17. 宝石獣の贈り物と、水圧制御の特訓
ベルグの街周辺を離れて二日目。
東へと続く街道は、比較的整備されており、魔導馬車『銀の箱舟』の走りも快調だった。
窓の外には、のどかな草原と遠くに見える山脈が広がっている。
「キュウ〜(パパ、あげる)」
運転席でハンドルを握るレンジの膝の上に、エメがちょこんと乗ってきた。
その小さな手には、キラキラと輝く「赤い石」が握られている。
「ん?綺麗な石だな。拾ったのか?」
「キュッ!(つくった!)」
エメが得意げに胸を張る。
レンジは片手でハンドルを操作しながら、もう片方の手でその石を受け取り、スキル『神の手』で解析した。
【解析結果】
アイテム: ルビー(魔力結晶)
ランク: B
詳細: カーバンクルの体内で精製された高純度の魔力結晶。市場価値は金貨3枚相当。
「うおっ、マジか!?これ本物のルビー……というか、魔力の塊か」
レンジは驚いて石をまじまじと見た。
エメが「つくった」と言った通り、彼女の魔力が結晶化したものなのだろう。
ただ座っているだけで、高級宿に三連泊できるほどの宝石を生み出すとは。
レンジは、エメの額で神秘的な光を放つ緑の宝石――『高純度エメラルド』へと視線を移した。
(こんな高価なものを生み出す上に、その額に国宝級の輝きを宿しているんだ……。そりゃあ、悪い奴らに狙われるわけだ)
彼女の存在そのものが、欲深い人間を引き寄せてしまう。
レンジはゴクリと喉を鳴らし、改めてこの小さな家族を絶対に守り抜かなければならないと心に誓った。
「(驚くことではない。カーバンクルは余剰魔力を体内で結晶化し、排出する習性があるのだ)」
助手席で昼寝をしていたクオンが、片目を開けて解説した。
「(人間風に言えば、まあ……『老廃物』のようなものだな。額の輝きに比べれば、その程度の石は砂利も同然よ)」
「言い方!エメが一生懸命くれたプレゼントだぞ」
レンジは苦笑いしつつ、エメの頭を撫でた。
「ありがとうな、エメ。大切にするよ」
「キュウ♪(えへへ)」
エメは嬉しそうにレンジの頬に擦り寄った。
この調子なら旅の資金に困ることはなさそうだが、それ以上に、この笑顔は何物にも代えがたい宝物だ。
◇
昼食休憩のため、街道沿いの広場に馬車を停めた時のことだ。
「よし、少し練習するか」
レンジは馬車の水タンクからバケツに水を汲み、少し離れた場所に置いた「丸太」に向き合った。
前回の洞窟崩落事件の反省を踏まえ、魔法の出力調整を特訓するためだ。
「(いい心がけだ。また色々と破壊されてはたまらんからな)」
クオンが木陰でワイングラス(昼用)を傾けながら見守る。
ルナとエメも、「なにするの?」という顔で見学している。
「目標は、丸太を『切断』せずに『皮だけ剥ぐ』こと」
レンジは深呼吸をして、右手を突き出した。
前回は「汚れを消し去る!」という殺意が高すぎて、岩をも断つ破壊兵器になってしまった。
今回は手加減が必要だ。
「……『高圧洗浄』」
バシュッ!!
勢いよく放たれた水流が丸太を一閃する。
スパァァァン!!
