16. 星空の晩餐と、新たな家族の寝床
「……よし、焼けたぞ」
ジュウウウゥッ……!
車内に、食欲をそそる脂とガーリックの香ばしい匂いが充満した。
『銀の箱舟』のキッチンで、レンジはフライパンから分厚いステーキ肉を皿に移した。
ベルグの市場で仕入れた、最高級の「バイソン肉」のステーキだ。
「ほら、約束の『いい肉』だ。焼き加減はレアにしておいたぞ」
レンジが皿をテーブルに置くと、待ち構えていた金色の狐が、満足げに尻尾を振った。
「(うむ。待っていたぞ。……して、『例のアレ』はあるのだろうな?)」
クオンが催促するように、空のグラスを爪でカチカチと鳴らす。
「はいはい、わかってるって」
レンジは呆れながら、棚から赤ワインのボトルを取り出した。
ルリデンを出て、このベルグの街に到着するまでの五日間。
その道中で、レンジは相棒の「ある意外な一面」を知ることになった。
この神獣様、見た目に似合わずとんでもない「酒好き」だったのだ。
移動中の夜、毎晩のように「旅の楽しみは酒だ」と言って晩酌を要求してくるのが、すっかり恒例となっていた。
「(うむ!これだこれ。ベルグのワインは質が良いと聞いていたからな)」
トクトク……とグラスに注がれる深紅の液体を見て、クオンが目を細める。
「ほどほどにしとけよ?酔っ払ってルナに絡むなよ」
「(失敬な。我は千樽飲んでも酔わぬわ。酒は味わうものだ)」
クオンは魔力でグラスを浮かせ、優雅に香りを楽しんでから一口飲んだ。
「(……んん。悪くない。重厚な渋みだ。バイソンの肉によく合う)」
レンジも自分の分のステーキを切り分け、口に運んだ。
柔らかい肉汁が口いっぱいに広がる。
野営地での食事だが、設備(魔導馬車)と食材が良いおかげで、王侯貴族のようなディナーだ。
◇
足元では、ルナとエメも食事を楽しんでいた。
ルナは「サーモンのクリーム煮」を夢中で食べている。
そして、新入りのエメの前には、色とりどりの果物が盛られていた。
「(宝石獣って何食うんだ?宝石か?)」
クオンがワイングラスを揺らしながら尋ねる。
「まさか。宝石なんて食べさせたら破産するよ」
レンジは苦笑いしながら、エメを指差した。
事前に『神の手』で解析したところ、カーバンクルの主食は「魔力を多く含んだ木の実」や「植物」だと判明していた。
「キュウ〜♪(おいしい!)」
エメは特に「星型リンゴ」が気に入ったようで、小さな手で器用に抱えてシャクシャクと齧っている。
その額のエメラルドが、幸せそうに柔らかく脈動していた。
「(ふん。安上がりな奴め)」
クオンは憎まれ口を叩きつつも、自分の皿にあった付け合わせの高級ブドウを、そっとエメの皿に転がしてやった。
「キュッ?(くれるの?)」
「(……我は肉があればいい。貴様にくれてやる)」
「キュウ!(ありがとう!)」
エメが嬉しそうにブドウを頬張るのを見て、レンジはニヤリと笑った。
「なんだかんだ優しいな、クオンは」
「(勘違いするな。我は偏食なだけだ)」
クオンはふいっと顔を背け、ワインを煽った。
素直じゃない相棒の横顔を見ながら、レンジはコーヒーを淹れることにした。
さっき手に入れた「浄化の魔石」で作った水だ。
コポコポ……と、いい香りが立ち上る。
一口飲むと、雑味が一切ない、透き通るような味わいだった。
「美味い……。水が変わるだけで、こんなに違うのか」
「(ほう。どれ、我にも寄越せ)」
クオンが空いたグラスを差し出す。
レンジはそこに冷たい水を注いであげた。
「(……なるほど。確かにこれは『聖水』だ。雑味がなく、酒のチェイサーにちょうどいい)」
夜は更けていく。
窓の外には満天の星空。
車内は暖かく、美味しい食事と、満ち足りた空気で満たされている。
「さて……寝る場所を決めないとな」
レンジはルナとエメを見た。
ルナはいつもレンジのベッドの足元か、クオンの腹の上で寝ている。
「エメはどこで寝る?専用のクッション作るか?」
レンジが尋ねると、エメは「キュウ?」と首を傾げ、トテトテと歩き出した。
そして、ソファでくつろいでいたクオンの、フサフサの尻尾の中に潜り込んだ。
「(……おい)」
「キュウ……(あったかい……)」
エメはクオンの黄金の毛皮に埋もれ、幸せそうに寝息を立て始めた。
最高級の毛皮(神獣)を布団代わりにするとは、大した度胸だ。
「(……おい、レンジ。退かせ)」
「いいじゃないか。懐かれてる証拠だろ」
「(……チッ。重くなったら焼き払うからな)」
クオンは文句を言いつつも、尻尾を少し丸めて、エメが落ちないように調整してやった。
その様子を見て、ルナも「ニャン!(ズルい!)」とクオンの背中に飛び乗った。
「(ええい、鬱陶しい!我はベッドではないぞ!)」
結局、クオンは二匹の寝床になって眠ることになったらしい。
レンジはその微笑ましい光景を見ながら、部屋の明かりを落とした。
「おやすみ、みんな」
静かな荒野の夜。
新しい家族が増えた『銀の箱舟』は、穏やかな寝息と共に朝を待つ。
明日からはベルグの街周辺を離れ、東の国境を目指して街道を進むことにした。
ここから国境までは、まだ数日の道のりがあるだろう。
レンジたちの旅は、まだまだ続いていく。
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