15. 泥人形と、殺意の洗浄(クリーニング)
「……よし。威力はわかった。けど、調整が難しいな」
ベルグ郊外の荒野。
レンジが放った『高圧洗浄』によって真っ二つになった大岩の前で、レンジは腕組みをしていた。
今日は魔法の特訓のため、市内の預かり所から『銀の箱舟』を出して、人目のないこの荒野までやってきていた。
休憩や食事、そして万が一の怪我の手当ても考えると、やはり拠点(馬車)がそばにあると安心だからだ。
「もっとこう、弱い汚れには優しく、頑固な汚れには厳しく……」
レンジがブツブツとイメトレをしていると、岩の上で見学していたエメが、急に何かに反応して飛び降りた。
「キュウ!キュッキュッ!(こっち!こっちになんかある!)」
エメは荒野の奥、鬱蒼と茂る森の方角を指して跳ね回っている。
その額のエメラルドが、激しく明滅していた。
「(……ほう?エメの『幸運』が反応しているな)」
クオンが興味深そうに立ち上がる。
「(ただの荒野だと思っていたが……どうやら近くに『未発見のダンジョン』、あるいは『宝物庫』が埋もれているみたいだぞ)」
「宝?こんな街の近くにか?」
レンジは眉をひそめたが、エメはレンジのズボンの裾を引っ張り、「早く行こう!」と急かしてくる。
「わかったわかった。……ちょうどいい、実戦練習といこうか」
レンジはニヤリと笑った。
岩のような「動かない的」ではなく、動く相手でこの新魔法を試したいと思っていたところだ。
レンジたちはエメの先導で、荒野のさらに奥へと足を踏み入れた。
◇
エメに連れられてやってきたのは、崖の裂け目に隠された、湿っぽい洞窟の入り口だった。
「うわっ、臭っ……」
入り口に立った瞬間、ドブ川のような腐敗臭と、じめっとした湿気が漂ってきた。
潔癖症の気があるトリマーとしては、一番入りたくないタイプの場所だ。
「(おいレンジ。我の鼻が曲がりそうだ。本当にここに入るのか?)」
クオンが前足で鼻を押さえて嫌な顔をする。
ルナも「ニャッ(くさいのヤダ!)」とレンジの肩の後ろに隠れてしまった。
「エメが『ある』って言うんだから、何かあるんだろ。……それに」
レンジは暗い洞窟の奥を見据えた。
「この汚れ(におい)、見過ごせないな。プロとして」
レンジの中に、妙なやる気スイッチが入った。
彼は新しく覚えた魔法の感触を確かめるように、指先をパチンと鳴らした。
「行こう。……大掃除の時間だ」
◇
「グオォォォ……」
洞窟の広間に出た瞬間、地面の泥が盛り上がり、不気味な唸り声を上げた。
現れたのは、泥とヘドロで構成された人型の怪物――「マッド・ゴーレム」の群れだった。
その数、およそ20体。
全身から汚水を垂れ流し、悪臭を放ちながらレンジたちに迫ってくる。
「(……チッ。泥人形か。斬れば泥が飛び散るし、殴れば埋まる。我の最も嫌いな相手だ)」
クオンが不快そうに後ずさる。
ルナも「ニャッ(汚いのイヤ!)」とレンジの肩に避難した。
「グオッ!!」
先頭のゴーレムが、泥の腕を振り上げて襲いかかってくる。
だが、レンジは動じなかった。
恐怖よりも先に、ある感情が爆発したからだ。
「……汚い」
レンジの目が、『頑固な汚れ(マッド)』を前にした、冷徹な職人の目に変わった。
「歩くたびにヘドロを撒き散らすな。」
レンジにとって、汚れとは「敵」ではない。「落とすべき対象」だ。
そして目の前の敵は、存在そのものが「落としきれていない汚れ」の塊だ。
ならば、やることは一つ。
「『濯ぎ』の時間だ」
レンジの指先に、青白い魔力が収束する。
本来は対象の身体能力を上げる「能力向上」の効果を、レンジは自身の放つ魔法そのものに適用した。
水の「勢い」と「洗浄力」を、魔力で限界まで強化する。
「喰らえ……『高圧洗浄』ッ!!」
ドシュパァァァァァァッ!!!!
洞窟内に、ジェット機のような轟音が響き渡った。
レンジの指先から放たれたのは、もはや水ではない。「水の刃」だ。
超高圧の水流が、先頭のゴーレムに直撃する。
普通なら弾かれる泥のボディが、豆腐のように貫通された。
いや、貫通だけではない。
着弾の衝撃波で、泥の結合そのものが粉砕され、霧散していく。
「次ッ!」
レンジは指先をホースのように薙ぎ払った。
レーザービームと化した水流が、横一文字に走る。
ズバババババババッ!!
並んでいた5体のゴーレムが、一瞬で上半身と下半身に「切断」された。
さらに、地面や壁にこびりついたヘドロまでもが、水圧によって綺麗さっぱり削ぎ落とされていく。
「(……なんだあれは)」
クオンが呆然と呟く。
そこに魔法的な詠唱の美しさはない。あるのは、圧倒的な「清掃能力」による暴力だ。
「そこだッ!汚れの核!」
レンジの目は、ゴーレムの体内にある魔石を正確に捉えていた。
狙い澄ました一点集中砲火。
バシュッ!!
