18. 鉄壁の関所と、暴れる門番犬
ベルグ地方と、東の獣人自治区を隔てる国境。
そこには、峻険な山脈の谷間を塞ぐようにして、巨大な石造りの要塞がそびえ立っていた。
「東方関所」。
通商の要所であり、同時に厳重な警備が敷かれた軍事施設でもある。
「うわぁ……でっかいな。これを超えるのか」
『銀の箱舟』の運転席から見上げる城壁は、威圧感たっぷりだ。
関所の前には、入国審査を待つ商人の馬車や冒険者の列が長く伸びていた。
「(……面倒なことだ。我が飛んで運んでやれば、こんな壁など一瞬だというのに)」
助手席でクオンが不満げに鼻を鳴らす。
彼女は天狐であり、空を飛ぶことなど造作もない。
「無茶言うなよ。お前の姿で空から侵入したら、目立ちすぎて対空魔法で撃ち落とされるぞ。」
レンジが窘めると、クオンは心外だとばかりに目を丸くし、次いで鼻で笑った。
「(フン。人間ごときの魔術で、我が落ちるとでも?あのような豆鉄砲、雨粒ほども効かぬわ)」
「効く効かないじゃなくて、騒ぎになるのが問題なんだよ!入国早々、国際指名手配になりたいのか?」
レンジは手綱を握り直し、列の最後尾に馬車をつけた。
「いいか、エメは絶対に外に出るなよ?宝石獣なんてバレたら、ここで騒ぎになる」
「キュッ!(わかった!)」
エメは素直に頷き、ルナと一緒に馬車の居住スペースの奥、ベッドの布団の中に潜り込んだ。
対して、クオンは堂々と助手席に座っている。
彼女は「ただの美しい狐」に擬態しているため、見た目は無害なペットだ(中身は神獣だが)。
◇
一時間ほど待ち、ようやくレンジたちの番が回ってきた。
「次!身分証と通行目的を!」
重装備に身を包んだ、強面の兵士が窓を叩く。
レンジは懐から冒険者ギルドカードを取り出し、提示した。
「冒険者のレンジです。東への素材採取と、旅の途中です。」
「ふむ……」
兵士はジロジロとレンジを見定め、次に『銀の箱舟』を見た。
ピカピカに磨き上げられた真っ白な車体は、この泥臭い関所では異様に目立つ。
「妙な馬車だな。荷台の中を改めさせてもらうぞ」
「どうぞ。怪しいものは積んでませんよ」
レンジがドアを開けようとした、その時だった。
「ガアアアアッ!!グルルルルッ!!」
「押さえろ!暴れるな!」
関所の奥から、獣の咆哮と兵士たちの怒鳴り声が聞こえてきた。
見ると、広場の隅で数人の兵士が、一頭の巨大な狼を取り押さえようと必死になっている。
ただの狼ではない。背中に鋼鉄の鎧を装備した軍用獣――『アーマード・ウルフ』だ。
「おい、何事だ!」
審査をしていた兵士が慌ててそちらへ向かう。
レンジも気になって、馬車から降りて様子を窺った。
狼はひどく興奮しており、充血した目で周囲を威嚇している。
その毛並みは荒れ、所々が泥と錆で汚れていた。
「隊長!ダメです、鎮静魔法が効きません!」
「ええい、ならん!コイツはこの関所の守護獣だぞ、殺すわけにはいかん!」
隊長らしき男が叫ぶが、狼の暴走は止まらない。
鎖を引きちぎらんばかりの勢いだ。
「(……ふん。哀れなものよ)」
いつの間にかレンジの肩に乗っていたクオンが、呆れたように呟いた。
「(手入れ不足で皮膚が悲鳴を上げている。あれでは気が狂うのも無理はない)」
「やっぱりそうか」
レンジも同意見だった。
彼は兵士たちの包囲網を抜け、スタスタと前へ進み出た。
「おい貴様!危ないぞ、下がれ!」
兵士の制止を無視し、レンジは暴れる狼の目の前で立ち止まる。
そして、右手をかざしてスキルを発動した。
『神の手』。
解析結果
対象: アーマード・ウルフ(軍用種)
状態: ストレス(重度)、皮膚炎、マダニの寄生
原因: 鎧の隙間に溜まった泥と垢が固まり、皮膚を圧迫。さらに寄生虫が繁殖し、激痛を引き起こしている。
「うわぁ……こりゃ痛いわけだ。鎧を着けっぱなしにするからこうなる」
レンジはため息をついた。
人間で言えば、泥だらけの靴下を履いたまま一ヶ月放置したようなものだ。痒みと痛みで発狂寸前なのだろう。
「グルルゥッ……!!」
狼がレンジに牙を剥く。
だが、レンジは動じない。
「痛いよな。今、楽にしてやるから」
レンジは指先に魔力を集中させた。
昨日習得したばかりの、あの技術の出番だ。
「水魔法――『高圧洗浄・剥離』」
シュィィィィィン……!!
レンジの指先から、糸のように細い高水圧のジェット水流が放たれた。
それは狼の喉元、鎧と皮膚の僅かな隙間に吸い込まれるように命中する。
「ギャンッ!?」
狼がビクリと体を震わせる。
だが、それは痛みではない。
水流はメスのように正確に、皮膚にこびりついた固着した泥と、食い込んでいたマダニだけを弾き飛ばしたのだ。
「そこだッ!そこも、あそこもだ!」
レンジは指を指揮者のように動かす。
水流が狼の全身を走り回る。
鎧の隙間から、ドス黒い汚水と寄生虫の残骸がドバドバと流れ落ちていく。
バリバリバリッ!
こびりついていた垢が剥がれ落ち、狼の表情がみるみる変わっていく。
怒りの形相から、驚きへ、そして――恍惚へ。
「クゥ……ン……♪」
数分後。
そこには、地面にへたり込み、後ろ足で気持ちよさそうに首をカイカイする狼の姿があった。
鎧の下から覗く毛並みはフワフワになり、悪臭も消え失せている。
「な、なんだこれは……」
隊長が口をあんぐりと開けて立ち尽くしていた。
狂乱状態だった守護獣が、まるで借りてきた猫のようになっている。
「寄生虫と汚れを取り除きました。定期的に鎧を外して洗ってやらないと、また暴れますよ」
レンジは指先の水気を払い、何食わぬ顔で言った。
「貴様……一体何者だ?今の魔法は……」
「ただの通りすがりの『トリマー』ですよ。……さて、審査の続きをお願いしても?」
レンジがニッコリ笑うと、隊長はハッと我に返り、そして深々と頭を下げた。
「し、失礼した!恩に着る!……おい、この方の馬車を通せ!!」
「は、はいっ!」
こうして、レンジたちは荷台の検査(エメの発覚)を免除され、英雄のような扱いで関所を通過することになった。
トリマーの技術は、パスポート代わりにもなるらしい。
「(……やれやれ。目立たぬようにと言ったそばからこれか)」
「人助け(犬助け)だ、大目に見てくれよ」
呆れるクオンを乗せ、『銀の箱舟』は悠々と国境の門をくぐり抜けていく。
その先には、東の国――異文化の風が吹く、新たな大地が広がっていた。
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