乾いた音が響き、次の瞬間、丸太の上半分が音もなくズリ落ちて地面に転がった。
切り口は鏡のようにツルツルで、年輪まで鮮やかに見えている。
「うわっ……。スパッといっちまった……」
樹皮を剥ぐどころか、丸太ごと綺麗に両断してしまったのだ。
抵抗すら感じなかった。これでは料理の皮むきで食材ごと切り落とすようなものだ。
「くそっ、やっぱり難しいな……。威力を落とすとただのシャワーになるし、維持するとこうやって斬鉄剣になっちまう」
「(貴様の魔力はダムの水のようなものだ。それを針の穴に通そうとすれば、暴発するのは道理)」
クオンの指摘通りだ。
レンジの規格外の魔力量を、繊細な作業に使うには工夫がいる。
レンジは目を閉じ、トリマーとしての感覚を呼び覚ました。
(イメージしろ……。ただ水をぶつけるんじゃない)
レンジはスキル『神の手』を発動し、対象である丸太を「解析」する。
樹皮の厚さ、木材の硬度、そしてその「境界線」を明確に感じ取る。
(毛玉を解くときと同じだ。無理にハサミを入れれば皮膚を切る。ハサミの先を、皮膚と毛玉の隙間に滑り込ませる感覚……)
イメージの解像度を上げる。
使うのは「剣」のような水流ではない。
歯科医が使う歯石取りのウォーターピック、あるいは工業用の精密カッター。
太さを極限まで絞り、圧力は高く、水量は少なく。
レンジの指先に集まる魔力が、バチバチと音を立てて圧縮されていく。
『神の手』のバフ効果を、今回は「威力」ではなく「収束率」と「制御」に全振りする。
「……見えた」
樹皮と木材の僅かな隙間。そこに水を流し込むイメージ。
「……『高圧洗浄・剥離』」
シュィィィィィン……!!
指先から放たれたのは、糸のように細く、澄んだ水流だった。
それは先ほどのような破裂音を立てない。
まるで鋭利なカミソリが空気を切るような、静かで高い音。
水流が丸太の表面を撫でるように走る。
バリバリバリバリッ!!
「おっ?」
丸太の樹皮だけが、まるでミカンの皮を剥くように綺麗に弾け飛んだ。
後に残されたのは、傷一つないツルツルの木肌のみ。
「できた……!これだ!」
「(ほう!魔力をここまで圧縮したか。見事な制御だ)」
クオンが感心したように尻尾を揺らす。
これなら、戦闘だけでなく、素材の加工や、頑固な汚れのピンポイント洗浄にも使える。
「グルルルッ……!!」
その時、街道の茂みから低い唸り声が聞こえた。
飛び出してきたのは、全身が棘と樹液でベトベトになった「ニードル・ベア」だ。
興奮しており、こちらに向かって突進してくる。
「ちょうどいい、お客様だ」
レンジはニヤリと笑い、指先をクマに向けた。
今の特訓で掴んだ感覚なら、いける。
「ベトベト系もいけるのか気になってたんだ。……大人しくしてろよ!」
レンジは完成したばかりの新魔法『高圧洗浄・剥離』を放った。
狙うは、クマの皮膚と、こびりついた汚れの「境界線」。
シュバババババッ!!
水流はクマの体を包み込むように走り、絡みついた樹液と泥、そして危険な棘だけを正確に弾き飛ばしていく。
皮膚には傷一つ付けず、汚れだけを剥がす神業だ。
「グオッ!?グ……?」
クマは衝撃に足を止めた。
痛みはない。むしろ、長年毛皮にこびりついていた不快なベトベトが、マッサージのように取れていく感覚に、クマの表情がポカンと緩む。
数秒後。
そこには、棘がなくなり、毛並みがフワフワになった、ただの大きなクマが座り込んでいた。
「よし、サッパリしたな」
レンジが満足げに頷くと、クマは自分の体を不思議そうに見回し、レンジに一礼するかのように頭を下げて、森へと帰っていった。
「(……貴様、本当にそのうち魔王とかも『洗浄』して和解しそうだな)」
「綺麗になれば、みんな心も穏やかになるもんさ」
レンジは笑って、エメがくれたルビーをポケットにしまった。
この先、どんな敵やトラブルが待っているかわからない。この世界を生き抜き、快適な旅を続けるためには、今の魔法の制御はもちろん、他の魔法だって使えるように鍛えておかなければならない。
穏やかな旅路は、レンジの魔法制御の上達と共に、順調に進んでいく。
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