最後の1体、ひときわ巨大なボス・ゴーレムの胸部が弾け飛び、コアが粉砕された。
◇
数分後。
そこには、ゴーレムの姿は一つもなく、代わりに「壁も床もツルツルに削られた洞窟」だけが残されていた。
高圧洗浄の余波で、長年の苔や汚れはおろか、岩盤の表面まで数メートルほど削ぎ落とされてしまったのだ。
「ふぅ……。スッキリした」
レンジは指先の水気を払い、満足げに頷いた。
そして、綺麗になった洞窟の奥で、エメが輝くエメラルドで地面の一角を指し示した。
「キュウ!(ここ!)」
そこには、泥に埋もれていた宝箱があった。
中には、透き通るような青い石が入っていた。
【解析結果】
アイテム: 浄化の魔石(大)
効果:対象の水を浄化し、癒しを与える湧き水に変える国宝級のアーティファクト。
「おおっ!すげぇ!これがあれば、『銀の箱舟』のシャワーの水が綺麗になる!!」
レンジが歓喜の声を上げた、その時だった。
ズズズ……ゴゴゴゴゴ……ッ!!
地鳴りのような音が響き、頭上からパラパラと小石が落ちてきた。
「(……ん?)」
クオンが耳をピクリと動かし、天井を見上げる。
そこには、レンジの放った『高圧洗浄』の斬撃痕(カッター跡)が、天井を支える岩柱を綺麗に斜めに切断している光景があった。
自重に耐えきれなくなった岩盤が、ゆっくりとズレ始めている。
「(……馬鹿者ォォッ!!貴様、支柱ごと『洗浄』してどうする!!)」
「え?あっ……やべ」
レンジの顔から血の気が引いた。
ズドンッ!!
切断された岩柱が一本倒れ、ドミノ倒しのように崩落が始まった。
「逃げるぞッ!!生き埋めになる!!」
「うわああああっ!エメ、しっかり捕まってろ!」
レンジは宝箱を小脇に抱え、エメを懐に入れ、ルナを肩に乗せて全力疾走した。
背後で、轟音と共に天井が落ちてくる。
それはまさに、アクション映画のワンシーン。
「出口だッ!!」
レンジたちは砂煙を上げながら、崩れゆく洞窟の入り口から飛び出した。
ドガガガガガガガッーン!!!!
直後、凄まじい轟音と共に、洞窟があった小山全体が陥没し、ただの瓦礫の山へと変わった。
「はぁ、はぁ……。あ、危なかった……」
「(……全く。掃除に来て、家ごと壊す奴があるか)」
クオンが呆れ果てて尻尾でレンジを叩いた。
だが、その手にはしっかりと「浄化の魔石」が握られている。
「ま、まあ結果オーライだろ?魔石は手に入れたし」
レンジたちは、少し離れた場所に停めてあった『銀の箱舟』へと戻った。
幸い、崩落には巻き込まれていない。
◇
車内に戻ったレンジは、冷や汗と埃を流すため、早速水タンクに「浄化の魔石」を放り込んだ。
汲み上げた水が、一瞬にしてクリスタルのように澄んだ「聖水」へと変わる。
「よし、最高の風呂の準備が整ったぞ!」
「ニャ〜!(お風呂お風呂!)」
レンジたちは早速、馬車備え付けのバスルームへ。
広さは畳二畳分ほどだが、最新の給湯システムと、レンジが自作した入浴剤(ヒノキの香り)がある。
そこに、浄化の魔石を通した「超軟水」のお湯が並々と注がれる。
「あぁ〜……生き返る……」
レンジは湯船に浸かり、天井を仰いだ。
死にかけた後の風呂は格別だ。
「(うむ。この水、肌触りが違うな。毛並みが良くなりそうだ)」
クオンも狐の姿で、頭にタオルを乗せて優雅に湯に浸かっている。
ルナは湯船の縁で、尻尾をお湯につけて遊んでおり、エメは洗面器の中でプカプカと浮いて泳いでいる。
「キュウ〜♪(ごくらく〜)」
「(それにしてもレンジよ。あの『高圧洗浄』とやら……)」
クオンが片目を開けて、呆れたように言った。
「(威力がありすぎるのも考えものだな。……使い所はよくよく考えるのだぞ)」
「わかってるって。あれは『解体工事』が必要な時だけにするよ」
「(……使い道を間違えているぞ)」
シャワーヘッドから出る優しいお湯に癒やされながら、一行は旅の疲れを洗い流した。
外はもう夕暮れ。窓の外には、崩れ落ちた洞窟の残骸が見える。
「さて……さっぱりしたけど、こんな瓦礫の山の前で寝るのは気分が悪いな」
レンジは風呂上がりのタオルを首にかけ、運転席へと向かった。
「少し移動しよう。今日のところは、この近くで野営だ」
「(ふむ。ならば晩飯は豪華に頼むぞ。働いて腹が減った)」
「お前、鼻つまんで『汚い』って文句言ってただけだろ!働いたの俺だけだぞ!」
レンジは思わず振り返って叫んだ。
ゴーレム戦において、クオンは爪一本汚していない。完全に観客だった。
「(何を言う。司令塔として的確なアドバイスを送っていただろう)」
「(『汚い』しか言ってなかっただろ!)」
「ニャ〜(おなかへった〜)」
ルナも便乗して鳴き出す。
レンジは大きなため息をついた。
「……たく。わかったよ、いい肉焼いてやるから大人しく待っとけ」
「(うむ。それでこそ我が相棒だ)」
ピカピカになった一行を乗せ、『銀の箱舟』はゆっくりと動き出す。
水も、破壊魔法も手に入れたが、どうやらこの「最強の相棒」を養う苦労だけは、これからも変わらないようだ。
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