『寿命だろう』って言ってたのは、そういうことか」


レンジは納得したように頷いた。

真実はもっと残酷で、緊急性を要するものだったのだ。


「我だけではない。この国の各地を守る神々が、次々とこの病に倒れている。……このままでは、東の国は『神堕ち』した獣たちの暴走によって滅びるだろう」


重苦しい沈黙が座敷を包んだ。

美しい庭園の風景すら、今は色あせて見える。


「我ら神霊種の力をもってしても、この穢れは祓えぬ。触れれば感染り、洗おうとすれば水が腐る。……まさに手詰まりだ」


コクヨウは顔を上げ、すがるような瞳でレンジを見た。

先ほどまでの談笑の空気は消え、そこには国を憂う王の顔があった。


「レンジ殿。……厚かましい願いとは承知している。だが、貴殿のその不思議な技で……クオン様を救ったその手で、どうか我が国を救ってはくれまいか?」


レンジは腕組みをし、チラリと相棒を見た。

クオンは「(世話の焼ける若造だ)」とばかりに鼻を鳴らしたが、その尻尾は期待するように揺れている。

彼女もまた、同族が苦しむのを見過ごすつもりはないのだ。


「……やれやれ。観光に来たはずなんだけどな」


レンジは残りの茶を飲み干し、立ち上がった。


「わかりました。乗りかかった船だ。それに、苦しんでいる獣達を放っておけないしな」


レンジはコクヨウの前に立ち、その黒く染まった腕に手をかざした。


「神様だろうが王様だろうが、汚れているなら綺麗にする。絡まっているなら解く。……それが俺の仕事トリマーですから」


「レンジ殿……!」


「まずは王様、あんたのその黒いシミを落としましょうか。――話はそれからだ」


東の国の王と、最強の神獣、そして異世界のトリマー。

穏やかな茶会は一転、東の国全土を巻き込む「穢れの解呪カース・クレンジング」の作戦会議へと変わろうとしていた。

感想・質問・誤字脱字・雑談 等

良かったら書いていって下さい!

今後とも『「神の手」を持つトリマーは、伝説の魔獣もふもふと気ままな旅をする』を宜しくお願い致します!

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